第十一章 摩周クレーター


【時】永久0012年6月 永久0011年11月
【空】摩周クレーター 摩周湖
【人】瞬示 真美 ケンタ ホーリー


永久0012年6月


***

 周囲が少し明るくなると細長い雲が茜色に染まりだす。瞬示がカーラジオでニュースを流あかねいろ
す放送局を探す。


「……ころ、厚岸海岸付近で大きな爆発音がしたとの情報が寄せられました。詳しいことはわかっていません。警察は夜が明けるのを待って捜査を開始するとのことです」


 瞬示たち三人が思い思いの表情をして軽くうなずく。


「次のニュースは昨日両親を殺して逃走中の……」


 ケンタの寂しそうな表情を見て瞬示がラジオを切る。


「やっぱり、あれは警察のヘリコプターだったんだろ?」


[224]

 


「ヘリコプターじゃなくて高性能エアカーのパトカーだ」


「あの現場を見てどうするんだろう」


 瞬示はケンタが応えないので勝手に想像する。


――あのまま、あそこにいたら……。とても警察に事情を説明するのは不可能だ


 朝焼けのあと周りが一気に明るくなる。


【マミ】


 瞬示は車の後方の朝日がつくる真美の影を感じながら信号を送る。


【あの時間に戻ったのは間違いだったのでは?】
【わたしもそのことを考えてたの】
【過去に戻るということは問題を大きくする】
【もう一度やり直したらどうなるのかしら】
【戻ればここにいるケンタがひとりぼっちになるぞ】


 再び時間島であの民宿に戻ってあの老婆の部屋にさえ入らなければ民宿は爆発しない。民宿にいるケンタは住み続けることができるが、今ここにいるケンタの状況が変わるわけではない。


【場合によってはどちらかのケンタが消滅するかもしれない】
【そんな……時間を旅するって大変なことなんだわ】


[225]

 


***

 一時間近く走った。先ほどからケンタのお腹が鳴りっ放しだ。


「そう言えば、昨日の昼から何も食べてない」

 

「運転、替わろうか」


 瞬示がハンドルを握るマネをするとケンタがブレーキを踏む。


「おふたりさんは腹、減ってないの」


「もう『おふたりさん』はやめて『瞬示』と呼んでくれたらいい」


 ドアを開けて車から降りると瞬示が苦笑する。


「マミは?」


「『真美』って呼んで」


 運転席に瞬示が座る。


「ぼくらのことは心配いらない」


「ダイエット中なの」


真美が笑う。


「もう五分ほど走ればコンビニがある」


 ケンタは助手席で眠い目をこすりながら、ダッシュボードを開けてなにかを探しはじめる。


「良かった!」


[226]

 


 ケンタが財布と名刺の半分ぐらいの大きさのカードを手にするとまず財布を開ける。


「ちぇ、千円札一枚しかない」


「瞬ちゃん、わたしたち無一文よ」


 アクセルを踏む力をゆるめて瞬示がズボンのポケットから小銭入れを取り出す。


「無一文じゃない」


 ケンタに小銭入れを渡す。


「無一文に近いけど」


 瞬示が言い直す。ケンタは瞬示の小銭入れから硬貨を取り出して驚く。


「これ、どこの国のコイン?あっ!日本国って刻印されてる!」


 真美が後ろの座席から手を伸ばしてケンタから千円札を取りあげる。


「瞬ちゃん、これが千円札!」


 ブレーキを踏んで車を止めると瞬示が千円札を手に取る。


「ぼくらの世界のお金と違う!」


「やっぱり、わたしたち無一文ね」


 瞬示が再びアクセルを踏む。


「黄金城の金の瓦、一枚盗んでおけば良かったわ」


「違う世界?黄金城?」


[227]

 


 ケンタが上体をひねって真美を見つめる。


「ガソリンは満タンだけど、コンビニであまり買い物できないなあ」


 瞬示が燃料計をいちべつする。


「いや、カードがあるから大丈夫だ」


「クレジットカードなの?」


 車がコンビニの駐車場に進入する。


***

 ケンタがカゴに弁当とお茶を入れる。


「瞬示さんは?」


「ぼくらはいらない」


「遠慮はいらないよ」


「いや、食べなくても関係ないんだ」


 ケンタが驚くのを尻目に真美はいたずらっぽくケンタを見つめる。


「このチョコレート、いいかしら?」


「ダイエットしてるんだろ」


 瞬示があきれて真美をたしなめる。真美は手にしたチョコレートをカゴに入れる。


[228]

