【時・空】永久０２４６年・月
　　　　　西暦２０３０年・壮大寺
【人】ノロ　フォルダー　イリ　ホーリー　サーチ　住職　リンメイ　大僧正　最長

永久０２４６年

＊＊＊

「リンメイ、俺たち永久の世界じゃ、遮光器土偶や火炎土器といった遺物はあまり発見されていないのに、なぜ一太郎の西暦の世界ではあんなに多く発見されているんだ？」

　ノロは全員に落ち着きが戻ったところでリンメイにたずねる。

「よく知っているわね」

　リンメイがノロの質問に感心する。

「二十年近く西暦の世界で暮らしたけれど、確かに色々な遮光器土偶や火炎土器が出土していたわ」

「西暦の世界でも、遮光器土偶が何に使われていたのか、もちろん、あの奇妙な火炎土器がなんのために造られたのかはよくわかっていないようなんだが、そうなのか」

 

[438]

 

 

　リンメイが目を丸くしてヒザを乗りだす。

「そのとおりよ」

　ノロはいつの間にか手にした「遮光器土偶と火炎土器の謎」という本の青いしおりがはさまれたページを開くとリンメイに手渡す。リンメイはそのページの文章を読むと写真を眺める。

　リンメイの表情が見る見るうちに険しくなる。

「ぜんぜん気付かなかったわ」

　リンメイの視線は遮光器土偶の頭部と火炎土器の口の部分の模様を拡大した写真に釘付けになる。住職もリンメイの横でうなずきながら本を見つめる。

「制作された年代が二千年も離れているのに、模様がまったく同じなんて信じられないわ」

「そう、制作年代が二千年も離れているから、その先入観で共通点に気付かないばかりか、まったく別の遺物と思いこんで正当な評価もせずに放置してしまうんだ」

「二千年……」

　リンメイが視線をノロに移して弱々しくうなずいたあと、手にした本を閉じて表紙を確認すると絶句する。表紙の下の方に「壮大寺大僧正著」と印刷されている。

　リンメイは震える手で住職に本を差しだす。住職は目元をピクッさせると取り乱すことなく念仏を唱える。

「因果応報。果因報応」

 

[439]

 

 

　そして目を閉じるとリンメイの肩に手を置く。ノロは住職とリンメイの急変した態度に驚いてふたりの会話に神経を集中させる。

「大僧正は知っていたのじゃ」

 

「遮光器土偶や火炎土器のことをでしょ？」

　住職はリンメイに「もちろん」という表情をするが、まったく違うことを言葉にする。

「ノロの言う六次元の世界のことをじゃ」

　ホーリーがリンメイから本をひったくると表紙を確認する。

「壮大寺、大僧正……」

　サーチがホーリーにピタリと身を寄せる。

「著者が大僧正だからといって、大僧正が六次元の世界のことを知っているなんて、飛躍しすぎているわ」

　ホーリーはほんの少しだけうなずくと、しおりがはさまれたページを開く。

　黙って話を聞いていたノロがついに我慢できなくなって住職に大きな声をあげる。

「この本の著者の大僧正のことを教えてくれ」

「まあ、落ち着くのじゃ」

　住職がさとすように言うが、それは自分に対する言葉でもある。

「大僧正の堂々とした態度は仏に仕える身だから当然だとしてもじゃ、修行を積み重ねているから当然だとしてもじゃ、普通の僧侶の域をはるかに超えておった」

 

[440]

 

 

　問題のページを読み終えたホーリーがすぐさま反応する。

「そう言えば、確かに大僧正の行動というのか、対処の仕方というのか、人間と言うよりは神わざに近い感じがした」

「それは神わざではなく仏わざじゃ」

　すぐさま住職がホーリーの言葉を訂正する。サーチはホーリーの抱いた感覚を完全に共有して大きくうなずいてみせる。

「遮光器土偶と巨大土偶、巨大土偶と火炎土器の関係をなんらかの形で知っているとすれば、大僧正は瞬示と真美と同じタイプの人間とは言えまいか」

「西暦の世界にもすごい人物がいるのね」

　リンメイが住職の言葉に合わせる。

「違う。わしが言いたいのはじゃ……」

　住職の言葉をホーリーがさえぎる。

「こんなことを言うのは差し障りがあるかもしれないが……」

　神妙に前置きしてからホーリーが言葉を続ける。

「俺たちの世界より、西暦の世界は科学の面ではかなり遅れているような感じがする」

「そんなことはないわ」

 

