第八十章から前章までのあらすじ
金環日食を利用して伊賀から逃れたキャミとミトは大統領府に戻るが、戦場と化していた。間一髪改心したカーン・ツーのお陰で再び伊賀に逃げる。カーン・ツーは負傷するがホワイトシャークに救出されてキャミを探すために伊賀に向かうと限界城が現れる。
体外離脱途中で戦闘用アンドロイドに誘拐された百地三太夫は恐ろしい戦闘能力を持ったアンドロイドとなって四貫目と戦うが、何とか勝利した四貫目がホワイトシャークに救助される。
限界城では戦闘用アンドロイドが地球攻撃の準備をしていた。
【時】永久0297年5月
【空】地球
【人】キャミ ミト ホーリー サーチ Rv26 ミリン ケンタ
四貫目 お松 住職 MY28 MA60
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なぜ、永久紀元前400年の伊賀で戦闘用アンドロイドが三太夫と入れ替わったのか。それは伊賀から戻ってきたキャミとミトを載せた時空間移動装置を戦闘用アンドロイドが略奪したからだ。
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つまり、人間とアンドロイドの複雑な戦争の最中、戦闘用アンドロイドがどこからか地球にやって来て、いつ紛れ込んだのかは分からないが、キャミとミトの時空間移動装置の履歴を手に入れて、その後百地三太夫と入れ替わったことだけは確かだった。
これを確認した四貫目はケンタ、ミリン、お松とともにホワイトシャークに戻って報告した。
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「信じられないわ」
サーチの第一声は艦橋にいる全員の気持ちを代表していた。
「三太夫のアイディアを昇華して五次元の難攻不落の限界城を建設したとはまるでお伽噺じゃ」
この住職の見解に即座に四貫目が反論する。
「そのような生やさしいものではない。限界城の内部はよく分からないが、とにかく人間にとって脅威だ。あの城の姿、色、音、震動、すべてが人間にとって耐えられないほどの不快なものだと思われまする」
ここでホーリーが待ってましたとばかりに発言する。
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「アンドロイドにとっては?」
四貫目がハッとしてホーリーを見つめる。
「アンドロイドにも同様と思われまする」
四貫目の語気が弱まる。ここでMY28が発言すると言うよりは説明を始める。
「通常のアンドロイドと戦闘用アンドロイドは根本的にまったく異なるアンドロイドです」
「えー、それは初耳だわ」
サーチがMY28に詳しい説明を要求する。
「以前、戦闘用アンドロイドの開発製造の過程を説明しました。覚えていますか」
「ノロと長官のせめぎ合いの末、生殖機能を持つアンドロイドと戦闘用アンドロイドの誕生の話のことね。驚きの連続だったわ」
「ノロは命令で戦闘用アンドロイドを製造しましたが、その手法はいい加減というか適当でした。その代わり手を抜いた時間を生殖機能を持つアンドロイドの開発に投入しました」
周りの雰囲気を確認するとMY28がMA60を見つめながら続ける。
「その結果、中途半端な戦闘用アンドロイドが製造されて男の軍隊に配属されました。混沌としたアンドロイドの歴史の始まりです」
言葉を挟む者はいない。
「男の軍隊の戦闘用アンドロイドを捕虜にした女の軍隊は、分解して男を殺す戦闘用アンドロイドの製造に着手しました」
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ホーリーが焦れったそうにMY28を見つめるとサーチが促す。
「アンドロイドにとっても『限界城が脅威かどうか』という疑問に答えて」
ホーリーも大きく頷きながらMY28の言葉を待つ。
「申し訳ありません。少し説明がくどかったようです」
MY28が頭を下げるとサーチがMY28に笑顔を向ける。
「MY28。よく分かりました」
「えー?」
ホーリーが不満そうにサーチを見つめる。艦橋にいる人間、アンドロイドを問わず、つまり海賊全員がサーチに注目する。
「今のMY28の態度を見れば明らかだわ」
「あっ!そうか」
不満顔のホーリーの表情が一転する。
「人間と同じなんだ。アンドロイドにとっても限界城は脅威だ」
逆にサーチの表情が急変するとホーリーも鋭い視線をサーチに返す。
「ある意味、戦闘用アンドロイドは通常のアンドロイドとは別の進化の道を歩んだのかも」
「そうよ。今まで戦ってきた相手とはまったく違うわ」
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サーチは船長席前のディスクを拳で叩くと立ち上がる。全員の脳裏にこれまでの様々な戦闘が甦る。
巨大土偶、巨大コンピュータ、六次元の生命体……と強力な敵に対して、瞬示と真美の協力があったとはいえ、人類は知恵を絞ってアンドロイドとともに戦ってきた。しかし、今や別の道を歩んで進化した戦闘用アンドロイドに攻撃を仕掛けられている。
