第二十七章 緑の時間島


【時】永久0255年
【空】摩周クレーター
【人】ホーリーサーチミトキャミカーン住職リンメイRv26

 

***

 人類ははげしい戦争で機能を失った各完成コロニーから超大型時空間移動船で次々と地球に戻ってくる。完成コロニーはすべて前線コロニーに格下げされて、アンドロイドがコロニーの修復に取りかかる。しかし、徹底的に破壊されたコロニーにいたアンドロイドは人間とともに地球の復興にたずさわることになった。


 超大型時空間移動船が地球に到着して船底を開口すると、これまで憎みあって戦いに明け暮れたことがまるでウソのように男女の区別なく若い者や元気な者が老人や負傷者をいたわりながら地球に次々と降り立つ。子供の姿はないが、すべての人間が生命永遠保持手術の効果を失って手術を受けたときの年令に戻ったため人口構成が自然な状態に戻った。


 人間が留守にしていた地球には緑があふれている。戦闘がはげしかったころは火星のような赤い星だったが、人間がいなくなるといつの間にか緑の星に戻った。

 

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 人間は再び同じ過ちを犯すのだろうか。今、地球に戻ってきた人間にそこまで考える余裕はない。男と女の戦争で人口を一千万人近くまで減少させてしまった人間には、地球を再び傷つけるだけの影響力はない。いずれにしても地球はすぐれた回復能力を持っている。


***

 宇宙戦艦で地球に戻ってきたホーリーとサーチが手をつないで地面に足をつける。


「人間はこの地球で生き物といっしょに生活すべきなんだわ」


 サーチがホーリーにもたれながら地球の空気を胸いっぱい吸いこむ。


「おいしいわ」


 ホーリーがそんなサーチの腰に手を回すと地球を踏みしめるようにゆっくりと歩きだす。宇宙戦艦からは様々な物資が降ろされる。その中には時空間移動装置もある。


 ミトが数人の兵士とともにカーンとキャミを囲んで時空間移動装置の前で話しあっている。


「やはり確認した方がいいのかしら」


 キャミがミトに首を傾げる。カーンも同じようにうなずいてミトを見つめる。


「それでは偵察の準備にかかります」


 まわりにいる兵士が時空間移動装置の点検作業に取りかかる。性急なミトにキャミが苦笑いすると視線をミトの後方に向ける。腕を組んだホーリーとサーチがキャミに軽く会釈して通りすぎようとする。カーンもふたりに気が付く。

 

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「あのふたりを連れて行った方がいいだろう」


 カーンがキャミの言いたいことをミトに伝えると、ミトがキャミとカーンの視線をたぐる。


「わかりました」


 ミトがカーンの助言に賛成するとふたりに声をかける。


「ホーリー、サーチ!」


 手招きするミトにふたりは身を寄せたまま気だるそうな表情でカーンとキャミとミトに近づく。


「くつろいでいるのに悪いけれど、摩周クレーターの偵察に行くミトに付きあってくれないかしら」


 言葉はやさしいが、キャミの視線はきびしい。実質的にはいやおうなしの強引な命令だ。


***

 宇宙戦艦の作戦室でミトが摩周クレーター偵察作戦の説明を終える。


「ミトらしくないなあ」


 ホーリーは口元をゆるめてはいるが、ミトに向ける視線に少し角度をつける。


「いや、あくまでも偵察だ」


「でも、ミトは摩周クレーターで巨大土偶を全滅させたんでしょ」


 サーチもミトを見つめながらホーリーに追従する。

 

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「もう巨大土偶はいないだろうし……」


 ホーリーが腕を組みながら何か言おうとするのを制してミトが言葉を続ける。


「それに我々は何の障害もなく地球に戻れたと、言いたいんだろ?」


 ホーリーが視線もゆるめて言葉を変更する。


「それにあのふたりもどこかに行ってしまった」


「そう言えば、瞬示と真美はどこにいるのかしら」


 作戦室の誰もが瞬示と真美のことを思い出す。キャミ、カーン、ミト、ホーリー、サーチの心の中に瞬示と真美の姿が浮かびあがるとしばらく沈黙が続く。


「月の生命永遠保持機構の本部も気になるわ」


 キャミが沈黙を破る。ミトが続く。


「Rv26の報告によると、今のところ摩周クレーター周辺も生命永遠保持機構の本部を含む月面の施設にも異常はない」


「そうか、そんな報告があるから、ミトは気軽に偵察に行こうと考えたのか」


「いや、刺激のない偵察をするのがベターと考えただけだ」


 ホーリーがミトに首を傾げる。


「刺激がない?やはり何かあるのか?あの摩周クレーターに」


 ミトが素直にうなずく。

 

