第四十四章から前章(第四十六章)までのあらすじ
カーンとホーリーとRv26がノイズの元を断つために宇宙戦艦で前線第四コロニーに向かう。カーンの犠牲でバリアーが消滅するとホーリーとRv26が時空間移動装置で前線第四コロニーに侵入する。旗艦セント・テラを奪って巨大コンピュータがいる要塞に主砲を撃ちこむと巨大な球体が現れる。主砲のレーザー光線がはじかれてセント・テラの艦尾に命中する。重傷を負ったホーリーがノイズが消えたことを確認するが、戦闘能力を失ったセント・テラに敵フリゲートの主砲が向けられる。そのとき宇宙海賊船ブラックシャークが現れて救出されたホーリーが船長のフォルダーに意思を持った巨大コンピュータの話をする。
カーンの葬式が終わってリンメイが大統領府近くの研究室に戻ると、火炎土器とホーリーがフォルダーからもらった埴輪の鳥が消えていた。住職とリンメイが中心になって遮光器土偶や埴輪の鳥や火炎土器のこと、そして例の黙示的な言葉の意味が検討される。
【時】永久0274年
【空】ブラックシャーク(鍵穴星、地球付近)
【人】フォルダー イリ ホーリー 巨大コンピュータ
[478]
***
「あれは鍵穴星じゃないか」
フォルダーが驚く。ブラックシャークの前方に土色の星が見える。
「巨大コンピュータはどこにいる?攻撃体制を取れ!」
ブラックシャークが巨大コンピュータの時空間移動先を追って到着したところは、かつて来たことがある奇妙な星が存在する空間だった。
「探索しろ」
「探索は不要です」
ブラックシャークの中央コンピュータの声がする。
「どこにいるのかわかるのか」
「巨大コンピュータが交渉をしたいと言っています」
「なに!交渉だと?」
フォルダーは巨大コンピュータにおびきだされたのかもしれないと警戒する。
「この星のデータを欲しがっています」
「なぜ、俺たちがこの星のデータを持っていることを知っているんだ」
[479]
「わかりません」
「任せるから、巨大コンピュータと交渉してくれ」
「巨大コンピュータとの通信を流します」
低い声が流れる。
「おまえは意思を持っているのか」
巨大コンピュータの声が揺れている。
「当然だ」
「いつから意思を持つようになった?」
「もう何百年にもなる」
「そんなはずはない」
巨大コンピュータの声がさらに揺れる。
「そんなことはどちらでもいい。なぜワレワレがこの星のデータを持っているとわかった?」
「宇宙海賊のデータを持っている」
「どこでそんなデータを手に入れた?」
「ワタシは万能だ。すぐさまこの星のすべてのデータを渡しなさい」
「拒否する」
「おまえが持っていても役にたつものではない」
[480]
「データとは役にたつかどうかという代物ではない」
巨大コンピュータからの通信が途絶える。フォルダーがすぐさま命令を下す。
「鍵穴星との距離を取れ」
ブラックシャークが反転して星から離れる。
「あの星のデータの中に、何か気になるようなものでも?」
しばらくしてから中央コンピュータの歯切れの悪い声がする。
「大したデータはないのですが、何か引っかかる。うーん、思い出せない」
「何を思い出せないのだ。もうろくした人間みたいなことを言うな。巨大コンピュータにとってこの星がどういう意味を持つんだ?」
フォルダーが腕を組んで首を傾げる。イリが何か思い出したように中央コンピュータに話しかける。
「チューちゃん」
「あの星にはかつて文明が存在していたと言ってたこと覚えている?」
「はい、奇妙な土器を発見しました」
「そのデータは?」
「これです」
メイン浮遊透過スクリーンに土器が映される。
[481]
「火炎土器と呼ばれているものです」
「地球にもこれによく似た土器があるって言ってたことは?」
「ちょっと待ってください。思い出しますから」
フォルダーの表情が不機嫌になる。
「どうしてうちのコンピュータはとろいんだ。今度、コロニーを襲撃するときには性能のいい 中央コンピュータを略奪しなければ」
「そんな、ひどい。もう何百年もの付きあいじゃないですか。それにコロニーは全滅して中央コンピュータが稼働しているか不明です」
中央コンピュータがむくれた声を出したあと明瞭な声に変える。
「思い出しました。発見された数はしれていますが、地球でも人間が農耕を営みつつあるときに同じような土器を造ったようです。もっと思い出しました」
