第五十七章 救出


【時】永久0288年

【空】ホワイトシャークノロの惑星

【人】瞬示 真美 フォルダー イリ キャミ ミト ホーリー サーチ カーン・ツー

   住職 リンメイ 一太郎 花子 四貫目 お松 MY28 MA60

 

***

 

「徹底的に抗戦する」

 

 完成コロニーのアンドロイドからの意外な回答にフォルダーはうなったまま黙ってしまう。

 

「これまでとは違うわ」

 

 イリがフォルダーの違和感を素直に受け継ぐ。

 

「無傷で手に入れなければ意味がない」

 

 フォルダーが腕を組んでイリの顔をぼんやり見つめる。

 

「それ以前に大きな問題があります」

 

 中央コンピュータが鋭い声を出す。

 

「完成コロニーといっても、人間の居住に適した環境ではありません」

 

「なに!」

 

「すべての完成コロニーがずいぶん前に放棄されたことを覚えていますか」

 

[108]

 

 

「ああ」

 

「それから、誰もいない完成コロニーになったのですが、どうやらその後、人間の理不尽な圧政に我慢できなくなったアンドロイドが、時空間移動装置で密かに地球を脱出して自分たちの住みかにしたようです」

 

「アンドロイドなら時空間移動装置を拝借して脱出するぐらい朝飯前だろうな」

 

「アンドロイドが朝飯を食べるのかは疑問です」

 

「たとえ話だ。ノロも前線第十七コロニーの工場長だったころ色々なものを盗んでいた」

 

「彼らは、放棄された完成コロニーを人間が住めるように改造するのではなく、自分たちに適した環境に改造しました。アンドロイドには酸素は必要でないどころか、毒のようなものです」

 

「チューちゃんはアンドロイドに『おまえの家をよこせ』と言っても素直に渡すわけがないと言いたいのね」

 

イリは中央コンピュータのことをチューちゃんと呼んでいる。

 

「それに、人間を信用していません」

 

「人間が住めないコロニーを略奪しても意味がないな」

 

フォルダーは困惑しながら、今や地球を命からがら脱出した人間が住める完成コロニーが存在しないという重大な現実を受けいれる。仮に完成コロニーを無傷で手に入れたとしても、誰が人間の居住に適するように改造するのか。

 

[109]

 

 

今の人間にはそんなことはできないし、アンドロイドに改造させることもできない。

 

「確かに大問題です。人間が移住可能な星は、今のところノロの惑星しかありません」

 

「ノロの惑星に移住させるわけにはいかないわ」

 

 イリがフォルダーの顔をのぞきこむ。

 

「当たり前だ!」

 

 フォルダーがきっぱりと否定したのでイリは安心する。

 

「ノロの惑星はノロのものよ」

 

「イリの言うとおりです」

 

 中央コンピュータの大きな声にイリもフォルダーも驚く。そしてノロの謎の死を思い出す。その雰囲気を感じとったのか、中央コンピュータはトーンを落として話題を変える。

 

「男と女が戦争をやめて仲良くなったと思ったら、今度は人間とアンドロイドとの間にあつれきが生じたようです」

 

 イリは中央コンピュータの言葉に誘導されてノロのことを脳裏にしまいこむ。

 

「どうも、人間の方に問題があるわ」

 

「ワタシは、人間のわがままにアンドロイドが嫌気を覚えたのではないかと思います」

 

 フォルダーも中央コンピュータの話に引きこまれる。

 

[110]

 

 

「具体的に言え」

 

「具体的に言っていいのですか?」

 

フォルダーが一瞬たじろぐ。地球では人間同士がいさかい殺人を繰り返しているというウワサを耳にしていた。他人ではなく親子や兄弟間での殺し合いが日常茶飯事のように起こっていることをイリも承知している。ふたりともすっかりノロの死の謎を忘れてしまう。

 

「言うまでもないことのようです」

 