[441]

 

 

　リンメイがすぐさまホーリーに反発するとサーチも同調する。

「無言通信を発明したのは一太郎と花子よ」

　ホーリーの背筋がぴーんと伸びる。

「俺の目は曇っている」

「ホーリーの言うことに一理ある」

　住職の言葉にリンメイが意外な視線を向ける。

「一言で言えば、科学が進歩していないということは、精神面で強いものを持っていることになるのじゃ」

　ノロがこの住職の言葉に強く引かれる。ホーリーが恥ずかしそうに笑う。

「生命永遠保持手術のお陰で肉体は若いけれど頭は相当古くなっているようだ」

　住職が笑いながらホーリーの頭をポンとたたく。

「それに気が付くということはまだ若い！」

　ノロはゆっくりと床に座るとそのまま大の字になる。笑っていたホーリーと住職はそんなノロを見て黙る。サーチも床に張りついたノロを見つめながらイリに近づいて耳元でささやく。

「ノロはいったい何歳なの」

　イリが目をパチクリさせて言葉を探す。イリ本人もそうだが生命永遠保持手術を受けてからもう何百年たったのだろうか。それでもノロは純真な少年の心を失うことなく、もう一方で人生を確実に重ねた経験豊かな大人の心も持ち合わせている。

 

[442]

 

 

　イリはサーチに返事をすることを忘れてノロに対する自分の気持ちを目を閉じて素直に心の中で表現していく。

　永遠に続く白い縦糸に虹色の横糸をごく自然に織りこんだ天使のような存在だとノロに陶酔していた。そう思ってしまうのは永遠の命を得た代償として子供を産めなくなったためで、本来女性に備わっている母性のはけ口のようなものかもしれないと理屈をつけたこともあったが、かなり以前からなぜノロに惚れこんだのかを客観的に理解している。イリはノロに抱擁されたこともキスされたこともないのに、ノロといるだけで幸せな気持ちに満たされる。そこに何かがある。

　イリがサーチに倒れこむが、サーチは満足そうな表情のイリにうらやましい気持ちを抱く。突然、ノロが立ちあがるとイリになんの反応も示さないばかりか、リンメイにきっぱりと言う。

「大僧正に会いたい！」

　ノロに応えたのは中央コンピュータだった。

「西暦の世界に時空間移動する必要があります」

＊＊＊

「確かめてから行動するか、それともいきなり行動するか」

　ノロの言葉に挑発的なものを誰もが抱くが、当の本人はまったく意に介することなく次の展望を描こうとする。

 

[443]

 

 

「ノロはどちらを選ぶつもりなんだ」

　フォルダーはひょっとしたら、もうノロとは昔のように「おい、おまえ」というような気軽な付き合いができなくなるかもしれないとさびしい気持ちを抱く。ノロはまっしぐらに宇宙のカラクリを解き明かそうと疾走しているように見える。ところが、ノロにしてみれば急がず、あわてずのマイペースで、教師にいい点をつけてもらおうと一所懸命テスト勉強をしているわけでもない。

「俺たちの世界、つまり永久の世界がばらまいたゴミのせいで六次元の世界に迷惑をかけたのかもしれないなあ」

「そうかもしれない」

　ホーリーが相づちを打つ。

「ところで実は時空間移動装置を発明したのは俺なんだ。豊臣時空間工業に務めていたときに俺が考えだした装置だ」

　ノロが急にしんみりと言葉を吐く。ホーリーは混乱した思考を整理することもなく反応する。

「ノロの言ったとおり、戦争でばらまいた地雷がその後訪れた平和な世界の人間の命を奪い、どれだけ恐怖におとしいれたことか」

　ホーリーに大きくうなずきながらノロがつなぐ。

 

