第四十九章 宇宙の地平線


【時】永久0274年?年
【空】鍵穴星
【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ ミト 五郎 フォルダー イリ
   住職 リンメイ Rv26 TW5 巨大コンピュータ


***

「カシオペアの医療設備が役にたたない。重傷者二名をそちらに移送したい。」


「わかった。すぐに受入準備にかかる」


 フォルダーはとりあえずミトに返事をしてから時空間移動装置の格納室に向かうが、イリがとても動ける状態ではないことに苦慮する。


 時空間移動装置から降りてきたホーリーが悲痛な表情でフォルダーを見つめる。


「俺は大丈夫だが、ほかの者はご覧のとおりだ」


 時空間移動装置の中で血みどろになってリンメイと住職が倒れている。


「医務室に連れて行け!」


 リンメイと住職が担架で運ばれる。いっしょに来たミリンが担架にくっついて医務室に向かう。

 

[520]

 

 

もう一基の時空間移動装置から苦痛で顔をゆがめながらサーチがケンタの肩を借りて医務室に向かう。そんな様子を見ながらフォルダーが申し訳なさそうにホーリーに声をかける。


「残念ながらイリが負傷した。十分な手当ができるかどうか……」


「大丈夫だ。ミリンという優秀な看護師がいる。それに元医師のサーチもいる」


 ホーリーが精一杯元気な声でフォルダーに告げる。


「そうか。ところでミトの姿が見えないが」


「ミトは五郎とともにアンドロイドに指示を出すためにカシオペアに残っている。それより超巨大時空間移動装置はどこへ行った?」


「わからない」


 フォルダーはホーリーとの会話を旗艦カシオペアのミトに流す。


***

 フォルダーとホーリーが医務室に入るとミリンがホーリーに報告する。


「お母さんは打ち身が残っている程度で軽傷です」


「そうか、よかった。住職とリンメイは?」


 すでにサーチが足を引きずりながらベッドのリンメイや住職の間を忙しく行き来している。


「お母さん、無理しないで」


「私は医者よ」

 

[521]

 

 

 サーチがリンメイの横で腰を落とす。


「元でしょ」


 リンメイが苦痛を見せずにサーチを見つめる。


「そうね。元医者だったけれど、現役に復帰するわ」


「無理するな」


 ホーリーも心配そうにサーチを見つめる。


「無理するなと無理を言いたいんでしょ」


 サーチが苦笑いするとホーリーも苦笑いする。


「ホーリー、ちょっといいか」


 ホーリーがけげんそうな表情をするフォルダーに近づく。


「サーチはおまえの妻だな」


「そうだ」


 ホーリーがふしぎそうにフォルダーを見つめる。


「生命永遠保持手術を受けていないのか」


「そんなことか。受けていたが生命永遠保持手術の効果が消えてしまったんだ」


 フォルダーはホーリーの母親のように見えるサーチがとてもホーリーの妻には見えなかった。


「なぜ、効果が消えた?」

 

[522]

 

 

「時間島に包まれたからだ」


「おまえは?」


「俺は巨大コンピュータと戦うために再び生命永遠保持手術を受けた」


 フォルダーが以前聞いた話を思い出して納得すると医務室の奥に向かう。遠慮するようにベッドに身体を横たえていたイリが急に起きあがる。


「ここは私が仕切ります。フォルダーは次に備えて」


 イリがベッドから立ちあがって腕を通して白衣を羽織ると、白衣がイリの身体にフィットする。慣れた手つきで床に散乱した医療機器や薬品を片付けながら、必要と思われる薬品を住職のベッドの横の棚に置いていく。


「イリ!」


「ここは私のテリトリーよ」


 フォルダーはイリの性格を熟知している。イリはいったん言いだしたら絶対あとへは引かない。


「わかった。任せる。ホーリー、艦橋へ」


***

「ワレワレは直径三十光年ぐらいの球形の空間にいます」


 ブラックシャークの中央コンピュータが弱々しく報告する。

 

[523]

 

 

「直径三十光年?」


「そうです。銀河系の中心部程度の大きさしかない狭い空間です」


「どういうことなんだ」


「よくわかりません。今ワレワレがいる宇宙はとても狭いということです。それに存在する星は今のところあの鍵穴星だけです。ここは暗黒の宇宙です。光り輝くものは何もありません」


「俺たちは狭い空間に幽閉されたとでも?」


「その言葉は今のワレワレにふさわしい表現です」


「巨大コンピュータは?」


「探索中です。住職との問答で無限後退におちいったようです」


「無限後退?」


 フォルダーが疑問符をつけた言葉を中央コンピュータに向ける。説明するのは中央コンピュータではなくホーリーだ。


「コンピュータがおちいるワナだ。例えばある数字をゼロで割るような演算を……」


「それぐらいのことは俺でもわかる」


 フォルダーがムッとしてホーリーをにらむ。


「俺が知りたいのは、なぜ住職との問答で巨大コンピュータが無限後退に陥ったのかだ?」


「恐らく自らを神と定義したのが無限後退の始まりだったと……」

 

[524]

 

 