中央コンピュータは目的を果たしたと思ったのか、言葉をおさめる。

 

「自ら神だと言っていた巨大コンピュータも警告していたな」

 

「人間とアンドロイドの戦いを止める方法はないのかしら」

 

「海賊には無理な話だ。人間とアンドロイドの戦いを止めるというよりは、まず人間同士を仲良くさせる方が先決だ」

 

「人間のサガね。愛情と憎しみがいつも同居しているわ」

フォルダーはノロが言っていた「アンドロイドに人間が亡ぼされるかもしれない」という言葉を心の中で繰り返すと一言だけ発する。

 

「離脱!」

 

ホワイトシャークは目の前の完成コロニーから船首をはるか彼方の宇宙に向ける。中央コンピュータがフーッとため息をもらすが、イリもフォルダーも気付かない。

 

[111]

 

 

***

 

{カーン・ツーが私にフォルダーを説得させてノロの惑星に上陸させようとしてます}

 

 フォルダーがミトの無言通信に自分の耳を疑う。

 

{俺が拒否すれば?}

{妻……いえ大統領のキャミを殺すと。そして私を殺すでしょう}

 

 フォルダーは怒りをあらわにした無言通信を送る。

 

{なんだと!}

 

 ミトがフォルダーの言葉を遮断する。

 

{フォルダー、私もキャミも死ぬつもりでいます。構わず断っていただいて結構です。ただ、そのあとのことが心配なのです}

 

 ここで、ミトからの無言通信が突然切れる。

 

{ミト!ミト!}

 

 フォルダーが幾度も無言通信で呼びかけるが返事はない。

 

「なんということだ」

 

 イリが心配そうにフォルダーを見つめる。フォルダーは考える時間がないことを承知のうえで、この事件に積極的にかかわっていく決心をする。

 

「イリ、ノロの惑星で過去に殺人事件はあったか」

 

[112]

 

 

「あるはずないわ」

 

「そうすると、最低二百年以上も、殺したり、殺されたりしたことがない星なのか」

 

「田舎だもの。人口は一万人もいないわ。それに生命永遠保持機能を誰も失っていないわ」

 

「アンドロイドは十倍はいるな」

 

「ええ」

 

「人口のほかにノロの惑星と地球と決定的に異なることはないか」

 

 中央コンピュータの大きな声がする。

 

「ノロの惑星では夢や希望があふれています」

 

 この中央コンピュータの発言にイリが驚く。言われてみればそうだ。長い間、それこそ二百年以上生きてきたが、もちろん、その間悲しいことも数多くあったが、決してフォルダーやイリは夢や希望を捨てることなく、明るく前向きに生きてきた。自覚することはなかったが、今、中央コンピュータの声で目覚める。

 

「中央コンピュータの言うとおりだ。いいことを言うな」

 

 フォルダーはノロの惑星では人間だけでなく、コンピュータもアンドロイドも同じように夢や希望を持っていることを再認識する。それはノロが残した遺産なのかもしれない。

 

「ノロはそういう星を造りたくて造ったのだ。そういう意味でノロは生きている!俺たちの心の中でアイツは生きている」

 

[113]

 

 

 フォルダーがそう断言すると同時に決断する。

 

「ミトがいる時空間移動船の近くに空間移動しろ」

 

 フォルダーはまだミトが生きていることに望みを託す。イリはフォルダーの言葉でノロのことを鮮明に思い出す。そしてノロが生きているかもしれないと思いはじめる。

 

***

 

「俺は宇宙海賊のフォルダーだ。この船団の最高責任者は誰だ」

 

 フォルダーが全通信回路を使って呼びかける。意外とすぐに返事が届く。

 

「要求を呑むと言うことか」

 

「俺の質問は、最高責任者の名前だ」

 

「地球連邦政府大統領のカーン・ツーだ」

 

