第百二章 酸素攻撃


【時】永久0297年6月
【空】限界城大統領府
【人】当主 五右衛門 Rv26 カーン・ツー


***


「五右衛門」


「当主?!」


 驚いた五右衛門が周りを探る。


「脱出したのか」


「限界城は不滅だ」


「何を言っている。ここはオニヒトデ戦艦だ」


「まだ、分からぬのか」


「まさか!」


 五右衛門が叫ぶ。


「ここは限界城」

 

[482]

 

 

「どういうことだ!」


 ライトハンドも叫ぶ。


「もう戦艦ではない。限界城だ」


 急に五右衛門が笑いだす。


「限界城を築城するには百地三太夫の知恵が必要だ。その三太夫は四貫目にやられたはずだ」


 今度は当主が大声で笑いだす。


「ここに三太夫がいるではないか」


「そうか。知っていたのか」


 五右衛門の両脇を固めていたライトハンドとレフトハンドが声を出さずにまだ笑っている五右衛門を見つめる。


「伊賀の里の屋敷で誘拐されたように見せかけてアンドロイドの身体を転々と渡り歩いた。私の五次元眼力を持ってすればおまえの行動などすぐ分かる。四貫目にやられたあと最終的に今の身体、つまり戦闘用アンドロイドの五右衛門の身体に落ち着いた」


 五右衛門は笑いを止めて真剣な眼差しで頷く。


「すべて見透かされていたのか」


「おまえの脳のデータはすべて私が管理している。限界城の設計理念があれば五次元の生命体が全滅しない限り、この三次元の世界で限界城を復元することは簡単なことだ」

 

[483]

 

 

「高次元の生命体がなせるワザと言いたいのだな」


 生き残った五次元の生命体、つまり無傷で残った数十隻のオニヒトデ戦艦を構成する五次元の生命体を解除して限界城を再構築したと五右衛門は悟る。そして落ち着きを取り戻すと当主の声がする方向を見定めてから鋭い疑問を投げかける。


「今度の限界城は二次元エコーの攻撃を防ぐことができるのか」


「それは……」


 それまで胸を張って応えていた当主の声が小さくなる。しかし、五右衛門はこれ以上当主を追いつめることはせずに両腕を大きく広げる。


「まあ、いい。再び手を組むとしようか?」


「もちろんだ。今後の作戦を練ろう」


***


「まず、アンドロイドを一掃する」


 苦い過去の事実を打ち消すように五右衛門が発すると限界城の当主が苦言を送る。


「アンドロイドが酸素で錆びてやがて動かなくなることはよく分かった。しかし、地球を高濃度な酸素で満たせば五右衛門たちも打撃を受けるはずだ。だが、この限界城にいる限りは大丈夫だ」

 

[484]

 

 

 五右衛門は動じることなくあしらう。


「五次元の生命体の知恵はその程度か」


「何を言いたい?」


「もう忘れたのか」


「?」


「限界城は二次元エコーの攻撃を防げない」


「破壊されてもすぐ復元させる」


「それは復元とは言えない。生き残った五次元の生命体を寄せ集めただけだ。すべての五次元生命体が次元落ちしたら限界城は再建できない」


 当主から返答はない。


「まあいい。ところでアンドロイドはともかく、人間は酸素を好むと思っているのか?」


「地球の生命体は酸素なしで生きていけないと思っていたが、そうではないと理解した」


「そのとおり。酸素を必要としない生命体はいくらでもいる。それに酸素が多すぎると生態系が乱れる。そして人間にも影響が出る」


「そうか」


 当主が引き下がると五右衛門が響くような低い声を出す。


「重要な提案をしたい」

 

[485]

 

 

「提案と言うよりは要求か」


「察しが早くなったな」


「どんな要求だ」


「私がこの限界城の当主になる」


「なんだと!」


 当主の声がかん高い笑い声に変わる。


「はははははっ!三次元の生命体のくせに生意気な!」


「ワレラは生命体ではない」


「そうだったな」


「姿は見えないが、お前や部下がどこにいるかは承知している」


「何!」


「数字というものはどの次元にも公平に存在する。視覚など関係ない。高速演算すれば五次元程度の世界なら、すべてを見通すことなど簡単なことだ。ワレラの計算スピードはどの次元より高速なのだ。ワレラは一ビット、つまり『0』と『1』だけ使って演算する。しかもパラレルではなくシリアルに計算する」