[444]

 

 

「俺たちはもう少し謙虚にならなければならないのかもしれない。俺が発明したんじゃないけれど、たとえば原子力発電所はどうだ。原子力発電所自体が問題なのではない。きっちり建設して正しく運用すれば、原子力発電所ほど人類に貢献した設備はそれまでなかった。しかし、それは神わざに近いほどの困難な作業だった。原子力を手に入れた人間は初めて火の使い方を知った人間となんら変わっていないことを忘れてはいけない。それに……」

　ノロはサーチが何か発言したそうに口元をゆるめているのに気付いて言葉を止める。サーチも同じ想いを持って自分なりに悲痛な感想を口走る

「最初は誰もが気軽に宇宙旅行できるようにと豊臣時空間移動工業が開発した、いえ、ノロが発明した時空間移動装置が、その後の様々な事故で結果的には六次元の世界の生命体や物質を引きずりこんでしまったのね」

　ノロは大きく首をたてに振ると、サーチをやさしく見つめて解説を続ける。

「もっと単純な例で説明すると、大昔自動車が発明されたころ、誰も人をひき殺そうと思って運転しているのではないけれど、自動車がずいぶんと人を殺してきたのと同じようなことが色々な分野で起こったということだ。戦争ほどひどくはないにしろ、もし戦争がなければ、交通事故死が最も多いかもしれないし、寒さから人を救うはずのストーブの事故で一酸化炭素中毒で死ぬ人が一番多いかもしれない。信号機をつけてルールを決めても、酒を飲んで運転して人をひき殺す人間もいる。もちろん殺そうとして運転しているのではない。早く帰って寝ようとしているだけだ。それがエアカーの出現で事態がいい方向に変わったわけでもなかった」

 

[445]

 

　ノロはわざと横道にそれたが、ホーリーはその横道から話を本道に戻す。

「時空間移動装置を発明したノロのに突撃インタビューをしたい。あの時空間移動の前に現れるシグナルはどういう仕組みになっているんだ。それに時空間移動したあとに残る特殊な痕跡の仕組みは？」

「時空間移動前に出すシグナルは、エアカーで言えばクラクションだ。俺はここにいる。そしてこれからおまえの前を通過するから気を付けろとクラクションを鳴らして警告する」

「なるほど」

「時空間移動後の痕跡は到達先で衝突しないように移動先の時空間座標を知らせるための次元波だ」

「どちらも次元波を利用しているのか」

「そうだ。しかし、放出される次元波は同じものではない。最初のシグナルは時空間をつらぬくような直線型の次元波だ。もうひとつのシグナルは渦を巻いて同じところに長く留まることができる渦巻き型次元波だ」

「そのように考えて、ノロが時空間移動装置に次元波を発生させるようにしたのか」

　ノロが首を振る。

「誰が考えたものでもないし、時空間移動装置にそのような装置が搭載されているわけでもない。勝手にクラクションは鳴り、ウインカーが点滅するんだ」

 

[446]

 

 

「そんなこと、考えられない」

　リンメイが静かに否定する。

「どんな物でも、時空間移動する場合、まわりの物質が時空間移動する物に作用して、シグナルを時空間移動先に発すると同時にもうひとつのシグナルを残す」

　リンメイが強い抵抗を試みる。

「もしそれが正しいとしたら、真空の空間から時空間移動するときの説明ができないわ」

「いい質問だ」

　ノロはまるで教授にでもなったように口調まで変えて説明を続ける。

「言葉が足らなかった。真空の世界というものは何もない世界ではない」

　住職が鋭く割りこむ。

「真空とは真にカラの世界だから真空というのじゃ」

「そうだわ。何もないところでどうやってシグナルを出したり、残したりできるの」

　リンメイがダメを押す。

「そうではない。真空の世界は宇宙の根源なんだ。真空の世界にはダークマターやダークエネルギーが満ちあふれている。」

　フォルダーとホーリーが強くうなずくと、ホーリーがノロの意見を肯定する。

 

