第三十三章 お医者さんごっこ


【時】西暦2031年(前章より一年後)(一太郎と花子の回想)
【空】御陵宇宙戦艦
【人】ホーリー サーチ 住職 リンメイ ミト Rv26 大僧正(瞬示真美)


***

 大僧正の思惑どおりに事が進んで、すでにジャストウエーブ社で無言通信チップの埋込手術を完了した者が百万人を超えた。主に政府要人、大企業の重役、大富豪、宗教家の一部そしてマスコミ関係の人々、そのほかは世界中からできるだけ平等に手術を施した。しかしながら、無言通信を普及させるためには、ある程度社会的地位の高い者を優先せざるを得なかった。それはまるで生命永遠保持手術が開発されたころを彷彿させるような状況だった。


 だからというわけではないが、サーチは生命永遠保持手術をしていたころを思い出す。サーチにとって無言通信チップの埋込手術は単純な作業だった。ただ、ふしぎなことに生命永遠保持手術と違って、全人類が埋込手術を熱狂的に受けたいと願ったわけでもなかった。もうサーチやリンメイが埋込手術をすることはないが、常々リンメイとよく話しあうテーマがあった。


「私たちの世界に無言通信システムがあったら、女と男は戦争していたかしら」

 

[146]

 

 

「さあ、どうかしら」


 リンメイはどちらかというと懐疑的だ。


「言葉の壁を越えて異なる民族や宗教を信ずる人たちの意思疎通が深くなれば、誤解は確実に減ると思うわ」


 サーチは前向きだ。そしてほほえむリンメイに言葉を続ける。


「私たちもその線は何とか乗り越えてきたわ。でも女と男の戦いは回避できなかった」


「サーチ、女と男の言葉はね、同じ言葉でも意味が違うのよ」


 サーチはうなずいてから、夕闇に包みこまれたジャストウエーブ社の窓の外にため息をはき出すとリンメイに背中でたずねる。


「私たちの永久の世界に戻れないとしたら、この西暦の世界で何をして生きていけばいいのかしら」


「そうね、この世界の人たちに私たちの医療技術を教授してあげたいわね」


「同感だわ。そうすれば多くの人が健康的に長寿を全うできるかもしれないわ」


 サーチがリンメイの言葉に同意して、振り返りながら首を横に少しだけ振って続ける。


「ただし、生命永遠保持手術はしないわ」


「同感よ。あの手術は人間を幸せにはしない。女と男が戦争に突入した遠縁があの手術だったわ。ところで……」

 

[147]

 

 

 リンメイが夢見るようなうつろな表情をする。


「……私はこの世界の古代の歴史を知りたい。ホーリーが言うようにパラレル・ワールドだとすれば、私たちの世界の古代の歴史との相違をじっくりと調べたいの」


「この世界にも遮光器土偶は存在するのかしら」


「存在するわ」


 サーチが目を丸くして窓際からリンメイに近づく。


「いつの間に調べたの?リンメイ!」


 リンメイが顔のシワの一つひとつを伸ばしてサーチにほほえみかける。


「サーチ、御陵に行かない?」


「御陵!この世界にも御陵はあるの?私たちの世界の御陵と同じ形をしているの?」


「ええ。私たちの世界で第五生命永遠保持センターがあった近くに同じ御陵があるの」


「すごい!リンメイ」


 毎日のように様々な医師を相手に講演や指導をしていたのに、リンメイはしっかりとこの世界の遮光器土偶だけではなく、御陵まで詳しく調べあげていた。


***

 ミトの許可を得てリンメイとサーチは住職とホーリーとともに時空間移動装置で御陵に空間移動する。しかし、御陵はまるでジャングルのようでホーリーは仕方なく時空間移動装置を木々の間に少しだけ沈みこませたところで停止させる。さっそくリンメイがカバンから奇妙な形をした器具を取りだす。

 

[148]

 

 

