7 ダブル大統領


 海面下降で領土が飛躍的に増えた日本は鈴木首相のもと、かつての海底から手に入れた大量の液化ガスや希少金属をこの海面降下で深刻な事態に陥った国や少資源国に無償で提供したことや、事故を起こした原子力発電所はもちろんのこと、残ったすべての原子力発電所の原子炉を廃炉したことなどで世界から尊敬を集めた。


 一方、チェンも祖国中国を牽制しながら地球連邦政府をまとめ上げた。しかし、チェンひとりでは力不足であることは歪めない。だからといってチェンの実績を否定できないのに、世論というのは勝手なもので鈴木を地球連邦政府の大統領に推す声が日増しに高まる。


 チェンと鈴木にとってこの流れはチャンスだった。


「この盛り上がりを利用しない手はない。この際、鈴木が大統領に……」


 鈴木が制する。


「最善の策は私が副大統領に就任することだと思う」


「それじゃ、私は飾り物になる」


「飾り物ではない。実績がある。それに私が副大統領になった方が、チェンの自由度が高まる。最終的にノロと交渉しなければならないが、大統領が直接交渉すると絶えず説明責任を負うこ

 

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とになる」


「そうだろうか」


「役割分担が必要だ」


「もちろんだが……」

 

「連邦各国に提案してみよう」


 チェンが頷く。

 

「大統領がふたりいても構わないじゃないか」


 意外な結論が出た。


「旧国連の地球連邦政府を復活させて月面の新地球連邦政府と役割分担をする。そうすると大統領はふたり必要だ」


「空間移動装置があるといっても、連邦政府会議の都度、月まで移動するのは考えものだ」


「ふたりの実績と友情は誰もが知っている」


 世界中がチェンと鈴木に期待を寄せる。窓からは青い地球が見える。紆余曲折を経て何とかここまで来た。もちろんノロの影響を無視できないが、チェンと鈴木の活躍も大きかった。


「わかりました」


 ふたりがそろって頭を下げると割れんばかりの拍手が巻き起こる。ふたりはがっちりと握手

 

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をする。そしてチェンが鈴木に耳打ちする。


「……」


「えっ?よく聞こえない」


「鈴木に月面の新地球連邦政府の大統領を任せる」


「!」


「どうだ?」


「こんな立派な……」


「立派じゃない。簡素だ」


「そうだった。でも新品だ……」


 いつの間にか拍手が鳴り終わって誰もがふたりのひそひそ話を興味深く聞いている。


「私は今までの地球連邦政府の施設に慣れている。目を閉じていてもトイレに行ける」


 鈴木が思わず笑う。


「でも地球の連邦政府の建物は老朽化している。そこで執務をするのは新米の私がふさわしい」


 そのとき大きな声が議場に響き渡る。


「異議あり!」


 アメリカの大統領が挙手する。


「建て直しましょう」

 

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「異議あり!」


 今度はユーロの大統領が発言を求める。


「建て直す間はどうするのだ?」


「それは……」


「ユーロが新しい地球連邦政府の大統領府、議事堂を提供しよう」


「異議あり!」


 今度は中国だった。


「我が国が提供しよう。チェン大統領は中国人だ」


 すぐさまチェンが制する。


「私は中国人ではありません。地球人です」


 苦虫を噛みつぶしたような表情をする中国の代表者をチェンが複雑な気持ちで見つめる。一方この言葉のせいか日本からの発言はない。自国の首相が地球連邦政府の大統領に就任したことで首相の席が空白になったことが原因だったが、仮にそうでなくても発言を求めなかっただろう。そしてロシアは自重した。かつての産油国の中東からも声は上がらない。議場はアメリカとユーロの一騎打ちになると誰もが予想する。ところが意外なことにアフリカのある大統領が挙手する。


「我が国に新しい地球連邦政府を誘致したい」

 

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 すぐさまユーロから反対意見がでる。

 

「まず衛生面で問題がある。それに治安の問題も」


 ここで鈴木が発言する。


「まず私は大統領として発言すべきでしょうが、ここに来たときは日本の首相としてでした。私は帰国して首相の辞任を認められるまでは日本の代表者です。その代表者として発言したいのですが?」


 すぐ横にいるチェンが頷く。


「許可します」


「人類の故郷はアフリカです。日本はアフリカを支援します。アフリカに地球連邦政府の大統領府や議事堂を構えれば衛生面でも治安面でも大きな効果が出るはずです。アフリカこそ新しい地球連邦政府の本拠地にふさわしい場所です。日本としては無償で建築費を負担します。病院の建築技術者や医師を派遣しましょう」


 アフリカの全代表者が大きな拍手を送る。ここで鈴木が釘を刺す。


「念のために申し上げますが、アフリカのどこに建設するのかで絶対に揉めないでください。約束できますか?」


 拍手がすぐ鳴り止むが、エボラ熱で壊滅的な状況の国の大統領が挙手する。


「地球連邦政府及び各国には多大な援助をいただき誠にありがとうございました」

 

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 丸坊主の黒光りした頭をていねいに下げるとゆっくりとあげる。


