【時】永久0255年
【空】完成コロニーが集まった空間 前線第四コロニー
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ 住職 ケンタ ミリン 忍者 Rv26
***
旗艦セント・テラの展望室に瞬示と真美が現れるが、外の光景に心を奪われて誰も気付かない。やっとRv26がふたりに気付くと黙ったまま両耳を激しく赤く点滅させる。
ふたりも窓に向かうと外の様子をうかがう。つい先ほどまでいた摩周クレーターの時間島から、細長い黄色に輝く七本のヒモのようなものがはるか天空に伸びている。ヒモとなってどこかに移動しているように見える。そのためかクレーターの時間島は小さくなってやがて消滅する。そして時間島に気を取られている間に七本のヒモの行き先を見失ってしまう。
「瞬示!」
「真美!」
やっと横にいたホーリーとサーチが気が付く。
「良かった!ひょっとしてあのヒモのようなモノといっしょにどこかへ行ったと心配したわ」
[548]
するとホーリーが大きな相づちを打つ。住職やほかの者も一斉に安堵のため息をつく。
「心配をかけて、ごめんなさい」
真美が軽く頭を下げる。
「巨大土偶が溶けて消えたあとに残った黄色いモノはいったい……」
ホーリーがふたりに重要な質問を投げかけたとき、Rv26が機械的な声を出す。
「緊急事態発生!前線第四コロニーニ戻リマス」
「どうしたんだ!」
「時間島ガ前線第四コロニーヲ包ミ始メマシタ」
「!」
「全員、床ニ腹這イニナッテクダサイ」
「えー!」
「イエローボックスニ入ッテ移動スル余裕ガアリマセン」
全員が腹這いになると同時に旗艦セント・テラが一度大きく揺れたあとガタガタと震動する。慌ててRv26も腹這いになる。外が眩しいほどの黄色い世界に変わるが強烈な震動は止まらない。そのときふたりは無意識のうちに時間島が発するふしぎな信号を受ける。
【前線第四コロニーの時間島があの黄色いヒモを追跡しようとしている】
真美は腹這いのまま瞬示の手を握る。
[549]
【セント・テラが前線第四コロニーに到着したわ】
震動が停止する。
【時間島が前線第四コロニーを完全に包みこんだ】
【また星ごと時空間移動するつもりだわ】
何の指示も出さないRv26に替わって瞬示が肉声で腹這いの全員に告げる。
「時間島が前線第四コロニーともども時空間移動します。しばらく、今の姿勢を保ってください」
【地球の軌道から離れたわ!】
【太陽系からも離脱した!】
やっとRv26が立ち上がる。耳が赤く光るというよりは頭部全体が赤く輝く。
展望室の外は黄色い輝きが消えて真っ暗で遠くに無数の星々が見える。
Rv26の頭部の赤い輝きが消えない。直立不動のままでいかにも苦しそうだ。
「時空間移動が終わりました。もう大丈夫です」
瞬示の声に誰もが堰を切ったように起きあがって展望室の窓に向かう。窓から手の届くほどの距離に黄色い星が突然現れる。
「この前線第四コロニーと同じように、時間島に包まれたコロニーが時空間移動してきた!」
瞬示が叫ぶ。目の前には黄色い輝きに包まれた星が見える。
[550]
「完成第一コロニーデス」
やっとRv26が声を出す。
「まさか!私達の主力コロニーよ!」
サーチがにわかに興奮する。そばで住職がRv26と同じように頭を真っ赤にする。
「いったい何が起こったのじゃ!」
サーチが過激な推論を口にする。それは自分自身を納得させるためでもあった。
「セント・テラが時間島に包まれた前線第四コロニーに到着したあと、すぐ完成第一コロニーの空間域に時空間移動したんだわ」
「ソウデハアリマセン。ココハ完成第一コロニーガ存在スル空間デハアリマセン。瞬示サンノオッシャルトオリ、時間島ニ包ミコマレタ完成第一コロニーガココヘ移動シテキタノデス」
Rv26が冷静にサーチの見解を否定したあと情報を提供しようとするが言葉が続かない。それはRv26に引き続き中央コンピュータから膨大な情報が送られているからだ。やっとRv26の頭部の輝きが消えて普段のような耳が赤く輝く状態に戻る。誰もが次の言葉を待つ。
「完成第一コロニーデハ男ノ軍隊ト女ノ軍隊ノ間デ激シイ戦闘ガ繰リ広ゲラレテイマス」