「何だ、それは?」


 ホーリーが操縦桿をロックするとその器具を興味深く見つめる。


「三次元重力測定器よ」


「何を調べるのじゃ」


「御陵の地中を測定するの」


「そんな小さな器具でこんな広いところが測定できるのか?」


 リンメイがうなずくと、サーチとホーリーがモニターで御陵の近辺を確認する。


「私たちの世界の第五生命永遠保持センターはこのあたりだけれど、この世界では小学校なのね」


「さあ、リンメイの手伝いをしようか」


 ホーリーが重力測定器を肩にかける。


「どうやって降りるの」


 リンメイがふしぎそうにホーリーを見つめる。


「何とか頑張ってみる」


 ホーリーが時空間移動装置のドアを跳ねあげると目の前の大木にジャンプする。

 

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「危ない!」


 思わずリンメイは目を閉じる。ホーリーに続いてサーチも軽々と大木に飛び移る。


「無理しないで」


「最近運動不足だから、ちょうどいい。地面に着いたらこの測定器の使い方を教えてくれ」


 ホーリーとサーチが器用に降りていく。


「さすがに元戦士だわ。気を付けてね」


 ふたりは何とか地面に到達する。


{こりゃ、ひどい}
{どこにも行けないわ}


 ふたりの無邪気な無言通信がリンメイに届く。


{測定器の使い方は?}
{スイッチを入れて、歩きまわるだけよ}
{えーと、このボタンか}
 ふたりはゆるやかな斜面をゆっくりと下っていく。しばらくすると坂が急になる。やがて深緑色の堀が見えてくる。その堀をへだてて白い鳥居が見える。その柱の下で幼い男の子と女の子がゴザに並んで座っている。


「あたしがお医者さん」

 

[150]

 

 

 女の子が男の子に向かって念を押す。


「いい?」


「いやだ」


 男の子が口をとがらせるが、女の子は無視する。


「さあ、ベッドに寝て」


「注射はいやだ」


「男の子でしょ」


 サーチが笑顔でふたりをながめる。


「お医者さんごっこしているんだわ」


 ホーリーも思わず相好を崩す。


「痛い!」


「我慢しなさい」


「いやだ。いつもマミがお医者さんなんていやだ」


 ホーリーとサーチの身体がピクッと反応する。


「わがままな患者さんね」


 起きあがって逃げだそうとする男の子の手を女の子が引っぱる。


「瞬ちゃん!お薬の時間ですよ」

 

[151]

 

 

 ホーリーとサーチの顔から笑顔が完全に消える。


「まさか!」


「瞬示?」


「真美?」


 ホーリーが両手をメガホンのようにして大声を出す。


「シュンジー、マサミー」


 ゴザの上のふたりがビックリして御陵を見つめる。


「ひょっとして本当に瞬示!真美!」


「カメラ、持っているか」


「ええ」


 サーチは胸のポケットからメガネのようなものを取りだして耳にかけるとキョロキョロしている幼児を見つめる。サーチの視点に呼応して自動的に撮影が始まる。

 

「顔立ちがそっくりよ!」


「この世界はあのふたりの幼いときの世界か?」


 ホーリーもサーチも今いる世界におおいなる興味を抱く。


***

 宇宙戦艦の薄暗い作戦室でミト、ホーリー、サーチ、住職、リンメイ、五郎、ケンタが大混

 

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乱におちいる。先ほどからサーチが撮影した幼い瞬示と真美の顔が浮遊透過スクリーンで大人に成長する過程が何度もシミュレーションされる。忍者は冷静にミトたちやスクリーンを交互に見つめる。


「何度見ても、そっくりじゃ」


「本当にあのふたりなのか調べなければならないが、方法は?」


 住職に向かってミトが切りだす。


「大僧正じゃ」


「そうか。大僧正なら調べる手立てがあるかもしれない」


 ミトがすぐさま無言通信で大僧正を呼びだす。


{お願いしたいことがあります。今からそちらに伺ってもよいでしょうか}
{どのようなことなのじゃ}
{今、申し上げてもよろしいでしょうか}
{なんなりと}
{あるふたりの子供の身元を調べていただきたいのです}
{名前は?}
{『瞬示』と『真美』といいます}