[447]

 

 

「宇宙大学でそんなことを学んだ記憶がある」

「まあ、たくさんはいらないが、ほんのひとつの原子、正確に言うと量子がひとつあればいい。その量子を利用して、他次元の物質を呼びこんでシグナルを記録しながら、移動先に飛びだしてゆく。もう一方は痕跡としての時空のゆがみを通じて移動先の座標をその場所に残す。ひとつの量子が同時にこれを実行するんだ。量子というものは一人二役を演ずることができる｣

　ホーリーとフォルダー同時にうなずく。

「どうやら、これは時間と空間を持っている世界すなわち三次元以上の世界で時空間を移動するときに必然的に発生するルールだ。この次元波は信号機のようなもので、道路が交わるときに必ず信号機があるように、時空間移動するときに必ず現れる信号機のような代物だ」

「やっぱり想像の域を超えているわ。でも、うっすらとわかってきたような気もするわ」

　リンメイが楽しそうにノロを見つめる。

「信号機は誰が見たってその色の意味するところは同じだ。赤は刺激的で足を止めるべき警告を示す色だ。緑は気持ちのいい、やすらぐ色で前向きに行動を起こすことをうながす」

　ノロの心地よい講義が続く。

「俺が今まで説明した次元波も信号機と同じものだと考えてくれ。三次元の生命体も六次元の生命体もこのシグナルから同じデータを取りだすことができるし、共通の認識を持つこともできる。とすれば、三次元の生命体は次元の高い六次元の世界へ行くことは通常できないが、六次元の生命体はその身体の一部を三次元の世界に露出することによって……確認できるかどうかは別として、同じルールで三次元の世界を時空間移動することができるはずだ」

 

[448]

 

 

　ホーリーが待ちきれないといった表情をして自分の考えを露出する。

「ノロの言うとおりだとすると、六次元の生命体や物体といっても簡単に三次元の世界にその身体の一部を露出することはできない。しかし、時空間移動に失敗した時空間移動装置が三次元の世界と六次元の世界を結ぶ役割を持っているとしたら、数えきれないほどの事故を起こした時空間移動装置が転がっているから、意識するしないにかかわらず六次元の生命体や物体の一部が俺たちの世界に姿を見せて混乱を与えていることを説明できる」

「時空間移動装置の誤作動がすべてなのね」

　サーチがホーリーに追従する。ホーリーが視線をサーチに変えてしゃべる。

「時空間移動に失敗した時空間移動装置が時空間のいたるところに落とし穴を掘りまくっているような感じがする」

　ノロはホーリーの見解を全面的に支持する。

「その穴からはルールに従った次元波のシグナルが発信されることはない。なぜなら、落とし穴は地雷のようなもので、爆発することだけが目的だから」

＊＊＊

「ノロの仮説が正しいとすれば、これから先、我々はどういう行動を取るべきなのか」

 

[449]

 

 

　フォルダーもノロの教授のような口調に影響を受けて上品な言葉をノロに向ける。

「何を改まっているんだ、フォルダー」

「いや、別に。巨大土偶を探索するのか、瞬示と真美を探索するのかという単純な選択の問題だと思っている」

「やっぱり、フォルダーは俺の親友だ、が、ががががが」

「なんだ、おまえ、故障したのか？」

「俺は、火炎土器を探しに行きたい。火炎土器こそが最大の謎だ」

　ノロがリンメイを見つめる。

「もちろん、瞬示や真美は重要人物？かもしれないが、火炎土器の方が重要だと思う」

　イリが首を傾げて「なぜ」と、ノロにしか聞こえない小さな声でたずねる。

「火炎土器だけが六次元の物体としての機能を持っていない。もちろん、器としても失格だ」

「火炎土器は六次元の世界の物質なの？」

　リンメイが即座に確認する。答えたのは住職だ。

「そうじゃ。大僧正はそのことを知っているのじゃ」

　ノロには火炎土器という器、そしてそのふしぎな模様を無視できない。なぜあのようなふしぎな形で三次元の世界に露出しているのか。瞬示と真美は人間と同じ形をしている。遮光器土偶や埴輪の鳥もそれなりの形をしている。しかし、火炎土器は合理的な形を放棄している。ノロは火炎土器になんらかの使命があると、そしてその延長線上に瞬示と真美の秘密が存在して
いると確信する。