サーチが目を大きく見開いたままRv26を見つめる。女の本拠地が戦火に包まれているのだ。ホーリーはすまなさそうにサーチを見つめると完成第一コロニーの異変にうなり声をあげる。瞬示と真美も完成第一コロニーを包む時間島の異変を感じとる。
[551]
「あれは?」
再び全員が展望室の外に視線を移すとRv26も窓に近づく。完成第一コロニーを包んでいた時間島が一点に集合する。そしてその中心からヒモのようなものが現れると宇宙の彼方を目指してすごいスピードで延びて無限の直線となる。やがて存在感ある最後尾が現れてあっという間にヒモが消える。今までの移動とはまったく異なるように見えるが、星ひとつを包みこんで空間移動をするときはこのように移動しているのかもしれない。
【マミ、行くぞ!】
急に瞬示の身体がピンクに輝く。同時に真美の身体もピンクに輝く。
「待ッテクダサイ!」
調子はいつもどおりだが、Rv26の鋭い声がふたりを制止する。
「コレヲ持ッテ行ッテクダサイ」
Rv26は瞬示と真美が完成第一コロニーに移動しようとするのを制止して、茶色の上着のポケットからコードのないイヤホンをふたつ取り出す。
「マイクロ通信機デス。耳ニ付ケテクダサイ」
ふたりはピンクに輝きながらRv26から小型通信機を受けとると耳の穴に差しこむ。
「送信スルトキハ軽く耳ニ押シツケテクダサイ」
瞬示も真美も軽くうなずくとセント・テラの展望室から消える。
[552]
***
完成第一コロニーに瞬示と真美が現れる。その完成第一コロニーから一番近い天空に今までいた前線第四コロニーが見える。ふたりは天空をぐるっと一巡する。突然、前線第四コロニーと反対の方向に黄色い星が現れる。
【瞬ちゃん!】
その星の出現で付近が明るくなる。まわりには血まみれの女の兵士の死体がゴロゴロしている。真美が目を背けて瞬示に抱きつく。
【なぜ土に帰っていないんだ!】
瞬示がふしぎそうに死んだ女の顔をまじまじと見つめる。死後、そう時間がたっていないのか、顔には血色が残っている。
【マミ!】
緑のレーザー光線が弧を描いてふたりに迫る。すぐさま地上高く跳躍すると真美がレーザー光線の発射元へ反撃するために身体をピンクに輝かせる。
【やめろ!】
瞬示が制止するとまわりを見渡してから真美の手をつかんで岩陰に瞬間移動する。先ほどまでいたところに数本の緑のレーザー光線が弧を描いて着弾する。シェルターを破壊しないよう
[553]
に直進するはずのレーザー光線の進路が調整されているのだ。
【落ち着け!マミ】
遠くで爆発音がする。
【血を流して死んでいた……。土に帰っていなかったわ】
【土に帰ることなく、血を流して死んでいた】
瞬示も同じ言葉を返す。
【やっぱり時間島に包まれると生命回復機能が失われるんだわ】
【マミ】
瞬示の信号にうながされて真美は岩陰のまわりを見ると、そこには主を失ってペチャンコになった深い緑の戦闘服が数着転がっている。
【土に帰っているわ】
【土が完全に戦闘服から抜け出ているということは、死んでからそれなりの時間がたっている】
瞬示と真美は思考を共有して意識を合体させて自問自答する。
【この完成第一コロニーは時間島に包まれて、今しがたこの空間へ移動してきたということは】
【移動中に生命永遠保持手術の効果を時間島に奪われたはずだ】
[554]
【血を流していたさっきの死体は移動後に攻撃を受けた】
【この土になった戦闘服の主は星全体が時間島に包まれる前にレーザー光線にやられた】
【でも、生命永遠保持手術の効果の消滅が早すぎる】
【ほかに説明のしようがない】
時間島に包まれてここへ移動してきたあとの戦闘で攻撃を受けた者は、生命永遠保持手術の効果を失ったので普通の人間として血を流して死を迎えた。瞬示の推測は間違っていなかった。
以前、ふたりはこのような岩陰で何もわからないうちに戦闘に引きずりこまれたことを思い出すが、あのときの光景を脳裏に復元する余裕がない。そして共有していた意識をいったん解除する。
瞬示は右耳の小型の通信機を指で押して、目の前で起こったことを送信する。セント・テラの展望室のスピーカーから瞬示の声が流れる。
「時間島に包まれてここに移動してきた完成第一コロニーの両軍の兵士からは、生命永遠保持手術の効果が消えています」