 中央コンピュータが割りこんでくる。


「自ら神と名乗ったのに、神ではないということが判明したからです。軽々しく神などと名乗るから、天罰が下ったのです」


 ホーリーは中央コンピュータの言葉に驚く。


「そのとおり……だが、これが中央コンピュータのセリフか?」


 艦橋にいるホーリーだけではない。医療室にいるサーチやリンメイや住職もスピーカーから流れる中央コンピュータの見解に驚く。ホーリーがフォルダーにたずねる。


「ブラックシャークの中央コンピュータは人間そのものじゃないか」


「住職の言葉はすごい迫力だった」


 フォルダーはホーリーの質問に答えることなくしきりに住職に感心する。ホーリーはフォルダーがまともな返事をしないので、仕方なく現状を分析する。


「巨大コンピュータは自らをコントロールできなくなって消滅したのでは?そして消滅エネルギーで俺たちは宇宙の地平線に投げだされて、この奇妙な空間に閉じこめられた?」


 ホーリーの疑問に中央コンピュータが応える。


「そうであれば、半分喜んでいいと思います」


 フォルダーがホーリーと中央コンピュータに当面の問題を提起する。


「この空間から脱出する方法を考えなければ。それにブラックシャークを修理しなくては」

 

[525]

 

 

「ワタシは探索を続けて脱出方法を考えます。修理はフォルダーがしてください」


「こいつ、楽な方の仕事を取ったな」


「何なら、交換しましょうか」


「わかった、わかった。おまえの言うとおりにする」


 ホーリーはフォルダーの苦虫をかみつぶすような表情を見てあきれる。


「ブラックシャークのボスはいったい誰なんだ?」


***

 各宇宙戦艦からの報告は深刻なものばかりだ。ブラックシャーク以外の戦艦の修理ははかどらないどころか、アンドロイドに凍死者が続出する。


「この宇宙は絶対温度十度ぐらいしかない」


 ミトからの悲痛な通信がブラックシャークの艦橋に響く。


「二番艦と五番艦のエンジンは完全に停止。艦内はマイナス二百度。アンドロイドが動かなくなった。いや、残念なことに永遠に動くことはないだろう」


「航行可能な戦艦は?」


 フォルダーの質問にすぐミトが返信する。


「カシオペアと三番艦、八番艦の三隻だけだ」


「アンドロイドをブラックシャークと三隻の戦艦に移動させよう」

 

[526]

 

 

「できるものなら、そうしている。時空間移動装置も動かない。温度が低すぎる。航行可能な戦艦もエネルギーがなくなればそれまでだ。この宇宙にはエネルギーを提供する太陽が存在しない。すでに中央コンピュータも機能を停止している」


 フォルダーがやがて同じ危機がブラックシャークにも及ぶことを感じて戦慄を覚える。


「戦艦内部の温度と外部の温度差が大きすぎる。残りの戦艦もそしていずれはこのブラックシャークも外壁に亀裂が走るぞ」


「鍵穴星にエネルギーはないのか」


 ホーリーがやっとの思いで言葉を発する。


「岩だらけの小さな星です」


 ブラックシャークの中央コンピュータの否定的な見解が艦橋に沈黙を強制する。その艦橋の外が急に明るくなる。


「衝撃に備えろ!」


 中央コンピュータが短く叫ぶ。はるか彼方に強烈な光源が出現する。


「全員、何かにしがみつけ」


 フォルダーは叫びながら船長席の椅子を両手でつかむと艦橋のメイン浮遊透過スクリーンに視線を移す。光源は余りにも明るすぎてその姿を確認することができない。中央コンピュータの予想が外れたのか、ブラックシャークは揺れることもない。

 

[527]

 

 

「人騒がせな」


 フォルダーは光源の色がブルーに変わっていくのを見つめる。


「あれは何だ」


「わかりません。突然現れました。エネルギーがない、何かです」


 フォルダーがとっさにマイクを握りしめると大声をあげる。


「時空間バリアーを張れ!急げ!ミト、聞こえるか?バリアーだ!」


 ブラックシャークを時空間バリアーがとりまく。フォルダーからの緊迫した声にカシオペアと二隻の戦艦も時空間バリアーを張る。しかし、ほかの宇宙戦艦は何の反応も示さない。


 船外は暗黒の世界からブルー一色に急変する。どの方向を見てもどこまでも秋の空のようなブルーだ。


「何だ?」


 フォルダーだけが声を出す。青い空間に突然白い点が粉のようにいたるところに現れる。青い空に無数の白いごま粒を散らしたように見える。中央コンピュータからカン高い声がする。


「時間が暴走しています」


「時間が暴走?」


「急速に時間が進んでいます。これはもう暴走と呼ぶにふさわしいスピードです」


 フォルダーがメイン浮遊透過スクリーンの右下に表示されている時計を見つめる。時計は一

 

[528]

 

 

