第十七章 星になった時間島


【時】永久0215年
【空】前線第四コロニー
【人】瞬示 真美 住職 ホーリー サーチ ケンタ 忍者 Rv26


***

 再び工場に戻るとにわかづくりの食堂でアンドロイドが調理した軽食を舌鼓する。アンドロイドは人間のための食糧も確保している。


「うまい!」


 住職に促されてお松が箸をつかむ。無口な忍者たちも食事をしながらお松の無事を喜んで談笑すると、やっとお松が落ち着きを取り戻す。住職は独特の言い回しで笑いを誘いながらお松から話を引きだす。しかし、ホーリーとサーチは笑うこともなくお松の情報にただ驚く。ケンタはただ黙って話を聞くが瞬示と真美がいないことに気付く。


***

 食事の必要がない瞬示と真美はRv26に単独インタビューしようとを工場の外に誘い出す。


[366]

 


Rv26は警戒することもなくいっしょに時間島に向かう。ふたりにはRv26が時間島に何の反応もしなかったことが気になっていた。アンドロイドは驚くことがないのかもしれないが何か引っかかるのだ。


「なぜ、真っ先にぼくに握手を求めたんだ?」


「オフタリノ名前ハ知リマセンデシタガ、ワレワレハ瞬示サント真美サンノデータヲ持ッテイマス」


 瞬示と真美はRv26を驚きの眼差しで見つめるだけで言葉が出ない。反応がないのでRv26が続ける。


「男ト女ノ軍隊ガコノコロニーノ中央コンピュータニ、氏名不詳デスガ、オフタリノデータヲ保存シタカラデス」


 ふたりはホーリーの話を思い出す。


【そうだ!ここは前線第四コロニーだ】


 完成第十二コロニーで戦争に巻き込まれたふたりのデータがこの星にある。


【データの内容はわからないけれど、確実にぼくらのことを知っている】

【親しげに握手を求めるほど、わたしたちのことを知っているんだわ】


 瞬示はRv26ではなく、この前線第四コロニーの中央コンピュータに恐怖心を持つが、真美は気軽に質問する。


[367]



「西暦という暦を知っていますか?」


「イイエ」

 

 時間島に到着すると瞬示が時間島を指差す。


「この黄色い球体を見たことがありますか?」


「黄色イ球体トハ双方向性機能ヲ持ツ高度ナ時空間移動装置ノコトデス」


 瞬示は先ほどの恐怖心を棚上げして緊急質問する。


「時間島のことを知っているのか!」


「装置名ハ時間島トイウノデスカ。知ッテイルトイウ言葉ノ範囲ガヨクワカリマセンガ、定義ナラ部分的ニデータヲ保有シテイマス」


「そのデータを教えて欲しい」


 Rv26の耳が光りだすと赤い点滅を繰り返す。


「双方向性機能ヲ持ツ高度ナ時空間移動装置。推定制作者ハ原始人形。アンドロイドニ対シテ危害ヲ加エルモノデハナイ。ソノ他複雑ナ機能ヲ持ッテイル。以上デス」


 Rv26がひとつひとつ区切って答える。


【制作者は原始人形ってあの遮光器土偶のことなのかしら】


 真美の疑問を共有すると即座に瞬示が質問する。


「『制作者は原始人形』という意味を教えて欲しい」


[368]

 


 ふたりが興奮しながらRv26の返事を待つ。


「原始人形ハ遮光器土偶ト呼バレテイル土偶ニ近イ容姿ヲシテイマス」


【やっぱり!】


 瞬示の信号を無視して真美がRv26に質問する。


「遮光器土偶というのは?」


「遮光器土偶ハ土デ造ラレタ人形デス」


「土の人形が時間島を製造したのか」


「イイエ、遮光器土偶ニ近イ容姿ヲシタ原始人形ガ時間島ヲ製造シタノデス」


 Rv26が言う原始人形と遮光器土偶を混同したまま真美が質問を続ける。


「もし人形が時間島を製造したのなら、どのようにして製造したの?」


「真美サンノ質問ニ答エラレルデータハアリマセン」


 ふたりは質問のまずさに気付くこともなく手当たり次第に疑問を並べる。


「『その他複雑な機能』というのは」


「コレ以上ノデータハアリマセン」


 ふたりが落胆の表情をあらわにする。もし、ここにホーリーがいればRv26、いや中央コンピュータの応対は異なっていたかもしれない。


 ホーリーなら原始人形、すなわち巨大土偶と時間島の関係に迫る質問をしたかもしれない。


[369]

 

 

