第十五章 追跡隊


第十一章から前章(第十四章まで)のあらすじ


 瞬示と真美とケンタが摩周クレーターに到着するとホーリーの時空間移動装置が現れる。ホーリーの心の中を覗いて目的を探ると瞬示と真美は時間島で摩周クレーターから消える。ホーリーはサーチを捜すためにケンタと残るが、時間島の移動先のデータを手に入れる。その直後サーチの時空間移動装置が現れる。


 瞬示と真美は京都の寺の住職と羅生門に移動して大凧を発見する。そして古寺に到着すると忍者の出迎えを受けるが、もうひとつの大凧が気になって月へ移動する。黄金城上空の時間島に撃ちこまれた大玉が月の生命永遠保持機構に時空間移動して爆発すると大凧が現れて忍者が建物に侵入する。カーンの攻撃にかなわぬと全員自害するとカーンは忍者を生命永遠保持手術で蘇生しようとする。瞬示と真美は手術室で陣頭指揮をとるサーチを目撃する。


【時】永久0070年4月(前章と同じ)
【空】古寺、羅生門
【人】瞬示真美住職忍者ホーリーサーチケンタ


[310]

 


***

 古寺の庭先に浮かぶ直径数メートルの黄色い時間島の上には桜の花びらが積もる。時間島の中に吸いこまれたり落下することはない。


「奇妙な光景じゃ」


住職はボンヤリと時間島を見つめる。忍者もいっしょに見つめていたが昼の支度にかかる。時間島からふたりが出てくる気配はない。


「ふしぎじゃ」


 住職はふたりのことをじっと考える。


「もしかしてあのふたり、仏の使い、いや仏様」


 自分の勝手な想像に苦笑する。


「じゃが、仏にしてはあのふたりの耳は小さすぎる」


 住職は両手で自らの耳たぶをつまむ。そのとき、ドーンという大きな音がして古寺がグラグラと揺れると、くたびれた瓦が落ちて砕ける音があちこちで起こる。

 

 住職が慌てて耳たぶをつまんだ指でそのまま耳に栓をする。時間島の左横に緑の時空間移動装置が現れる。住職が身体を支えるすべを失って縁側から転び落ちたあと瓦がそこに数枚落


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ちてくる。結果的に間一髪瓦の直撃を避けることになった。広い庭では桜の花びらがキラキラと淡いピンクの光を発しながら乱舞している。


 時空間移動装置の回転が止まるとドアが跳ねあがる。まず、ケンタが桜吹雪の庭に飛び降りる。次に気を失ったサーチを抱きかかえたホーリーがそろりと降りる。


 女の忍者が風のように現れると庭に飛び降り、住職を起こしてホーリーたちに身構える。今度は刀を手にした男の忍者が現れる。全員、緑の時空間移動装置に釘付けになる。


「大丈夫じゃ」


 住職がようやく縁側に手をかけて立ち上がる。すでに揺れは収まって静けさが戻る。ホーリーは顔だけを横に向けて時間島を確認するとすぐその顔を住職に向けて軽く頭を下げる。


「お騒がせして、すいません」


「瞬示や真美の友達か?」


 察しの早い住職が尋ねるとホーリーは驚きながらも即答する。


「友達以上だ!ここに来たんですね」


「その前に名前を聞きたいのう」


「ホーリーと申します」


 住職は忍者に刀をおさめるように指示してからホーリーが抱えるサーチに視線を移す。


「どうした、その娘さんは?」


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「サーチ。気を失っています」


 住職が縁側に落ちた瓦の破片を手で払いのけると「寝かせろ」という合図を送る。ホーリーは瞬示たちのことを尋ねたい気持ちを抑えつつ縁側にサーチを寝かせる。


「きれいな娘さんじゃ」


 住職が縁側に上がってサーチの額に手を当てるとあまりの美しさに年甲斐もなく震える。


「邪念を抱いてはイカン」


 住職が目を閉じてサーチの上半身をヒザの上に載せ両肩を両手で交差するように抱えこむ。


「エイ!」と言うかけ声とともに住職の両腕に力が入ると、サーチの目がパッと開く。


「すごい!」


 ホーリーが住職の手腕に驚く。


 サーチはしばらくの間うつろな表情をしていたが、ホーリーに気付くとにらみつける。ホーリーが首を横に一振りしてから軽く頭を下げながらサーチに近づく。


「すまん、すまん」


 しかし、顔を上げたホーリーの目元はゆるんでいる。


「ここはどこ?」


 サーチは自分が住職にもたれていることに気付くとさっと離れる。


「お坊さん?お寺?」


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 サーチは精一杯まわりをキョロキョロと観察する。ホーリーも同じようにまわりの様子をうかがいながら、少し落ち着きを取り戻したサーチに告げる。


