第十四章 月の忍者


【時】永久0070年4月(前章より約60年後)
【空】月の生命永遠保持機構本部
【人】瞬示 真美 忍者 キャミ カーン サーチ


***

 徳川が生命永遠保持手術の確立を発表した永久0012年から約60年後の永久0070年ころ、人類は永遠の命を手に入れて地球の外に飛びだした。


 月には地球連邦政府の月面軍の基地をはじめ数々の施設を建築した。極付近では温度が安定しているのですべての施設が月の両極に集中した。すでに両極付近の月面は過密状態となり、火星に同じような施設を建設する計画が持ち上がっていた。


 月の両極にはそれぞれ二十数個の巨大なシェルターがあり、その中に小さなシェルターが数個あって、さらにその中に各施設が存在する。つまり各施設は大小二重のシェルターに守られている。小さな隕石がぶつかったとしても、びくともしない強度を持った硬化ガラスを巧みに組み合わせたシェルターだ。その中では地球とほぼ同じ環境が実現されている。ただし、重力は地球の半分程度に調整されている。


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 ほとんどの施設は平屋建てか高くて三階建て程度のものだが、屋上と壁面に黒光りしたソーラーパネルを備えたワンフロア五百メートル四方を超えるものが多い。


 その中で生命永遠保持機構の本部は特別扱いで、傘下の豊臣自動車工業から豊臣時空間移動工業と改名された月面本社工場とが、月の北極のひとつのシェルターを独占している。


 豊臣時空間移動工業の月面工場は、屋根が高い一キロメートル四方の巨大な平屋建てで、その陸屋根の中央に赤い大きな文字で「豊臣時空間移動工業」と表示されている。この付近の上空に来るとイヤでも目につく。


 生命永遠保持機構の本部は三階建てで何の変哲もない黒い建物だ。正門の横に「生命永遠保持機構本部」という地味な看板があるだけだ。


***

 その生命永遠保持機構の本部の屋上の一角で爆発音がする。何と黄金城上空の時間島に向かって大筒から撃たれた大玉がこの月面の生命永遠保持機構の本部に時空間移動してきた。同時に赤い大凧がシェルターの天井付近に現れる。大凧には九人の忍者がへばりついている。


「ウオーン、ウオーン、ウオーン」


 生命永遠保持機構の本部の建物全体からサイレンが鳴る。


 月の重力が弱いため大凧はゆっくりと降下する。忍者が隣の建物屋上の赤い文字に気付く。


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「豊臣!」


 彼らは周囲の状況を探ることも忘れて豊臣時空間移動工業の屋根を見つめる。


「秀吉の城か?」


「変わった形だ」


 屋上に達すると忍者が次々と大凧からふわりと降りる。


「大筒に玉をこめい」


 大筒を抱える忍者と大玉を持つ忍者以外の者が背中の刀を抜く。

 

「あれが入り口か」


 先頭の忍者が屋上から建物の外階段を発見して走りだす。しかし、足取りは遅い。


「妙だ」


 身体が思ったほど俊敏に動かない。


「あれは何だ?」


 ひとりの忍者が指差す方向に全員が視線を移す。暗い空にぽっかりと青い半円の地球が浮かんでいる。彼らにそれが地球であることなどわかるはずもない。


「ゆくぞ」


 忍者達が死を覚悟して階段を下りる。


 そのとき瞬示と真美が生命永遠保持機構の本部の屋上に現れる。


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【あの大凧!】
【完全な形で残っている】
【あれは!】


 階段を下りようとする最後尾の忍者の後ろ姿がふたりの目に飛びこむ。


***

 建物の三階の中央通路付近から白い煙がゆらゆらと昇る。その通路で数人の生命永遠保持機構のスタッフが右往左往する。


「3008号室ニ異変!3008号室ニ異変!」


 サイレンが止み、天井のスピーカーから警報が繰り返される。


「火災ノ可能性アリ!3008号室」


 職員は中央通路の壁に埋めこまれたカートリッジ消火器を手に取ると走りだす。


「侵入者アリ!3M出入口、異常解錠!」

 

「金属探知機ガ反応!警戒セヨ」


 次々と出される警報にスタッフが混乱する。

 