 大僧正からの無言通信が少し間をおいてミトに返ってくる。

 

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{詳しい話を聞きたい}
{少々長い説明になります}
{かまわぬ。続けなされ}


 これまで大僧正に話していなかった瞬示と真美のことについて無言通信でミトが長々と説明する。その間に五郎が幼児の資料を時空間移動装置で壮大寺に届ける。


{わかった。重要人物じゃ。すぐ調べさせよう}


 サーチがミトと大僧正の無言通信が終了したと思ってミトにたずねる。


「大僧正の返事は?」


「引き受けていただいた」


 ミトが一息入れると再び緊張する。大僧正から無言通信が入ったのだ。


 大僧正がどのように手配したのかわからないが、すぐにこの幼児の身元が判明する。御陵近くの住宅街で隣合わせに住む園児で名前は「瞬示」と「真美」だった。


 大僧正の手際の良さに驚いたあと様々な意見や感想が飛びかう。データの分析が終わると徐々に興奮が冷めて、それまでの混乱が解けだしてふたりの発見者であるホーリーとサーチが言葉を交わす。


「まだ五歳か」


「誕生日がまったく同じどころか生まれた時間までいっしょなんて信じられないわ」

 

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 サーチが首を振るとホーリーが残念そうな表情をする。


「二十二歳になるまでに一七年かかる」


「ホーリーもあのふたりが二十二歳になったときに何かが起こると考えているの?」


 ホーリーがうなずき、サーチも首をキッと固定して再び首を軽く振る。


「でも、ずーっと監視するなんて少し馬鹿げているような気がするわ」


「しかし、重要人物だ。いつどのようにしてあの特殊な超能力を身につけたかだ」

 

「そうね。今のところは何の変哲もない可愛い子供だわ」


 サーチがお医者さんごっこをしていたふたりの姿を思い出してほほえむ。


「なぜ、あのふたりがいる世界に俺たちが移動してきたのか」


 ホーリーが遠くを見つめるように作戦室の天井に視線を合わせる。


「あと十七年たてばあのふたりは超能力を身につけるかもしれない」


「なぜ、あと一七年なの?あのふたりがいつ超能力を手に入れるのか、今の段階では不明だわ」


 サーチがホーリーの先入観を否定するが、あっさりと冷静さを捨てて興奮する。


「でも、あのふたりの成長の過程がわかればすべての謎も解けるかも」


「時間島だ!時間島の謎に迫ることができるかも」


 ホーリーが時間島を想像して付け加えた言葉に今度はリンメイが反応する。

 

[155]

 

 

「土偶の謎に迫れるかもしれないわ」


 リンメイのくぼんだ目から輝くものが発散する。そしてミトがリンメイの言葉を引き継ぐ。


「仮にあの幼児が我々が遭遇した瞬示と真美だとすれば、そしてこの世界であのふたりが超能力を身につける事件に遭遇することができれば、元の世界に戻るヒントを手に入れることができるかもしれない」


「じゃが十七年後ではわしやリンメイは恐らくこの世界でもなく、元の世界でもなく、あの世で暮らしておるじゃろう」


 住職が残念そうにリンメイを横目で見つめるとサーチが同調する。


「私たちだってあのふたりが二十二歳になるまで生きているかしら」


 ホーリーがやっと天井から住職とリンメイに視線を移して力強く提案する。


「生命永遠保持手術があるじゃないか」


「!」


 サーチが驚いてホーリーの顔をまじまじと見つめる。サーチだけではない。ホーリーはいつの間にか自分を注目する複数の視線に戸惑う。確かにサーチとリンメイが協力すれば、生命永遠保持手術は可能かもしれない。