「時間点は永久0070年。場所はよくわからない」


 しかし、住職を取り囲む忍者にホーリーもサーチもケンタも首を傾げる。


「おまえさんは」


 住職がケンタに声をかける。


「ケンタです」


「そうか、もうすぐ昼飯ができる。食べていきなさい」


 ケンタが住職にそれどころではないという不満をぶつける。


「瞬示さんや真美さんは?」


 ホーリーとサーチが真剣な眼差しで住職の答えを待つ。


「消えた。じゃが、しばらくすれば戻ってくるじゃろ」


 意外な答えにホーリーが半ばあきれる。


「住職はあのふたりに驚かれないのですか?」


「なんの!大驚きの大連続じゃ!」


 住職は大袈裟に首をすくめる。


「まあ急ぐこともなかろう。驚きは驚き、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。ゆっ


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くりと受け止めればよいのじゃ」


「なるほど!」


 住職の寛容力がホーリーを虜にする。言葉を止めたホーリーに代わってサーチが尋ねる。


「この忍者のような人たちは?」


 住職が笑いながら応える。


「忍者のようじゃない。忍者そのものじゃ」


「?」


「先ほども言ったがちょうど昼飯の用意ができたとこじゃ。忍者料理はどうじゃ」


 住職はますます大笑いしながらホーリー達を手招きする。住職のこの大様な態度にホーリーもサーチも大きな安心感を抱く。


***

 ゆううつな表情をして瞬示と真美が時間島を経由せずに月から直接縁側に戻ってくる。すぐに瞬示が時間島の左横にある緑の時空間移動装置に気付く。


【ホーリーの時空間移動装置だ!】


 ふたりの顔に明るさが戻る。


【ホーリーが追いついてきたんだわ】


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 時間島に桜の花びらが積もっている。ふたりは黄色と桜色の微妙な色合いに見とれる。


「ホーリーはどこだ」


 そのとき時間島が急に膨張しはじめる。ふたりに緊張感が走る。


【何かが起こる!住職に知らせなくては】


 瞬示が寺の中に駆けこむと笑い声がする部屋に向かう。そこは大広間で住職たちが昼食を終えてくつろいでいる。


「危険です!」


 瞬示が立ち上がるホーリーを見つけると住職がふたりをまばたきもせずに直視する。


「何じゃ!」


 瞬示はホーリーにつられて立ち上がるサーチに気付いて言葉を失う。サーチも驚きを隠さずに瞬示を見つめると腰のレーザー銃に手をかける。すぐさま瞬示の身体がピンクに輝く。


「やめろ!サーチ!」


 ホーリーがサーチの手を強く握りしめる。


「おい!瞬示!どうした!」


 ホーリーがサーチから視線を離さずに立ちつくす瞬示に向かって怒鳴る。ピンクの輝きを収めて瞬示が大声を出す。


「ここから離れてください!」


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 住職がゆっくりと立ち上がる。


「どういうことじゃ?どこへゆけと言うのじゃ?」


「説明している時間がない」


「佐助たちもか?」


 住職が忍者達のことを気にする。そのとき縁側の真美から強烈な信号が届く。


【瞬ちゃん!】


 複数の大音響と激しい揺れが辛うじて残った屋根瓦に追い打ちをかける。


「ホーリー、あとを頼む!」


「あとを?何をすれば……」


 瞬示はホーリーの言葉を聞くこともなく消える。


【マミ!】


 瞬示は縁側から少し離れたところにいる真美のすぐそばに現れる。再び桜の花びらが舞い上がる庭に所狭しと広がった半透明の時間島の中で青いモノが何度も爆発を繰り返す。一方、緑の時空間移動装置が見あたらない。そんな瞬示の不安さを読みとった真美が応答する。