「そうか。汚い手を使う最高責任者の名前はカーン・ツーというのだな」

 

 中央コンピュータは、フォルダーとの通信でカーン・ツーの時空間移動船の空間座標を特定すると、そのデータをメイン浮遊透過スクリーンに映しだす。

 

 再びカーン・ツーから居丈高な通信が届く。

 

「先ほどの質問に答えろ」

 

 フォルダーが砲撃手にメイン浮遊透過スクリーンのデータを目配せして大きな声をあげる。

 

「これが答えだ!」

 

[114]

 

 

 ホワイトシャークの主砲が一本だけ火を噴く。カーン・ツーが乗船しているはずの、そしてミトやキャミも同乗している可能性が高い時空間移動船に向かってレーザー光線が進む。

 

「フォルダー!」

 

 イリが叫ぶ。

 

「俺に任せておけ!」

 

 とうとつな命令だったが、砲撃手は長年の経験からフォルダーのクセを知りつくしている。主砲から発射されたレーザー光線が時空間移動船の船尾に近づく。

 

「回避!」

 

 通信回路が開かれたままのスピーカーからカーン・ツーの悲痛な声が流れる。しかし、ホワイトシャークのレーザー光線は突然現れた緑の壁に遮断されて四方八方に飛び散る。

 

【間に合った!】

 

 瞬時と真美は強力なレーザー光線が完全に消滅したことを確認すると、いつの間にか習得した無言通信をフォルダーに送る。

 

{フォルダー}

{誰だ!}

{瞬示です。ここは任せてください}

 

 ふたりはミトとキャミがいる場所を的確に把握して瞬間移動する。そこは暗くて狭い部屋でキャミとミトは手錠をかけられたまま気絶している。

 

[115]

 

 

 

「キャミ!ミト!」

 

 返事はない。瞬示と真美の身体から発せられた緑の輝きがキャミとミトを包む。すぐさま瞬示がフォルダーに無言通信を送る。

 

{フォルダー}

{瞬示か?ミトは無事か!}

 

 フォルダーの反応に瞬示はほっとして無言通信を続ける。

 

{無事です。ノロの惑星へキャミ、ミト、それに一太郎、花子、四貫目、お松を連れていきます}

{一太郎、花子、四貫目、お松?}

 

 聞きなれない名前にフォルダーはいったん無言通信を切るが、すぐさま気を取りなおして再開する。

 

{わかった!ホーリーに連絡しておく}

{ノロの惑星にホーリーがいるのか}

 

 瞬示とフォルダーの無言通信を傍受していた真美がうれしそうな表情をする。そして一太郎たち四人がいる緑の時間島にキャミとミトを移動させてすぐさまノロの惑星に空間移動する。

 

***

 

[116]

 

 

 瞬示と真美がヤシの木が生えている砂浜にたどり着く。目の前には美しいエメラルド色の海が広がっている。ふたりの後方の薄い緑色のベールから一太郎、花子、四貫目、お松が砂浜に足を着ける。ふたりは空中に浮いたまま気絶しているキャミとミトに負担をかけないようにヤシの木の根元にゆっくりと移動させて寝かせる。

 

 全員がキャミとミトのまわりに集まる。先に気を取りもどしたミトはキャミを心配そうに抱きおこしてほほを軽くたたく。

 

「ミト……」

 

「キャミ、大丈夫か」

 

 キャミが気丈夫にも立ちあがろうとする。

 

「そのまま……」

 

 ミトは柔らかい砂の上で正座するとキャミの頭を両ヒザにやさしく載せる。瞬示がみんなの気持ちが落ち着いたと見計らってこれまでのいきさつを説明しはじめる。

 

「また、ふたりに助けてもらったようね。瞬示、真美、ありがとう」

 

 キャミが弱々しく瞬示と真美に礼を言い終わると大きな声をあげる。

 

「時空間移動船の状況は?」

 

「そこまで確認する余裕がありませんでした」

 