「今の言葉、本気?」


「ああ」

 

[156]

 

 

 ホーリーの力のこもらない返事がサーチの強い言葉に押し返される。


「もう、生命永遠保持手術は受けないって、言ってたじゃないの!」


 しかし、サーチはホーリーのあやふやな返事に、かえって現実味のある手応えを感じる。


 住職が口元をもぐもぐさせる。住職の横でリンメイがいったん目を閉じてから、ゆっくりと開いてサーチを見つめる。


「できるかしら」


 冷静なリンメイの言葉にサーチが意外にも即答する。


「不可能ではないわ」


「設備がないわ」


 まわりの空気が急変していることを肌で感じるとサーチも口を閉ざす。ホーリーがサーチに替わってリンメイにたずねる。


「宇宙戦艦に生命永遠保持手術の設備はないのか」


 言い終わってからホーリーはたずねる相手を間違ったことに気付く。リンメイの代わりにミトが短く応える。


「ない」


「必要な設備や手術用の器具を製造できないか」


 ホーリーがミトに食いさがるとミトは新しい空気の流れを敏感に感じとる。

 

[157]

 

 

「仮にできるとしても、今すぐ手術する必要はないだろう」


 すぐさまサーチが何か言おうとするが住職がさえぎる。


「もう一度永遠の命を手に入れることの是非の問題じゃろ?ミトが悩んでいるのは」


 ミトが住職の視線にたじろぐことなくうなずく。そのミトが沈黙を守る姿勢に入るのを確認してからサーチが発言する。


「もし、設備があったとしても私ひとりでは生命永遠保持手術はできないわ。リンメイの協力が必要だわ」


「どういうことなんじゃ?」


 住職がミトからサーチに視線を向ける。


「私は手術の現場からずいぶん遠ざかっている」


「だから、何を言いたいのじゃ」


 住職の言葉が少しきつくなる。


「リンメイはついこの間まで本部の手術室長だったのよ」


 住職がサーチの意図を知りながら繰り返す。


「だからじゃ……」


 ホーリーが割りこむ。


「サーチは生命永遠保持手術を実行に移す前提で話をしている」

 

[158]

 

 

 ホーリーがサーチの意をくむ。


「ホーリーと私はあのふたりに遭遇した永久の世界の最初の人間だと思うの。それに今回も……」


 サーチの声がゆらぐ。住職はサーチもホーリーもあのふたりとの出会いを運命的なものと思いこんでいることに気付く。そしてミトもあのふたりの力を借りて元の世界に戻ることができればと考えていることにも気付く。


「とにかく生命永遠保持手術が可能かどうかは手術に必要な設備を製造できるかどうかにかかっている。不可能なら議論は前には進まない」


 ミトが肩の通信機のスイッチを押して首を少し横に曲げる。


「Rv26、作戦室に来てくれ」


 あらぬ方向に、しかも確実に風が流れだした。


***

 サーチがホーリーの腕を取って耳元でささやく。


「あなたの子供がお腹にいるわ」


 ホーリーが驚いてサーチの腕を振りほどくと強く抱きしめる。


「これからのこと、じっくりと考えていかなければならない」


「そうね。やらなければならないことが急にいっぱいあふれてきたようだわ」

 

[159]

 

 

「精一杯生きる勇気が出てきた」


「うれしい」


 ミトや住職やリンメイがふしぎそうにホーリーとサーチの様子をながめる。そのとき大きな足音をたててRv26が作戦室に現れる。すでに質問の内容を理解していた。


「可能デス」


 Rv26が意外なほど簡単に応える。その言葉にホーリーがサーチから身体を離すといっしょに椅子に腰かける。ミトはもちろん全員がRv26を見つめる。


「製造にどれぐらいの時間がかかる?」


「今スグ、計算デキマセン」


「一年とか二年とかの単位でかまわないから答えてくれ」


 ミトが気軽に融通を求めるとRv26の耳が赤く輝きだす。それを見てホーリーが驚く。一方、リンメイが何ともいえない表情をして住職を見つめる。


「中央コンピュータの計算では半年ぐらいです」


「中央コンピュータだって!」


 ホーリーがやっぱりという表情をして立ちあがる。ミトが急に興奮したホーリーをふしぎそうに見つめる。


「Rv26が言っているのはこの戦艦の中央コンピュータのことだ」

 