 

[450]

 

 

つまり火炎土器が次元と次元をつなぐパイプではないかということだ。あせって結論を急いでいるわけでもないが、かといってその結論を検証することをためらっているわけでもない。瞬示と真美から火炎土器の正体を直接聞いたことがないのに正しく理解している。いや、ふたりより深く理解している。

「あのふたりに会えば言葉で様々な疑問を解決できる。非常に魅力的だ。でも、それ以上に火炎土器に興味がある。なぜなら火炎土器はしゃべらないからだ」

「火炎土器を調べるのなら、西暦の世界の方が豊富に存在しているわ」

　リンメイがノロに助言する。

「というわけで西暦の世界に時空間移動しようと思うのだが……」

　ノロがフォルダーに同意を求めると、フォルダーが疲れ切ったような声をあげる。

「移動先の時空間座標を正確に把握しているのか」

「もちろん」

　ノロが先ほどの本を取りだす。

「まず、大僧正に会わなければ」

「大僧正は西暦２０４４年に失踪して行方不明だ」

　ホーリーの言葉にノロはただ「ふーん」とだけ応える。ホーリーは残念さをにじませないノロをふしぎそうに見つめると重大なことに気が付く。

 

[451]

 

「ひょっとして住職の言うように、大僧正は六次元の世界を知っているだけじゃなくて六次元の生命体なのか」

　ノロがホーリーに向かって大きくうなずく。

「大僧正は生きているのか」

　ホーリーのこの言葉に誰もが驚いてノロの反応を待つ。

「それを確認したい！」

　ノロはホーリーの言葉を念頭に置きながら天井を見つめる。

「中央コンピュータが言っていたとおり、西暦２０４４年以前の時空間に行かなければ」

　ノロはまるで古い友人にでも会いに行くようにわくわくとする。ノロとホーリー以外の者は耳を傾けるだけで誰も口を開こうとしない。

「先ほど披露した俺の考えを聞いてもらって意見を聞きたいし、火炎土器を探す方法も教えてもらわなければ……」

「ちょっと待ってくれ」

　ホーリーがなんとか声を出す。

「大僧正が六次元の生命体だとすれば、過去に戻ったところで会えないのでは？ノロはいつかそう言ってたじゃないか。忘れたのか」

 

[452]

 

 

「覚えている。瞬示と真美のことだろう」

「そうだ！停戦会議が開催された前線第四コロニーに戻っても、カーン将軍やキャミ将軍には会えるが、六次元の生命体である瞬示や真美には会えないと言っていた。そうだろ！」

「そのとおりだ」

　あっさりとした回答にホーリーが言葉を失う。

「ホーリーの疑問はもっともだ。俺も最近気が付いたんだ。よくよく考えてみると、あのふたりはもとから六次元の世界の生命体ではなかった」

「えー」

　誰もがなんとも言えない声をあげる。ノロは構わず言葉を続ける。

「三次元の生命体として生まれる直前に六次元の生命体か、それとも物質からか、なんらかの影響を受けてふたり一組で六次元の生命体の体質を備えた。つまり三次元の生命体から六次元の生命体に変態したんだ。それにあのふたりは遮光器土偶に変態することはなかったし、巨大土偶に成長することもなかった。つまりニュータイプの六次元の生命体なんだ。それに引きかえ大僧正は六次元の純正の生命体だ」

　イリが頭をかきむしってノロを見つめる。

「限界だわ。理解できないことが山脈のように見えるわ」

　フォルダーはなんとかノロの話に追従しているらしく真剣な眼差しで見つめる。ノロはそんなフォルダーに言葉をかける。

 

[453]

 