しかし、ふたりは巨大土偶と遮光器土偶を同じもの、あるいは区別せずに質問をした。


「それじゃ、『双方向性機能を持つ高度な時空間移動装置』という意味は?」


「人間ガ製造シタ時空間移動装置ハ現時点ト過去トノ間ノミ移動デキマスガ、時間島ハ制限ガナク未来ヘモ自由ニ移動デキマス。コノコトヲ双方向性機能トイイマス」


【未来にも移動ができる】

【未来って?】


 ふたりは信号で会話をした後、Rv26に尋ねる。


「いつから未来なの?」


「今カラ後ノ時間ノ流レヲ未来トイイマス」


【ということは、未来に逃げこめばホーリーやサーチの軍隊は追跡できないのか?】

【瞬ちゃん】


 真美には瞬示が発した信号の意味がのみこめない。


【安心して旅ができるって事にならないか?】

【わたし、よくわからない】


「制限事項ヲ見ツケマシタ」


 Rv26が付け加える。


「生命永遠保持手術ヲ受ケタ者ハ時間島ヲ使ッテモ未来ニハ移動デキマセン」


[370]

 


【!】


「ホーリーやサーチやお松は時間島で未来へ移動できないということか?」


「サーチサンハデキマス」


「でもサーチは生命永遠保持手術を受けているわ!」


 真美が食いさがる。


「受ケテイマセン」


「えっ!」


 Rv26の声に感情はこめられていないが、ふたりには強い否定のような響きに聞こえる。


「サーチは生命永遠保持手術を受けているのに」


 瞬示が不満そうに繰り返す。


「受ケテイタトシタラ、生命永遠保持手術ノ効果ガ消滅シテイルトイウコトニナリマス」


「効果が消滅した?」


 瞬示に続いて真美がRv26に問いただす。


「効果が消えたら、どうなるの」


「老化ガハジマリマス……」


 真美がRv26の言葉を強く遮る。


「サーチに老化が始まっているの?」


[371]

 


 Rv26の耳が一回だけ強く光る。


「確認デキマセン」


 真美の耳にRv26の言葉が冷たく響く。


「生命永遠保持手術ノ効果ノ消滅原因ニヨッテ、老化ノ速度ガ異ナルノデ、スグニ確認デキナイ場合ガアリマス」


 Rv26が真美の質問の主旨を理解したのか、それともいったん切った言葉をただ単に続けただけなのかわからないが、真美は納得する。


「Rv26は、あのメンバーの中で生命永遠保持手術を受けているのはホーリーとお松だけだと言っていたな?」


 瞬示が慎重に尋ねる。


「ハイ」


「もう一度聞くけれど、サーチは?」


「受ケテイマセン。アルイハソノ効果ガ消滅シテイマス」


「なぜわかるの?」


「生命永遠保持手術ヲ受ケタ人間ハ微弱ナガラ独特ナ信号ヲ出シマス」


「どんな信号なんだ?」


 Rv26の応答がなめらかになる。


[372]

 


「自分ノマワリノ危険性ヲ探ルタメノ信号デ、全身カラ出テイマス」


「気が付かなかった」


「わたしたちは?」


「オフタリカラ信号ハ出テイマセン」


【Rv26!】


 真美が強い信号を発してから、もう一度尋ねる。


「今、信号を感じなかった?」


「信号ハ全ク出テイマセン」


 瞬示と真美があ然として顔を見合わせる。


「生命永遠保持手術の効果が消滅したら老化が始まるというほかに、起こりうることがありますか」


「女ノ場合ニ限ラレマスガ……」


 Rv26の耳が一呼吸置くようにゆっくりと輝く。


「……女ラシクナリマス」


「女が女らしくなる?」


 瞬示が首をひねる。


「ワタシニハソノ意味ガワカリマセン」


[373]

 


 真美も首をひねる。生命永遠保持手術の効果がなくなれば、永遠の命を失うから歳をとるのは理解できるが、女が「女らしくなる」とはいったいどういうことなのか。ふたりはRv26の顔をしげしげと見つめる。


「Rv26の耳はなぜ点滅しているの?」


「中央コンピュータニ、アクセスシテイルカラデス」


 ふたりはなるほどと今度は顔を見合わす。


【Rv26ではなく中央コンピュータが、時間島は『アンドロイドに対して危害を加えるものではない』と判断しているんだ!】


 瞬示と真美は中央コンピュータの存在の大きさに驚く。


「それじゃ、時間島が『アンドロイドに対して危害を加えるものではない』は?」


 ふたりは興味深くRv26の返事を待つ。


「危害ヲ加エラレタコトガ無イトイウデータガ存在シマス」


「いつ?」


 ふたりは声をそろえて答を急かす。


「時空間バリアーガ時間島ニヨッテ自動解除サレタ永久0215年6月10日16時02分11秒ノトキデス。続キノデータヲ受信中デス」


「永久0215年6月10日というのは、先ほどぼくらがここへ来た日か?」


[374]