[160]

 

 

 ホーリーは驚きをそのままにしてミトの言葉を押さえる。


「そんなことはわかっている。なぜ、この戦艦の中央コンピュータに生命永遠保持手術関係のデータがあるんだ!」


 ホーリーの言葉に今度はミトが驚く。生命永遠保持手術の設備を製造するのはアンドロイドだ。そのアンドロイドが答えるのではなく、しかも生命永遠保持手術とまったく関わりのない宇宙戦艦の中央コンピュータがRv26を介して返答したことにまずホーリーが違和感を覚えた。そしてミトもその感覚を共有した。


「なるほどホーリーの言うとおりだ」


 Rv26は黙ったまま立っている。よく見るとRv26の耳が点滅することなく赤く輝きっぱなしになっている。ミトとホーリーがRv26の異常に気付く。


「中央コンピュータガ皆サンニ話ガアルソウデス」


 全員立ちあがる。コロニーの中央コンピュータが人間を招くことは過去にあったが、宇宙戦艦の中央コンピュータが話したいことがあるなど前代未聞のことだ。ミトが何とか冷静さを保ちながらRv26に伝える。


「どこで中央コンピュータの話を聞けばいいんだ?ここでもいいじゃないか」


「コンピュータ室マデ来ルヨウニ言ッテマス」


「言う!コンピュータが?」

 

[161]

 

 

 ホーリーがRv26の言葉にはげしく反応する。ホーリーの興奮が、リンメイの不安そうな表情に気付いた住職の気持ちを抑えこむ。


***

 中央コンピュータは高さ三メートルぐらいの黒い円筒形で、側壁や天井と数え切れないケーブルでつながっていて、煩雑に様々な色の光がそのケーブルの中を点滅しながら移動する。どこからともなく男とも女とも区別できないが明瞭な声がする。


「ミナサン、ワタシハコノ宇宙戦艦ノ中央コンピュータデス。前線第四コロニーノ中央コンピュータカラ受ケトッタデータノナカニ、ミナサンガ必要トスルデータガアリマス」


「例えば?」


 ホーリーが待っていましたとばかりに質問を開始する。中央コンピュータはホーリーの期待を裏切らない答えを音声にする。


「生命永遠保持手術、時間島、遮光器土偶、瞬示、真美ニ関スルデータデス」


 Rv26を除く全員が驚き、お互いの顔を見合わす。


「いつ、そんなデータを手に入れたんだ?」


「緑の時間島ニ突入スル直前デス」


「なぜデータを受けとれたのだ?」


 中央コンピュータが連続するホーリーの質問に即答する。

 

[162]

 

 

「送ラレテキタカラ受ケ入レマシタ」


 全員、無言のまま考えこむ。「なぜ」この二文字の言葉が全員の脳裏を駆けめぐる。やっとミトが声をあげる。

 

「我々に話したいことがあるらしいが、それはどういうことか」


「今、オ伝エタシタコトデス」


「生命永遠保持手術をするための設備や手術用の器具を製造するために必要なデータが保存されているというのだな」


「アンドロイドニ製造サセルコトガデキマス。ダダシ、ドレダケノ時間ガ必要カトイウ演算ハ非常ニ困難デス。演算スルヨリ製造ニ着手シタ方ガイイノデハナイデショウカ」


 ミトが生命永遠保持手術の設備の製造にどれくらい時間がかかるか、気軽に概算で求めたため中央コンピュータに混乱が起こった。ホーリーがそのことに気付くと中央コンピュータに詫びるが、何か引っかかるものを感じる。


――『演算するより製造に着手した方がいいのでは』とは?