 

「とにかく、俺は大僧正に会いに行く。段取りを頼む」

　ノロは言葉の勢いとは逆ににんまりと笑ってフォルダーに催促する。フォルダーがノロから視線を外してホーリーに移す。どちらからでもなくフォルダーとホーリーがお互いに近づいて言葉を交わす。

「ここはホーリーに頼るほかないな」

　ノロはフォルダーにうなずいてからホーリーに告げる。

「ホーリーに任す」

　ホーリーはノロに勧められるまま操縦席に座ると時空間移動操作パネルとその目の前のモニターを見つめる。ノロはただうなずくだけで何も言わない。ホーリーが座りなおすと透過キーボードを操作しながらモニターを確認して再び透過キーボードをなでる。

「壮大寺への時空間移動準備完了」

　ホーリーの声がブラックシャークの艦橋に響くと全員それぞれの席について身体を固定する。

「チェック終了！ホーリーの指示通りに時空間移動開始します」

　中央コンピュータのメリハリのきいた声がする。

西暦２０３０年

 

[454]

 

 

＊＊＊

　ブラックシャークが壮大寺のはるか上空に移動する。ホーリーは透過キーボードを忙しく操作する。

「あの建物の生体反応を投影します」

　イリがメイン浮遊透過スクリーンに人影を次々と映していくと、ホーリーがメイン浮遊透過スクリーンを確認する。

「今、この世界の壮大寺にいるのは俺にサーチに、ミト、五郎、ケンタ、リンメイ、住職……」

　ホーリーがここで言葉を切ると、住職がホーリーの言葉をつなぐように提案する。

「壮大寺に出向くよりはじゃ、大僧正にお出まししてもらった方がいいかもしれん」

「とりあえず無言通信で大僧正と連絡を取ってみる」

　ホーリーが住職の言葉を受けて無言通信で大僧正を呼びだす。

｛大僧正｝
｛わしを呼んだのは？｝

　緊張したホーリーがなんとか応える。

｛本当に大僧正ですか｝
｛妙なことを聞くな。何かあったのか、ホーリー｝

 

[455]

 

 

｛そうです。ホーリーです｝
｛ここにいるホーリーではないホーリーか？｝

　ホーリーは大僧正がすでに事態を掌握していることに驚く。

｛そちらにいるホーリーと顔を合わせることはできません｝
｛ここにいるホーリーが消滅するとでも言いたいのかな。それとも……｝

　大僧正はホーリーの無言通信に驚くこともなく返信する。驚き続けるホーリーが大僧正に洗脳されまいと冷静さを取りもどす。

――やはり大僧正は六次元の生命体なのか。瞬示と真美とどこが違うのか？

｛大僧正に是非お会いしたいという者がおります｝

　ホーリーは自分の意志を必死で確保してなんとか伝えるが、全身から脂汗がふきだす。そばでサーチが心配そうにホーリーを見つめる。

｛わかった。その方とお会いしましょう。どうすればいいのじゃ｝
｛庫裏から出て裏の方に回ってください。黒い時空間移動装置を差し向けます｝
｛わかった｝

＊＊＊

　ノロはブラックシャークの時空間移動装置格納室で大僧正を乗せた時空間移動装置が現れるのを今か今かと待ち続ける。目の前に時空間移動装置が現れるとその回転を落とす。回転が止まってドアが跳ねあがるとノロは乾いたノドにツバを送りこむ。黒い袈裟に包まれた大僧正が降りてくる。

 

[456]

 

 

　ホーリーとサーチ、そして住職とリンメイが簡単なあいさつをすると大僧正がごく自然に返礼する。ノロは待ちきれないといった表情をして自己紹介もせずに割りこむ。

「古本屋の主人とそっくりだ！」

　大僧正が頭の飾りをとる。

「わあ、坊主だ！」

「当たり前だ。わしはもとから坊主だ」

　ノロが真顔で大僧正を見つめる。ノロの予想が大きく外れた。大僧正がカラカラと笑う。

「この本を書いたのは？」

　ノロが「遮光器土偶と火炎土器の謎」という本を大僧正に差しだす。

「壮大寺大僧正著」

　大僧正がつぶやく。

「アイツ、こんなものを書いておったのか」

「えっ！大僧正が書いた本ではないのですか？」

「わしの双子の弟が書いたのだろう。間違いない」

　ノロは瞬間的にすべてを悟る。

 