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「Rv26を呼んだ方がいいな」


 カーンが立ちあがって作戦室にいる兵士を呼びつける。一方キャミはリンメイがこの作戦室に出頭していないことに気が付く。


「どうしたのかしら」


 ミトがキャミの疑問に気付くと少し頭を下げる。


「忘れていました。リンメイは住職のカウンセリングを受けていて、出席が少し遅れるそうです」


「カウンセリング?」


 サーチがミトに代わって応える。


「私が住職を紹介したのです。リンメイは生体内生命永遠保持手術以来、心身ともに疲れ切っていたので、住職のカウンセリングを受けてみるように勧めたのです」


 キャミがサーチの言葉にうなずくとカーンに指示する。


「カーン、リンメイにカウンセリングを切りあげて、ここへ来るように伝えてください」


 ミトはカーンをチラッと横目で見ると中断していたホーリーとの会話を再開する。


「Rv26から詳しい報告は受けている。摩周クレーターも月面の施設にもいっさい生体反応はなく、時間島の痕跡もないらしい」


 ホーリーが声のトーンを落としてつぶやく。

 

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「気になることがある。時間島と巨大土偶の関連がよく理解できない」


「摩周クレーターの巨大土偶が溶けて消えたあとに時間島が現れて、その時間島がヒモのようになって……」


 サーチの言葉をホーリーがさえぎる。


「あのとき瞬示と真美にたずねようと思ったけれど、急に前線第四コロニーに戻らなければならなくなって疑問が立ち消えになってしまった」


「そうだったわ。私はどうも巨大土偶が時間島のような気がするの」


 ホーリーはうなずきながらもサーチに否定的な見解を示す。


「そうかな。時間島は俺たちに悪意に満ちた危害を直接加えることはなかった。巨大土偶は違う。女やその軍隊は徹底的に巨大土偶の攻撃を受けて殺された」


「いいえ、時間島も完成コロニーをせっせと寄せ集めて男と女を殺しあうように仕向けたわ。ホーリー、あなたが言っていたことよ」


「確かに。しかし、あの巨大土偶が時間島に変身するなんて想像できないな」


「そうね。私も想像できない。巨大土偶は遮光器土偶のように女の象徴ともいえる体型をしている。なのに女を徹底的に攻撃したのはなぜかしら。是非、リンメイの見解を聞きたいわ」


 急にミトは巨大土偶の恐ろしいほどの素早い空間移動を思い出す。


――サーチの言うとおり巨大土偶が時間島と同じ能力を持っているのなら、あの素早い空間移

 

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動を合理的に説明することができる


 一方、キャミとカーンはホーリーとサーチの会話を黙って聞いている。そのとき、シワだらけの顔に疲労感を漂わせたリンメイが住職といっしょにRv26のあとに続いて作戦室に入ってくる。そしていきなりキャミに発言する。


「生命永遠保持機構の本部で死亡したはずの胎児がいなくなっています」


「それはリンメイが生体内生命永遠保持手術を施した一体目の胎児のことなの?」


 キャミはもちろんのことホーリーもサーチも驚いて立ちあがる。ミトが座ったままポツンと言葉をもらす。


「悪い方に予感が当たった」


「消えた?」


 サーチの疑問符付きの言葉のあと、ミトが震えるような声をあげる。


「復活した?」


 住職がリンメイに椅子を勧めてから横に座わると坊主頭をさすりながらホーリーとサーチにうなずく。リンメイが机に両手をついて身体を支えながら座る。ミトがじっとリンメイの表情を追う。腰かけたリンメイがRv26をチラッと見てから、キャミに視線を固定して弱々しい言葉を続ける。


「Rv26の最新情報によると摩周湖に向かったそうです」

 

