第九十七章 変身の術


【時】永久0297年5月

【空】ノロの惑星

【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 四貫目 Rv26 カーン・ツー

   ノロタン 五右衛門 ライトアーム レフトアーム

 

***

 

「ホーリー」

 

 地下室の天井のスピーカーからRv26の声がする。

 

「約束どおり宇宙戦艦四隻を調達した」

 

 ホーリーの表情が緩む。

 

「いつもながら段取りがいいな」

 

「それでは現在いる時空間座標を送信する。そこへ時空間移動してくれ」

 

「分かった。受信体勢に入る」

 

 ノロタンが思いっきりジャンプしてホーリーの耳たぶを掴む。

 

「待て!」

 

[402]

 

 

「痛い!」

 

 耳を引っぱられたホーリーが床に倒れるとその耳元で囁く。

 

「Rv26じゃない」

 

「えー」

 

 ノロタンが天井を見つめるとスピーカーから輝きが消える。

 

「ホーリー、ホー……」

 

 ホーリーを呼ぶRv26の声が消える。

 

「いくらRv26の手配が早いといってもおかしい。どこかで情報が漏れている」

 

 ノロタンが腕を組んで小首を傾げる。

 

「今の通信はRv26に間違いない!」

 

 ホーリーの反発にノロタンの腕がほどける。

 

「でも居酒屋にニセモノのフォルダーがいたんだろ」

 

 ホーリーはもちろんのことサーチの顔から血色が消える。住職が四貫目の前に立つ。

 

「変身の術じゃ!のう?四貫目」

 

 四貫目が三太夫に変身した戦闘用アンドロイドを思い出しながら頷くとノロタンが説明を始める。

 

「俺はRv26にパスワードを授けて地球に戻らせた」

 

[403]

 

 

「パスワードを?どんなパスワードなんだ?」

 

「それは秘密」

 

 ノロタンは部屋の隅に行ってズタ袋を持ち上げるとみんなのところに戻る。そして中から黒いものをつまみ出すと鼻の下に付ける。

 

「付けヒゲ?」

 

「これを鼻の下に付けるのだ」

 

 ノロタンから手渡された付けヒゲを全員が付ける。

 

「なんだか、こそばいわ」

 

 ミリンが鼻の下に手を当てる。その横ではケンタがクシャミをして付けヒゲを吹っ飛ばす。

 

「この付けヒゲ作戦も長くは持たない」

 

 ズタ袋からノロタンが次々と怪しげな物を出す。メガネ、イヤリング、指輪、腕輪、鼻輪、カツラ……。しかもその色も豊富だ。

 

「ヤツラが変身の術を使うなら、こちらも変身の術で戦う」

 

「こんなもので対抗できるのか」

 

「そのうち分かる」

 

「そうか。ところでパスワードの件なんだが」

 

「分かった。今回、Rv26はパスワードを言わずに本論に入った。パスワードを言わずに通信を開始してはいけないとあれほど念を押したにもかかわらずだ」

 

[404]

 

 

 ノロタンに視線が集中する。

 

「会話を始める前に必ず『うんとこどっこいしょ』というパスワードを言わなければならない」

 

「『うんとこどっこいしょ』?」

 

 サーチが呆れるとミリンも同調する。

 

「変なパスワード」

 

「それで、こちらはどう返答するのじゃ?」

 

「『えんやーとっと』だ」

 

 ついにミリンが吹きだす。しかし、ノロタンの表情は厳しいままだ。

 

「ヤツラはこの部屋の時空間座標の探索活動に入った。つまり攻撃態勢に入った」

 

 ミリンはもちろん全員の顔が引き締まる。

 

***

 

「通信が切れた?悟られたのか」

 

 五右衛門が怒鳴るとライトハンドが首を横に振る。

 

「いえ、受信を拒否したようだ」

 

[405]

 

 

「なぜだ。偽物とは言え、Rv26が宇宙戦艦を引きつれて合流しようというのに」

 

「分からない」

 

「ニセのRv26の通信がおかしいと気付いた?」

 

 無言でレフトハンドも首を横に振る。

 

「こうなれば本物を拘束して協力させるしかないな」

 

「そこまでしなくてもRv26がノロの惑星から地球に戻った時空間移動装置を手に入れればその履歴から宇宙海賊の隠れ家を割り出すことができる」

 

 五右衛門の興奮は収まらない。

 

「まどろっこしい。Rv26ともどもその時空間移動装置を略奪しろ」

 

「それではホーリーに変身させてRv26に近づくという作戦をたてます」

 

「ホーリー?」

 

「Rv26の戦友です。このふたりは強い友情で結ばれている」

 

「任せる」

 

***

 

「なんとか四隻、確保しました」

 

 大統領府執務室でカーン・ツーがRv26に報告する。

 

[406]

 

 

「よくやった」

 

「これぐらいのことで褒められては片腹痛い」

 