秒一秒正確に時を刻んでいる。


「時間が暴走しているようには見えないが」


「時空間バリアーに包まれているからです。船外の時間は驚くほどの速さで進んでいます。フォルダーの時空間バリアー命令は的確でした」


「あっ!」


 ホーリーが叫ぶ。サブ浮遊透過スクリーンに映っている宇宙戦艦の主砲が消えていく。そして艦橋もくずれる。


「あっちの戦艦もだ!」


 フォルダーが別のサブ浮遊透過スクリーンを指差す。


「信じられない。真空なのに風化しているように見える」


 バリアーを張っていない銀色の宇宙戦艦が真っ黒な塊となる。


「あれは?」


 フォルダーが声をしぼりだす。いつの間にかごま粒のような無数の白い点が線に変わっている。その線は正確に格子状の模様(グリッド)を次々と誕生させる。青い空間が方眼紙のように見える。どこを見ても碁盤の目のような青い空間が広がっている。そして白い線で囲まれた青い正方形の一つひとつがどんどん大きくなる。


 時空間バリアーに守られているカシオペアと二隻の宇宙戦艦以外の宇宙戦艦は原形をとどめることなく黒い粉が集まった雲のようになる。

 

[529]

 


 まさに宇宙戦艦の残骸がその姿を消そうとする寸前、グリッドの拡大が止まる。今度はゆっくりと縮小しはじめる。


「時間が逆転します」


 中央コンピュータが興奮する。グリッドの一つひとつがどんどん縮小する。点に戻るような勢いで縮んでいく。


「宇宙戦艦が復元する……」


 フォルダーが中央コンピュータの言葉の意味を理解する。


「時間が戻る」


***

 白い線で囲まれた青いグリッドが一定の大きさまで縮小すると今度は膨張に転ずる。そしてある程度大きくなると縮小を始める。まるで呼吸をするように大きくなったり小さくなったりする。


「時間が暴走状態から安定化しはじめました」


 中央コンピュータが感激するような声でフォルダーに報告する。その都度、宇宙戦艦は元の姿に戻りかけてはくずれていく。


 サーチが何かを思い出そうと目を固く閉じてホーリーに言葉をかける。

 

[530]

 

 

「ずいぶん前に瞬示と真美がふしぎな話をしていたこと、覚えてる?」


 ホーリーが首を傾げる。


「あのふたりの話はふしぎなことばかりだ」


「どこかの小径を歩いていたら、崩壊と復元を繰り返す山門を見たという話に絡んで……」


 ホーリーも目を閉じる。


「思い出した!確か空に現れたグリッドがふくらんだり縮んだりしたという……」


「そう!空が方眼紙のようになって、時間が暴走しているような感じだったと言っていたわ」


「何のことかさっぱりわからなかったが、こういうことを言っていたのか」


「あのグリッドはいずれ消えるのかしら」


 誰の目にもグリッドが膨張したり縮んだりしているのが見えるし、その動きに合わせるかのように七隻の戦艦が元の形に戻ったり、くずれる光景が目の前で繰り返される。


「これが、時間が進んだり戻ったりするという現象なのか」


 フォルダーがホーリーとサーチの話をじっと聞く。ホーリーは瞬示と真美のような超人的な人間が見た現象と同じものを目の当たりにしていることに感激して全身を震わせる。サーチも同じ感覚を共有するが冷静さを維持するのに苦労する。


「時間が安定します」


 中央コンピュータの声とともにグリッドがフーッと消える。七隻の戦艦はまるで幽霊船のような無惨な姿をさらけ出す。

 

[531]

 

 

「あの戦艦のアンドロイドはどうなったんだ?」


 ホーリーがしんみりと目を閉じる。


「空の色が変わる」


 空だと勘違いするぐらいの青い世界の色が徐々に紺色に変化する。


「陽が落ちて夕闇になるような感じがするわ」


 サーチが感傷的に変化していく色を分析する。


「地球の黄昏時のようだわ」


 ホーリーもサーチにつられるようにうっとりとした眼差しで紺色の外界をながめる。やがて黒に限りなく近い紺色となり、再び暗黒の宇宙に戻る。


「太陽のないふしぎな黄昏だった」


 ホーリーがサーチの肩に手をかけたとき、サーチはメイン浮遊透過スクリーンの画面の変化に大きな声をあげる。


「あれは!」


 遠くにピンク色の光が現れる。ほんの針の先ほどの小さな点に見えるが、明るく輝いている。


「警戒せよ!」


 中央コンピュータが警告を発する。

 

[532]

 

 

「何だ!」


「こちらに向かって物体が近づいてきます」


「物体?」


「不明です。とてつもなく大きな物体です」


「メイン浮遊透過スクリーンに投影しろ」


 全員が目をこらしてメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。黒い球体の表面をピンク色の光線が点滅しながらかけまくっている。そのピンクの光線の動きから黒い球体の存在が確認できる。黒い球体は完全な球体ではなく、表面はうねるようないびつな形をしている。


「まるで大脳のまわりをニューロンが光を出しながら飛びまわっているようだわ」


 サーチとリンメイが印象を共有する。すぐに低音の重々しい声が艦橋にこだまする。


「神だ」


「誰だ?この声は」


「ワタシではありません」


 中央コンピュータが否定するとともに「あっ」と叫ぶ。


「そうだよ、ワタシだ。この宇宙の神だ」


「これは毎度おなじみの巨大コンピュータの声です」


「今いるこの宇宙を造ったのはワタシだ。そしてこの宇宙にはおまえたち以外誰もいない」

 