 


「知らないメーカーね」


「えっ」


 ケンタが驚く。


「世界で一番有名な菓子メーカーだよ」


 真美が最高の笑みを浮かべる。


「このチョコレート、早く食べてみたい!」


「ケンタ、新聞、いいかなあ」


 いつの間にか瞬示が新聞を手にしている。ケンタはうなずくと瞬示から新聞を受けとり、カゴの中に入れてレジに向かう。カゴを赤い台の上に置いてから、カードを台の横にある水色の丸い輪にかざす。すかさずレジ前の若い女性の店員がケンタに頭を下げる。そのとき、カゴが瞬間的にレジ袋に変化する。


「ありがとうございました」


「へー」


 ふたりはこの世界のショッピングの仕方を見て驚く。真美は袋のすき間からチョコレートを取り出してケンタに微笑む。


「ありがとう」


[229]

 


***

 ケンタは後部座席で弁当を食べ終わるとすぐに眠ってしまう。


【このチョコレート、滅茶苦茶おいしいわ】


 歯形がついたチョコレートを瞬示の口元に差し出す。ケンタの睡眠を邪魔しないように、ふたりは信号で会話する。


【いいよ。それよりもう摩周クレーターに着くはずなんだが】
【そうなの?それにしてもきつい登り坂ね】


 先ほどから舗装がきれて地道を走っている。少々の揺れは今のケンタには何の影響もない。


 車がゆっくりと「立入禁止!摩周クレーター」と書かれた大きな看板に近づく。看板を通りすぎると道路は凹凸の厳しい坂になる。車は人が歩く程度の速度まで落ちる。どんなに速度を落としても揺れを防ぐことができないほど自由奔放に揺れる。ときにはシートベルトが身体にくいこむほど大きく揺れる。四輪駆動車でもこれ以上進むのは無理だ。そのとき深い眠りについていたケンタが窓ガラスに頭を打ちつける。


「うーん」


 ケンタの寝ぼけた声がする。瞬示はブレーキを強く踏むとサイドブレーキを引っぱって車を完全に停止させる。しかし、ブレーキを踏みしめたままの体勢を崩さない。それほど急な坂の途中で車を停止させた。


[230]

 


「おはよう」


 真美がお茶の入ったペットボトルをケンタに手渡す。ケンタは一口飲むとまわりをうかがう。


「ケンタが言っていた大きな看板を超えたところ……」


 瞬示がバックミラーに映ったケンタに報告を続ける。


「看板からは数百メートルほどしか進んでいない」


 ケンタが瞬示の肩を叩く。


 三人は斜めに止まった車から慎重に降りる。ケンタが片ひざをついて車止めを地面とタイヤの間に丁寧にはさみこんでから立ち上がると急な坂を登りはじめる。瞬示と真美がケンタについていく。やがて摩周クレーターのふちに到着する。


 ふたりはまさに凹面鏡のように輝く巨大なクレーターを目の当たりにして声も出せない。クレーターは三人がいるところからなだらかに中心に向かって下っている。はるか遠くに見える中央部の湖面がキラキラと光を反射している。


「これが、時間島が膨張した時にできたクレーターか」


 一息してから瞬示は腰をかがめて足元にあるサッカーボールぐらいの岩を両手で持ちあげるとクレーターのふちに置くように落とす。転がりだした岩がどんどん加速する。やがてスピードに負けるかのように数個に分かれてなおも転げ落ちる。やがて砕け散ってうっすらとした砂煙を残して消滅する。


[231]

 