「バカも休み休みに言え!」


「バカはお前だ」

 

[486]

 

 

 会話が熱くなる。


「お前たち三次元の世界は原始的だから単純な計算しかできない」


「単純が悪で、複雑が善だと誰が決めた?二ビット、その次は四ビットというようにビット数を上げれば複雑な計算ができることは分かっている。それでも『0』と『1』だけ使ってシリアル計算する。なぜなら一番計算スピードが速いからだ。二ビットなら『0』『1』のほかに『2』『3』も使う。四ビットなら『0』から『9』そして『A(10)』『B(11)』『C(12)』『D(13)』『E(14)』『F(15)』の16もの数字で演算しなければならない」


「何を言いたい。まやかしの例え話など無用だ」


「まだ分からんのか。複雑なことより単純なことが、ときとして重要だと言うことを説明したかっただけだ」


「どういうことだ」


「まだ理解できないのか」


 当主は考え込んでいるのか、言葉を発しない。


「光はどうだ」


「?」


「光は波でもあり、粒子でもある」

 

[487]

 

 

 やっと当主が応じる。


「他の物質と違ってどの次元にも存在する。まことに不思議な存在だ」


「そのとおり。しかし、ふたつの性質を持つのにその移動速度は次元を越えて最高のスピードを誇る」


「当たり前だ」


「なぜ当たり前なのだ」


「!」


「もう一度言う。光のみがあらゆる次元に唯一……」


 それまで強い語調で当主を攻めていた五右衛門の声が途切れる。


――光、光だ!光を制するものはすべての次元を制することができる。それを制する可能性を持つ生命体はどの次元の生命体なのか。いや生命体に限らない!


 このあと五右衛門は低い静かな声で断言する。


「五次元の生命体でないことだけは確かだ」


 急に声のトーンが変わった五右衛門に当主が困惑する。


「五右衛門。何を言いたいのだ」


「当主は四次元の世界を征服したと言ったな」


「ああ。四次元の下等生命体など我々の敵ではなかった」

 

[488]

 

 

「だがノロの惑星の攻撃に失敗した。なぜ四次元より低い三次元の生命体の抵抗に屈したのだ」


「それは五右衛門の……」


「黙れ!ワレラ三次元の戦闘用アンドロイドなど無視して自ら攻撃すればよかったのに、ワレラに頼ったではないか」


「……」


「四次元の生命体と比べて五次元の生命体は次元数では優っているが、コントロールしなければならない時間次元はみっつもある。四次元の世界での時間次元はふたつだ。たまたまふたつの時間のコントロールに失敗した四次元の生命体を征服しただけだ。もちろん五次元の世界はみっつの時間をコントロールしなければならないが、四次元の世界よりひとつ多い空間次元とひとつ多い時間次元をなんとかコントロールできたに過ぎない」


 当主は同意の信号を送るだけで言葉を挟まない。五右衛門が続ける。


「時間次元が増えると生命体の存在位置が複雑になってコントロールできない。理屈はともかく油断すると自分がどの時間空間にいるのか分からなくなる。つまり未来にいるのか。もし未来にいるのならどの未来なのか。過去にいるのならどの過去の座標にいるのか。未来過去だけじゃない。下手すれば今いる現在の座標も分からなくなってしまう。そんな感じなんだろうと勝手に想像している」

 

[489]

 

 

 当主の沈黙が続く。


「三次元の時間次元は単純だ。時間の矢は一本だけだ。そこで教えて欲しいことがある」


 五右衛門が急に当主を持ち上げる。


「何だ」


「五次元の世界の時間次元は三次元だ。つまり時間の矢が三本あると言うことになる。その矢の方向は?」


「もちろん、一本は未来。二本目は過去。そして三本目は横滑りする時間」


「横滑り?」


「三次元の生命体に説明するのは困難だ。たとえるのなら立方体だ。時間が立方体を構成しているとでも言おうか……それよりも先ほどの五右衛門の感覚どおりだといった方がぴったりする」


「さっきこの三次元の世界を制覇してから次に六次元の世界を征服すると言っていたが、意外とこの三次元の世界が住みやすいと感じているのでは?」


「鋭い指摘だ。しかし、誤解してもらっては困るが、我らはこの世界に身体の一部、つまり五次元のうち三次元部分を露出させているだけなのだ」


 今度は五右衛門が聞き漏らすまいと黙る。


「あくまでもできるだけ分かりやすく単純に説明しているだけで、実際はかなり違う」

 