「月面軍ニ緊急通報完了」


「3M出入口、注意セヨ」


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「侵入者アリ。ソノ数9」


 銃を持った数人の警備員がスタッフと合流する。


「3Mだ」


 しかし、重力が地球の重力の半分に調整されているから動作が緩慢だ。銃を構えながら慎重に隊列を組む警備員の前に忍者が現れる。突然先頭の忍者から大筒が発射される。


「どーん」


 警備員のひとりに命中して身体が粉々に吹っ飛ぶ。まわりの警備員も血だらけになる。


「何だ?」


 警備管理室ではこの様子をモニターで眺めていた生命永遠保持機構本部の警備室長カーンが体格のいい身体を揺さぶりながら仰天する。


「忍者?」


「仮装行列か?」


 警備員が次々と防弾チョッキに腕を通す。


「悪い冗談はよせ!」


「現実ですよ、カーン室長」


 警備管理室のドアロックが解除される。


「麻酔弾と窒素ボンベを携行しろ」


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 カーンが部下に命令する。


「よし、いくぞ」


 防弾チョッキに身を包むと銃を持ってカーンとともに三十数人の武装警備員が次々に部屋から飛びだす。少し遅れて麻酔弾と窒素ボンベを手にした警備員がカーンのあとを追う。


 重力に慣れた忍者は器用に次々と警備員やスタッフを切りすてる。


「中央通路、侵入者アリ!」


 こんな世界は初めてだが忍者の意志は固い。その前方に武装警備員が銃を構えながら現れる。大筒を持った忍者がくぐもった声を出す。


「大筒を撃つ」


 その忍者が構えると前の忍者が素早く床に伏せる。そのとき後方で「パン」という乾いた小銃の音がして大筒を持った忍者が倒れる。


 忍者に切られて倒れたはずの警備員やスタッフのうちの何人かが床に伏せた忍者の後ろに立っている。そのうちのひとりが大筒を持った忍者に銃を発射したのだ。まだ血を流す者もいるが、足取りはしっかりしていて傷口が急速に回復している。


 そのずーと後方に瞬示と真美が現れる。


 忍者は素速く立ち上がるが、前方の武装警備員が銃口を忍者に向けて距離をつめる。


「後方の者は伏せろ」


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 このまま発砲すると後ろの警備員やスタッフに銃弾が当たるからだ。生命永遠保持手術を受けていても、むやみに撃たれない方がいいのは当然だ。


 忍者が刀を振りあげて武装警備員に向かって突進する。


 瞬示と真美は突然の事態に対処する方法を見いだせないまま立ちつくす。全武装警備員の銃を光線で消してしまうには数が多すぎる。麻酔弾と窒素ボンベを携行した警備員が到着するとカーンが命令を出す。


「麻酔弾!」


 忍者が手裏剣を投げるのと同時に数人の武装警備員から麻酔弾が発射される。その瞬間、忍者は全員自らの刀でのどをかききって自害する。


「なんて事だ」


 カーンが驚いてバタバタと倒れる忍者を見つめる。


「瞬間凍結だ!」


 命令されるまでもなくマスクをした何人かの警備員が倒れた忍者に窒素ガスを吹きつける。


「手術室へ運べ!」


 刀で切られたぐらいではすぐ再生する。しかし、痛みは仕方がないらしく「痛い、苦しい」とわめいたり、うめく声があちらこちらでする。一方、武装警備員が担架に手際よく倒れた忍者を載せる。


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「死なせんぞ。正体をあばいてやる」


 担架で運ばれる忍者を眺めながらカーンがつぶやく。そして視線をあげると廊下の向こうに誰かが裸足でこちらをうかがっている姿を見つける。


***

「誰だ!」


 逆光気味でよく見えない。武装警備員もカーンの視線をたどる。瞬示と真美だ。


「警報も警告も出ていないぞ!」


 カーンを先頭に数人の武装警備員が銃を構えて瞬示と真美に近づく。ふたりはひるむことなくカーンに近づく。


「忍者をどうする?」


 瞬示がカーンをにらみつけるがカーンは銃を構えたまま応えない。しかし、瞬示と真美はカーンが心の中で叫んだ【蘇生する】という言葉を読みとると顔を見合わす。カーンの声がマスクからもれる。


「何者だ」


「あの忍者を追ってきた」


「あいつらの仲間か」


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 即座にカーンが警備員に命令する。


「麻酔弾」


 麻酔弾が撃ちこまれるが、ふたりはかまわずカーンに近づいていく。


「蘇生してどうするの?」


 カーンは真美の「蘇生」という言葉に対して体型に似合わない鋭い反応を見せる。そして心が読まれているのではと疑う。そのときカーンの後方で女の大きな声がする。


「警備室長!なぜ侵入者を生け捕りにしなかった?」


「副理事長!」


 背の高い女がカーンのすぐ後ろまで近づく。ライトブルーのスーツに身を包んだ大柄な女だ。カーンが部下からマスクをひったくると副理事長に差し出す。瞬示と真美に気付いた副理事長はマスクをするとカーンにくぐもった声で怒鳴る。


「誰なの!このふたりは!」


「今、取り調べをしているところです」


「こんなところで?」


「連行できないのです」


「何をバカなことを言ってるの!早く引っ立てなさい」


 瞬示が笑う。

 