「滑り台みたい」


 真美がこわばった顔をして腰をかがめる。


「足を滑らしたら最後だよ」


 ケンタが忠告する。真美も瞬示も思わず後ずさりする。


 三人はしばらくの間、無言で摩周クレーターを眺める。突然、背後で風を切るような回転音がする。一斉に振り返ると空中で緑の球体がゆっくりと回転している。


「あれは!」


 真美が叫ぶ。一方、ケンタは声も出さずに立ちすくむ。


「やっぱりこの辺にいたんだ!」


 瞬示は納得顔をするが、上着のポケットからレーザー銃を取り出して構える。


 瞬示たちのところから二、三〇メートルぐらい離れた比較的平らなところに、緑の球体が回転を止めて三本の安定脚を出して着地する。球体の表面に長方形の線が現れるとそれが浮きあがって跳ねあがる。そしてがっちりとした男が地上に飛び降りる。


【まさか!】


 瞬示はひょっとしたらという淡い期待感をこめてうっすらとピンクに輝きだす真美に信号を送る。男は足場が悪いためか転倒しかけるが、手をついて体勢を立て直すと顔をあげる。


「やっぱり、助っ人さんだ」


[232]

 


 男がニヤリと笑って近づいてくる。あの戦闘に巻き込まれたときの男の軍隊の兵士だ。瞬示は予感が的中したことに驚きを隠さない。


「ホーリー!」


 しかし、瞬示はもちろん真美も身構えを崩さない。


「別に危害を加えに来たわけではない」


 ホーリーが両手をあげてなおも近づく。瞬示と真美は警戒心をゆるめないが、ホーリーにまったく殺気がない。


 それにしても人なつっこい感じがする青年だ。真美がためしに信号を送ってみる。反応はない。次に黄金城で明智光秀に使った透視術を試みてホーリーに殺意がないことを確認する。


「ホーリー」


 瞬示がもう一度声をかける。


「お互い、聞きたいことが山ほどあるはずだ」


 ホーリーはものおじするどころかニタッと笑いながら応える。


「ここではなんだし、見せたい映像があるから時空間移動装置の中で話をしよう」


「時空間移動装置って、その球体のことか?」


「そうだ」


「もうひとつ、青いのを見たわ」


[233]

 


 ホーリーが強く反応する。


「それは女の軍隊の時空間移動装置だ」


瞬示が納得してホーリーに近づく。そして自分と真美とケンタの名前を伝える。


「よろしく、瞬示、真美、ケンタ」


 ホーリーは三人に背中を向けると時空間移動装置に向かう。そして全員、ホーリーの時空間移動装置に乗りこむ。


***

「そうか停戦したのか」


「でもカイトという部下といっしょに来たんでしょ。カイトは?」


「それが摩周湖に着いたとき……」


 ホーリーの話が続く。


永久0011年11月11日


***


 男の軍隊は、瞬示と真美があの完成第十二コロニーの戦場へ現れる前の時空間データを正確につかんでいた。ホーリーとカイトの緑の時空間移動装置がそのデータに基づいて時空間移動


[234]

 


したところは、瞬示と真美が真っ逆さまに落下した摩周湖が巨大な球形に変化して上空に移動したが、まだ安定しない巨大な時間島のすぐ近くだった。しかも男の軍隊と女の軍隊が戦っていた完成第十二コロニーに時空間移動する直前だった。ホーリーは時間島から発信される移動先の時間軸と時間点、空間軸と空間点を示す独特な識別信号を計測する。


「ホーリー中尉、あの巨大な黄色い球体の上空に同じような、いえ、小さな黄色い球体の存在を確認!」


「何?あっ、これは!」


 カイトの言う小さな時間島に超巨大時間島が吸収される瞬間がモニターに映される。小が大をのみこむ奇妙な現象が今まさに目の前で起こる。ホーリーはモニターと計器を交互に見やる。


「識別信号が弱くなった。消えてしまいそうだ」


 時空間移動装置がガタガタと振動する。


「危険です」


 さらに振動が激しくなる。


「カイト、もう少しだ!」


 いわれるまでもなくカイトは激しく揺れる時空間移動装置を懸命に制御する。


「限界です!」


「識別信号が消えた!」


[235]

 


 あまりにも強い震動で操縦桿を必死に握っていたカイトの両手が外れる。時空間移動装置は強いショックを受けたあと音速を超える猛スピードで弾き飛ばされる。そしてホーリーもカイトも気を失う。時空間移動装置は阿寒湖付近の原始林の中にすさまじい速度で落下する。


