第十三章 再会


【時】永久0012年6月(前章より約60年前)
【空】摩周クレーター
【人】ホーリー サーチ ケンタ


***

 ホーリーとケンタは時間島が瞬示と真美を包みこんで消えたあたりの空間を呆然と見つめる。特にホーリーは時間島に比べて自分たちの時空間移動装置がいかにちゃちなものかを改めて認識する。それにあのふたりを抹殺することはまず不可能だとも悟る。


――あのふたりは誰かに導かれているのでは?それは神なのか。神だとすればどんな神なのか。あの時間島が神なのか。そうなら時間島に意思があってもふしぎじゃない


 ホーリーは考えを強引にまとめようとするが整理にはほど遠い。


――あのふたりを追ってここへ来たのは間違いだったのでは?無視すればよかったのか?


 ホーリーは瞬示と真美に対して畏敬の念を深める。そのとき、大音響がホーリーの思考を強制終了させる。直ちにホーリーとケンタが地面に身を伏せる。


「誰かが時空間移動してくるぞ!」


[282]

 


 ホーリーは女の軍隊の時空間移動装置が時空間移動してきたと確信する。手をついて顔をあげたホーリーの前の小高いところに青い球体が現れるとやがて回転が止まって着地する。慌ててホーリーは時空間移動装置に駆けこんでライフルレーザーを手にする。


「一基だけ?おかしい」


 ホーリーは自分の判断のどこに誤りがあったのか、必死で考える。表面がかなり損傷した青い時空間移動装置のドアが跳ねあがるとレーザー銃を構えた女が出てくる。


「サーチ!」


「ホーリー!」


 紺色の戦闘服に身を包んだサーチが慎重に地上に降りる。そしてケンタを見つけて驚く。


「ケンタ!」


 真美から話を聞いていたが、ケンタにはサーチがあの老婆であることが信じられない。


「あなたが言ったとおりね」


 サーチが視線をホーリーに戻してかすかに笑いかける。


「笑うとさらにきれいだ」


 ホーリーはニヤッとするが、ライフルレーザーの構えを崩さない。


「あなたとは戦わない」


 サーチがレーザー銃をホルダーにしまう。ホーリーもライフルレーザーの銃口を下に向ける。


[283]

 

 

「変わったな」


「十年以上もこの世界で暮らしていたのよ」


「今さっきまで完成第十二コロニーで遭遇したあのふしぎな男女がここにいたんだぜ」

 

「えっ!」


 ホルダーからレーザー銃を取り出すとサーチがまわりを見渡す。


「それでどうした!」


 サーチの声がきつくなる。


「消えた。サーチがここに来ることがわかっていたのかもしれない」


「私はラストチャンスを逃したのね」


「ラストチャンス?」


 サーチは再びレーザー銃をしまうと、その手で青い時空間移動装置を指差す。
「もう動かない」


 民宿上空での時間島の攻撃でサーチの時空間移動装置は大きなダメージを受けた。通常、空間移動するだけなら先ほどのような大きな音を出すことはない。サーチの時空間移動装置は調子が悪くて時空間移動するときに発するような大音響とともに現れた。だから、ホーリーはてっきり女の軍隊が大挙して時空間移動してきたと思ったのだ。


「もう一度空間移動すれば恐らくバラバラになるわ」


[284]

 


「それは最悪の事態だ」


 ホーリーは言葉をいったん切ってから、うなずくサーチを見つめる。


「そうすると任務は中止か?」


 サーチからの返事はない。
「俺の時空間移動装置を奪うっていう作戦は?」


「それは……」


 サーチが一呼吸置く。ホーリーにそんな隙はない。ホーリーが侮どれない存在だということは痛いほどわかっている。


「ホーリーは?」


「すでに放棄している」


「軍法会議にかけられて死刑になるわよ」


 ホーリーはサーチを軽蔑するように首を横に振る。


「これからどうするの?恐らく本隊は何らかの手を打つはずだわ」


 今度は首を縦に振る。


「そうだな、この時空間にいることは非常に危険だ」


「私はあのふたりに遭遇したことを本隊に報告した」


「サーチ」


[285]

 


 ホーリーが少し口ごもる。


「相棒が死んだこと、知っているのか?」


「コーマが!」


 ケンタがうなずくのをサーチは見逃さない。


「相棒はやっぱりあのコーマか」


 サーチがうなだれて黙りこむ。


「どうした?」


 サーチは民宿で遭遇した瞬示と真美が二組存在することを話しあう相手がいなくなったことにショックを受ける。黄色い球体に吸いこまれた瞬示と真美、コーマと民宿に戻ろうとしたときに出会った瞬示と真美。確かにあのふたりは、あの周辺に二組いたとサーチは確信している。


「ホーリー」


 サーチが口ごもる。ひとりぼっちになった寂しさを感じながら、敵であるホーリーにあのふたりが二組いることを話していいものかどうか迷う。


「元気を出せ」


 ホーリーが妙にしんみりしているサーチの心の扉をできるだけやさしく叩く。


「時空間移動装置に乗りこまずにあのふたりと直接戦えばよかった」


 サーチが心と裏腹な言葉を発する。


[286]

 


「サーチも殺されていただろう」


「戦ってみなければわからない」


 ホーリーはやれやれという表情をしてから語気を強める。


「完成第十二コロニーで遭遇したあのふたりの超能力を忘れたのか?俺達の手に負えるような相手じゃない。戦うより逃げることを考えるべきだ!」


 サーチはホーリーがあのふたりと戦うことを心底放棄しているのを知って少し気が楽になる。


「実は……」


 サーチは瞬示と真美が二組いたことを詳細に説明する。話が終わるとケンタがサーチの見解の一部を否定する。


「オレは瞬示さん達が黄色いものから抜け出して民宿の近くに現れたんだと思ってた。でも、そうじゃなかった。とう婆ちゃん達の正体を確かめるために時間を越えて戻ってきたんだ」