【時間島にのみこまれたわ】


 すべての瓦を失った寺が崩れだす。


 時間島は内部爆発のためか、アメーバのように変形して、膨らんだところから多数の青い光


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体がのぞく。


【あの青いモノは?】


 球体の形を何とか維持した青い物体が次々と時間島から吐きだされる。まるで時間島がのたうち回っているように見える。


「追跡隊だ!」


 背中でホーリーの大きな声がする。瞬示は振り返るとホーリーが心の中で叫ぶ声を読みとる。


【女の軍隊の時空間移動装置だ!】


 真美が縁側に出てきたサーチの姿を見て瞬示に驚きの信号を送る。瞬示がすぐさま警戒の信号を送り返すが、サーチは真美に目もくれず悲痛な表情で歪んだ青い球体に向かって叫ぶ。


「どうなったの!」


 庭先に現れた住職や忍者が寺が崩れるのも忘れて呆然と立ちつくす。やがて十基ほどのひしゃげた青い時空間移動装置から紺色の戦闘服に身を包んだ女が這いだしてくる。いびつな回転を続ける時空間移動装置もある。ほとんどの女は破れた戦闘服から血を流している。また時空間移動装置のドア付近で倒れたままの者もいる。


 瞬示がまだ息のある女に近づくと、ホーリーがレーザー銃を構えてその女に向かって引き金を引く。緑の光線が女の戦闘服に大きな穴を開ける。サーチがホーリーに体当たりして腰からレーザー銃を抜くとホーリーがすぐさま体勢を立て直してレーザー銃をサーチに向ける。


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「やめて!」


 真美が発したピンクの光がホーリーとサーチのレーザー銃を蒸発させる。同時に瞬示がホーリーとサーチの間に割りこむ。


 再び爆発音がする。回転を続ける青い時空間移動装置が粉々に吹っ飛ぶ。身を伏せていた三人の女が腰からレーザー銃を抜いて立ち上がる。恐ろしいほどの生命回復機能が働いている。瞬示が慌てて女が手にするレーザー銃にピンクの光線を発射すると瞬間的に蒸発する。


 そのほかの女の身体は徐々に土色に変化する。さすがに致命的なダメージを受けた身体は生命永遠保持手術を受けていても回復不可能だ。


 レーザー銃を瞬示に蒸発させられた三人の女のうちのひとりが電磁ナイフを握りしめて住職に向かって走りだす。佐助が立ちはだかると、その女は驚いて立ち止まる。


「兄者!」


 佐助も同時に叫ぶ。


「お松!」


 アケミとエリカも同じだ。


「お松さん!」


 瞬示も真美も、ホーリーもサーチも、そして住職も抱き合う佐助とお松という名の女を見つめる。お松は安心したのか、佐助の胸の中で気を失う。


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 しかし、ほかのふたりの女は違う。電磁ナイフを構えて忍者に突進する。体調はまだ十分ではないがさすがに忍者だ。才蔵と半蔵がいとも簡単に切りすてる。サーチは顔をおおいながら両ヒザをつく。


「それぐらいじゃ、死なないぞ!」


 サーチが両手を握りしめるとホーリーをにらみつけて立ち上がる。しかし、ホーリーの言葉とは逆に、倒れたふたりの兵士の身体は徐々に土色に変わっていく。衝突の際に受けたダメージが大きかったのか、身体が完全に回復するのを待たずに戦いを挑んだのが致命的だった。立ちつくすサーチの目に涙が見る見るうちにあふれる。


「寺から離れろ!」


 瞬示とホーリーが大声で叫び回る。住職が安住の場所と決めこんでいた古寺が大きな音を立てて崩れる。


***

 女の軍隊の追跡隊はお松ひとりを残して全滅した。


 青い時空間移動装置に乗った女の追跡隊はまずコンピュータが自爆した民宿に時空間移動した。そこからサーチの時空間移動装置の時空間識別信号を手掛かりにサーチがホーリーと再会した摩周クレーターに到着した。そこで手に入れた時空間移動識別信号から時間島の移動先を