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「カーンの言うとおりです」


 真美が付け加える。


「わたしたちはあの忍者を蘇生してどうするのかを聞きたいのです」


「私を誰だと思っているの!」


 マスクで顔の上半分しか見えない副理事長が大きな胸を張る。真美は副理事長の心の中を読みとって笑いながら応える。


「生命永遠保持機構副理事長キャミ」


 キャミは自分の地位と名前を正確に答えた真美をしっかりと見つめる。そのときふたりの後ろにも三十人ほどの武装警備員が現れる。


「何をもたもたしているの!早く連行しなさい!」


 とてもマスク越しとは思えないほどの大きな声をキャミがあげる。


銃を構えながらふたりに前後左右から武装警備員が近づく。するとふたりの身体がピンクに輝いてその輝きの輪を広げる。近づいてきた武装警備員がピンクの輝きに触れると電気ショックを受けたように全身をケイレンさせて床にうずくまる。


「ひとりは殺されたけど、あとの八人は自害したのよ」


「それなのになぜ、蘇生するんだ?」


 カーンが鋭い質問にうろたえながら声を絞りだす。


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「尋問するためだ」


「彼らは明智光秀に仕えていた忍者です」


「はー?」


 キャミの疑問符付きの言葉のあとカーンがふたりを見下げて自分の頭を指差す。


「おまえら、頭がおかしいんじゃないか」


「明智光秀の城から事故でここへ移動させられただけです」


「こいつら、ビョーキか」


 カーンが苦笑いする。しかし、瞬示と真美は真剣そのものだ。


「だから彼らに何を聞いても無駄だ」


「忍者のあとは狂人か。いったい、どうなっているんだ」


 自分たちの話が通用しないと察すると、ふたりは何人かの武装警備員の意識の中をのぞきこんで忍者が連行された部屋の位置を確かめる。


「カーン!引っ立てなさい」


 キャミの言葉を聞くこともなく、ふたりは忽然と消える。


***

 手術室で瞬示と真美が一番奥の手術台の陰に身をひそめて様子をうかがう。


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「死亡が確認されました」


 白衣をまとった女が悲痛な声を出す。


「こちらもです。出血が多すぎて脳が完全に停止しました」


 手術室は驚くほど広い。一度に百人を手術できるほどの手術台と装置を備えている。


「手術室長、銃で撃たれた男と女四人は何とかなりそうです」


「撃たれた男は意識があったから当然としても……」


「女はみんな、のどの傷が浅かったのです」


「男は完璧に自害したということです」


 瞬示と真美の方に背中を向けている手術室長に報告が集中する。


【瞬ちゃん、どうしよう】
【死を選んだ者を生き返らせていいのだろうか】
【望んで死んだんじゃないわ】
【果たしてここで生き返ることは……】
【こんなことになるなんて】


 真美が涙ぐむ。


【どうしようもなかった】


 瞬示がうつむく真美と自分をなぐさめる。


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【なぜこんな事件が起こる前にもっと早くここへ来られなかったのかしら】


 瞬示がハッとして真美を見つめる。信号にせずに「どうしてなんだ」と瞬示は目を閉じて自問する。もう少し早くここへ移動できたら、何とか忍者を助けられたかもしれない。


【ここが生命永遠保持手術の現場なのかしら】


 透明なケースの中に手術台と複雑な装置がある。そのケースの上で数多くのLEDが点滅している。あるケースの中では白衣の人間が五人一組となって手術をしている。


 手術室長が声をかけながら見回る。五十人ほどの若い男女が生命永遠保持手術を受けている。住職が言っていた生命永遠保持手術を受けることができる年齢に達した子供なのかもしれない。


【これが生命永遠保持手術なら月で手術を受けて妊娠できない身体になるなんて皮肉だわ】


 月の満ち欠けの役目のひとつがなくなってしまうと真美は言いたかったが、瞬示には理解できない。


【ここにいても、どうしようもない】


 瞬示が真美の反応を待つが、真美はただうなずくだけだ。仕方なく瞬示が言葉を変える。


【戻ろうか】


 やはり真美はうなずくだけだ。


【来ようと思えばいつでも来られるし】
【来たくない!こんなところ】


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 真美が少しだけ口を開くと身体を輝かす。瞬示の身体も輝く。手術室長が奇妙な輝きに気付いてふたりが隠れている手術台に近づく。瞬示の視線にその手術室長の顔が飛びこんでくる。とてつもなく美しい女性だ。


【民宿で!】


 瞬示が信号を送ると真美がすぐに瞬示に信号を返す。


【時空間移動装置に向かった方の女】


 瞬示が興奮する真美の頭を抑えて体勢を低くする。


「誰かいるの?」


 手術室長のサーチが用心深くさらに近づくが瞬示と真美の姿はすでにない。


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