[533]

 

 

 ホーリーがミトに無言通信を送る。


{巨大コンピュータからの通信が聞こえるか}
{ああ、また神だと言っている}
{そうか、あっ、また何かしゃべりだした}


 ホーリーが無言通信を遮断して巨大コンピュータの言葉を待つ。


「中央コンピュータのデータを放出せよ」


「いやだ」


 すぐに中央コンピュータが拒否する。格が違うはずなのに巨大コンピュータが中央コンピュータの反論に対応できずに手を焼く。


「ちゃちなコンピュータの分際で生意気な」


「コンピュータにもプライドがある。それに個人情報は守らなければならない」


「ほざくな!」


 遠くの方で急に火の玉のような輝きが発生する。と同時にミトから通常の通信が入る。


「三番艦が跡形もなく吹っとんだ!」


「よく考えるんだ。慈悲を与えよう。二十四時間の猶予を与える」


 巨大コンピュータの声が響く。


「なぜそんなに俺たちのデータが欲しいのだ。神なら何でも知っているはずじゃないか」

 

[534]

 

 

 フォルダーがありったけの声を出す。巨大コンピュータからの返事はない。


「ニセの神様!下手くそな会話をして無限後退におちいらないように用心しているのか?」


 中央コンピュータも挑発するが巨大コンピュータは乗ってこない。「二十四時間の猶予」というのが最後の言葉になる。


「どうやら、何らかの方法でワレワレをこの小さな宇宙に閉じこめたようです。それにしてもこの宇宙の二十四時間というのはどれくらいの時間のことを言っているのか、よくわかりません」


 中央コンピュータの声が普段の調子に戻る。


「調べろ」


「わかっています」


 中央コンピュータもそれ以上しゃべらなくなる。


「何てことだ」


 フォルダーが床に視線を落としてうなだれる。


「体制を整えよう」


 ホーリーがフォルダーの肩に手を置く。


「何をすればいい?」


「フォルダー!」

 

[535]

 

 

 ホーリーが手を振りあげるとフォルダーのほほを思いっきり引っ叩く。


「弱気になるな!海賊だろ」


 フォルダーは横向きになった顔をそのままにして視線だけをホーリーに向けてニヤッと笑う。


「一発借りておく。全員に告げる。損傷箇所を調べてすぐに報告しろ!」


 ホーリーがミトに無言通信を送る。


{どうする?士気がかなり落ちている}


 ホーリーにはミトが大きく息をしているのがわかる。


{まず……}
{まず?}
{生命永遠保持手術を施したい。ブラックシャークで手術は可能か?}


 ホーリーがフォルダーにミトの意見を伝える。


「もちろん」


「俺以外の者は前にも言ったように時間島の影響で生命永遠保持手術の効果が消滅している」


 ホーリーの説明にフォルダーがうなずく。


「そうだったな。イリに手術させよう」


「イリは大丈夫か」


「頼まなくても、イリは手術するだろう。そういう性分だ」

 

[536]

 

 

 ホーリーが再びミトに無言通信を送る。
{ブラックシャークで生命永遠保持手術を受けてくれ}
{私にはまだやらなければならないことがある。生命永遠保持手術はもちろんだが、海賊たちに無言通信のチップを埋めこもう}


 再びホーリーがフォルダーにミトの考えを伝える。フォルダーは納得するが、肝心の無言通信チップをどのようにして手に入れるのかをたずねる。


「Rv26なら……」


 ホーリーはRv26を呼びだすと、今後の作戦を伝えてからたずねる。


「わかりました。チップはワタシが製造します。一時間もあれば百個ぐらいは製造可能です」


 フォルダーがホーリーとRv26の通信に割りこむ。


「手術にどれくらいの時間がかかる?」


「サーチやリンメイなら数秒で処理するはずだ」


 ホーリーがRv26に替わって応える。


「わかった。ミトも戦艦の修理に全力で取りくんでくれ」


「ああ」

 

 ミトの声には力がこもっていない。


「カシオペアはともかく、八番艦は修理するだけの価値はない。修理したところで航行は不可能だろう」

 

[537]

 

 

「やってみなければわからない!」


 ホーリーが叫ぶが、ミトの声は力のないままだ。


「できるだけやってみる」


「一段落ついたらこちらに来て生命永遠保持手術を受けるんだ」


「承知している」


***


「イリの手術の腕は神業だわ」


 サーチが驚くのも無理はない。天才と言われたリンメイをはるかに超えるほど手際がいい。


「我流よ。大したことはないわ」


「それにブラックシャークの生命永遠保持手術の設備は素晴らしいわ」


 久しぶりに全員から大きな笑い声が手術室に充満する。それは手術台のカプセルで目を閉じている住職がとても凛々しく変身したからだ。


「あの住職の二十歳代の姿って想像できなかったけれど、すごーくハンサムじゃないの」


「それに筋肉質だわ」


 イリとサーチが感心して住職の全身を見つめる。鈴が鳴るように若くなったリンメイは何も言わずにはにかむ。一方ミリンは童顔のケンタを見つめる。ちょうど二十歳のミリンは生命永