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突きとめるところまでは問題なかった。しかし、ホーリーのように「平行時空間移動」を選択しないで移動したので、移動先の時間島そのものにまともに衝突した。つまり女の追跡隊は時間島の識別信号が特殊な信号であることに気付かずに追跡を焦って時空間移動したのだ。


 そしてこの衝突で女達の時空間移動装置は木っ端微塵になるはずだった。しかし、時間島は最悪の事態を避けるために衝撃を巧みに吸収した。それでも時空間移動装置に乗っていた女の兵士は身体が引き裂かれるぐらいの衝撃を受けた。


 時間島は何事もなかったように元どおりの球体の形を保持して空中に浮かぶ。いつの間にかホーリーの時空間移動装置も時間島の横にいる。


 古寺が全壊したので住職を先頭に全員が羅生門に向かう。ホーリーは自分の時空間移動装置に入って救急ボックスから小さなビンを取り出すと住職たちに追いついて佐助に声をかける。


「これをお松に飲ませるんだ」


 サーチも強く勧めるが、佐助が怪訝な表情をして住職の顔をうかがう。


「佐助、安心して飲ませるのじゃ」


 佐助はうなずくとホーリーからビンを受けとり、お松の口を開けて液体を含ませる。


【瞬ちゃん、お松はさっきまで月面の生命永遠保持機構本部の手術台にいた女の忍者なのかしら】
【佐助の話では妹のお松は二番目の大凧の一員らしい】


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【あとの三人は?】
【あの死んだ女の兵士のなかにいたのかも】


 威厳の象徴のような羅生門に向かいながら、瞬示がホーリーの肩を叩いて羅生門の上方にうっすらと見える満月に視線を移す。


「サーチは月の生命永遠保持機構本部の手術室長だ」


 ホーリーが瞬示の視線に合わせる。


「それは知らなかった」


 お松を心配そうにうかがうサーチが瞬示とホーリーの会話に反応する。真美はサーチの意識を探って戦闘意欲が消えたことを確認する。


「ずーっと以前はね」


 サーチがホーリーに弱々しく応えてから逆に真美に強く詰問する。


「なぜ、そんなことを知っているの!」


 真美はその質問を無視してサーチの前に立つ。


「忍者のこと、知っているでしょ」


「えっ、忍者?知らないわ」


「わたしたち、さっきまであの月の生命永遠保持機構の本部にいたの」


「えっ!」


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 真美の言葉にホーリーが驚いて真美とサーチの間に割りこむ。サーチはまばたきもせずに目を見開いてホーリーを見つめる。


「俺達は今、永久0070年の世界にいる」


 サーチがホーリーの言葉にボンヤリと反応する。


「永久0070年?随分昔の世界……。そう、確かにその頃、私は本部の手術室長だったわ」


***

 瞬示と真美は月での事件を話すために羅生門の下に陣取るとごく自然にふたりを囲む円陣ができる。お松は羅生門の大きな柱の横で仰向けに寝かされている。


「回復剤を飲んだから、すぐに元気になるわ」


 サーチがか細い声で佐助に告げる。サーチにとって追跡隊が全滅したことと、ホーリーがレーザー銃で仲間にとどめを刺したことの二重のショックにうなだれる。


 瞬示がまず黄金城での出来事から話をはじめる。民宿での出来事、摩周クレーターでのホーリーとの出会い、羅生門に引っかかっていた大凧の話へと続く。途中、真美が何度か補足する。そして月の生命永遠保持機構本部での悲惨な忍者の話が終わるとアケミとエリカが涙ぐむ。


「私が蘇生手術の指揮をとっていた?」


 サーチの声は弱々しい。


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「そうです」


 瞬示と真美がサーチの意識の中を覗くが、サーチは忍者のことをまったく知らない。


 いつの間にか陽が傾いている。瞬示がまだ明るい空でぽっかりと浮かぶ満月に気付く。


「今、あの月の生命永遠保持機構本部にサーチがいます。そしてそのサーチが自害した忍者の蘇生手術の指揮をとっています。その中にお松もいます」


 瞬示が月を見上げる全員の理解度を確認する。そのとき突然ホーリーが叫ぶ。


「大凧に乗って四百年以上も過去からやってきたお松は今、月面生命永遠保持機構本部で蘇生手術を受けている。でもここにいるお松は追跡隊の一員として未来からここに来た!」