 瞬示が申し訳なさそうにキャミを見つめる。

 

[117]

 

 

「時空間移動船の食料が底をついている……」

 

 キャミがミトのヒザの上で横になったまま再び弱々しい声に戻す

 

「そんな状況なのに、こともあろうに人質を使ってフォルダーを脅迫するなんて」

 

 真美がほほをぷくっとふくらます。瞬示が真美に同調して険しい表情を見せる。しかし、ミトはなぜか自分を人質にしたカーン・ツーをかばう。

 

「そこまで追いつめられているということだ。それにアンドロイドの宇宙戦艦にいつ攻撃されるかわからないという恐怖感もある」

 

 瞬示がキャミにたずねる。

 

「カーン・ツーはあの将軍カーンの……」

 

「そう、あのカーンの隠し子よ。出生は不明ですが……でも息子だからという理由ではなく実力があると思って地球連邦軍の司令官に任命しました」

 

 ミトのひざまくらから上体を起こすとキャミが一息ついてお松にたずねる。

 

「ほかの忍者は?」

 

 四貫目がキャミの前に進みでる。

 

「我ら以外、全員死にました」

 

 忍者はアンドロイドとの戦いで言語に絶する攻撃を受けたとキャミは声を出さずに四貫目とお松に涙を浮かべて頭を下げる。

 

[118]

 

 

 やがてフォルダーの無言通信を受けたホーリーとサーチ、住職、リンメイがMY28の運転する大型エアカーで迎えにくる。

 

「リンメイ!」

 

 キャミはエアカーから降りる若いリンメイに驚く。そしてリンメイといっしょに降りた袈裟を着た丸坊主の青年をふしぎそうに見つめる。

 

「住職?住職なの?」

 

「そうじゃ」

 

 住職が笑いながら返事するとキャミが大きな目を白黒させる。

 

「事情があって生命永遠保持手術を受けたのじゃ」

 

 口調は住職そのものだ。

 

「瞬示、真美」

 

 ホーリーがふたりに例の人なつこい笑顔で近づく。一太郎、花子、四貫目そしてお松もなつかしそうにホーリーとサーチを見つめる。そのとき突然、上空から腹に響くような重々しい音が聞こえてくる。

 

「ホワイトシャークだわ」

 

 サーチがまぶしそうに空を見上げる。ホーリーがフォルダーに無言通信を送る。

 

{今、主役がそろった}

 

[119]

 

 

{瞬示と真美の仕業なんだろう}

{そうだ}

{ノロの家で落ちあおう。先に行ってくれ}

 

 堂々としたホワイトシャークが速度を落としてホーリーたちの頭上を通過する。

 

「ブラックシャークが真っ白になっている」

 

 瞬示と真美が空を見上げて驚く。

 

「あれはブラックシャークではない。ホワイトシャークだ。ブラックシャークは入院中だ」

 

 ホワイトシャークが修理中のブラックシャークの横に船体をゆっくりと沈める。瞬示と真美は視線を造船所からホーリーに移す。そのホーリーがエアカーのドアを開ける。

 

「大統領、大変なことが起こったのですね」

 

 サーチがキャミに寄りそうとホーリーのあとについてエアカーに案内する。

 

「もう、私は大統領ではありません。でも、みんな、無事で何よりだわ」

 

 さすがにあの威厳のあったキャミも小さく見える。キャミとミトがエアカーに乗りこむとサーチは瞬示と真美に視線を移す。

 

「どこへ行っていたの」

 

 サーチはふたりに返事を期待するのではなく、ごく自然に声をかける。

 

「どこにも行っていない。気が付いたらリンメイの研究室にいた」

 

[120]

 

 

「ほんの数十分前のことなの」

 

 サーチはふたりの言葉にさほど驚くこともなく、エアカーに乗るようにうながす。

 

「何十年も、どこかで眠っていたのかなあ」

 