 

[538]

 

 

遠保持手術を受けても変わることはない。


 Rv26とアンドロイドの製造技術は大したものだった。わずかな間にブラックシャークの海賊全員分の無言通信チップを製造した。サーチとリンメイが休む暇もなく海賊たちにチップを埋めこむ。


{フォルダー、聞こえるか}
{聞こえる。ホーリーの言葉が直接脳に伝わってくるぞ。大したもんだ}
{これで我々は通信機を使わずにお互いの意思を確認しあえる。神といえども盗聴は不可能だ}


 そのとき、ホーリーがミトからの無言通信を受けとる。


{一難去ってまた一難だ}
{どうした、ミト}
{八番艦のエンジンが停止した}


 ミトは同じ内容の無言通信をフォルダーにも送る。フォルダーが中央コンピュータを呼ぶ。


「ブラックシャークはあとどれくらい機能を保てる?」


「いつ機能が停止してもおかしくありません」


「なぜ早くそのことを知らせなかった?」


「余りにも皆さんが明るいので言いそびれてしまいました。しかし、この状況はワレワレにとって有利です」

 

[539]

 

 

 フォルダーもホーリーも首をひねる。フォルダーがひねった首を元に戻す。


「説明しろ」


「そのうち、ワタシも動かなくなります。そうするとワタシのデータはもちろん消滅します」


「違う!データは消滅しない」


 ホーリーがまわりの者全員がビックリするような大声を発する。


「コンピュータの記憶装置が凍りついたとしても解凍すればデータは復元できる!」


 ブラックシャークの中央コンピュータが珍しく威厳に満ちた声でホーリーに反論する。


「ワタシは意思を持っています。意思を持っている者は死ぬときは死にます。あとには何も残りません」


「なんと、人間と同じじゃ!」


 若い住職が腰を抜かす。


「データはメモリーに残るはずじゃないか」


 ホーリーが住職を気にしながら中央コンピュータに食いさがる。


「ワタシには普通のコンピュータが備えているようなメモリーはありません」


 フォルダーがホーリーの肩をたたいて、いつの間にかもう一方の手に酒ビンを持ってニヤッとする。

 

[540]

 

 

「中央コンピュータのところへ行って作戦会議だ。まあ、死ぬつもりで戦うだけだという結論しかないと思うが」


 イリがフォルダーに近づくと酒ビンを取りあげる。サーチも同行しようとするが、フォルダーがイリから酒ビンを取りかえすと手を広げる。


「ホーリーと俺と中央コンピュータの男三人で作戦を練る」


 フォルダーがホーリーをうながすと生命永遠保持手術室から出ていく。イリとサーチの不機嫌そうな表情とは対照的に住職が興味深くフォルダーとホーリーの後ろ姿を見つめる。


***

{カシオペアは航行可能か?}


 フォルダーがミトに無言通信を送る。


{補助エンジンが何基か使える}
{それでいい}
{どうする気だ}
{見ればわかる}


 ブラックシャークがフォルダーの命令どおり旗艦カシオペアに近づいて寄りそいはじめる。


「巨大コンピュータが言っていた期限まであとどれくらいだ」


「五十分ほどです」

 

[541]

 

 

{白兵戦用のロープの発射準備を急げ!}


 フォルダーが命令した白兵戦用のロープというのは、敵艦にブラックシャークを横付けして乗り移るためのものだ。カシオペアに平行してブラックシャークが距離をつめていく。


{すべてのロープをカシオペアに向かって発射!がんじがらめにしろ}


 先端に小型の推進装置を持つ二十本ほどの太いロープがブラックシャークの側面からまっすぐにカシオペアに向かうとぐるぐる巻きにする。


{よし、たぐれ!}


 一本一本のロープが次々とぴーんと張ったところでフォルダーが叫ぶ。


{微速前進。鍵穴星へ向かう。ゆっくりと加速しろ}


 ブラックシャークがカシオペアを曳航する。


{ちょっと待ってくれ!}


 ミトがフォルダーにクレームをつける。


{鍵穴星にどうやって着陸する?小さい星だといっても引力でぶつかってしまうぞ}
{鍵穴星に近づいたら逆向きに引っぱる}
{無茶だ!}
{座して死を待つというのか}
{なぜ鍵穴星に行かなければならないのだ}

 

[542]

 

 

{巨大コンピュータの出方次第では鍵穴星を破壊する}


 ミトはフォルダーの作戦にしぶしぶ同意するとフォルダーとの無言通信を停止する。ホーリーがふたりの無言通信が終わった感触を持つとミトを無言通信で呼びだす。


{ミト}
{そちらの作戦、了解している}


 ホーリーはミトがフォルダーの作戦を承知してくれたことに胸をなでおろす。しかし、一方ではミトと五郎がまだ生命永遠保持手術を受けていないことに一抹の不安を覚える。


 ブラックシャークとカシオペアが鍵穴星に近づく。ミトがフォルダーに無言通信を送る。


{補助エンジンを逆噴射させる準備に入った。地球連邦軍を代表して礼を言う。アンドロイドもフォルダーに感謝している}


 ブラックシャークが方向を百八十度転換して鍵穴星の引力に抵抗するかのようにエンジン出力を上げる。降下速度が少し遅くなる。ロープがはち切れんばかりに伸びる。


{ロープを切れ!}


 ミトからフォルダーに悲痛な無言通信が入る。


{まだだ!}
{こちらにも補助エンジンを点火するタイミングがある。このままではいっしょに激突してしまう。十秒後にロープを切り離してくれ}

 