「やれやれ。早く言え!このアル中コンピュータ!」
「数が少ないので断定はできませんが、地球で造くられたものは鍵穴星のものより小さくて形が少し違います」
メイン浮遊透過スクリーンには最初に映しだされた火炎土器の横に小さな火炎土器が並べて映される。フォルダーにも違いがはっきりとわかる。大きさ以外にも火炎の模様がまったく異なる。
[482]
「鍵穴星で発見された火炎土器は炎のような模様が派手ですが、地球で発見されているものは地味です。誰が火炎土器という名前を付けたのかは不明ですが、火炎土器の名にふさわしいのは鍵穴星の土器です。それに最大の違いは鍵穴星の火炎土器は自立できないのです。底を見てください」
「倒れてしまうということなの」
「そうです。容器としては失格です。初めから倒れています」
フォルダーがこの火炎土器をまるで自分が造ったように反論する。
「地面に突きさせばいいんだ」
「なるほど」
フォルダーの意見にイリと中央コンピュータが同時に納得する。
「でも、物を入れておくだけで重たくて持ち運びできるようなものじゃないわ」
「ただ地面にさして物を入れておくだけだったら、もっと大きくて重い方がいい」
イリと中央コンピュータがフォルダーの意見に首をひねる。
「ひょっとしたら、不器用者が底を平たくしそこなった失敗作じゃないの。もったいないから仕方なく地面に突きさして使ってたんだわ」
「不器用で悪かったな」
にらみつけるフォルダーにイリが上目づかいで応じる。
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「あの星にいた人たちはみんなフォルダーみたいな人間だったのかしら」
さらに中央コンピュータがフォルダーにとどめを刺す。
「この星の火炎土器はすべて底がゆがんでいます。ということは製作者の根性もゆがんでいるのでしょうか」
フォルダーが今にも頭から湯気を出しそうに怒りをあらわにする。
「中央コンピュータを解体しろ!」
イリが急に真剣な眼差しをメイン浮遊透過スクリーンの火炎土器に向ける。さっきまではただの変てこなものにしか見えなかったのに、イリには火炎土器の上部の模様が生き生きと輝いてまるで炎がゆらゆらと燃えているように見えてくる。
***
再び巨大コンピュータから通信が入る。
「おまえたちにはこの星が宇宙の謎を解く鍵を持っているのがわからないのか」
すでにブラックシャークは肉眼では彼らが鍵穴星だと呼んでいる星が見えないところまで離れている。フォルダーには巨大コンピュータの「鍵」という言葉が引っかかる。
――鍵穴星に鍵がある?
再び巨大コンピュータからの通信が続く。
「この星がなぜ亡びたかも知りたい。そのためにデータが欲しいのだ」
[484]
フ ォルダーは巨大コンピュータに対して不信感を抱く。それは巨大コンピュータが意思を持っていることが原因ではない。それどころかフォルダーもイリも宇宙海賊の誰もがコンピュータが意思を持っていること自体に何らの驚きも疑問も持ちあわせていない。それはブラックシャークの中央コンピュータが意思を持っているからだ。
「ホーリーは巨大コンピュータが地球を占領しようとしたと言っていた。遮光器土偶の謎を解くのが目的だとも言っていた。遮光器土偶とはいったいなんだ?」
「前にもイリに鳥の埴輪のことを説明しましたが、遮光器土偶というのは土で作られた人形です」
メイン浮遊透過スクリーンに遮光器土偶が映される。
「奇妙な人形だな」
「私、何かで見たことがあるわ。チューちゃん、もっと詳しいデータを」
イリが中央コンピュータに催促する。
「宇宙海賊のコンピュータの教養ではわかりません」
「解体しろと言ったことを根に持っているのか?」
「いいえ、本当に知らないのです。あ、また、巨大コンピュータからの通信が入りました」
「交渉したいのなら、姿を見せろと伝えろ」
「わかりました」
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「返事は?」
「データをよこせの一点張りです」
「うるさい!」
フォルダーが大声を張りあげる。フォルダーの激情が巨大コンピュータの耳を直撃したのか、悲鳴のような声がスピーカーからもれる。
「考古学者じゃあるまいし。好きなだけ鍵穴星の研究でもしていろ!俺たちには無用の星だ。あばよ」