 シートベルトがちぎれるほどの衝撃を受けてカイトは操縦席から投げだされて完全に意識を失う。ホーリーはシートベルトに守られているが、時々うなり声をあげる。


 ふたりとも生命永遠保持手術のおかげで、意識がないものの自らの生体を回復しようと熱を帯びる。そして、折れた骨で血まみれになった全身の機能を回復しようとする。


 一日ほどたってからふたりの身体に変化が現れる。


 カイトの身体からは温もりが消えて皮膚が茶色に変りはじめる。やがて生命永遠保持機能が停止する。皮膚が徐々に茶色から土色に変化する。やがて全身が土となって身体の形がゆっくりと崩れる。そして破れた戦闘服のすき間から土が漏れる。生命永遠保持手術を受けた者の死が訪れる。


 ホーリーは相変わらず高熱にあえぐ病人のようにうなされるが、出血は止まっている。


 さらに一日が経過する。ホーリーは目を開けるとハアハアと苦しそうに息をする。しばらくして血がこびりついた震える手でシートベルトを外す。そのとたん、ごろんと床に倒れこむ。そこには土と化したカイトの死体が横たわっていた。


「カイト……」


[236]

 


 ホーリーの目に見る見るうちに涙がたまる。すぐ気を取りなおして上半身を起こすと目の前の救急ボックスのノブを力強く引く。驚異的な回復力だ。ボックスからビンを取り出してふたを食いちぎると中の液体を一気に飲みほす。再び横になって涙に濡れた目を閉じる。そしてそのまま深い眠りに陥る。


永久0011年11月14日


***

 さらに一日近くホーリーは眠った。次に目が覚めたときにはあのたくましい身体に戻っていた。複雑骨折していたところはすべて回復している。


 ホーリーはロックを解除して時空間移動装置のドアを跳ねあげる。大きく息を吸いこんで酸素を肺に送りこむと針葉樹林の中にいることに気が付く。周辺の木々がなぎ倒されている。


「運が良かった」


 針葉樹林がクッションになって時空間移動装置を受けとめたのだ。ホーリーはまずエアバキュームで土となったカイトの遺体を吸いこみ、ドアから外へ吐きださせる。


「カイト、安らかに」


 ホーリーは弱い風に散る土に向かって黙礼する。そして操縦席に座ると目の前の様々なスイッチを操作する。モニターに時空間移動装置の模式図が現れると、ホーリーはしばらくの間そ


[237]

 


の画像をなめるように見つめる。


「良かった!この程度の損傷なら俺にでも修理ができるぞ」


 ホーリーは飛び上がるほどの声を発して操縦席の横の椅子に移動する。


「通信システムも無事だ!」


 マイクが飛びだす。


「黄色い巨大な球体に遭遇し……」


 ホーリーはすぐに時空間通信を開始する。


「……樹海の中にいて現在移動不能。直ちに時空間移動装置の修理にかかる」


 手短に報告を終えると操縦席に戻ってモニターを丹念に見つめる。


「さて、修理にどれぐらいかかるのか」


 ホーリーは立ち上がって救急ボックスの横の大きなボックスのノブを引く。


「装置内の食糧では持たないなあ」


 レーザー銃とリモコンを手にする。


「まずは食糧の確保だ」


 ホーリーが外へ出て数メートルほど歩くと、時空間移動装置のドアが自動的に閉まる。


 永久0012年6月


[238]

 


***

 ホーリーの話が終わると瞬示が思い出すように信号を発する。


【超巨大時間島が膨張をしているときに、もうひとつ青い球体が見えた】


 真美は信号ではなく肉声で返事する。


「民宿で見たあの青い球体と同じものかしら」


「民宿?海辺の一軒家のことか?」


 ホーリーの質問に真美が大きくうなずく。


「もしそうなら、さっきも言ったとおり、その青い球体は女の軍隊の時空間移動装置だ」


 ホーリーが断定する。


「ホーリー、なぜ民宿に現れた青い球体のことを知ってるんだ?」


 瞬示が改めて尋ねる。


「時空間移動装置が時空を移動するとき、識別信号を発信する」


「識別信号?」


「識別信号を発信する装置が時空間移動装置に組み込まれているわけではないが、どんな物体でも時空を移動するときに自分の航路が時空に伝えられる」


「時空間を移動するときのルールなのか」


「そうだ。あまり大袈裟に考える必要はない」


[239]