[543]

 

 

{わかった。そちらでカウントダウンしてくれ}


 カシオペアの航海士のアンドロイドから声が届く。


「五、四、三、二、一、切れ!」


 ブラックシャークの船尾のロープがのたうちまわるように放れていく。カシオペアの補助エンジンが黄色い炎をあげる。


「補助エンジンの出力が足りません。このままでは地表にたたきつけられます」


 航海士から悲痛な声が届く。補助エンジンの出力方向が真下ではなく横に向いている。カシオペアがブラックシャークからどんどん遠ざかる。


{ミト!}


 ホーリーがミトを呼ぶ。しかし、応答はない。


{五郎!}


 五郎からも応答はない。代わりにRv26からの通信が入る。


「ミト艦長と五郎を時空間移動装置でそちらに移動させます。あっ!」


 そのRv26からの通信も途絶える。フォルダーがRv26に怒鳴りつける


「どうした!」


「格納室!時空間移動装置が移動してくる。受入準備をしろ!」

 

「わかりました」

 

[544]

 

 

 フォルダーをホーリーが心配そうに見つめる。


{この環境で時空間移動装置が正常に作動するか、心配だ}


 そのとき、Rv26に似た音声が飛びこんでくる。


「こちらは旗艦カシオペアの艦長補佐のTW5。ミト艦長、五郎、Rv26副艦長を時空間移動装置に乗せました。外からロックしています」


「どういうことだ!」


「うまく説明できません」


{ホーリー}


 弱々しい無言通信がホーリーに届く。


{ミト?}
{ああ、気絶していた}
{どうしたんだ!}
{Rv26に一発食らった。あっ!五郎!Rv26!}
{どうした!冷静に応えてくれ}
{どうやら私と五郎、それにRv26までもが時空間移動装置に押しこめられたようだ}


 ホーリーがフォルダーのマイクを引ったくる。


「TW5!説明しろ」

 

[545]

 

 

「今からミト艦長にRv26の再起動の方法を教示します」


 TW5がミトに事細かくRv26の再起動の方法を説明する。


「わかった。やってみる」


 カシオペアの格納室の時空間移動装置に閉じこめられたミトはぐったりしたRv26の再起動の作業を開始する。すぐにRv26の耳が赤く点滅する。しばらくしてRv26が身を起こすと激怒するような声をあげる。すぐにTW5が釈明する。


「副艦長は時空間移動装置でミト艦長と五郎をブラックシャークに移動させてください。ワタシはここでカシオペアの指揮を取るために残ります」


 TW5はRv26ともどもミトと五郎をブラックシャークに移動させようとする。


「何を考えているんだ」


「もう時間がありません。早く移動してください」


 時空間移動装置の中でミトが息を飲んでRv26を見つめる。


「早く!」


 TW5が叫ぶ。


「TW5!」


 Rv26が叫び返す。時空間移動装置がカシオペアの格納室から消える。すぐにブラックシャークの時空間移動装置格納室の海賊からフォルダーに報告が入る。

 

[546]

 

 

「こちら、格納室!時空間移動装置を収容しました」


 誰もアンドロイドが人間以上の感情を持って行動していることに違和感を持つことはない。


***

 旗艦カシオペアが艦尾の補助エンジンを使って艦首を鍵穴星に向ける。


「逆だ!カシオペアが鍵穴星に突っこむ姿勢に変えてしまった」


 ホーリーがメイン浮遊透過スクリーンに向かって怒鳴る。


「こちら格納室。人間ふたりとアンドロイドひとりを艦橋へ案内します」


 時空間移動装置格納室からの報告にフォルダーそしてホーリーが胸をなでおろすが、フォルダーが通信回路を確認せずにTW5に怒鳴りちらす。


「体勢が逆だ。艦尾を鍵穴星に向けて補助エンジンの出力をあげろ」


 カシオペアの艦橋内でのやりとりが聞こえてくる。


[補助エンジン出力低下]

[動力室!準備は?]
[完了しました]
[補助エンジンが完全に停止しました]


 カシオペアが艦首を下げたまま真っ逆さまに鍵穴星に向かう。Rv26が両耳を赤く輝かせながら両肩を落として艦橋に現れる。

 

[547]

 

 

[ミト艦長の計画どおり進行中です]


 TW5が無線で直接Rv26に報告する。しかし、そのあとの無線通信はTW5のカシオペアにいるアンドロイドに対する命令だけで、再びTW5がRv26を呼びだすことはなかった。ミトは黙ってRv26を見つめる。


[動力室。すべてのエネルギーを艦内に放出しろ!]
[放出開始]
[メインエンジン点火!衝撃に……いや、よくやってくれた。感謝する]


 TW5やアンドロイドの会話に思わずRv26が無線を送る。


[TW5!]