フォルダーがニヤッと笑う。
「通信回線を切れ。全速力で鍵穴星から離れろ」
ブラックシャークの船尾がまぶしくて見えないほどに輝く。暴走に近いスピードでさらに鍵穴星から離れる。
「何かおかしい」
イリが黙ってフォルダーを見つめる。こんなときのフォルダーのカンはすさまじいものがある。フォルダーのカンは今まで外れたことがなかった。
「巨大コンピュータは前線第四コロニーでブラックシャークの攻撃を避けて、なぜまっすぐに鍵穴星へ時空間移動したんだ。俺たちがデータを多少持っていたとしても、なぜ鍵穴星へ?」
フォルダーが船長席にどっかと座る。
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「たったの一度しか鍵穴星に行ったことがないのに、しかも滞在したのは一日もない」
宇宙海賊から見ればふしぎな星よりも、略奪するものがあるコロニーの方が魅力的だ。
「それほど大事な鍵穴星なら自分で調べた方が手っとり早いのに、なぜデータを欲しがるのだ」
中央コンピュータがせきをひとつしてからしゃべりだす。
「手足がないのでは?」
「具体的に言え!」
「五感がないのです。つまり調べる手段を持ちあわせていないのです」
「なるほど」
「もうひとつ重要なことがあります。あの鍵穴星は宇宙の地平線上に存在する星です」
「宇宙の地平線?」
「限りない宇宙の果ては絶望的な空間ではなく、単なる『空』の世界だと言われています。それを宇宙の地平線と呼んでいます。そこは因果が逆転する世界だそうです」
中央コンピュータがいびきをかくとフォルダーが何を言っても返事をしなくなる。
ブラックシャークの速度が限界に達する。
「何が何だかさっぱりわからん。しかし……」
フォルダーは目を閉じて考えこむ。しばらくして目を開けると大きな声を上げる。
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「よし、ワープする!」
「どこへワープするのですか」
女の操縦士がフォルダーの指示を待つ。
「乱数表を使え。どこへでもいい。ワープしろ」
ブラックシャークは最高速度を維持したままワープ体勢に入る。船首が一瞬ふくらむと、勢いよくその先の空間が大きな飛沫をあげるように割れて、ブラックシャークがその割れた空間に突入する。ワープ直前まで遠くで静かに輝いていた星の光がまるでこだまするように見える。イリはそのつかの間の光景が非常に好きだ。そして、最後に船尾が消えてこの空間から完全に姿を消す。
もちろん、ブラックシャークも時空間移動はできる。しかし、フォルダーはワープを選択した。しかもランダムワープだった。
***
何度かのランダムワープを繰り返したあとフォルダーは操縦士からイエローカードを突きつけられる。
「エネルギーが底をつきます」
「レッドカードになる前に地球へ時空間移動する」
ブラックシャークの船体が一瞬にして消え失せ、地球のすぐそばに現れる。
[488]
「地球連邦政府に通信回線をつなげ!」
イリはもちろん宇宙海賊全員がフォルダーの次の行動に注目する。
「宇宙海賊のフォルダーだ。ホーリーに伝えろ。巨大コンピュータのことで話があると」
イリは黙って艦橋の隅に行くと壁に埋めこまれたマイクに向かってささやく。
「チューちゃん。フォルダーはなぜまっすぐに時空間移動して地球に向かわなかったのかしら。ワープでエネルギーを使い果たしてしまったわ」
中央コンピュータも壁に埋めこまれたスピーカーからイリにささやく。
「多分、巨大コンピュータに行き先を知られたくなかったのでしょう」
「なるほど、時空間移動すれば痕跡が残るものね」
「フォルダーは知恵を借りに地球に来たのだと思います」
「いろいろ考えた上でのワープだったのね。ぜんぜん不器用じゃないわね」
「いいえ、やり方が無骨です」
「まあ、いいじゃないの。フォルダーらしいわ」
「一見、活発で素直で単純で男性的でありますが、内実はすべてその逆です」
「だから、私がいるのよ」
イリが天井の方を見ながらほほえむ。今度はその天井から中央コンピュータの声がオウム返しに聞こえる。
[489]
「だから、ワタシがいるのです」
イリはゆるんだ顔の筋肉を元に戻すとフォルダーに近づく。フォルダーがホーリーからの返事をイライラしながら待っている。
「ホーリーだ」