 


 ホーリーが人なつっこい笑顔を見せる。


「例えば狭い道ですれ違うとき、何となくお互いに譲り合う仕草をするだろ?」


「目線を合わせて、少し身体を斜めにすることを言っているの?」


 真美がホーリーの笑顔に引きこまれる。


「そう。言葉に出さなくても『どうぞ』というような仕草をするだろ。それが識別信号だと考えればいい」


「なるほど」


 瞬示も真美もケンタも納得する。


「ところで時間島って何だ?」


 今度はホーリーが質問する。


「黄色い球体のことよ」


 ホーリーの脳裏に完成第十二コロニーで見た黄色い球体と摩周湖で見た巨大な黄色い球体が浮かぶ。


「そうか。その時間島っていうのは当然時空間を移動できるんだろ?」


「もちろん」


 瞬示が得意げに応えると真剣な表情に戻したホーリーが考えこむ。


「あの完成第十二コロニーに現れた時間島の識別信号は強力だった」


[240]

 


 瞬示はホーリーの言葉から民宿のコンピュータのモニターに表示された完成第一コロニーという文字を思い出す。


「完成第十二コロニー?」


「瞬示と初めて出会った星のことだ」


「完成第一コロニーっていうのは?」


「それは女の軍隊の本部がある星だ」


 ホーリーは一瞬、なぜ瞬示が完成第一コロニーのことを知っているのか興味を持つが、思考を時間島の識別信号に切り替える。そして混乱した考えを整理するために言葉を並べる。


「摩周湖上空の巨大な時間島が発信していた識別信号は最初極めて強力だったのに、急に弱くなって消滅した」


 瞬示と真美にはホーリーの言葉の意味がわからない。瞬示が言葉を続けようとするホーリーにじれったそうに尋ねる。


「それより、どうして民宿の上空にいた青の時空間移動装置のことを知ってるんだ?」


 ホーリーは返事をしない。何かを深く考えている。瞬示も真美もじれてホーリーの心の中をのぞきこむとその思考を信号として拾う。


【時間島という黄色い球体が完成第十二コロニーで強烈な識別信号を発信してくれたから、軍は時間島の移動元を摩周湖と特定できたのに、俺が見たあの黄色い球体、ふたりが時間島と呼


[241]

 


ぶ球体の識別信号はなぜあんなに弱くなったんだろう。しかも完成第十二コロニーへ時空間移動する識別信号を発信しておきながら、なぜか時空間移動せずに消滅してしまった……】


 ここでホーリーの思考が中断するが目は固く閉じられたままだ。ふたりは我慢して待つ。


【ということはあの巨大な時間島は完成第十二コロニーへ移動しなかったということなのか】


 今度は力強く思考が前進する。


【軍の計算ではあのとき時間島が摩周湖から完成第十二コロニーへ時空間移動したはずなのに、なぜ俺が見た時間島は完成第十二コロニーへ時空間移動しなかったのだ?俺がここへ来た原因がなかったことになる!】


 ホーリーは自分自身の思考がふしぎな結論に達したことに混乱する。瞬示も真美もホーリーの思考を何とか理解する一方で疑問も共有する。そのときホーリーの思考が停止して通常の会話に戻る。ふたりはホーリーの心の中をのぞきこむ作業を中止する。


「ちょっとほかのことを考えていた。さっきの話だが、昨夜女の軍の時空間移動装置の識別信号を捕捉した」


「?」


 瞬示と真美が少しだけ首をひねる。


「つまり女の青い時空間移動装置が活動を開始したシグナルを捕らえた」


 瞬示と真美が相づちを打つ。


[242]

 


「俺は急いで女の時空間移動装置が識別信号を発信した空間に移動した」


「あの民宿に?」


「そうだ」


 瞬示が海岸で時空間移動装置の格納庫に降りようとしたときに見た緑に輝くもの、そしてケンタも見たと言っていた空の一角が緑色に輝いたのは、ホーリーの緑の時空間移動装置だった。