 真美が瞬示の感想を上書きする。

 

「眠ってたっていう感じはないけど」

 

 エアカーが砂じんを巻きあげて浮上する。

 

「とにかく無事でよかった」

 

 ホーリーがMY28に指示する。

 

「ノロの家へ」

 

 続けてミリンに無言通信を送る。

 

{ミリン、ノロの家に集合だ}

 

 やがてオアシスのような緑に囲まれたこぢんまりとした住宅街が見えてくる。こんもりとした木々に囲まれたひときわ大きな建物が遠くからでもはっきりと見えてくる。

 

「あれがノロの家ですか」

 

 ハンドルを少し右に切りながらMY28が瞬示に軽くうなずく。正面から別のエアカーが二台向かってくる。ちょうどノロの家の前で合流する。一台のエアカーからはミリン、ケンタ、五郎と運転手の小柄なアンドロイドが、もう一台のエアカーからはフォルダーとイリが降りる。

 

[121]

 

 

 MY28が小柄なアンドロイドを紹介する。

 

「妻のMA60です」

 

 MA60がにこやかに頭を下げる。全員がMY28とMA60を交互に穴が開くほど見つめる。

 

「ジロジロ見るのは失礼よ。さあ……」

 

 イリが笑いながら背筋をまっすぐ伸ばしてノロの家の玄関に向かう。そして鍵がかかっていないドアを開ける。

 

***

 

「ここは展示室というより、博物館だ」

 

 ホーリーが驚くのを尻目にフォルダーが説明を始める。

 

「ノロの遺品を整理してその中で重要なものを展示した。ノロがいたころ、ここはがらくた置き場になっていた。ベッドですら、がらくたが置かれていてノロはわずかに残った床で寝ていたようだった」

 

「この床の扉は?」

 

 瞬示がフォルダーの説明を抑えて足元の四角い木の扉を指さす。

 

「古本だらけの地下室だ。この中を整理していた者から、たいした本はないので処分するという報告を受けたのを覚えている。そうだ、思い出したぞ。ノロにとって宝物かもしれないので片付けずにそのままにしておけと指示したんだ」

 

[122]

 

 

「開けていいかしら」

 

 真美が腰をかがめて丸い鉄の取っ手を握る。フォルダーはなぜふたりが地下室に興味を持つのかふしぎに思うが、断る理由もないので首を少しすくめてからうなずく。

 

「重たいわ」

 

「この星にはドロボウはいないから、鍵はかかってないはずよ」

 

 イリもフォルダーと同じようにふしぎそうにふたりを見つめる。瞬示が真美に手を貸すとギーという音とともに扉があがる。くたびれたはしごがかけられている。

 

「どこかに照明スイッチがあったはずだ」

 

 フォルダーがふたりに声をかける

 

「明かりはいいです。見えますから」

 

「ちょっと待った!」

 

 ホーリーが降りようとするふたりを止める。

 

「地下室から消えてしまうってことはないだろうな」

 

「そうよ。まず、みんなで今までのことや今後のことを話しあいましょう」

 

 サーチがホーリーに同調する。

 

「急ぐこともないか。マミ、あとのお楽しみだ」

 

[123]

 

 

「なぜ地下室の古本に興味があるんだ?」

 

 フォルダーが真美にたずねる。

 

「ふしぎな本を探しているの」

 

***

 

 全員、展示室の細長いドーナツ形のテーブルに着く。そのテーブルの真ん中にガラスケースが置かれている。誰もがテーブルに手をついてそのガラスケースをのぞきこむ。

 

「ノロです。凍結保存されています」

 

 イリが悲しそうに説明する。

 

【瞬ちゃん】

 

 真美が信号を送ると瞬示が真美の言いたいことを信号にする。

 

【生きているように見える】

【瞬ちゃん】

【わかっている】

 