「問題は、戦闘用アンドロイドはノロが造ったアンドロイドだということ!」
ホーリーがサーチを見上げると駆けよる。
「これからどうする!船長!」
「まず、戦闘用アンドロイドの分析から」
「ふりだしからのスタートか」
「そんなことはないわ。戦闘用アンドロイドより私たちはノロから知恵をたくさん引き継いでいるわ」
サーチがMY28とMA60を力強く指差す。
「ノロが心血を注いで製造した……」
サーチが一旦言葉を止めるがすぐ続ける。
「製造って、ノロにとってどういう意味なのかしら」
それまでと違ってMY28がサーチに檄を飛ばす。
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「同時期に製造されたアンドロイドとして、戦闘用アンドロイドと戦うことに躊躇はありません」
発言を控えていたRv26が手を上げる。
「ワタシはその頃よりもっと古いアンドロイドです。でもワタシはホーリーや住職やミリン、そしてあの瞬示、真美との接触から得たデータのお陰で一人前のアンドロイドに成長しました。ワタシが申しあげたいのは以上です」
ホーリーが驚いてRv26に近づく。数々の苦しい戦いを共に凌いできたRv26の手を握る。もちろん違和感はある。あの大柄なRv26ではなく目の前のRv26はノロそのものだから。
「大丈夫だ。この世の中に最悪という事態は絶対起こらない。なんとかなる」
「ホーリーの言うとおりだ」
雰囲気は少し高揚するが長続きしない。
「ホーリーの危機感に話を戻しましょう」
サーチがホーリーを冷ややかに見つめる。
「ネガティブになったり、ポジティブになったり……」
「不安定だ」
「それは人間の特権よ」
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サーチとホーリーの会話に珍しくMA60が割り込む。
「それはアンドロイドでも同じです」
「少し、感情が重なりすぎているようじゃ」
住職が戒めのイエローカードを全員に配るように諭す。
「そろそろ、整理をしようじゃないか。といっても大した整理じゃない」
住職が四貫目に視線を移す。
「現場で苦労したのに寡黙じゃ。でも今回は違う。四貫目、簡潔な説明、それはそれでよいが、今、求められているのは、四貫目、お松の詳細な報告じゃ。わしが『ヤメ』というまで見たこと聞いたこと、すべて詳細に話してくれまいか」
住職がまず四貫目に、そしてホーリーに、最後はサーチに目配せする。反対する者は誰もいない。四貫目が恐縮して口を開く。
***
「拙速ながら敢えてそれがしの意見を申しあげまする」
それなりの術者ではあるがかなり緊張している。しかし、間を置くことが後悔に繋がるというような感覚でよどみなく言葉を発する。
「間違っているかもしれないが……」
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四貫目が前提条件を付けてから続ける。
「……まずあれから三太夫がどうなったのかは分かりませんが、三太夫に変装したアンドロイドを私が片付けました。いずれ彼らは三太夫と同じように極秘裏に地球連邦政府の大統領であるキャミを誘拐するはずです。そしてキャミになりすまして全権を掌握する作戦に出ると思われまする」
サーチ以下四貫目の説明に驚愕するが、ホーリーが言葉を選びながら意見を述べる。
「その予備実験として三太夫になりすましたのかもしれないが、四貫目に阻止されたのは意外だったろう。でも得たいのしれない限界城に彼らがいるということは脅威だ。取りあえずキャミの身辺警護を厳重にしなければ」
キャミとミトがホーリーに頭を下げるとサーチが冷ややかな声を発する。
「いいえ。それよりもっとするべき大事なことがあるわ」
「えー?」
サーチに視線が集まる。
「大統領選の準備を急ぎましょう」
「なるほど。サーチの言うとおりだ」
それまで黙っていたミトが小膝を叩いてキャミを見つめる。少し首をひねったあと頷きながらキャミがミトに微笑む。そしてミトとキャミに続いてサーチの意図を理解した住職が続く。
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「キャミは永遠生命保持の再手術を受けていない。かなり高齢じゃ。だから大統領の交替がベストじゃ」
キャミがミトの手を握りながら発言する。
「もちろん再手術を受けるつもりはありません。それにもはや私には求心力がありません。でも選挙までの任期は全うします」
「それではキャミ大統領。大統領選挙の公布をお願いします。できるだけ派手に」
「派手に?」
「選挙となれば、しかもキャミが立候補しないとなると、キャミを誘拐する理由はなくなります」
「それでは誰を次期大統領に推すかじゃのう」
「サーチは?」
キャミが提案するが、サーチは首を横に大きく振って否定する。
「そんな器量はないわ。それに今回は生命永遠保持手術を受けている者は外すべきです」
ホーリーが頷くとおもむろに応える。
「個人的には、今回の大統領選挙の候補者に最適な人物は……」
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