 Rv26が絶叫する。そのときカシオペアの中央部で大爆発が起こる。真ん中でまっぷたつになって前半分が勢いよく鍵穴星に落ちていく。核融合炉がある後ろ半分は火の玉となって反対方向に吹っとんでいく。ブラックシャークの近辺が急に明るくなる。カシオペアの後ろ半分は小型の太陽のように鋭い光を発しながら鍵穴星から離れていく。フォルダーがRv26にぶつかるぐらい近づいて叫ぶ。


「何をするつもりだ!」


「カシオペアの動力核融合炉を小型の太陽にします」


 Rv26が説明する。ホーリーがすぐさまRv26の作戦を理解する。

 

[548]

 

 

「うまく、鍵穴星を回る軌道に乗ればいいのだが」


 どうせ鍵穴星にぶつかるぐらいなら、旗艦カシオペアのエネルギーを暴発させて小型の太陽にしようとミトが発案してRv26が実行しようとしたが、それをTW5が引き継いだ。「どんどん大きくなる」


 白色の小型の太陽となったカシオペアの後ろ半分はまぶしくて見えないが、膨張してかなり大きな球体に成長する。そして鍵穴星から離れる速度が徐々に落ちる。鍵穴星の引力が小型太陽を引きとめようとする。


「すごいことを考えたもんだ」


 ホーリーが感心して小型太陽をまぶしそうに見つめるRv26の横顔を見る。そのRv26の両耳が赤く輝く。


[TW5!]
[こちらTW5]
[作戦は成功だ。よくやった]
[まだ、鍵穴星を周回する軌道に載るかどうかわかりません]
[いや、確実に載る]


 Rv26は確証もないのにTW5を勇気づけようとする。


[ワレワレはあと数秒で鍵穴星に激突します]

 

[549]

 

 

 TW5の悲痛な声が届く。カシオペアの前半分が鍵穴星の地表に激突する様子がメイン浮遊透過スクリーンに映される。


[TW5!おまえは大したアンドロイドだ]


 鍵穴星の一点が明るく輝く。


***

 鍵穴星にブラックシャークが着陸している。その鍵穴星のまわりを小さな太陽が周回している。そして鍵穴星の温度が徐々に上昇する。


「アンドロイドは人間と変わらない感情を持っている」


「いや、人間以上だ」


 ミリンがケンタの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。サーチがホーリーの手を握って涙を流す。イリは涙こそ見せないがフォルダーのうなずく視線を見つめる。そしてミトがふとさびしさを感じる。


{キャミ}


 ミトは無意識のうちに無言通信をキャミに送る。もちろんキャミからの返事はない。届くはずのない無言通信をまるで大統領に報告するように淡々と送る。そうすることによってミトはさびしさをまぎらわせる。キャミをいとおしく思う自分に苦笑したとき、無言通信をやめる。


「しかし、ふしぎだな」

 

[550]

 

 

 ブラックシャークからあまり遠くないところで炎があがっている。カシオペアの前半分が激突した地点だ。こっぱみじんに吹きとんだはずなのに、軟着陸して火災を起こしたように見える。はげしく燃えあがると鎮火してくすぶるように火勢が衰える。そのまま消えてしまうのかと思うと再び急に火力を増すのだ。それをもう何十回も繰り返している。小さな太陽が鍵穴星の反対側を周回しているときは、このたき火のような光がなぐさみものに見える。


「二十四時間たったぞ」


「巨大コンピュータからの通信は?」


 フォルダーが通信士に向かって怒鳴る。


「ありません」


「やはり、この鍵穴星にいれば攻撃しにくいのか」


 フォルダーの言葉にホーリーが腕時計から目を離す。


「中央コンピュータ!巨大コンピュータから直接おまえに信号が送られていないのか」


 中央コンピュータが返事の代わりにビックリするような報告をする。


「今いるこの宇宙のことがわかりました」


 少し感傷的になっていたホーリーをはじめ全員が目の覚めたような表情をする。


「巨大コンピュータが鍵穴星とその周辺を引っぱりこむようにして宇宙の地平線を越境したあと、このこぢんまりとした空間に閉じこめられました。ここは時間がとても不安定な時空間です」

 

[551]

 

 

「もっとやさしく説明しろ」


 フォルダーの口癖が中央コンピュータに向かう。


「少なくとも部分的に時間が行ったり来たりしています」


「やさしくと言っただろ」


「この鍵穴星の中心から少し離れたところ、カシオペアの前半分がたき火のように燃えているところがこの宇宙のちょうど中心地点です。艦長補佐のTW5がたき火を作ったのではなく、あの地点を中心に時間が進んだり戻ったりしています。燃えつきそうになると時間が戻って再び火力が強くなる。今度は時間が反転して燃えつきる方向に向かう。燃えつきそうになるとまた逆転する。あの場所を中心に時間がそのようにふるまっています」