「実はアフリカ諸国は我が国で一致しています。よろしくお願いします」


 アフリカ以外の国の代表者が驚くが、鈴木は今発言した大統領に近づくと握手する。


「日本として真剣に後押ししましょう」


 ここでチェンが議場に決断を促す。


「他に申し出がなければ、まず地球連邦政府を建て直すかについて採決をします」


 電子投票の結果が現れる。満場一致とまで行かないがほとんどの国が賛成した。


「それでは建て直すとすえばどこにするのか。アメリカ、ユーロ、アフリカ、このいずれにするのか?採決します」


 アフリカがわずかに過半数を上回った。アフリカ諸国の代表は当然として、アメリカ、ユーロも拍手を送る。もちろん鈴木もチェンも、そして拍手の輪が広がる。

 

 チェンはしばらくの間、旧地球連邦政府のあるニューヨークで地球を統括する。鈴木は月面の新地球連邦政府でチェンを支援する。もちろんノロとのコンタクトを取ることが目的で、さしあたりの仕事は宇宙ステーションの管理とマイクロウエーブを送ってくる太陽の観察だった。そんな折り不思議な報告が入る。


「鈴木大統領!地球からある空間に向けて奇妙な電波、電波と言っていいのかどうかわかりま

 

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せんが、発信されています」


 月面通信局の局長が大統領執務室に入ってくるといきなり報告する。


「発信元は?」


「ペルーです」


「ペルー?」


「そうです。天空の城あたりからです」


「あんなところにアンテナがあったか?」


「ないはずです。ましてや通信装置などあるわけありません」


「発信内容は?」


「不明です。ほんの数秒間でした」


「引き続き注意深く監視しろ。他の地域でも同じことが起こる可能性がある。ちょっとしたことでもすぐ報告しろ」


「わかりました」

 

「イギリスのストーンヘンジからも」


「ピラミッドからもです」


「イースター島も」

 

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「コスタリカからも、それに……」


「もういい!どういうことだ」


「分かりませんが、どれも通常の電波ではありません」


「じゃあ、なぜ通信電波……電波と呼べないかもしれないが……通信電波だと断定できるのだ?」


「電波というか……」


 鈴木が通信局長を制する。


「もう定義はどうでもいい。続けてくれ」


「どの電波も複数の共通点を持っています。たとえば発信時間の長さがすべて同じなのです」


「どれくらいの時間だ」


「どれも十秒十ミリ秒十マイクロ秒です」


「それ以外には?」


「すべての電波は夜で、その発信地のまったく反対側に太陽が位置するときに発射されています」


 鈴木が首を傾げる。


「一言で言えば太陽に向かって発射するのではなく、その反対方向に発射しています」


「つまり太陽の影響をできるだけ避けるようにということか?」

 

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「そうです」


「それじゃ、つい最近起きた月食の時は月に到着したかも知れないな?」


「そのとおり……と言いたいのですが」


「?」


「観測されませんでした」


「発射は確認できたんだな」


「もちろんです」


「そんなバカな」


 海上自衛隊で潜水艦の艦長を経験し、航空自衛隊では戦闘機のパイロットでもあった鈴木は通信や天文に関する知識は豊富だった。そんな鈴木の次の疑問に先回りして局長が応じる。


「この月にあるアンテナを調べましたが正常でした」


「途中で消えるのになぜその電波の発射が確認できるんだ!」


「そこなんです。不思議です」


「受信側に問題がないのなら、発信元を調査するしかない」


 鈴木は自分の机に戻って受話器を取る。そしてしばらく待つ。


「チェンだ」


「鈴木です」

 

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「どうした」


「不可解な現象が起こっている」


 空間直通電話で鈴木が興奮気味に報告する。この電話は空間移動装置の技術を応用して制作された特殊通信機だ。


「わかった。すぐ調査させる」

 

 しかし、各遺跡には通信設備どころか通信機も見つからなかった。


「不思議な現象だな」


「恐らく遺跡内部に何らかの通信設備があるんだろう」


「遺跡だから掘りかえすわけにもいかない」


「それぞれの遺跡が真夜中を迎えたときに再調査するしかないな」


 チェンからの報告を受けた鈴木の期待が外れる。


「毎日電波を出すわけでもないから、調査隊の緊張感を維持させることを考えなければ」


「鈴木の言うとおりだ。しかし、気まぐれで不思議な現象だなあ」


「気まぐれ!」


 鈴木が受話器をバッタと落とす。


「どうした?」

 

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「失礼した」


 再び受話器を持つと興奮気味に続ける。


「ノロだ。ノロに電波を送っているんだ」


「?」


「ノロは気まぐれだ。あっ!」


「鈴木。落ち着け」


「大統領として私は失格だな」


「何を急に?」


「通信時間の報告をしたよな」


「確か『十秒十ミリ秒十マイクロ秒』と言ってたな。あっ!」


「10がみっつ。トリプル・テン」


「トリプル・テンが絡んでいる」


「これは意図された通信だ!」


「鈴木。私たちふたりは大統領だ。つまりダブル大統領」


「チェン。こう言いたいのだろう。ダブルの知恵ではトリプルには叶わない」


「だが、何とかしなければ」


「ノロのトンチを解くにはこれまで以上の協力が必要だな」

 

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「鈴木と知り合ったことを神に感謝する」


「神か……そうだな」

 

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