[457]

 

 

「古本屋の主人をしていたあなたの弟さんからこの本をもらったことになるのか」

「古本屋の主人？」

「御陵の近くの駅前に古本屋があって、その主人は頭とひげを除いて大僧正にそっくりでした」

　大僧正が少し目を閉じてから、閉じた目でノロを見つめる。

「時間はあるのだろう。じっくりと話を聞かせてもらうことにしよう」

「お願いします。大僧正の話もたっぷりと聞かせてください。こちらへ」

　ノロがうれしそうに大僧正を船長室に案内する。

＊＊＊

「弟は若いときに壮大寺をあとにして、その後まったく音信不通になった」

「なぜ、突然家出……いえ、寺出をしたのですか」

「長男であるわしが壮大寺を引き継ぐことが決まっていたからだと考えておる」

「そんなものなのですか」

「別にそのようなしきたりがあるわけでもないのだが」

　あくまでも儀礼的な会話をノロと大僧正が意識的に続ける。

「この本はとても参考になりました。しかし、俺たちの……じゃない、我々の世界では遮光器土偶や火炎土器はほとんど出土しないのです」

 

[458]

 

 

「言葉遣いを気にせずに話されよ」

「すいません。日頃からいい加減にしゃべっているもので」

　大僧正がヒザをたたいて笑う。

「しかし、弟が古本屋を経営していて、それをノロ殿に預けたとは」

「ノロ殿はやめてください」

「いや、相当な人物だと聞いておる」

「えー、誰から聞いたのですか？」

　ノロはそれまでと違って大僧正を真剣に見つめる。儀礼的な会話がここでいったん停止する。別の表現をすればうわべの会話から腹の探り合いが始まろうとする。しかし、ノロの疑問に大僧正は黙ったまま初めて困惑したような表情を見せる。ノロは返事がないのを確認してから、あえて儀礼的な会話に戻す。
「たいしたことはしていません。勝手気ままに生きているだけです」

「なかなかできないことだ」

「弟さんに会える手立てはありますか？」

　大僧正が首を横に振るので、ノロは残念そうに大僧正を見つめる。

「まあ、古本屋を譲ってもらう前の古本屋の時代に時空間移動すればいいのだけれど」

　サーチがはっとして大僧正を見つめる。

 

[459]

 

 

――私は大僧正に無言通信のチップの埋込手術をした。ホーリーも無言通信で大僧正と会話をした。だったら……

　サーチは急に自信を失う自分をふしぎに思いながら、大僧正に絞り出すような声を向ける。

「弟さんに無言通信を試されましたか」

　大僧正の表情に緊張感が漂う。

「なるほど。しかし、弟は果たして無言通信のチップの埋込手術を受けたのだろうか。とにかく試してみる」

　大僧正の目が一瞬鋭く光るが、それを隠すように目を閉じると無言通信ではなく次元通信を開始する。

【弟よ】

　大僧正が何度か次元通信を繰り返す。しかし、返事はない。

「だめなようじゃ。お役にたてなくてすまない……あっ」

　大僧正の身体が一瞬硬直する。信号が帰ってきたのだ。

【兄者か】

　大僧正の弟から返ってきた信号も無言通信ではなく次元通信の信号だ。

【おう、広大（大僧正の名前）じゃ。最長（弟の名前）か】

　ノロ、ホーリー、そして無言通信を大僧正に提案したサーチの誰にも、大僧正とその弟が無言通信ではなく次元通信で言葉を交わしていることなどわかるはずもない。

 

[460]

 

 