 ふたりはもちろんのこと、この星の者以外の誰もが展示室内をぐるっと見渡す。ブラックシャークや明らかに男と女の体型のアンドロイドの模型や今までに見たこともないような様々なものが展示されている。

 

「ノロがあとでゆっくりと展示品を案内しますから、今は席についてください」

 

[124]

 

 

イリが悲しみの表情を捨ててにこやかな笑顔を見せると、凍結保存されたノロが全員にほほえみかけているように映る。少なくともイリにはそう見えた。

 

「何もかもやりとげた満足した表情だわ」

 

 サーチはノロが今にも「やあ」と言ってガラスケースから出てきそうな錯覚を覚える。サーチだけではない。全員が同じ感覚を共有する。

 

「時空間移動船の食料は底をついています」

 

 キャミの言葉が展示室にきびしい現実の空気を注入する。フォルダーが追い打ちをかける。

 

「完成コロニーはすべてアンドロイドが支配している。しかも人間が住める環境ではない」

 

「えー!」

 

 真っ先にキャミが大声をあげて驚く。ほかの者は声こそあげないが落胆する。

 

「そうだとすれば、人間が移住できるのは今のところ、この星しかない」

 

 ミトがフォルダーに視線を向ける。

 

「はっきり言うが、この星に上陸させることは拒否する。この星の人間とアンドロイドの安全が脅かされる」

 

 会話が始まった直後だというのに展示室は極度な緊張感に包みこまれる。フォルダー以上にミトが強い意志を押しだす。

 

「それは承知している。地球をアンドロイドから奪還する」

 

[125]

 

 

「時空間移動船には食料どころか武器もないのよ」

 

 キャミがミトに泣き出しそうな顔を向ける。

 

「フォルダー、力を貸してくれ」

 

 ミトがフォルダーに深々と頭を下げる。

 

「仮にホワイトシャークで上空からの地球攻撃が成功したとしても、その後の地上戦をどうやって戦うんだ。俺たちは海賊だ。陸にあがった鮫はカマボコになるだけだ」

 

 フォルダーにキャミが弱々しくうなずく。

 

「今の人間に武器を持たせたところで戦う力はないわ。女と男が戦争していたころとは違う。アンドロイドに何もかもさせて、自分たちは遊ぶことしか考えないほど落ちぶれてしまった」

 

 年老いた一太郎が初めて発言を求める。

 

「キャミの言うとおりアンドロイドがいなければ、人間は自力で生活するどころか食料を確保することもできない。一方、アンドロイドは完全に意思を持った。残念ながら、みじめさという感情まで持ってしまった。それほど人間と変わらない感情を持っている。今回のアンドロイドのクーデターは突発的に起こったのではない。アンドロイドなりに考えたうえで事を起こした。それに彼らの感情には個性がある。だからこそ逆に最後まで人間の味方になったアンドロイドもいた」

 

 一太郎が白い髪の毛をかきむしると肩を落とす。一太郎の話に全員がきびしい現状を再認識する。

 

[126]

 

 

一太郎はまるで自分自身を責めるような言葉を続ける。

 

「元はといえば、無言通信システムに組み込まれた言語処理プログラムが原因だ。アンドロイドがいるこの世界に持ちこむべきプログラムではなかった」

 

「一太郎が持ちこんだんじゃない」

 

「瞬示の言うとおりじゃ。それより一太郎の意見をもっと深く聞きたいのう」

 

「人間とアンドロイドの会話を確保しなければならないと思います。このまま両者の意思疎通がなくなれば、仮に人間がこの困難を回避できたとしても、アンドロイドなしに生きていけないから、どうしても無言通信のような会話が必要になります」

 

 キャミが全身を震わせて一太郎を見つめる。

 

「無言通信のようにアンドロイドと会話ができれば、事態は改善されるかもしれません。でも、当面の解決策にはならないわ」

 

「キャミ、一太郎の話を最後まで聞きましょう」

 