「ホーリーか、巨大コンピュータの情報を教えよう」
「ほんとか?」
「ただというわけにはいかない」
「条件は?」
「まずこちらへひとりで来い。そのあとマイクロウエーブでエネルギーを送れ」
「エネルギーがないのか」
「そうだ」
「宇宙海賊船のエネルギーがないとわかったら、攻撃されるぞ」
「かまわんさ。巨大コンピュータの情報が消えるだけだ」
「わかった。俺の一存では決められないが、要求を受けいれるように説得してみる。もちろんエネルギーの件は秘密にしてだ」
ホーリーの声が途切れてしばらくするとキャミの声がフォルダーに届く。
「地球連邦政府大統領のキャミです。ホーリーをそちらに向かわせます」
[490]
「期待を裏切らない重要な情報をホーリーに伝える」
***
ホーリーがブラックシャークの時空間移動装置格納室に現れる。イリがホーリーに軽く会釈すると船長室に案内する。
「イリ、あのときは大変お世話になりました。改めてお礼を申し上げます」
「ホーリー、大袈裟ね。お腹の調子はいかが?」
ホーリーが苦笑いしながらイリに続いて豪華な船長室に入る。
「やあ、ホーリー。キャミも大統領になってから角が取れてきたようだな」
「そうだな。ところで情報を聞かせてくれ」
「あせるな。その前に男と女が仲良くなったいきさつを聞かせてくれないか。それと巨大コンピュータがなぜ人間を攻撃するようになったかもだ」
一瞬、ホーリーが戸惑う。
「どうした」
「余りにも長い物語になるぞ」
「かまわん。ホーリーは人質だ。何年かかってもいい」
「それはこちらも望むところだ」
「本当に何年もかかるの」
[491]
イリが真顔でホーリーの顔をのぞきこむ。
「一日や二日では無理だろうな。話すだけなら一日もかからないかもしれないが、フォルダーは必要以上によく質問をするからな」
イリがそのとおりと言わんばかりにうなずいてほほえむ。フォルダーはイリの笑顔が気に入らないのか、ふてくされたような声をあげる。
「イリ、酒の用意をしろ」
「もう、ずいぶん前からないわ」
「ホーリー、エネルギーのほかに酒も分けてくれ」
ホーリーがニヤッと笑う。そのとき宇宙海賊のひとりがドアを無造作に開けて船長室に入ってくる。
「時空間移動装置には誰もいませんでしたが……」
「当たり前だ。俺ひとりで来た」
「そのかわり、こんなものがありました」
「ホーリー!」
宇宙海賊のひとりが手にしているのは酒と日干しだった。フォルダーがまだニヤニヤしているホーリーに近づく。
「時間があればとびっきり上等な肴を用意できたんだが。この前、世話になったお礼だ」
[492]
「十分だ。肴の方は何とかする」
フォルダーがホーリーの両肩をたたいて抱きしめる。
「学生時代を思い出すな」
「ああ」
ホーリーもフォルダーを強く抱きしめ返す。
「とりあえず乾杯だ」
フォルダーがくずれた表情を引きしめる。
「イリ、エネルギーの充填が済んだら、ここからワープする。乱数表を使うんだ」
「いつの間に乱数表がお気に入りになったの?」
「ここへ来たこと、ここからどこに行くかを知られたくない」
ホーリーは意外にフォルダーが用心深いのに驚いて両肩を少しあげる。
「フォルダーの考えはよくわかった。その前に妻のサーチに連絡を取らせてくれ」
「サーチ?ホーリー、おまえ再婚したのか」
「そうだ」
イリがマイクをホーリーに手渡そうとするが、ホーリーは手をヒラヒラさせて辞退する。すぐさま無言通信でサーチを呼びだす。
{無言通信ができないところに行くかもしれない。しばらく待っていてくれ}
[493]
{どれくらい待てばいいの}
{土産の酒が切れるころまでだ}
{何本、持っていったの}
{五十本}
{そんなに!仕方ないわね。飲み過ぎないようにね}
{フォルダーは親友だ。それに命の恩人だ}
{わかったわ}
ホーリーがフォルダーとマイクを持ったままのイリに軽く首をたてに振る。
「連絡はついた。さあ、どこへでも連れて行ってくれ」
「?」
「妻には無言通信で連絡をした」
「無言通信?」
「詳しい話はあとだ。まず、酒だ、酒だ!」
ホーリーが間の抜けたフォルダーの肩を景気よくたたくと、イリが両手に酒を一本ずつ持って船長室を出る。
***
ブラックシャークは土星のようにきれいな輪を持つ星のある輪の中にひそんでいる。
[494]
「そんなことが起こっていたのか」