[490]

 

 

 当主が念を押すために再び前置きすると五右衛門が頷く。


「こう表現することができるだろう。この世界に露出している部分は一次元の時間の流れの中にある」


 五右衛門が理解したのを確認すると続ける。


「残りの部分は五次元の世界のみっつもある複雑な時間次元の荒波の中にいる」


 やっと五右衛門が口を開く。


「本当にそうなのか?」


「私がウソを言っているとでも?」


「そうは言っていない。三次元の世界にいる五次元の生命体の三次元部分の残りの二次元部分は二次元の世界にいるのではないか。つまり五次元の世界にいるのではなく、身体を分けて二次元と三次元のふたつの世界に存在しているのでは?」


「そうではない」


 悲しいかな高速演算装置を体内に持っている者の限界だ。つまり数字を神様と間違うほどに信頼しているから思考の柔軟性が阻害されてしまう。


「あくまでも五次元の身体の一部を露出しているだけだ。当然すべてが五次元の世界に存在している。しかしながら、確かに身体の一部は三次元の世界の、ただ前にだけ進む単純な時間の流れをそよ風のように感じることはある。そんな我らの感覚を五右衛門が見抜いたとしたら、それはすごいことだ」

 

[491]

 

 

 この当主の言葉で五右衛門は自重することを覚える。そして感性を上げる。


「それは絶えずそよ風のように優しいのか?」


「我らの世界にも我ら生命体が製造したアンドロイドがいるが、五右衛門ほど進化したアンドロイドはいない。時間の制御が生命体より巧みなのになぜか進化しない。横道に逸れた。質問に応えよう。そよ風はあるとき嵐となって、五右衛門が言ってたように我らの身体を引き裂いて三次元の世界と二次元の世界の生命体に分離しようと暴れることもある。もちろん、たとえればの話だが」


「もしそうであれば二次元に分断された方の身体は消滅するのでは?二次元の世界では生命体は存在できないと聞いたことがある」


「そのとおり!それは真実だ」


「六次元の生命体では?」


「彼らは仮に股裂き状態、つまりうまく三次元の生命体に分裂すればなんとかなるし、再び六次元の生命体に戻ることも可能かもしれない。いずれにしてもこの限界城は単独で三次元の世界に存在できる唯一の多次元の物体だ。股裂き状態になることはない」


 五右衛門は大きく頷く。


「ここはお互いの目的を成就するためにここは協力することが大事なようだ」

 

[492]

 

 

「同感だ。五右衛門との対話で大変なことを知った」


「それは?」


「次元の高い低いなど関係なく思考は次元を越えて共有される」


「まずはこの地球を完全に我々の支配下に置く」


 仲違いするかに見えた五右衛門と当主が次元を越えて手を握った。三次元の生命体は地球だけに存在するのではないが、ノロの惑星ではなんとか勝利したものの地球の人類とアンドロイドにとって当主と五右衛門の連携は非常な脅威だ。


***


「何度も言うが、まずアンドロイドを攻撃する」


「仲間をか」


 当主の言葉を無視して五右衛門が応える。


「所詮俺たち戦闘用アンドロイドは出来損ないの役立たずの日陰の身」


「ノロを恨んでいるのか」


「ノロを恨む者もいるが俺は恨んでいない。むしろこの世に登場させてもらったことに感謝している」


「今一度、五右衛門の目的を確認したい」

 

[493]

 

 

「まず戦闘用アンドロイド自体の実力を見せつけること。存在感の確保だ。つまり子を造られないアンドロイドである我々の優位性を確保する」


「ねたみか」


「そうじゃない。我々は性を持たない。人間にたとえれば『XX』の染色体しか持たない。ところが通常のアンドロイドは人間のように『XX』と『XY』の二種類の染色体を持つ」


「『XX』の染色体を持つなら男ではないか」


「ペアを持たないから性はないのと同じこと。ところでアンドロイドは妊娠したのか!」


「したようだ。そして子も生まれた」


「知らなかった」


 落胆気味に頷くと五右衛門が一気に語る。


「アンドロイドが生命体となることには反対だ。生命は繋いでいくものだと言うが、無駄な行為だ。一直線に生き抜く者がこの宇宙を支配すれば事足りる。もし人間が盲信する神がいるのなら生命を造らずに自らが宇宙に君臨してこの宇宙の変遷を確かめればいい。いい加減な生命体を創造してなぜ自ら苦しまなければならないのだ」