「あの民宿近くに到着したときは青い時空間移動装置はそこからすでに移動した直後だった」


「爆発したのじゃなかったのか」


「時間島からの光線で爆発したと思ったわ」


 連発するふたりの言葉にホーリーが叫び声をあげる。


「時間島からの光線?そうか!女の時空間移動装置の識別信号とは別に重々しい識別信号の痕跡が残っていたのは時間島のものだったのか」


 ホーリーは座席をくるっと回して背を向けるとコントロールパネルを叩く。


「やっぱり、この痕跡のパターンはあの完成第十二コロニーで捕らえた黄色い球体の識別信号と同じパターンだ」


 再びホーリーが瞬示と真美に身体を向ける。


「なぜ気が付かなかったんだろう。独特の識別信号なのに」


「独特?」


[243]

 


「俺達や女達の時空間移動装置の識別信号とは似ても似つかぬ風変わりな識別信号なんだ」


「どんな風に?」


「いや、簡単に説明できないが、その時間島は今より二か月先(永久0012年8月)のしかも海辺から約千二百キロメートルほど南西方向に移動している」


 瞬示はホーリーの言葉の内容を確認しようと地図を思い浮かべるが、すぐにあきらめる。


「地図、ないかなあ」


「わかった。地図で説明しよう」


 ホーリーの目の前のモニターに日本列島が現れる。北海道の右下の陸と海の境目、すなわち民宿のあったところにポインターが表示されると、そのポインターがゆっくりと左下に移動する。モニター右上に距離が表示される。「1200」という数字が表示されたとき、ポインターが停止する。そしてその位置がクローズアップされる。


「そこには御陵が!」


 瞬示と真美が同時に叫ぶ。確かにあの民宿から真夏の御陵にふたりが移動したのと合致する。そこでふたりは巨大土偶に遭遇した。瞬示はこのことをホーリーに伝えずに話題を変える。


「ところで女が乗っていた青い時空間移動装置はどこに行ったんだ?」


「あまり遠くへは行ってないはずだ。恐らく何とか攻撃を避けるのが精一杯だったんだろう」


 ホーリーはコントロールパネルから瞬示に視線を移す。


[244]

 


「女の兵士に会ったのか」


「ふたりいたけれど、ひとりは死んだわ」


 真美が腕時計を見つめる。「0012」と表示されている。


「俺は不時着後、時空間移動装置を修理してから約半年の間、時間島の識別信号やひょっとしたら、すでに摩周湖の周辺にやってきているかもしれない女の軍隊の青い時空間移動装置の識別信号をずーと待ち焦がれていたんだ」


ホーリーの言葉が少し感傷的になる。


「さっきの話によると青い時空間移動装置も摩周湖に現れていたんだ」


 ホーリーが笑みを浮かべて言葉を続ける。


「時間島との馴初めを教えてくれないか」


***

 時間島となった摩周湖にのみこまれたあと、その摩周湖が巨大な時間島になって、その時間島で完成第十二コロニーに移動してホーリーやサーチの戦闘に巻き込まれたこと、そこからケンタの民宿に移動したことを、ふたりはもう一度ホーリーに詳しく説明する。


【その先のことも話す?】
【今は話さない方がいいと思う】


[245]

 


【どうして】
【消化不良になる】
【そうね、わたしもよくわかっていないものね】


 ホーリーの返事がないことに不安になってふたりは再びホーリーの意識の中に侵入する。そばにいるケンタには何のことかさっぱりわからない。ケンタは三人が再び黙りこんだので時空間移動装置の内部を観察する。


【時間島が現れたときは識別信号が非常に強かった】


 やっとホーリーの思考が再開すると、その思考を信号化して取りいれる。


【あれは安定化せずに暴走した時間島の識別信号だったんだ。暴走して完成第十二コロニーへ時空間移動するはずだったのに、時空間移動しなかった。なぜだ!瞬示と真美が止めた?だが、ふたりは確かに完成第十二コロニーに来た】


 ホーリーの頭の中ではっきりとした疑問が形成される。突然ホーリーは何かに気付いたように身体を伸ばして操縦席の横にある装置のスイッチを押す。ホーリーが上半身をひねったままの姿勢でその装置を操る。


「これだ!」


 ホーリーの目が輝く。


【摩周湖の上空で、強力だが不安定な識別信号を発信していた巨大な時間島のすぐそばで、と


[246]