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「えー」


 驚きの声が作戦室に広がる。


「いつ?」


 驚きの声の中からホーリーの質問が抜けだすと即座にRv26が答える。


「ツイ十三分前ノコトデス」


 再び驚きが渦巻くなかリンメイの興奮気味の声がRv26に追従する。


「探査器で空間移動の痕跡を調べた結果、明らかに十キログラム程度の物体が月から摩周クレーターに向かって空間移動したことを確認しました」


「そんなバカな!」


 ホーリーが怒鳴るとサーチが続く。


「生命永遠保持機構の本部にいた胎児は死んでいたわ。そうでしょ?リンメイ」


 リンメイがわずかにうなずく。


「アノ胎児ニ人間ト同ジ『死』トイウ定義ハアテハマリマセン」


 Rv26の言葉にミトが天井を仰ぐ。八体の遮光器土偶と戦うはずだったのに七体しかいなかったことに一応納得していたミトがキャミとともに両手を震わせる。


「まだ一体いる。今、攻撃されたらひとたまりもない。もう戦うだけの武器はない」


 ミトとキャミもそしてリンメイも巨大土偶の恐ろしさを想像して青くなる。ホーリーはそん

 

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な心配をよそに気軽に言う。


「宇宙戦艦があるじゃないか」


「無理だ。宇宙戦艦では巨大土偶の動きに追従できない」


 ミトが冷静に否定し、ホーリーから視線を全員に向けると改めて提案する。


「本格的な偵察が必要です。まだ巨大土偶に成長していないはずです」


「俺とサーチは偵察に参加する」


 サーチの了解なしにホーリーが立ちあがってミトに応えると、サーチも立ちあがってホーリーの背中にピッタリと身を寄せる。初めの態度と一八〇度転換したホーリーを見てミトが苦笑する。リンメイもよろめきながら立ちあがるとミトとキャミを見つめる。言葉を出したのはリンメイの横に座っていた住職だ。


「わしも行く」


 住職が立ちあがってリンメイの肩に手を置く。キャミが目を閉じたまま大きくうなずくとゆっくりと目を開けてミトに同意の眼差しを送ってから住職にほほえむ。


「リンメイは専門家だから同行していただくとして、住職はここに留まって私たちに力を貸してください」


「いや」


 住職がポッと顔を赤らめると、頭をポンポンと二回たたいてからリンメイを見つめる。

 

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「僧侶の身でありながら……」


 住職からはいつもの軽妙な口調が消えて年柄もなく、はにかむような態度を見せる。


「リンメイに恋をしてしもうたのじゃ。はっはっは」


 住職は大きな声で照れ笑いしてからそのままうつむく。リンメイも顔を真っ赤にしてうつむく。ほかの者はそんな住職とリンメイをポカンとして見つめる。


「住職はリンメイにどんなカウンセリングをしたんだ?」


 ホーリーのささやき声にサーチが首を横に振って中途半端な苦笑いをする。


「ソレデハ偵察作戦ノ準備ニカカリマス」


 Rv26の声だけが響くように残り、その大きな身体が作戦室から消える。Rv26は命令を受けなくても何をすべきかを自覚していた。


***

 摩周クレーターの上空に銀色の宇宙戦艦と時空間移動装置十基がこつ然と現れる。時空間移動装置にはミト、ホーリー、サーチ、リンメイ、住職と四十人ほどの兵士が分乗している。すべての時空間移動装置には、かき集められた中古の拡散バズーカレーザー砲が一丁ずつ積みこまれている。


 宇宙戦艦の艦長Rv26からすぐさま情報が送られてくる。


「胎児、イエ土偶ガ空間座標p147q256ニイマス。森ノ中デス」

 

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 狭い時空間移動装置の中でホーリーとサーチが緊張して顔を見合わす。モニターにその場所が映しだされる。摩周クレーターの真ん中の島のある岩の上に体長数十センチの遮光器土偶が空を見上げている。