 ここで瞬示や真美やホーリーやサーチが時空間を自由に移動できることを理解している住職が静かに口を開く。


「因果律が逆転しておる。考えられないことじゃ」


 ホーリーが頭をかきむしりながら住職から発言を求められていると誤解して声をあげる。


「間違っているかもしれないが……」


 ホーリーはツバをごくりとのみこんでから、気を落ち着けるために深呼吸する。


「少し年代を整理してから俺の考えを披露する。俺は今いる永久0070年の世界の150年後の永久0220年の世界から、約210年前の永久0011年の地球へ派遣された」


 210年もの未来からホーリーが摩周湖にやってきたことにケンタが、一方150年もの未


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来からホーリーが羅生門にやってきたことに住職が驚く。ホーリーが一番遠いところにいるサーチを見つめながらケンタや住職が落ち着くのを待つ。


「サーチも恐らく永久0220年頃に永久元年頃の地球に送りこまれた」


「私は永久0215年に地球に派遣されたわ」


「俺より五年も早くもか!」


 サーチがうなずくのを見てホーリーは女の軍隊の機敏な対応に感心する。


「永久元年といえば、わしが生まれた年じゃ」


「住職よりオレの方が早く生まれている!」


 ケンタが驚く。


「今は永久0070年の春。明智光秀が黄金城を建築したのが永久紀元前400年ごろ」


 住職とケンタがいっしょにうなずく。ホーリーの言葉がいよいよ核心に近づく。


「その永久紀元前400年ごろに明智光秀の命令で忍者が大凧に乗って城上空の時間島の偵察に向かった。ふたつの大凧に乗った忍者は時間島に入ったとたん、ひとつはこの永久0070年の早春の羅生門に、もうひとつが一か月ほど遅れてつい先ほど、月の生命永遠保持機構の本部に時空間移動した。あるいはさせられた」


 忍者からざわめきが起こる。


「月の生命永遠保持機構の本部で蘇生されて生命永遠保持手術を受けた方の忍者はそのまま永


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久0215年まで生きのびた。その永久0215年というのは瞬示と真美が、俺とサーチが戦闘をしていた完成第十二コロニーに現れた年で、サーチがふたりを捜索するために過去へ時空間移動するように命令された年でもある」


 ホーリーが見渡す。いつの間にか瞬示がホーリーの隣に、真美がサーチの隣に座っている。


「摩周クレーターで俺は瞬示と真美とケンタに出会ったあと、サーチと合流して瞬示と真美の時間島を追って永久0012年から永久0070年のこの古寺へ移動してきた。ここまではいいか?」


 ホーリーがケンタの反応を待つために一旦言葉を閉じる。忍者を除く全員がうなずく。


「永久0012年6月、北海道のケンタの民宿に設置したサーチのコンピュータが自爆したときに送信された緊急信号から、サーチの生死を確認するために女の軍隊は追跡隊を組織して永久0012年6月に存在するその民宿に送りこんだ。これは俺の推測だ」


 サーチが目線だけでうなずくのを確認するとホーリーはまたしても一呼吸置く。自分の思考を整理するためだ。サーチが次の言葉を探すホーリーを見つめながら力強い声を上げる。


「その追跡隊のメンバーに、お松が選ばれていたと言いたいの?」


「そのとおり。事実、こうしてお松は永久0012年6月から時間島の識別信号を追ってこの永久0070年の世界へ来ているじゃないか」


 ホーリーはサーチに感謝するような表情を送るがサーチが叫ぶ。


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「待って!でも、お松さんは今、月の生命永遠保持機構で私の手術を受けているんでしょ!」