瞬示の報告にホーリーとサーチが強く反応する。
「ライフルレーザーなど使わなくてもナイフで相手を倒せる」
ホーリーがつぶやくとサーチが叫ぶ。
「ホーリー!普通の身体に戻ったら、ライフルレーザーをコントロールできるのかしら?」
[555]
「!」
ホーリーがサーチの言葉に絶句する。一方、Rv26が瞬示と真美に送信する。
「完成コロニーガ次々トコノ付近ニ現レマス」
ふたりは改めて天空を仰ぎ見る。
時間島に包まれた黄色い星が二個、時間島が一点に収縮しかけている星が一個、そして時間島がヒモとなって離脱しようとしている星が一個見える。
Rv26の言うとおり、時間島が忙しそうにどこかの空間に存在する完成コロニーを丸ごとのみこんでは次々とこの空間に集めているように見える。ミトが複数の巨大土偶を摩周湖に集めたようにすべての完成コロニーがこの空間に集められる。
集められた完成コロニーで戦闘中の両軍の兵士がそんなことに気付くことはない。そして生命永遠保持手術の効果が消滅したことにも気付かない。瞬示と真美はもちろんのこと、ホーリーもサーチも同じことを考える。
瞬示と真美が見上げた天空手前のシェルター内を青いレーザー光線が何本も流れていく。しかし、先ほどまでのように弧を描いて地上に達するレーザー光線はほんの数本しかない。その数本のレーザー光線がたどり着いたところで爆発音がする。シェルターを破壊しないように進路調整して発射されるレーザー光線が明らかに少なくなる。爆発音がしたところから反撃のために発射されたすべての緑のレーザー光線は弧を描くことなくそのままシェルターの天井にま
[556]
っすぐ向かう。
瞬間的な光景なのに瞬示と真美にはゆっくりと青と緑の光線が流れるように見える。すべてのレーザー光線が斜めに直進する。どの光線もシェルターにぶつかって輝くと弱くなって様々な方向に反射して地上に戻る。
「このままじゃ、そのうちシェルターが破壊されるぞ!」
瞬示がそう叫んだときRv26の声がふたりの耳元に届く。
「危険デス!シェルターニ穴ガ開キマシタ」
瞬示と真美がシェルターの外へ瞬間移動する。穴が開いたシェルターから、岩をはじめ様々な物質とともに男や女の兵士が宇宙空間へ吐きだされる。
Rv26の声が急に小さくなる。シェルターの外は真空なので、耳に通信器を直接付けているとはいえRv26の声はもう聞こえない。
【瞬ちゃん、セント・テラにもどろ】
【うん】
そのとき、また新たな黄色い星が現れる。
***
瞬示と真美が滅多にない荒い息づかいをしながら旗艦セント・テラの展望室に現れる。すぐ
[557]
に誰もが取り囲むが、声が出ないほどの緊迫感に包まれる。
「スベテノ完成コロニーガコノ近辺ノ空間ニ移動シテキマシタ」
Rv26の耳が相変わらず激しく点滅する。
サーチの横でホーリーがうろたえながら叫ぶ。
「このままではすべての完成コロニーのシェルターが破壊されてみんな死ぬぞ!」
瞬示と真美は求めていた答えが催促なしで返ってきたことに驚く。そして異様な表情を続けるホーリーに説明を促す。
「ライフルレーザーは生命永遠保持手術を受けた人間の攻撃意志と連動している」
「もっと詳しく!」
「シェルター内で交戦するときは敵に命中するようにレーザー光線の進路をコントロールしながら弧を描くように発射する」
「そうすることによってシェルターを破壊することなく、しかも岩陰に隠れている敵に命中させることができるの」
サーチが興奮するホーリーの言葉をおぎなうとホーリーが追加する。
「攻撃意志と連動しなければ、見てのとおり光線は直進してシェルターに当たってしまう」
「そうか、弧を描いていたレーザー光線が直進しはじめたのは生命永遠保持機能が失われてライフルレーザーをコントロールできなくなったからか」
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サーチが瞬示にうなずくとさらに追加する。
「それにシェルターは外部からの攻撃や衝撃には強いけれど内側からの衝撃に弱い。ライフルレーザーの光線でも、同じ場所に何回か当たるとシェルターは破壊されるわ」
サーチがうつむくとガラス片で切った傷を見つめる。真美が質問を受けてもらうためにサーチに視線を上げるようにうながす。