 ミトがキャミをたしなめる。

 

「僕と妻が作った言語処理プログラムは人間の言葉で書かれているわけではありません」

 

「当然だ。最終的なプログラムはマシン語で記述されるものだ」

 

 ホーリーが思わず割りこんでしまう。

 

「そのとおりです。だから、人間の言葉をマシン語に変換してアンドロイドのCPUに直に語りかけるのです。うれしいとか、悲しいとか……そして、人間はアンドロイドにすまないこと

をしたとか……」

 

[127]

 

 

 

「口で言うのじゃなくって、アンドロイドの言葉で直接心に訴えるということね」

 

 サーチが大きく口を開けて胸に手を当てる。

 

「そうです。」

 

「でも、どのようにしてアンドロイドに直接伝えるんだ?それに直接訴えたところでアンドロイドの心を動かすことができるだろうか」

 

 ホーリーが一太郎に疑問を投げかけるとミトが割りこむ。

 

「アンドロイドにはっきりとした個性があるのなら、あながち期待はずれとは言えないだろう」

 

 まず可能性を肯定してから、続けてホーリーと同じ意見を述べる。

 

「しかし、ホーリーの言うとおり、どのようにしてアンドロイドに言葉を伝えるかだ」

 

 一太郎がたじろぎもせずに答える。

 

「アンドロイドは人間と同じ言葉を使って会話しているように見えますが、ほとんどの場合、電波を使ってマシン語で通信しています。だから言葉そのままではなく、マシン語に翻訳して電波を彼らに流せばいい」

 

 サーチが深いため息をもらす。

 

[128]

 

 

「アンドロイドに訴えるよりも、真摯に生きることの大切さを人間に悟らせるプログラムの方が必要じゃないのかしら」

 

 それまで黙ってみんなの意見を聞いていたイリが、サーチに向かって大きくうなずくと初めて言葉をかける。

 

「サーチ、一太郎と花子や忍者を紹介して」

 

 フォルダーもサーチに追加する。

 

「無言通信の生みの親だとは聞いていたが、お会いするのは初めてだ」

 

 そしてまず一太郎と花子に向かって会釈して言葉を続ける。

 

「フォルダーという宇宙海賊です。俺もイリも無言通信にはずいぶん世話になった」

 

 一太郎と花子がフォルダーとイリに向かって頭を深々と下げる。

 

「失礼しました。こちらこそお世話になっているのに、あいさつもせずに勝手なことばかり申しあげまして……」

 

 イリが一太郎の言葉をさえぎる。

 

「そんなことないわ。ノロが生きていたら、自己紹介も忘れて一太郎に鉄砲玉、いえ、レーザー光線のように質問をしていたと思うわ。それぐらい貴重な話だったわ」

 

 イリがほほえみながらノロの遺体に視線を移す。

 

「一太郎とフォルダーが初対面だとはまったく気が付かなかったな」

 

[129]

 

 

 ホーリーがサーチに同意を求める。

 

「あなたは誰とでも気安く付きあうから鈍感なのよ。私もいつの間にか鈍感になってしまったわ」

 

 ホーリーはサーチのグチから逃げるように明るく大きな声を出す。

 

「改めて紹介します。一太郎、花子、四貫目、お松。そしてフォルダー、イリ……」

 

***

 

 キャミの表情が急変する。

 

「カーン・ツーから無言通信が……」

 

 キャミは目を閉じて苦悩の表情を浮かべながらカーン・ツーの無言通信を受けいれる。

 

{大統領!どこにいるのですか}

{あなたが大統領でしょ。いったいどうしたのですか}

{残り少ない食料をめぐって殺し合いが始まりました}

{おろかな。なんとか知恵を絞ります。あなたも考えなさい}

 

 キャミがカーン・ツーとの無言通信を遮断してその内容を全員に伝える。声を出したのはミトではなくフォルダーだ。

 