「土偶のそばに何かいるわ」


 サーチの声がそのままミトの時空間移動装置に伝わる。ミトを押しのけてリンメイが焦点を合わすように目を細めてモニターを見つめる。


「あれは……」


 リンメイが何か重要なものを発見したような声をあげる。ミトと住職がリンメイの肩ごしにモニターを見つめる。


「鳥のような感じがする。これ以上ズームアップできないのか」


 ミトが兵士の肩をたたく。


「鳥ではありません。あれは……」


 リンメイが興奮する。


「あれは鳥の形をした埴輪です」


 誰も声をあげることができないなか、住職が目をこすりながら叫ぶ。


「じゃが、羽ばたいておるぞ!」


「土偶が時空間移動するぐらいだから、埴輪の鳥が羽ばたいて空を飛んでもふしぎじゃないわ」

 

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 リンメイの言葉にうなずくとミトがモニターに釘付けになる。


「あっ、本当に飛んだ!」


 ミトの言葉に呼応するかのように埴輪の鳥が大空に向かって飛びたつ。ぎこちなく羽を上下に動かしてはいるが、普通の鳥のように羽ばたいて飛んでいるのではない。


「反重力装置ヲ内蔵シテイルヨウデス。シカモ計測デキナイ巨大ナエネルギーヲ保持シテイマス。退避シテクダサイ」


 Rv26の大きな声が時空間移動装置内のスピーカーから流れる。


「退避!上昇しろ」


 ミトの命令を受けてすべての時空間移動装置が回転を開始する。モニターから画像が消えてグレーの画面になるとスピーカーのノイズ音がうるさく耳につく。


 埴輪の鳥が時空間移動装置に近づいてくる。そしてその目から緑の光線が十基の時空間移動装置に目がけて次々と発射される。同時に時空間移動装置の回転が急に落ちる。


「高度を維持しろ。このままでは墜落するぞ」


「コントロールできません」


 十基の時空間移動装置の回転が完全に停止するが、落下することなく空中に浮かんでいる。ノイズが消えてモニターに映像が戻る。埴輪の鳥が土偶の前に着地するとくちばしを空に向け

 

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て「チーチー」と鳴きはじめる。


「被害は?」


 ミトがすべての時空間移動装置に確認を入れる。


「ありません」


 次々に報告が入るが、途中で割りこむようにRv26の音声がスピーカーから流れる。


「時間ガ、ロックサレマシタ。宇宙戦艦ト時空間移動装置ノ時間ノ流レガアト数分モシナイ内ニ分離サレマス」


 ミトが目の前のマイクを乱暴に取りあげて叫ぶ。


「詳しく報告しろ!」


 土偶が首をひねって顔を埴輪の鳥に向ける。埴輪の鳥も鳴くのをやめて小首を傾げて土偶の丸い目を見つめる。


「現象ヲ伝エルコトシカデキマセン。時間ノ分離ガ始マリマシタ」


 埴輪の鳥の目から緑の光線が放たれて土偶の目に吸いこまれる。一瞬にして土偶が緑色に輝くと、緑一色の世界が土偶を中心に急速に広がる。


 宇宙戦艦ではRv26が操縦士を乱暴に押しのけて操縦席に座りこむ。


「全速前進!面舵一杯!アノ緑ノ塊ノ中心ヘ突入スル!」


 Rv26が大声をあげて、目の前のモニターに時間ゼロ地点と表示された場所に向かって宇

 

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宙戦艦を突入させようと必死に操縦桿を小刻みに動かす。


 時空間移動装置からは土偶の姿がまったく見えない。緑色の水の中にいるようにモニターが緑一色に染まる。


「時間島だわ!」


 サーチが叫ぶ。サーチの直感は鋭い。


「時間島は黄色じゃなかったのか」


 ホーリーがサーチの腕をつかむ。ミトの命令がスピーカーから聞こえてくる。


「全員、戦闘ヘルメットを着用しろ!」


 時空間移動装置が直径数十メートル近くまで膨張した緑の時間島に次々と吸いこまれる。しかし、小さな緑の時間島が宇宙戦艦を吸いこむことはない。宇宙戦艦が機敏に時間島に突進する。そして艦首を突っこんだまま動かなくなる。宇宙戦艦の時空間エンジンがもがくようにフル稼働を続ける。そのとき緑の時間島に変化が現れる。収縮しはじめたのだ。艦首が時間島に締めつけられてまったく動けなくなる。時空間エンジンのフル稼働が続く。


 ついに摩周クレーター上空に耳をつんざくような大音響がとどろく。土偶と埴輪の鳥はもちろんのこと時間島も宇宙戦艦も消滅する。

 

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