【最長です。お久しゅうございます】
【どこにおる？】
【今は申しあげられません】
【おまえを捜しておる人間がいる】
【ノロですか】
【やはり、知っておるのだな】

　大僧正の顔に変化が現れる。ノロは大僧正が弟と無言通信に成功していると確信してその表情を見逃すまいと目をこらすが、船長室の天井のクリスタル・スピーカーが紫色に輝いていることに気付くと、それまでとは違った真剣な眼差しで大僧正を見つめる。

【ノロに伝えてください。いずれ会うときが必ず来ると】

　次元通信が切れて、大僧正のため息が流れる。

「弟と通信がつながったが、切れてしまった」

　ノロはうなずくと、とても期待できる雰囲気ではないことを十分承知したうえで大僧正の言葉を待つ。

「弟はノロ殿のことを知っていた」

「やっぱりだ」

 

[461]

 

 

　ノロだけではなく船長室にいる全員が驚く。

「今は会えないと。しかし、いずれ必ず会うときが来ると言って通信を一方的に切りおった」

　ノロが腕組みをして「うーん」と歯ぎしりする。

「弟さんがいたころの古本屋の時代に時空間移動しても、会えないような気がする」

　ノロが天井を仰ぐ。もうクリスタル・スピーカーが紫色に輝くことはない。大僧正は何かに気が付いたようにノロをしっかりと見つめる。

＊＊＊

「あまり大僧正を引きとめておくのも問題だ。ここは西暦の世界。異なった世界のしかも異なった時間帯での接触は短い方がいい」

　フォルダーがノロに忠告する。

「重要な用件がまだ残っているのなら仕方ないけれど、これ以上いたずらに大僧正を引きとめるのは確かにいいことではない」

　ノロはうなずきながら、同じくうなずく大僧正を正視する。

「役にたたなかったな」

「そんなことはありません。大僧正！」

　ノロは激しく首を振りながら頭を深く下げると時空間移動装置格納室に案内する。その間ノロは大僧正にまったく声をかけずに歩く。まるでノロと大僧正は言葉を交わさずに会話をしているような雰囲気を共有する。

 

[462]

 

 

長い沈黙のあと格納室に到着するとノロが口を開く。

「貴重なことを教えていただいてありがとうございました。これから先は一段とおもしろくなりそうな気がします」

　ノロはもう次のことを考えているようだ。大僧正がにこやかに応じる。

「弟に出会ったらよろしく伝えてくれ」

「弟さんの名前は」

「最長」

　大僧正は空を切って指で字を書く。ノロがその指先に神経を集中する。

「最も長いか」

　大僧正がうなずくと時空間移動装置のドアが跳ねあがる。

「大僧正のお名前は？」

「広大じゃ」

「広くて大きいと書くのですか」

　大僧正がうなずくと、ノロはもう一度深々と頭を下げる。時空間移動装置が回転を始めるとすぐに消える。ノロは下げた頭をゆっくりとあげるとニヤッと笑う。そして天井に向かって静かな調子で中央コンピュータにたずねる。

「大僧正の通信は無言通信ではなかった。次元通信だった。そうだろ？」

 

[463]

 

 

「そうです」

「やっぱり！」

　フォルダーがノロと中央コンピュータの会話を無視してたずねる。

「ノロ、これからどうする？」

「何もしない」

「えー」

　ノロは笑いながら艦橋に向かう。

「時期はともかくとして、大僧正の弟、最長は俺に必ず会うと言ってるんだ」

「相手は六次元の生命体だろ。まともに現れるという保証はない」

「そうだなあ。でも、そんなことは関係ない。必ず会える。何十年も先のことではない」

「そうか」

　フォルダーが言葉を続けるのをやめる。ノロは誰もが大僧正と最長の正体をおぼろげながら気付いたと思って、それ以上のことは口にしないでイリを見つめてほほえむ。

「その間、何をするの？」

　イリがほほえみを返す。

「いよいよ、地球へ行って両生類やは虫類を盗んで俺の星で繁殖させるんだ。それに鳥類も。とりあえず、鶏の唐揚げまではなんとかしたいな。永久の世界の地球へ時空間移動だ」

 

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