「えっ!」


「オレ、瞬示さんと真美さんから直接聞いたんだ」


「そうだったのか。あとで詳しくその話を聞かせてくれ」


 ホーリーはケンタからサーチに視線を移すと、瞬示と真美の本質をサーチに告げる。


「あのふたりが二組いようと三組いようとふしぎなことじゃない」


 ケンタを見つめていたサーチがホーリーにつめよる。


[287]

 


「どういうこと!」


「あのふたりは時空間移動装置を使うことなく、時空間を自由に移動できるんだ」


 からかわれていると勘違いしたサーチはホーリーをにらみつけるがすぐ冷静になる。


「敵なの、味方なの?」


「敵ではない」


 サーチが唇の端を少し膨らませるとため息といっしょに言葉を吐きだす。


「とても味方だなんて思えないわ」


 ホーリーは肯定も否定もしないでサーチを見つめるとサーチは背中を向ける。


「再会できること、最初からわかっていたの?」


「自信はなかったが」


 ホーリーがサーチの美しい後ろ姿に見とれると同時にサーチの変わりように改めて驚く。ケンタは老婆じゃなくサーチに育てられたことに当惑しながら口を開く。


「民宿が爆発した」


「えっ!いつ?」


 サーチが振りかえると少し遅れて長い髪がくるっと回る。


「今日の明け方」


 サーチが腕時計を見ながら叫ぶ。


[288]

 


「コンピュータの自爆モードが作動したんだわ!」
 サーチがホーリーに向き直すと、長い髪が反転する。
「すぐに追跡隊がやってくるわ」


 ホーリーも事の重大さを認識すると時空間移動装置に駆けこむ。


***


「時空間移動の準備が完了した!」


 ホーリーがサーチに向かって怒鳴る。サーチとケンタはいつの間にか岩場に並んで座っていたが、ケンタがホーリーの声に反応してすっと立ち上がる。


 ホーリーは時間島がここを去る直前に送ってきた識別信号とモニターのデータの最終確認作業に入る。モニターに「平行移動の選択」と表示される。ホーリーには意味がわからないが本能的に平行移動を選択する。


「果たして、この設定で瞬示や真美の移動先へ行けるのか?」


 ホーリーは自信のない気持ちのまま時空間移動装置から降りる。


「サーチ、いっしょに行こう」


 サーチは座ったまま返事をせずに長い髪の先端を指先で巻いては伸ばす。完成第十二コロニー攻撃部隊のあの勇ましいリーダーの面影はない。ケンタはホーリーといっしょに行動を共に


[289]

 


することを決心して時空間移動装置に向かう。


「サーチ」


 ホーリーはケンタが先ほどまで座っていたサーチの横に腰を落とす。


「わたしは残る」


 サーチの視線はホーリーに向いてはいるが、顔を見ているわけではなかった。


「任務か……でも食糧の確保はどうする?なあ、いっしょに行こう!」


「敵とはいっしょに行動できない」


「今は味方だ」


「味方なんかになれるはずがないわ」

 

「心配なんだ」


「昔の男のセリフね」


「あのふたり、男と女なのに仲がいい」

 

「特殊なのよ。だから追跡している」


「それは追跡じゃない。抹殺できっこないのにいたずらに追いかけているだけだ」


「そちらもいっしょでしょ」


「俺は違う」


 ホーリーがサーチの肩に手を置くと、サーチは驚いてその手を払いのけて立ち上がる。


[290]



「汚らわしいわ」


「俺達の、それにサーチ達の軍隊にしても、あのふたりは不思議な存在だ」


 ホーリーも立ち上がってサーチと向きあう。


「軍の上層部は少なくともそう考えている」


「調査できなければ殺せと命令されているだけよ」


「じゃ、調査しようじゃないか、いっしょに」


「先に報告しなければ」


 ホーリーが大きなため息をつく。


「なぜ、俺達は殺しあわなければならないんだ」

 

「今さら、仲良くなんかできやしないわ」


「せめて俺達だけでも協力しあわないか?」


 サーチは自分の気持ちとは裏腹にホーリーと行動を共にできない理由を探す。


「過去にどれだけ男が女をしいたげてきたことか」


「逆だ!」


 ホーリーが思わず反論するが、すぐに頭を下げる。


「すまん」


 サーチと行動を共にしたい気持ちがホーリーを自重させる。

 

[291]

 


「だけど、昔、キリスト教徒もイスラム教徒も仏教徒もみんな過去のことを水に流して仲良くなったじゃないか」


「あれは生命永遠保持手術が普及して、宗教の存在意義が消滅したからだわ」


「だったら、生命永遠保持手術が普及して、男も女という区別も意義がなくなってしまったのになぜ仲良くできないんだ」


 ホーリーの核心に迫る真摯な言葉にサーチがうろたえる。


「生命永遠保持手術……」


 サーチは自分が生命永遠保持機構本部の手術室長だったころを思い出しながら言葉を続ける。


「あの手術がいきわたってから男と女の関係がおかしくなった」


 そのときエアカー独特のエンジン音が聞こえてくる。


「パトカーだ!」


 ケンタが時空間移動装置の中から大声で叫ぶ。サーチも反射的にその音の方に顔を向ける。ホーリーはその音に気を取られたサーチに身体をよせると、みぞおちに拳を埋めこむ。前のめりになって倒れかけるサーチをホーリーは軽々と肩に載せて素早く時空間移動装置に向かう。


 緑の時空間移動装置がゆっくりと回りだして薄い緑色に変わると、たちまち透明に近い球体
となり大音響を残して消える。時空間移動が完了した。


[292]