 


「ハイ。時間島ガ時空間バリアーヲ破壊セズニ自動解除サセタ事実ヲ分析シタ結論ガ『アンドロイドニ対シテ危害ヲ加エルモノデハナイ』デス」


 もしも時間島だけだったら、時空間バリアーを解除させることなくこの前線第四コロニーに到着していたかもしれない。時間島にとって時空間バリアーのエネルギーなど大したものではないはずだ。ホーリーの時空間移動装置が前線第四コロニーに侵入できるようにわざわざ時空間バリアーを解除させたのだろう。だから、アンドロイドが友好的にホーリーに接しているのかもしれない。


 瞬示はこのように考えてから真美に信号を送る。


【やっぱり、ホーリーは付録だったんだ】


 真美が瞬示の考えを理解するとRv26に頭を下げる。


「ありがとう」


 Rv26には真美の態度の意味がわからない。


【時間島で未来へ行くべきなのか】

【わからない】


 瞬示がRv26に静かに告げる。


「Rv26。ぼくらちょっと時間島で休むことにします」


「ワカリマシタ。ワレワレハ準備ヲシテオキマス」


[375]

 


「準備?」


「瞬示サン達ガ次ノ目的地ヘ行クタメノ準備デス」


 Rv26はくるりと背中を向けてアンドロイドの製造工場に向かって歩きだす。その耳は赤く輝いている。


***

 ふたりは溶けるように時間島に入る。


【遮光器土偶の正体はわからないままね】

【Rv26に期待したんだけどな】


 瞬示と真美が残念そうな信号を送りあう。


【ここから先が本当の未来か】

【今まであまり怖いという感じはしなかったけれど】

【少し疲れたなあ】

【頭の中がこんがらがってきた】


 興奮しているが時間島の中で揺れるふたりの裸体が心地よさそうに見える。


【時間島はどうするつもりなんだろう】

【このまま寝こんだら、またどこかのふしぎな世界へ運ばれるのかしら】


[376]

 


【未来でも男と女は戦争を続けているのか?】

【サーチの話では男は性欲の塊で不潔だと】

【でも、性欲がなければ子孫を残せない】

【生命永遠保持手術を受けると確かに子孫は必要ないわね】

【ホーリーの話では子供を産まなくなった女は冷酷だと】
【母性がなくなると冷酷になるのかしら】
【あっ!】
【どうしたの】
【Rv26が言っていた『女らしくなる』という意味がわかった!】


 真美は即座に瞬示の理解を共有する。


【生命永遠保持手術の効果が消えると母性を取り戻すんだわ】
【子供が産める身体に戻るのか】
【そうかも】


 瞬示がふと住職と歩いた寺の参道のイメージを送る。


【住職が助けようとした参道で男に絡まれたふたりの女のことを覚えているか?】
【助けてもらったのに、住職をほったらかしにしたふたりでしょ】
【男が必要じゃないなら、あんな格好しなくてもいいのに】


[377]

 


 瞬示はなぜかケンタの民宿の近くのお花畑で花を次々と摘む真美の姿を思い出す。


【あんな格好で人混みの中を歩くなんて私にはできないわ】
【満員の通勤電車の中で痴漢してくださいって催促しているようなもんだ】
【でもスタイルに自信があったらもっと派手な服を着るかもしれない】


 瞬示は横で漂う細身の裸体を見つめながら驚く。注目を集めたいけれどさわられたりするのはイヤだという女の気持ちを理解できないのだ。瞬示は目を閉じてホーリーの話を思い出す。


【捕虜になった男は去勢されるらしいが、去勢されると戦う気力がなくなるとホーリーが言ってた】

【サーチの話では捕虜になった女ははずかしめを受けるらしいわ】
【憎しみで戦いはエスカレートするばかりか】
【でも、ここは平和だわ】
【人間は戦争ばかりしているけれど、アンドロイドは平和に暮らしている】
【アンドロイドが平和主義者で、人間は戦争ばっかりしているなんて、何か変だわ】


 ふたりの話題は男と女から人間とアンドロイドに変わる。


【時空間バリアーで保護されている限り、ここは平和だ】
【どちらかの軍隊が時空間バリアーを突破する時空間移動装置を開発したとしても、ここを攻撃する理由がないものね】


[378]

 


【いや、この星を攻撃する理由がないわけでもない】
【えっ】
【ぼくらの存在さ。どちらの軍隊もぼくらはふしぎな存在のはず、いや誰が見てもふしぎな存在だ。両軍ともここの中央コンピュータに保存したぼくらのデータを徹底的に分析している】
【そうね。くどい追跡が続いているものね】
【なぜ、彼らにとってぼくらの何が気になるのだろうか】
【わたしたちの超能力?時間島?】
 真美が瞬示の次の言葉を待つことなく信号を続ける。