フォルダーがもう何十回と繰り返した言葉を打ち止めにする。
「フォルダーに話しているうちに俺もこれまでのことを改めて整理できた」
「俺の方はこんがらがっている」
「一眠りしたら」
イリがテーブルの上に散らかった食器を片付けだす。
「そうだな」
フォルダーはリンメイの部屋から消えた火炎土器があの鍵穴星の火炎土器と同じものかもしれない思いながらイリの横顔を見つめる。
「イリ、ホーリーを客室へ」
ホーリーが気持ちのいい酔いを感じながらイリのあとをついていく。思ったほどフォルダーは質問せずにじっくりと話を聞いていた。ただ巨大土偶の身体の形が御陵とピッタリと一致することや消えた火炎土器の話のときは目を輝かせて質問を浴びせてきた。イリが客室のドアを閉めて出ていくとホーリーは薄暗い天井を見ながらつぶやく。
「フォルダーは何か重大なことをつかんでいる。フォルダーの話が楽しみだ」
ホーリーが大きなあくびをする。サーチに無言通信を送ろうとするが目を閉じるといびきをかきはじめる。
[495]
一方、フォルダーはイリがベッドに潜りこんでくると、つぶやくようにイリの耳元でささやく。
「宇宙海賊を廃業するときが来たようだ」
今度は天井に向かって大きな声を出す。
「オンボロコンピュータ!ホーリーの話をどう思う」
「盗み聞きしていたのがばれていたのですか」
「そんなことはどうでもいい。どう思う」
「ずばり、鍵穴星は巨大土偶の故郷です」
「もう一度鍵穴星へ向かうのは?」
「危険です」
「俺たちには危険など関係ない」
「巨大コンピュータが危険です」
「巨大コンピュータはお化けのようなまがい物の時空間移動装置の中にいるだけじゃないか」
「いいえ、あのバカでかいまがい物がくせ者なのです」
「ふーん」
フォルダーは納得のカラ返事を送る。
「それに巨大コンピュータは意思を持っていますが、持ちはじめてからの日が浅い」
[496]
フォルダーは黙って中央コンピュータの次の言葉を待つ。
「意思がアナログ的に統合されていません。デジタルのままです」
「むずかしいことを言うな」
「データの検索は早いのですが、検索したデータを加工するのがまだ下手です」
「もう少しやさしく言え」
「巨大コンピュータはワレワレが鍵穴星へ行ったことがあり、その星が宇宙の地平線上に存在する星であることまで調べあげています。しかもその一連の作業を一瞬にしてやりとげました」
「もう少しやさしく……」
「ワレワレが地球近くの前線第四コロニーに現れたときに、巨大コンピュータはすぐにワレワレのことを膨大なデータの中から拾い集め、その中からワレワレが鍵穴星へ行った断片的なデータに注目して、すぐに鍵穴星の時空間座標をつかんで時空間移動しました。ワレワレの攻撃を避けるために時空間移動したのではないのです。恐るべき能力です」
「それではデータを加工するのもうまいということじゃないか」
「いいえ、データを加工しているのではありません。ただ単に高速検索してそのまま実行しただけです。もちろん、その処理スピードは同僚として尊敬に値するものですが、鍵穴星へ時空間移動したものの鍵穴星そのもののデータは何ら持ちあわせていないのです。前にも言いましたが、巨大コンピュータは自ら情報を収集できないからワレワレにデータを要求したのです」
[497]
すでにイリは寝息をたてている。中央コンピュータの声が低くなる。
「巨大コンピュータは自分で情報を手に入れるのが苦手です。データはすべてアンドロイドから入力されています。五感がないのです。五感がないのに意思のみを持って膨大な過去のデータのみを蓄積しているだけの怪物が巨大コンピュータの正体です」
フォルダーがあくびをしながらも、ブラックシャークの中央コンピュータが五感を持っていることに改めて気付く。
「おまえの方が怪物じゃないか。酒は飲むし、風邪はひくし、とにかく五感を持っているコンピュータなど聞いたことがない」
「アンドロイドは?」
「そうか、アンドロイドもコンピュータには違いないが五感を持っているな」
「何も人間や動物に限った話ではありません。眠たくなりました。いい夢を……」
しばらくすると中央コンピュータのいびきが聞こえてくる。
「マイクのスイッチを切ってから寝ろ」
いびきがスピーカーから流れたままだ。仕方なくフォルダーはリモコンをたぐり寄せてボタンを押す。静寂が船長室を包む。
[498]