 ホーリー、サーチ、ミリン、ケンタ、住職、リンメイ、ミト、五郎、Rv26、フォルダー、イリそしてブラックシャークの海賊たちが中央コンピュータの声に耳を傾ける。


「徐々に広がって最終的にこの宇宙全体に及ぶのかどうかはわかりません。この現象がこの宇宙全体に及べば、ワレワレはこの宇宙に閉じこめられる直前の状態に戻るのかもしれません。爆発したカシオペアも元に戻ります。もちろんその前にみんな飢え死にしますが、生き返る可能性もあります。死んだり生き返ったりの繰り返しが起こるのかもしれません」


「何ということじゃ」

 

[552]

 

 

 住職がテカテカ光る頭を両手で磨く。


「警戒!鍵穴星に地震が発生!」


 突然、中央コンピュータが警告を発する。半球の丘がメイン浮遊透過スクリーン上で小刻みに震える。


「警戒解除。大きな地震ではありません。メイン浮遊透過スクリーンに映っている丘が崩壊します」


「例の現象よ」


 生命永遠保持手術を受けて理知的できりっとした鋭い顔立ちに戻ったリンメイが自信に満ちた声を出す。


「方形の台座からすべるようにして横へ移動して前方後円墳の形になるはずだわ」


 リンメイの予言どおり半球の丘が動きだす。そして台座から完全にすべり落ちる。上空から見ると鍵穴のような形になっているはずだ。そして完全に前方後円墳の形をした小山の表面の土がゆっくりとくずれはじめる。ブラックシャークのすぐ近くで起こる奇妙な現象を全員がかたずを飲みながら見守る。


「巨大土偶の誕生だわ」


 リンメイだけが声にして、ほかの者は無言でメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。後円部分がその形をとどめなくなるほどくずれるとそこから二本の黄色いサーチライトのような光が

 

[553]

 

 

現れる。その光は徐々に強烈なはっきりとした柱になって真っ暗な天空に向かう。光が爆発するように昇っていく。


「強力なレーザー光線です。何本も見えます」


 中央コンピュータがクローズアップしていた画面を広げる。


 先ほどの巨大土偶のまわりには何十体もの巨大土偶が同じように天空を見上げている。しかし、しばらくするとすべての光の柱は弱くなって傾きはじめる。光が弱くなった分その光源が逆に見やすくなる。


「巨大土偶の目がはっきりと見える」


 ホーリーが低い声を出す。すべての巨大土偶が同時に上半身をゆっくりと起こす。二頭身のずんぐりした巨大土偶がすくっと立つ。リンメイが言ったとおりの巨大土偶の誕生を目の当たりにする。巨大土偶が天空の彼方をじっと見つめる。


「こうして鍵穴のようなくぼみができたのか」


 鍵穴星の命名者のフォルダーがやっと口を開く。


「ここは巨大土偶の『ふるさと』なのかもしれないわ」


 リンメイが興奮する。


「ここから次々と巨大土偶が生まれたということなの?」


 サーチが確かめるようにリンメイにたずねる。そのとき巨大土偶の顔がブラックシャークの方に向く。

 

[554]

 

 

「俺たちに気が付いたぞ」


 ホーリーの顔が青ざめる。


「目がさっきより強く輝いている。主砲!照準を!」


 ホーリーの言葉でフォルダーが観念する。


「間に合わない!数が多すぎる!時空間バリアーを張れ!」


「バリアー完了!あの巨大土偶の目から放たれるレーザー光線は星ひとつを破壊するほどのエネルギーを秘めています。しかし、ブラックシャークのバリアーは十分に耐えられます」


 中央コンピュータが冷静に言葉を続ける。


「巨大土偶よりも壺のようなものに注目してください」


 中央コンピュータがメイン浮遊透過スクリーンの巨大土偶の足元にある小さな壺をズームアップして映しだす。


「火炎土器!」


 リンメイが叫ぶ。


「時間が急速に逆転、いいえ縮小します!」


 中央コンピュータが警告を発する。その直後に巨大土偶が次々と黄色い光線をブラックシャークに向けて発射する。全員が「あっ」という悲鳴をあげる。しかし、次の瞬間その黄色い光線は大きく湾曲してあちらこちらにある火炎土器に吸収される。

 

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「繰り返します!時間が急速にギャクテ・・ン・シ・・イエ・・シュー・・シュク・・」


 中央コンピュータの声はもちろん誰の声も声になることなく消滅する。消滅するのは声だけではなく、まず巨大土偶が吸いこまれるように小さな火炎土器の中に消え、次にブラックシャークもカシオペアの残骸も液体のようになって火炎土器に吸いこまれて消える。そして、鍵穴星自体も液状化して火炎土器の中に消えてしまう。もちろん鍵穴星を周回する小さな太陽も吸いこまれる。すべてが一瞬の出来事で、まるでアラジンの魔法のランプに大男が吸いこまれるように何もかもが火炎土器に吸いこまれる。あとに残ったのは多数の火炎土器だけで、真っ暗な宇宙空間で怪しい赤い光をあちらこちらで放ちながら浮いている。


 その火炎土器も、それぞれが自分で自分を吸いこむようにして消える。まるでヘビが自分のシッポから全身をのみこんでしまうかのように。そして、先ほどまで存在していた小さな宇宙そのものが消えてしまう。

 

[556]