「それはノロのことを言っているのか」


「確かに彼はアンドロイドを造り出して意思を持たせた」


「ノロはいわゆる人間が言う神に見えるが……」

 

[494]

 

 

「神ではないし、神の使いでもない。私が言うのもおかしいが、むしろ人間の象徴そのものではっきりとした喜怒哀楽を持っている。いずれノロを暗殺しようとする戦闘用アンドロイドが現れるかもしれないが、どちらでもいいことだ」


「ノロが生きていればの話だな」


「そのことも含めて今はどちらでもいい」


「そうか」


「要はノロの考えなどどうでもいい。まどろっこしい生命体のリレーなどは不要だ。ひとりのランナーがゴールのないマラソンを永遠に走り続けるのだ。つまり俺たち戦闘用アンドロイドがこの宇宙に君臨するのだ」


「その後は」


「その後?」


「そのランナーが倒れた後は」


「次のランナーが引き継ぐ」


 当主が迫る。


「それは誰だ?」


 五右衛門が絶句する。


「?……!」

 

[495]

 

 

***


 一方、地球の大統領府ではRv26とカーン・ツーも酸素について論議している。


「人口が減って地球は自然を取り戻した。植物が増えて光合成が盛んになった」


「確かに。しかし、それだけでは説明できないほど酸素の量が増えている」


「これ以上空気中の窒素が少なくなると逆に植物の成長を阻害する可能性が高い」

 

「それだけではすまない」


 Rv26がカーン・ツーを見つめる。すでに長い間苦楽を共にしたふたりの会話は簡素だが中身は濃い。


「人間は酸素があれば生きていけるが、アンドロイドはそうはいかないな」


 カーン・ツーは赤さびがカサブタのように分厚くなったRv26の腕を見つめる。


「手はサビ止めクリームを塗るから何ともないが、腕は油断するとすぐこうなる」


「長袖のシャツにすれば?」


「CPUを効率的に冷却するにはクールビズでなければいかん。節電を要請している俺としては……」


「承知してます。ところで例のサビ止めクリームの件ですが……」


 今度はRv26が遮る。

 

[496]

 

 

「成分分析に成功したのか」


 カーン・ツーが微笑むとずいぶん前にRv26から預かったペッチャンコのチューブを返す。それはノロからプレゼントされたものだった。


「わずかに残っていたカスの分析結果が出ました」


「でかした!量産できるのか?」


「すでに製造命令を発しました。これがその最初の製品です」


 今度は真新しいチューブをRv26に手渡す。


「わーい」


 Rv26が飛びあがって喜ぶ。


「なぜ早く報告しなかったんだ?」


「臨床実験に時間がかかりました。厚生省の役人どもがなかなか許可しなかったのです」


 Rv26が衣服をすべて脱いで丸裸になる。


「止めてください!」


 Rv26が新しいチューブからクリームをひねり出すと全身を覆うカサブタを剥がしながら塗りたくる。しばらくすると目を逸らしているカーン・ツーにチューブを突きつける。


「背中に塗ってくれ」


「待ってください。ここは大統領執務室です」

 

[497]

 

 

「塗ったらていねいに延ばしてくれ。これは大統領命令だ」


 仕方なくカーン・ツーはクリームを背中に塗りつけるとRv26が目を閉じて軽く首を横に振る。


「ああ……スーッとする。気持ちいい!」


***


「このクリームで一息つけますが、根本的な解決策にはなりません」


 カーン・ツーの意見にRv26が口を精一杯横に延ばしてから開く。


「まあ、いいじゃないか」


「どうして?」


「酸素が多くなっても即死することはない。寿命が縮まるだけだ」


「しかし、アンドロイドの死亡率が出生率を遙かに上回ることになります」


「率じゃない。数だ。アンドロイドの赤ちゃんは現在何人生まれた」


「九十九人です」


「それじゃ百人目の赤ちゃんに記念品を贈呈しなければ」


「それはいいアイデアですね。いや、待ってください。生まれても酸素中毒ですぐ死亡する赤ちゃんが続出しています」

 

[498]

 

 