「重要な疑問があるの」
サーチが真美を直視して待つ。
「完成第一コロニーでは生命永遠保持手術の効果があまりにも早く、いえ、急に失われたのはなぜ?」
ホーリーもサーチも電気ショックを受けたように顔を見合わす。瞬示がホーリーとサーチ以外の者にもわかりやすいように真美の質問を長い言葉に置き換える。
「時間島が生命永遠保持手術の効果を奪うことは理解している。でも完成第一コロニーで戦う兵士はまるで瞬間的に生命永遠保持手術の効果を失った。でもホーリーやサーチやお松、それにリンメイも含めて、ぼくらが知っている人はゆっくりと生命永遠保持手術の効果が消えた。どうして!」
ホーリーもサーチも「確かに」という相づちを打つだけで答えを持ち合わせていない。逆にふたりに質問したいぐらいの衝撃を受ける。ホーリーは上半身が震えるのを止めようともせず
[559]
に大声を張りあげる。
「時間島がすべての完成コロニーをここへ移動させて、男からも女からも生命永遠保持手術の効果を取りあげて人類を滅亡させようとしているんだ!そうとしか考えられない!」
ホーリーがしゃがみこむと床を強く叩く。サーチはホーリーらしくない行動に、思わずヒザをついて背中から抱きしめて涙で濡れたほほをこすりつける。
瞬示と真美は冷静に事態を分析する。そして時間島が生命永遠保持手術の効果を消滅させるスピードをコントロールできることに気が付く。すなわちふたりは時間島がはっきりと意志を持っていたことを思い出す。
真美が悲しそうな抑揚をつけて涙声を出す。
「戦闘をやめさせる方法はないの?」
ホーリーがあらん限りの声をあげる。
「これから、どうなるんだ!」
一方、瞬示は時間島の意志を何とかできないかと考える。
「時間島の目的はいったい何だ」
瞬示が黙ったままの真美の手を引いて窓際に向かう。
【マミ、信号を送ろう】
真美が涙に濡れた顔を瞬示に向ける。ふたりの身体が急速に赤く輝いてひとつになる。
[560]
「おお!」
双子のようなふたりが合体しても、その姿は瞬示のようにも見えるし真美のようにも見える。
【戦闘をやめろ!】
ひとつになったふたりは強力な信号をまき散らすように発する。アンドロイド以外誰もが無駄とわかっていても両手で頭を押さえる。あらゆる人間の意識に訴える強力な信号だ。
【戦闘を中止せよ!】
訴えるような信号が繰り返し発せられる。
【戦闘を中止して現状を把握しろ!】
【生命永遠保持手術の効果は消滅している!】
【このままでは人類は滅亡するだけだ!】
しかし、展望室から見えるコロニーはもちろんのこと、すべてのコロニーで青や緑の光が交錯する。
ふたりが分離する。まず真美の身体のピンクの輝きが薄くなる。分離しても瞬示は信号を送り続ける。真美は手をつないだまま床にうずくまるように座りこむ。手が振りほどかれて瞬示の身体からも輝きが消える。
「どうすれば戦闘を止めることができるんだ」
「生命永遠保持手術の効果が消滅すれば、レーザー光線を見ただけでも失明するわ」
[561]
サーチは気が抜けたような声を出す。
「あきらめるな!」
ようやく状況を理解した住職が怒鳴る。
「両軍の最高指揮者はどのコロニーにいるのじゃ?」
住職がRv26に身体ごとぶつける。しかし、Rv26は耳を赤く点滅させるだけで反応しない。住職は珍しく冷静さを失って今度は瞬示に食ってかかる。
「瞬示!どのコロニーでもいい。わしを最高指揮官のおりそうなコロニーに連れていってくれ!」
住職の声を押しつぶすような低い声がする。
「分析ト演算ニ少シ時間ガカカリマス」
Rv26がくるりと背中を向けて展望室の出口に向かう。
「両軍ノ通信ガ秩序ヲ取リ戻シツツアリマス。皆サン、私ニツイテキテクダサイ」
Rv26が背中でしゃべる。
「どこへ?」
ホーリーがRv26を追いかける。そのとき窓から見える完成第一コロニーから青や緑の光が急減する。
「中央コンピュータ室ニ行キマス」
[562]
「待って!」
サーチもRv26を追いかける。
「何をするつもりだ」
Rv26に追いついたホーリーが尋ねる。瞬示が再び真美の手を取ってRv26のそばへ短い瞬間移動する。