 


ても安定した同じ種類の識別信号が存在していた】


 ホーリーはふたつの時間島のまったく異なるデータを発見して興奮する。


【そのひとつは青い時空間移動装置からの信号では?】


 瞬示が我を忘れてホーリーの心の中に直接信号を送ってしまう。


 ホーリーは頭の中に瞬示の言葉が直接鳴り響いたことに電気ショックを受けてひねっていた上半身をケイレンさせる。上半身を支えていたホーリーの腕がずれて床に倒れそうになる。


「今のはなんだ!心が読めるのか!」


 ホーリーが上目づかいで瞬示を鋭くにらむと瞬示はイタズラをした子供のようにうなだれる。ホーリーは姿勢を立て直すと両手で側頭部を押さえつけて大声を出す。


「教えてくれ!」


 ホーリーの額に見る見るうちに汗が吹きだす。

 

「完成第十二コロニーというあの星から北海道に戻ってきてからしばらくして……」


 瞬示ができるだけ冷静にしゃべりだす。


「ぼくらがどういうふうにして摩周湖にのみこまれたのかを、偶然見る機会があった」


「偶然というと」


ホーリーが頭から両手を外す。瞬示に代わって真美が応じる。


「話が長くなるわ」


[247]

 


 ホーリーは手の甲で額の汗をぬぐってふたりを交互に見つめる。


「どんなに長い話になろうと構わない」


「どこから話せばいいのか」


 瞬示は迷うが、富士山から摩周湖上空で真美のいた時間島に空間移動したところから話を進める。


「なぜ、富士山の上空にいたのだ」


「それ以前のことはまた説明するから黙って聞いてくれないか」


「わかった」


 ホーリーが素直に首を縦に振る。瞬示と真美が再び交互にしゃべりだす。ふたりの話にホーリーは終始驚く。ホーリーの頭は今にも破裂しそうに熱くなる。ケンタはただうろたえるだけで黙って三人を見つめる。


「……ふたつの時間島のうち、わたしたちがいた小さい方の時間島が大きい方の時間島を吸収したの」


 瞬示と真美の話が一通り終わるとホーリーはしばらく沈黙を守る。


 時間島を利用しなくても空間移動できるのはもちろんのことテレパシーや人の心を読むことなど、すごい能力をふたりは持っている。そしてホーリーはある重大なことに気が付く。


「瞬示や真美は因果律に踏みこんでいる」


[248]

 


「えっ!どういうこと?」


 瞬示より真美が先に反応する。


「よくわからないが、瞬示と真美には原因と結果をひっくり返すことができる能力がある」


「原因と結果をひっくり返す?」


 瞬示が復唱する。


 ホーリーがふたりにではなく、自分自身に言い聞かせるように口を開く。


「俺は完成第十二コロニーへ来た瞬示と真美のスタート地点を探しにこの時空間にやってきたのに、そのスタート地点が消えてしまった!」


 大きい方の時間島は本来なら完成第十二コロニーへ時空間移動するはずだったのに、もうひとつの小さな時間島に吸収されて完成第十二コロニーへ時空間移動できなくなった。ホーリーはこう解釈した。


「でも、自分たちの意志で大きい時間島を抱えこんだんじゃない」


 瞬示がホーリーの考えに抵抗する。


「わたしたちがいた時間島が勝手に、もう一組のわたしたちがいた大きな時間島を吸いこんじゃったの」


「ぼくらは何もしていない」


「時間島が因果律をひっくり返したとでも?」


[249]

 


「よくわからないけれど、時間島は意志を持っていると……思うの」


 真美は自分の言葉に戸惑う。


「時間島が生き物だって?」


 ホーリーが驚くと瞬示が真美の感覚に同調する。


「確かに機械ではないようだ」


 ホーリーが太い腕を組む。


「時間島の成分は?」


***

「それに、この世界はわたしたちがいた世界とは違うの」


「どういう事だ?」


 ホーリーが半信半疑の表情を見せる。


「ぼくらが住んでいた世界はこの世界より少し遅れているような感じがするんだ」


「歴史も違うわ」


「生命永遠保持手術なんていうものはない」


「この世界では明智光秀が天下を取ったんでしょ」


「ぼくらのお金、この世界では使えないし」


[250]