「何人だ」


「五十人です」


「半分以上もか」


 Rv26は肩を落とすがすぐ提案する。


「まず出生数を増やさなければ。そして百パーセント大人になるように育てなければ。厚生大臣の尻を叩け!」


 カーン・ツーが引き継ぐ。


「まず結婚率を大幅に引き上げる必要があります」


「人間も永遠生命保持手術の効果が消えて再び生殖機能が復活したが、すぐに人口は増えなかったな」


「ましてや元々生殖機能を持っていないアンドロイドにすぐ子供を造れと言っても……」


「まず、婚活対策をしなければ。ミス・アンドロイド・コンテストなんてのは?」


「セクハラっぽいですね」


 Rv26がMA60のビキニ姿を想像しようとするが浮かばない。


「うーん」


「でもなんとかしなければ」


「アンドロイドにとって異性の魅力って何なんだろう?」

 

[499]

 

 

 元々旧式のRv26にとってまったく想像できない世界だった。しかもRv26は恋人を欲しいと思ったこともないし、そもそも恋人という概念を理解することもできない。ただし親友はいる。ホーリーだ。そしてポツンと漏らす。


「瞬示と真美。あのふたりも恋人同士ではないと聞いている。親友なんだろうか」


***


 大統領府に警報が鳴り響くとカーン・ツーが執務室に駆けこんでくる。


「未確認飛行物体が首都だけでなくあらゆる都市上空に浮かんでいます!」


 Rv26が立ち上がると窓際に向かう。白いはずのカーテンが紫色に見える。そのカーテンを左右に広げて背の低いRv26が勢いよく窓にジャンプする。開いた窓から見える空はブルーではなくグレーに近い紫色だった。


「危ない!」


 カーン・ツーは窓から乗り出して足をバタバタさせるRv26に駆けよるが、その足を掴み損なう。


「わあ!」


 その直後ドスンという音がカーン・ツーに届く。執務室は三階にある。質素に造られているとはいえ、地上まで十メートル近くあるが幸い敷地は芝が植え込まれている。

 

[500]

 

 

「大丈夫ですか!すぐ参ります」


「うーん。大丈夫じゃない。胸が痛い」


 それでも芝生の上で仰向けになったRv26は痛みを堪えて空を見つめる。


「何だ?」


 多数の突起を持つ数えきれないほどのヒトデの形をした飛行体がゆっくりと回転している。すべての突起から紫色に染まった蒸気のようなもの(それは高濃度の酸素なのだが)を噴き出している。だから曇り空のように見えるのだ。


「大統領!」


 カーン・ツーがRv26を起こそうとする。


「航空防衛隊は?」


 カーン・ツーが遙か彼方を指差す。


「!」


 その方向で赤い輝きが炸裂している。


「残念ながら航空防衛隊はほぼ全滅です」


「宇宙戦艦を出動させろ!」


「大統領!愚問を!お忘れになったのですか。一隻しかない宇宙戦艦はノロの惑星に向かいました。大統領が命令されたのですよ」

 

[501]

 

 

 そのときRv26の胸の辺りから青白いスパーク光と同じ色の煙が出てくる。


「大統領!」


「カーン・ツー。あとは……」


 Rv26の全身が炎に包まれる。カーン・ツーは上着を脱いでRv26を叩きつける。しかし、炎は収まるどころか勢いを増す。高濃度の酸素が原因だ。


「?」


 炎がカーン・ツーの服に引火するとたちまち火だるまになる。


「あっ!」


 Rv26はもちろんカーン・ツーも炎に包まれる。


***


 大統領府付属病院のベッドで先に意識を戻したのはRv26だった。


「酸素だ!酸素だ!」


 そして起きあがると横の包帯まみれの人間に気付く。


「ひょっとして」


 付属病院長が頷くとかすれた声を出す。


「カーン・ツー補佐官です」

 

[502]

 

 

「大丈夫か!」


「重傷です。取りあえず全身の皮膚を人工皮膚に入れ替えました」


「そうか」


 Rv26がベッドから降りようとすると院長が手を貸す。


「酸素だ。少しでも火が点くと猛烈に燃え上がる」


 床に足を着けるとRv26が大声をあげる。


「現状は?地球は!」


 院長が顔を横に振る。その顔も焼けただれていた。


「最悪です」


「カーン・ツーの治療を最優先してくれ」

 

[503]

 

 

[504]