今やカーン・ツーは父カーンを彷彿させるほどの戦略家に成長した。そのとき天井のスピーカーから派手な警報音と共に警告がする。

 

「時空間移動装置が大統領府に到着します」

 

「どこからだ」

 

 カーン・ツーが叫ぶ。

 

「不明です」

 

「地球防衛軍は何をしている」

 

「この警告は防衛軍司令部からのものです」

 

 Rv26が窓に向かうと数台の戦車とライフルレーザーを構えた兵士が大統領府を取り囲んでいる。やがてその近くに時空間移動装置が現れる。回転が止まるとドアが跳ね上がる。

 

「敵ではなさそうだ」

 

 ドアからホーリーが片手を上げながら降りる。

 

「何だ。ホーリーじゃないか」

 

「待て!」

 

 部屋を出ようとするカーン・ツーをRv26が呼び止める。

 

[407]

 

 

「無言通信でホーリーを呼び出してくれ」

 

 キョトンとしながらも無言通信を開始する。

 

{ホーリー}

 

 しかし、返信はない。

 

「どうした?」

 

 カーン・ツーが首を横に振る。

 

「あれはホーリーではない」

 

「まさか」

 

「ライフルレーザーを携行してくれ。オレがレーザー銃を発射したら遠慮なく撃て」

 

「どういうことだ?」

 

「説明は後回しだ」

 

 カーン・ツーが壁に掛けられたライフルレーザーを手にするとRv26もレーザー銃をポケットに忍ばせる。

 

「ホーリーをお連れします」

 

 インターフォンからの声にRv26が応答する。

 

「懐かしい。こちらから迎えに行く」

 

「分かりました」

 

[408]

 

 

***

 

「大統領直々に出迎えてくれるとは」

 

 ホーリーが手を差しだすとRv26がニーと口を横に広げる。

 

「うんとこどっこいしょ」

 

「?」

 

「うんとこどっこいしょ」

 

「?」

 

 Rv26はポケットからレーザー銃を出すとホーリーの頭めがけて引き金を引く。

 

「うっ!」

 

 ホーリーがもんどり打つ間もなくカーン・ツーがRv26を払いのけてライフルレーザーを発射する。

 

「頭だ。頭を撃て」

 

「頭?」

 

 カーン・ツーは疑問を持ちながらRv26の指示に従って再度頭部に向けてライフルレーザーを発射する。周りにいた兵士はあ然としてこの光景を見つめる。ドサッという音と共に倒れたホーリーの頭部を見て驚く。

 

[409]

 

 

「アンドロイドだ」

 

 Rv26が遺体となったホーリーに近づきながら少し首を横に振る。

 

「正確に言うと戦闘用アンドロイドだ。胸に埋め込まれたCPUを取り出してすぐ分析しろ!」

 

***

 

「通信が途絶えました」

 

「何があった!」

 

「分かりません」

 

 五右衛門が腕を組む。

 

「この作戦のどこに間違いがあったのか」

 

「どうします」

 

 五右衛門は腕を組んだままだ。

 

「次はサーチに変身させて大統領府に向かわせよう」

 

 ライトアームの進言を無視して五右衛門は考え込む。そのときレフトアームがライトアームの作戦に異議を挟む。

 

「サーチは女だ。変身させるのにかなりの時間と訓練が必要だ」

 

[410]

 

 

「すぐ次の手を打たなければならない」

 

「確かにそうだが」

 

 ここで五右衛門が組んだ腕をほどく。

 

「失敗した原因を究明せずに次の作戦を実行してはならん」

 

「しかし……」

 

「人間と同じことをするな。人間は失敗の原因に目を向けるのがいやだから同じ過ちをする。ワレラは違う」

 

 強気で言い放つも五右衛門がうなだれるとレフトアームが慰めようとする。

 

「永らくワレラは人間と関わることがなかった。ここに来て五次元の生命体と組むことによって人間をせん滅させようとしたが、いつの間にか人間に汚染されたのかも……つまり汚らわしい世界に踏みこんだのかもしれない」

 

「もういい。直接大統領府を攻撃してRv26の時空間移動装置を確保せよ。それができなければ全員ノロに変身してノロの惑星を総攻撃する。どうせヤツラはノロの惑星にいるはずだ」

 

「いいえ。オニヒトデがノロの惑星を制圧しましたが、ホーリーたち海賊の存在が確認できていません。それにここで総攻撃を仕掛ければノロのデータを入手できないかもしれない」

 

 逆上した五右衛門をレフトハンドが何とか落ち着かせようとするが、どうにもならない。

 

「構わん!」

 

[411]

 

 

 今度はライトアームが発言する。

 

「その前に全員ノロに変身すると言われたが、それは不可能だ」

 

「何!」

 

 レフトアームも同調する。

 

「すべてのパーツを見直して設計を一からやり直しても、あんな小さな身体に変身するのは不可能です」

 

「!」

 

 五右衛門は絶句した後ポツリと漏らす。

 

「だから子供のアンドロイドが必要なのか」

 

[412]