「人間はどれくらいいるんだ」

 

 ミトがキャミをうながす。

 

[130]

 

 

「だいたいでいい」

 

「わからない。一〇〇〇万人もいないかもしれない」

 

 キャミが弱々しく答える。

 

「この星の人口は一万人、今ある食料を全部集めたって百万食もないだろう」

 

 フォルダーは腕を組んで高い天井を仰ぎみる。ミトがキャミに首を横に振って小さな声を出す。

 

「仮にすべての人間を受けいれたとしても手の打ちようがありません」

 

「水と食料を切りつめれば、あと二、三日はもつと思っていたのに。今の人間には我慢することもできない……」

 

 キャミが放心状態になる。フォルダーがそんなキャミをにらみつける。

 

「地球には食料はあるか」

 

 キャミはくしゃくしゃになった顔をフォルダーに向ける。

 

「しっかりしろ!」

 

 フォルダーが怒鳴る。ミトがキャミのほほを軽くたたく。

 

「地球には食料はありますか?」

 

 ミトの言葉にキャミが小さくうなずく。

 

「ホワイトシャーク、緊急出航!」

 

[131]

 

 

 フォルダーが立ちあがる。

 

「わかりました!」

 

 MY28の耳が急に赤く輝く。

 

「地球には戻れない。みんなアンドロイドに殺されるわ」

 

 キャミが珍しく取り乱す。ミトはいつの間か自分とそう変わらない体格に縮んだように見えるキャミを抱きかかえる。キャミはミトの胸の中で声をあげて泣き出す。

 

「三分以内にホワイトシャークが到着します」

 

 MY28の報告を聞きながら、フォルダーはテーブルに手をつくと目の前のガラスケースのノロに話しかける。

 

「おまえなら、どうする?」

 

 イリがフォルダーの横から声をかける。

 

「やるだけだわ」

 

 ホーリーも黙ったままフォルダーを見つめる。

 

「瞬ちゃん!」

 

 いきなり真美がある一点を指さして叫ぶ。真美は瞬示の手を引いてテーブルから離れると陳列ケースのひとつに向かって小走りに近づく。

 

「遮光器土偶!」

 

[132]

 

 

「なぜ、ここに?」

 

 リンメイも遮光器土偶が置かれた陳列ケースに近づいてまじまじと見つめる。フォルダーが少し遅れて真美の肩越しに遮光器土偶を見つめる。

 

「まるでノロの女性版のような奇妙な姿をしているな」

 

 フォルダーが遮光器土偶を眺めてノロを思い出す。

 

「ノロはどこでこの遮光器土偶を手に入れたんだ?」

 

 瞬示の疑問に答える者はいない。ホーリー、サーチ、そしてキャミがミトに支えられながら、陳列ケースに近づく。MA60がけげんそうな表情をして答える。

 

「調べておきますわ」

 

 ノロの家が震えるような音を出しはじめる。と同時に低く重い音が腹に響く。

 

「ついてきたい者はいっしょに乗船しろ。MY28はいっしょに来い」

 

 フォルダーの言葉に瞬示と真美以外の全員がうなずく。フォルダーの指示が続く。

 

「MA60は残れ!副所長のFA51に伝えろ。造船所所長代理に任命すると。そしてブラックシャークの修理を急ぐようにと。それにこの土偶を調べてくれ」

 

「了解!」

 

 MA60がきっぱりとフォルダーとMY28の背中に言葉を発する。

 

【瞬ちゃん、どうする?】

 

[133]

 

 

 瞬示はノロの家の地下室の扉を見つめながら真美に信号を返す。

 

【気になる地下室だけれど、今はみんなといっしょに行動しよう】

 

 みんなの最後尾を瞬示と真美が追いかける。

 

「ブラックシャークの修理を最優先してくれ!これは絶対命令だ!」

 

 フォルダーが振り返ってMA60に念を押す。

 

[134]