「中央コンピュータガ皆サンヲ、オ連レスルヨウニ指示シテイマス」
「えー?」
Rv26はまっすぐ前を向いて歩く速度を速めながら答える。
***
旗艦セント・テラが浮きあがると前線第四コロニーの宇宙船格納庫を囲むシェルター内に空間移動してゆっくりと降下する。ドーム型をした格納庫の天井が開くとセント・テラは吸いこまれるように着底する。
Rv26を先頭に全員が下船してエアカーに乗りこむと、そのエアカーは格納庫の開き放しの天井に舞い上がって周囲より少し小高い丘を目指して飛行する。その丘はまるで要塞のように見える。
その丘の裾に丸い扉が見えてくる。その丸い扉がカメラのレンズの絞りのように広がって開
[563]
くとエアカーが速度を落として侵入する。しばらくすると広い部屋に到着する。
エアカーから降りるとRv26に誘導されて大きな部屋に続く通路を歩く。突きあたりのドアの前でRv26が立ち止まると耳を赤く点滅させる。同時にドアが左右にスライドして室内に入るようにうながす。室内は広いが何もない。目の前には注意して見ないと気付かないほどの透明な厚いガラスの壁が行く手を遮っている。
「上デス」
虹色の輝きが視線を上げた全員の目に飛びこんでくる。天井には直径が数十メートルほどの黒っぽい球体の下半分が見える。
「まさか、これが中央コンピュータ?」
ホーリーとサーチがまじまじと眺めるが、ほかの者はポカンと見上げる。
天井の巨大な半球が下にいる者を圧倒するように存在する。その半球はサッカーボールの模様のように、ただし正五角形ではなく、多数の正三角形の板でおおわれている。その正三角形の板は丹念に磨きあげられた金属の表面のように鮮やかな銀色に見えるが、角度によっては白く輝いたり黒光りしているようにも見える。それぞれの正三角形の各辺からは数え切れないほどの透明のケーブルが四方八方に伸びて様々な色の光がそのケーブルの中を流れている。まるで超ど派手なイルミネーションを施されたクリスマスツリーのようだ。
「きれい」
[564]
真美がうっとりとする。これまでたいてい意識を共有することが多かったが、瞬示には得体のしれないものに警戒心を抱かずに見とれる真美がふしぎでならない。ホーリーがやっとの思いで声をRv26に向ける。
「上半分はどうなってるんだ」
「ワタシモ、見タトコトガアリマセン」
Rv26は肩からケーブルを伸ばして壁の端子に差しこむ。
「寒いわ」
サーチがホーリーに身を寄せる。
「中央コンピュータハ完成コロニーデノ事件ニ関スル情報収集ト分析ヲシテイマス。演算作業ニ入ッテ二時間タッテイマス。シバラク、オ待チクダサイ」
ホーリーが目の前のガラスの壁に手をつける。
「冷たい!」
「ガラスノ壁ノ向コウ側ハ低イ温度ニ設定サレテイマス」
中央コンピュータから放出される熱を押さえるためにガラスの壁の内側が冷却されていることにホーリーは気付いてサーチといっしょに離れる。ほかの者も身を縮めるような仕草をしながら中央コンピュータから離れて入り口付近に集まる。そして完成コロニーで繰り広げられる生々しい戦闘から解放されたせいか、瞬示と真美に落ち着きが戻る。
[565]
「住職」
真美が呼びかける。先ほどまでの厳しい表情が消えて柔和な笑顔で住職は真美を見つめる。
「この言葉の意味、わかります?」
真美がゆっくりと二回繰り返して住職に伝える。
「子供が生まれる前に死んでいく」
「何万、何億、何兆と死んでいく」
「永遠に生きるために死んでいく」
「子供のいない永遠の世界」
「男女のいない永遠の世界」
住職が目を閉じて真美の言葉を正確に復唱する。
「悲しい呪文じゃ」
しばらくして住職がゆっくりと目を開ける。
「COSMOSという言葉を知っておるか」
「コスモス、宇宙のことですね」
真美が答える。
「一般的にはそうじゃ。前後に分けてみよう」
「COSとMOS」
[566]
真美が住職の言うとおりに答える。
「さらに前の部分を分けてみなされ」
「C、O、S」
真美が手のひらにアルファベットを書きながら応える。
「そうじゃない」
「CとOS?」
「そうじゃ。CはChild、子供、子孫のことじゃ」
瞬示が住職と真美の会話に割りこむ。
「OSはオペレーティングシステムのことですか」
住職が瞬示の言葉に大きくうなずく。