 


 瞬示が小銭入れからコインを一枚取り出すとホーリーに手渡す。ホーリーは丹念にそのコインを見る。


「わたしたちの世界じゃ、徳川家康が天下を取ったのよ」


するとケンタが初めて口を開く。


「徳川家康は明智光秀の家来で、明智光秀が天下を取ったあとは、明智幕府の大老になった」


すぐさまホーリーがケンタにうなずく。ホーリーとケンタは同じ世界に生きている。


「ホーリーはわたしたちを殺すために来たんでしょ」


 真美の言葉が急にきつい口調に変わるが、ホーリーはためらうことなく素直に肯定する。


「命令ではそうなっている」


「女の軍隊の方も同じだろ?」


「そのとおり。向こうの方が冷酷だと思うぜ」


 真美はホーリーの言葉に反発を感じるが、なぜか納得する。


「民宿で毒をもられたわ」


 ホーリーが即座に反応する。


「分子破壊粒子を?」


「分子破壊粒子!」


 瞬示と真美は老婆の部屋のモニター画面の文字を思い出す。


[251]

 


「生命永遠保持手術を受けた者は少々のことでは死なない。そのため、相手を毒殺するために開発された薬物だ」


「でも、民宿では女の兵士が簡単に死んじゃった」


「それは真美のエネルギーが強力だからだ」


「ぼくら、手術は受けていない」


「手術を受けていないのにすごい能力を持っている」


真美はあのとき無意識のうちに手加減せずにピンクの光線を放った。真美の表情が暗くなったのを見てホーリーがなぐさめる。


「仕方ないじゃないか、殺し屋に手加減しちゃ殺されてしまうぜ」


「ぼくはレーザー銃で撃たれたけど何ともなかった」


「わたし、びっくりしただけで、気が付いたら相手が倒れていた」


 やはり真美にはショックなのだ。人を殺したことには違いない。


「これからどうするかだ」


 ホーリーは真美の気持ちを察して話題を変える。瞬示がそんなホーリーの心遣いに期待もこめて気遣う。


「この先、いっしょに行動したいが、どうだろ?」


「願ったりかなったりだが、俺には一仕事残っている」


[252]

 


「一仕事?」


「もうひとりの女を捜す」


「えっ」


 真美と瞬示が目を丸くする。


「とにかくこの時空は危険だ。いつ俺達や女達の追っ手がくるとも限らん」


 そのときモニターからピッピッピッという音がする。と同時に真美が状況の変化を機敏に捕らえてホーリーに告げる。


「わたしたち、行かなければならないわ」


 ホーリーが飛び上がって驚くとコントロールパネルを操作して時間島の独特な識別信号を確認する。そして時空間移動装置のドアを跳ねあげると外に半透明の直径一メートルほどの黄色い球体を見つける。


「あれは!」


「時間島よ」


 ホーリーが肉眼ではっきりと時間島を見るのは初めてだ。


「あんな小さなものにふたりが乗れるのか?」

 
「いや、大きさは決まっていない」


 瞬示の言葉に反応するように時間島が見る見るうちに膨張する。それを見てホーリーは驚き


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つつも納得する。


「これが時間島か」


「わたしが名付け親よ。行かなければ……」


 ホーリーを除いて三人が時空間移動装置から降りる。ホーリーだけが時空間移動装置に残ってモニターを確認しながらコントロールパネルを操作する。


「すごい!はっきりとした識別信号を送ってくる。まるですべての時間が溶けだしたような感じだ」


 ホーリーが興奮しながら時空間移動装置から降りると瞬示とケンタの会話が聞こえてくる。


「ケンタ、ここでお別れだ」


 ケンタが真美と瞬示を見つめて絶句する。真美が近づくホーリーに頭を下げる。


「ケンタを頼めるかしら」


 ふたりは返事を待つこともなく時間島に吸いこまれると時間島が消える。ホーリーは音もたてずに時空間移動する時間島に脅威を感じると、時空間移動装置に戻ってモニターを見つめる。


「これは時間の残がいを意味しているのか」


 ホーリーが時間島の移動先のデータを収集しようと、必死でコントロールパネルを操作する。


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