【ひょっとして、わたしたち、永遠の生命を取りあげるかもしれない危険な存在なのかしら】


 瞬示は真美の直感に強く同調する。


【マミ、そうだ!それしか考えられない】
【わたしたちにそんな能力があるのかしら】


 時間島が呼吸をするように揺れる。


【瞬ちゃん、おやすみ】


 ふたりは深い眠りにつく。それは人間から見ると考えられないほどの深い眠りだ。なぜなら時間島というベッドでの睡眠だから。


[379]

 


***

 大量の時間が流れた後、時間島の外では大音響とともに青い光や緑の光が何回も輝いては消える。瞬示と真美はやっと深い眠りから覚めて時間島の外に出る。出たところは見覚えのあるアンドロイドの製造工場のすぐ前だった。


【時間島が移動している】
【ほんの少しだけの移動……】


 真美が信号を止めて瞬示の肩を強く叩く。振り向いた瞬示は真美がなぜ途中で信号を止めたのかをすぐ理解する。時間島は移動をしたのではなく、単に膨らんだだけだった。だから、ふたりは時間島を離れると工場のすぐ前に出た。


【時間島の形がおかしい】


 時間島はただ単に膨らんだのではなく、球体の形を放棄して地面にへばりつくように広がっている。まるで時間島の中心から水があふれて地表を黄色い水でおおうように広がっている。つまるところ、この星を黄色に塗り替えようとしているように見える。ふたりは摩周湖から湖水があふれだしたときの光景を思い出す。


 屋外の異変に気付いたRv26とホーリーが黄色の川が氾濫して床下浸水状態になった工場から飛びだしてくる。


「瞬示!」


[380]

 


 ホーリーがふたりのそばへ走りこむ。


「時空間バリアーガ持チマセン」


 Rv26が抑揚のない大きな声を発する。


「三日ほど前から繰り返し繰り返し、両軍の時空間移動装置が追突してくるんだ」


 ホーリーが興奮して報告する。瞬示は信じられないという表情をして尋ねる。


「この前線第四コロニーに両軍がいっしょに訪れたら、立ち入ることができるんじゃ?」


「事前ニ両軍カラ一緒ニ連絡ガアル場合ダケデ、今回ハ何ノ連絡モアリマセン」


「それどころか、先陣を争うようにこの前線第四コロニーに侵入しようとバリアーの外で空中戦までしているんだ!」


 ホーリーがどうしようもないという表情をしたとき上空で数回大きな爆発音がする。真美はホーリーに瞬示が尋ねようとした言葉を引き継ぐ。


「あれから、いったいどれぐらいの……」


 ホーリーが真美の言葉を遮って叫ぶ。


「半年だ!」


「半年も!」


 瞬示と真美は半年間も時間島の中にいたことに驚く。


【また半年だ】


[381]

 


【摩周湖のときと同じだわ】
【今度はどこかへ行ったという記憶はないなあ】


 ふたりは摩周湖に吸いこまれてから民宿近くの川で気付くまでのことを思い出す。


「脱出シマス」


 Rv26の耳が光る。


「脱出?」


 瞬示がRv26に説明を求めたとき、真美が叫ぶ。


「瞬ちゃん!」


 視界が及ぶところすべてが薄く広がった時間島に包まれている。ヒザあたりまでしかなかった薄い時間島が徐々に厚みを増していく。すぐに身長よりも高くなり、地表から数十メートルの高さまで時間島が膨らむ。これが水なら全員おぼれて死んでいる。


 まわりすべてが黄色一色の世界になるとRv26の耳が強烈な赤い光を発する。


「脱出作戦ハ中止」


 全員が一斉にRv26に注目する。


「前線第四コロニーハ時間島ニヨッテ完全ニ包囲サレマシタ」


 時間島が強く輝きだすと薄い黄色から輝いている分、白っぽい黄色に変化する。目を閉じていてもまわりが黄色一色に感じられるほどの輝きだ。瞬示と真美の衣服が消える。ホーリーも


[382]

 


だ!ホーリーのたくましい肉体が現れる。


 工場からサーチや住職たち全員が出てくる。お松の紺色の戦闘服が溶けて消滅する。しかし、サーチを含むほかの者の衣服は消えない。全員その場に倒れるように深い眠りにつく。


「繰リ返ス。脱出作戦ハ中止」


 Rv26の声だけが残る。


 はるか上空でこの前線第四コロニーを眺める者がいるとしたら、コロニーは黄色一色の星に見えるだろう。そして、この黄色に輝く星が目の前から一瞬にして消えてしまったことを目の当たりにするはずだ。


[383]

 

 

[384]