「MOSはMとOSに分ける」
住職が真美に答えをうながす。
「MはMan?」
「そうじゃ。人間、大人そして親を意味するのじゃ」
「子供と大人?子供と親?」
「COSMOSという言葉は、人類を宇宙の中心に見すえるとそういうことになる」
「子供と親のオペレーティングシステムが宇宙ということなのかしら」
[567]
瞬示は黙って住職と真美のやり取りを見つめる。
「子孫が生まれる仕組みと成長して生命として形を整える仕組みが、この宇宙の本質じゃ」
真美が住職をじっと見つめる。
「宇宙とは生命が永遠につながった状態を言うのじゃ」
真美そして瞬示が住職の一語一語を漏らすまいと神経を集中させる。
「このふたつのオペレーティングシステムがない宇宙は宇宙ではない!」
住職の言葉がうわずる。ホーリーもサーチも住職の言葉をじっと聞く。ケンタや忍者も住職を取り囲んでまばたきもせずに見つめる。Rv26もそして中央コンピュータまでもが住職の言葉を聞いているような雰囲気になる。
「生命の存在しない宇宙にはこの『COSMOS』というオペレーティングシステムが存在しない!」
住職が真美だけではなく、みんなを見渡す。
「ノーオペレーティングシステム、『NOS』と書いてノスと呼ぶ」
住職はみんなが理解しているのか、確認するため両手を広げながらぐるりと身体を回す。
「NOSの宇宙は宇宙ではない。NOSは無情の世界なり」
住職がゆっくりと短い言葉を繋ぐ。
「生命の存在しない宇宙」
[568]
「先に死がある因果のない世界」
「そのような死がいくら積まれようとも、この宇宙に生命が存在することはない」
「永遠に死の世界じゃ」
「そこには何も存在せんのじゃ」
「じゃが、逆に子孫を絶やさなければ永遠の世界になりうる」
ここで住職が一息つく。そして表情をゆるませる。しかし、誰も黙ったままだ。
「子供が生まれる前に死んでいく」
「何万、何億、何兆と死んでいく」
「永遠に生きるために死んでいく」
「子供のいない永遠の世界」
「男女のいない永遠の世界」
住職が再び真美に視線を移す。
「因果律を無視した大人に対する戒めじゃ」
「永遠に死んでは永遠に生まれる。本来、宇宙は未来永劫の世界じゃ」
「人間はノスの世界に踏みこんでしまったのじゃ」
「子供が生まれる前に死んでいくとすれば、それは生まれないのと同じことじゃ」
「何万、何億、何兆と死ぬということは、永遠につないでつないで生きるために死んでいくこ
[569]
とを意味するのじゃ」
「子供のいない永遠の世界はノスの世界」
「男女のいない永遠の世界もノスの世界。何もない宇宙のことじゃ」
住職は自分の頭をスルッとなでてから、考えを丸めようと天井を見あげる。
「今までの思考をまとめてみよう」
住職が視線を落として再びまわりにいる者を見渡す。
「永遠の命を手にすることの危うさを警告しているのじゃ。男と女の形をしているだけで子供をつくることなく生き続けようとする人間は、時間も空間も存在しないノスの世界に幽閉されたようなものだと言いたいのじゃろ。短い言葉じゃが宇宙の摂理を実に巧みに表現しておる」
瞬示も真美も、ホーリーもサーチも、いや、誰もが住職の言葉に大きくうなずいて、晴々とした表情を浮かべる。
分析と演算が終わったのか、いつの間にか中央コンピュータからあの派手なイルミネーションのような点滅が消えて黄色い数十個程度の点滅だけが残る。そしてRv26が住職に近づく。
「ヨク、ワカリマシタ」
このRv26の意外な言葉に全員が驚く。ほとんどの者が「中央コンピュータノ分析ト演算ガ終ワリマシタ」という言葉を期待していた。
Rv26が住職の横に立って瞬示やホーリーの方を見やる。全員がRv26のふしぎな行動
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に注視する。そして少し間を置いてから再びRv26の声がする。
「中央コンピュータノ分析ト演算ガ終ワリマシタ」
ホーリーが拍子抜けした表情でRv26に尋ねる。
「中央コンピュータの分析結果は?」
「中央コンピュータノ分析ノ結果ガ各完成コロニーノ中央コンピュータニ転送サレマシタ。ソノ内容ハ……」
[571]
[572]