 かみあわせの悪い歯車が急に効率よく回りだしたような感覚がホーリーを支配する。ホーリーの聴覚の遠くでミトの声がする。


「いずれにしても生命永遠保持手術の設備の製造が可能だということに間違いはないな」


「ハイ」

 

[163]

 

 

 サーチがリンメイを見つめる。リンメイはサーチの視線を受け流して住職を見つめる。住職がリンメイをやさしく見つめるとそのままのやさしさで言葉をかける。住職はリンメイが先ほどから不安に思っていたことすべてを理解していた。


「リンメイ、リンメイ自身が決めることじゃ」


「私の気持ちをわかってくださっていたのね。でも、見解を聞きたいの」


 リンメイはまるで子供が親にせがむように目を大きく見開く。老婆となったリンメイだがその瞳に住職は年甲斐もなくうっとりと見つめなおす。


「賛成、反対という事柄ではないのじゃ。サーチやホーリーに協力するもしないもリンメイの気持ち次第じゃ」


 リンメイが首を横に振りながら住職に迫るように近づく。


「協力はします。でも、私たちも生命永遠保持手術を受けるべきなのかどうか、それを教えて欲しいの」


 住職がリンメイの言葉をのみこむと残念そうな表情をしながらリンメイの手を握る。


「それには明確に反対じゃ」


 意外にもリンメイが大きくうなずいて住職を見つめる。


「うれしい!死ぬまでいっしょね。若くなって浮気でもされたらと心配で心配で……」


住職が首を横に振って笑いながら握った手に力を入れる。

 

[164]

 

 

「何を言う。死んでもいっしょじゃ。死んでから新しい自由な生活が始まるのじゃ」


 住職の胸の中にリンメイがくずれるように倒れこむ。住職の頭全体が真っ赤になる。


「し、しかしじゃ、遮光器土偶に未練はないのか」


「あります。でも生きている間に遮光器土偶の謎がわかればそれはそれでうれしいし、わからないまま死ぬのも仕方がないわ」


 住職が大きくうなずく。しかし、リンメイと住職の言葉の重みに誰も気が付かない。サーチがふたりに近づいてリンメイの背中を軽くたたく。


「急いで手術を受ける必要はないわ。元の世界に戻る可能性が出てきたら、そのときに受けるかどうか決めれば?ねえ、ホーリー」


 サーチがホーリーに同意を求めるが返事はない。


「どうしたの?ホーリー」


 ホーリーはハッとしてうわの空で聞いていた会話を取りこむとリンメイにしぼりだすように何とか声を出す


「サーチの言うとおり機会が来ればそのとき考えればいい」


「いいのよ。私は住職についていくだけなの」


「でも、最新の手術方法は教えてくださいね」


 リンメイが照れながら住職から離れるとサーチにというよりはみんなに向かって宣言する。

 

[165]

 

 

「私の最後の仕事になるかもしれない。精一杯、頑張るわ」


 ミトが中央コンピュータに向かって毅然とした態度で念を押す。


「私は艦長だ。私の命令に従うように」


「ハイ」


「すぐ生命永遠保持手術の設備と手術に必要な器具の製造にかかる。手配してくれ」


「ハイ」


 この返事のあと、中央コンピュータのきびきびとした声が部屋にこだまする。誰も一太郎と花子の協力を得てアンドロイドNS20が作成したアンドロイド用の言語処理プログラムが、中央コンピュータの思考に影響を与えていることに気付かない。いや、ホーリーだけがその兆候を漠然と感じとっていた。


「作戦室に戻る」


 ミトは中央コンピュータに背を向けて誰に言うでもなく、しかし、はっきりとした言葉を残す。


「歳をとらない自分たちにこの世界の人間はどう反応するだろうか」

 

[166]