 住職がカッと目を見開く。


「そこなんじゃ!お松は今サーチの手術を受けているのじゃ」


 ホーリーが首を横に激しく振る。住職の鋭い言葉が続く。


「原因と結果が逆転しておるのじゃ」


 瞬示はサーチ横の真美を見つめながら、摩周湖での真美の言葉を思い出す。


――今朝、会ったばかりじゃないの


「瞬示の話では永久紀元前400年の世界から忍者が月に現れた。この事実は今さっき起こったことだ。その忍者が永久0215年まで生きのびて追跡隊の一員として今ここに現れたのも事実だ。このふたつの事実は相容れない。なぜなら、今、この世界に初めてお松が月に現れて、そしてサーチがそのお松に初めて出会ったからだ」


 ホーリーが矛盾点を浮きぼりにする。そして、サーチが興奮を抑えて自分自身に質問する。


「もし月で忍者の手術が失敗してお松さんが死んだら、ここにいるお松さんはどうなるの」 


「仮の話には答えようがない」


 ホーリーが残念そうにサーチを見つめる。


【瞬ちゃん、わたしには何がなにか、わからない】


 真美が混乱した気持ちをそのまま信号にする。


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【摩周クレーターでホーリーが言っていたことがまた起こってしまった】


 ホーリーが柔和な表情でサーチをじーっと見つめてから、瞬示と真美に険しい視線を向ける。


「いずれにしてもこのふたりの仕業だ!」


 再び瞬示に信号を送ろうとした真美がこの断定的な言葉にショックを受けて中止する。


「勝手な想像だが、自信はある」


「待て!」


 住職が口をはさむ。


「ホーリーは瞬示と真美が因果律を破ることができると言いたいのじゃな?」


「そうです。以前にも同じようなことがあったのです」


 ホーリーが瞬示と真美に改めて尋ねる。


「月へは時間島を使わずに直接移動した。そうだろ?」


 ふたりは首を傾げながら時間島から第二波の忍者が月に向かった情報を得たが、確かに直接月に向かったことを思い出す。そしてホーリーに大きくうなずく。


「やっぱりそうか。そうすると、時間島が因果を逆転させたんじゃない」


 ホーリーの結論にふたりはいっしょに口ごもる


「そんなこと……」


――自分たちが因果律を破っている!


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「仏様以上じゃ!」


 住職が興奮する。しかし、住職以外は黙ったままで身動きひとつしない。特にケンタと忍者はあまりの話に混乱する。


 瞬示の視線は厳しいままだが、出した声は弱々しい。


「時空間移動した結果、同じ時間帯に同じ人物がいるだけなのじゃないのか」


 すぐさま真美が追従する。


「そう言えば、わたしたちも同じ時刻と同じ場所にもう一組の自分たちと会ったわ」


 ホーリーが瞬示から真美に険しい視線を移す。


「それでどうなった!」


「あるときは一方が消えたんだ」


「あるときは合体したの」


 ホーリーはもちろんサーチもふたりの言葉の意味が理解できない。


「因果律を整理したのじゃ」


 住職が目を閉じて顔だけを真美に向ける。そのときふたりの身体がピンクに輝きだす。


「どうした!」


 ホーリーが驚いて瞬示の方に身を乗りだす。瞬示がサーチの横にいる真美の身体を、真美も向かいの瞬示の身体を見つめてから、自分自身の身体を確かめる。


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【瞬ちゃん!変よ】
【身体が熱い!】


 ピンクの輝きが膨らむ。


【止められない!】


 真美の信号は絶叫に近い。


 ふたり以外の全員が声をあげることも忘れてじっと膨張するピンクの輝きを見つめる。ついにふたりのピンクの輝きが合体して羅生門を包みこむ。全員の顔がピンクに染まる。そのなかでサーチだけが気を失ってうずくまる。


 突然、時間島が羅生門に現れる。寒くもないのに何かゾクッとした感触に襲われるが、サーチ以外に気を失う者はいない。急にサーチの身体が浮きあがって時間島の中に移動する。


 誰もが魔法をかけられたようにゆっくりと立ち上がって首を傾げながらその様子をじっと見つめる。ホーリーが瞬示と真美そしてサーチを交互に見つめる。サーチの身体を包んでいた紺色の戦闘服が時間島の中で溶けるように消滅して身体も消える。ホーリーは眩しいものを見たようにサーチの一瞬の美しい裸体に感動を覚える。それはホーリーひとりの感動ではなかった。それほどサーチの身体は女として完璧だった。


***

[331]

 


 瞬示が上空からの複数のモーター音に気が付くと目をこらす。


「かなり大型のエアカーが数台こちらに近づいてくる」


 一斉に瞬示の視線に合わせるが日没前の群青色の空に変化はない。


「視力が違うんだ。ここまで来るのに十分はかかると思う」


「多分、それは武装パトロールエアカーじゃ!」


「戦うべき相手ではないな」


 ホーリーは立ち上がると瞬示に確認することなくポケットからリモコンを出してボタンを押す。時間島の横に緑の時空間移動装置が風を切る音を伴って現れる。住職は瞬示やホーリーがこの場所からどこかへ移動する準備をしていると確信する。


「よくわからんのじゃが、いっしょに連れてもらえんじゃろか?」


「住職、生身の人間は時間島には入れないのです。でも、ホーリーの時空間移動装置なら」


 瞬示の視線がホーリーに刺さる。しかし、ホーリーは首を横に振る。


「大丈夫だ!サーチを見ろ。時間島はサーチを受けいれた」


「あっそうか。時間島は人間を拒否していない」


 瞬示が納得すると、真美が気の抜けた言葉を出す。


「人間を?人間を拒否していない?わたしも人間よ」


 瞬示は真美に返す言葉を失う。


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――なぜ人間が時間島の中に入れないと思いこんでしまったんだ?


 瞬示の思いは佐助の力強い要求に中断される。


「住職が行くならわれらも」


 佐助が額を地面につけんばかりに頭を下げる。


「ケンタは?」


「もちろん!」


「どっちに乗る?」


「ホーリーさん!」


「決まりだ!」


 ホーリーがうれしそうにケンタの肩を叩いたとき、時間島が急に膨らむ。


「みんな、急げ!」


 今度は男の追跡隊が古寺に現れると瞬示は直感する。真美もその直感を共有すると大きく息を吸いこむ。


「時間島のニオイがする」


「ニオイ?」


 瞬示が鼻の穴を広げる。それは時間島のニオイではなく、単に時間島がふたりをうながしているだけなのだ。ホーリーとケンタ、そしてお松を抱える瞬示以外の全員が時間島に吸いこま


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れていく。まるで時間島がみんなを誘拐したように見える。


 しかし、時間島に溶けるように衣服が消えて時間島の色に染まるようにボヤーとした黄色い裸体となるのは真美だけだ。真美以外の者は気を失う。真美が気持ちよさそうな表情をしながら時間島からのメッセージを受けとる。


 ところが瞬示はお松を抱いたまま時間島に入ろうとするが、なぜか時間島に拒絶される。


「!」


 お松が引っかかるような感じで時間島に入れない。ホーリーが空を見上げて瞬示に警告する。


「武装パトロールエアカーが近づいてくる」


【瞬ちゃん、急いで】


 真美があせる。


「俺の時空間移動装置へ!」


 ホーリーが近づく瞬示からお松をもぎとるようにして抱きかかえると尋ねる。


「どこへ移動するんだ?」


「わからない。時間島が決める」


 瞬示の声が時間島に届いたのか、時間島が時空間移動のデータを解き放つ。そのとき、羅生門上空に到着した武装パトロールの大型エアカーから大きな音声が響きわたる。


「動くな!」


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 その瞬間、古寺のあった方から雷が落ちたような大きな音が何回も聞こえてくる。男の軍隊の追跡隊が到着したのだ。


 すでに時間島が羅生門に移動していたので、平行移動を選択しなくても男の軍隊の時空間移動装置は時間島に衝突することなく無事に時空間移動を完了した。


「最悪だ!」


 慌ててホーリーが時空間移動装置に乗りこむとお松をケンタに押しつける。


「急げ!」


 ケンタがお松をシートベルトで座席に固定すると緑の時空間移動装置が回転をはじめる。


 羅生門上空に到着した武装パトロールエアカーから威嚇射撃が始まる。と同時に古寺のあった方向から発射された緑の光線を受けて武装パトロールの大型エアカーが大爆発を起こす。そして男の追跡隊から次の攻撃が開始されるはずだが、その前に時間島もホーリーの時空間移動装置も羅生門から同時に姿を消す。


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