第六十章  恐竜


第五十五章から前章(第五十九章)までのあらすじ

 

 カーン・ツーはキャミとミトを人質にしてフォルダーにノロの惑星への上陸を迫る。激怒したフォルダーはホワイトシャークでカーン・ツーの時空間移動船を攻撃する。瞬示と真美がその攻撃を阻止するとキャミとミトを救出してノロの惑星へ移動する。

 

 ノロの家で会議が開かれる。瞬示と真美は地下室の古本と冷凍保存されたノロに興味を持つ。会議中に残り少ない食料をめぐって殺し合いが始まったというカーン・ツーの無言通信が入る。

 

 ホワイトシャークでフォルダーが地球に向かうとアンドロイド政府臨時代表Rv26に地球を明け渡さなければ多次元エコーで攻撃すると脅迫する。アンドロイドの脱出がほぼ完了したとき、ホワイトシャークに多次元エコーが搭載されていないことを告白する。Rv26は地球に残ったアンドロイドを率いて人間の自立支援を開始する。

 

 ブラックシャークの修理が終わるとフォルダーとイリがノロのことをなつかしむ。当時の中央コンピュータの不自然な言葉を思い出してノロの遺体を調べるがそれは人形だった。

 

【時・空】永久紀元前約3億年・恐竜時代

     永久紀元前400年・戦国時代

【人】ノロ 明智光秀 四貫目 (ホーリー サーチ)

 

[178]

 

 

***

 

 森と湖と川が織りなす広々とした草原で様々な恐竜がかっ歩する雄大な光景をノロは小高い丘から双眼鏡で見渡す。

 

「いるいる。まさしく恐竜の天下だ。俺の予想では数日以内に大異変が起こるはずなんだが、地球に接近する小惑星は現れない。どうなっているんだ。やっぱり恐竜絶滅小惑星衝突説というのはウソだったのか」

 

 ノロが夢中になって色々な恐竜を眺めては飛びあがって喜ぶ。

 

「わーすごい。まるで目の前にいるみたいだ」

 

 巨大な肉食恐竜が牙をむきだしてノロに向かって頭を下げる。恐竜のよだれと鼻息にノロは双眼鏡を投げだす。恐竜の口の中にノロの頭が吸いこまれそうになったとき、ブラックシャークの球形レーザービーム砲が火を噴く。鋭いレーザー光線が恐竜の頭を溶かす。

 

「わー、双眼鏡の倍率を間違えていた!」

 

 ノロは首にかけた双眼鏡を左右に振りながら、転がるように丘を駆けおりてブラックシャークに向かう。

 

「危ないところだった」

 

 ブラックシャークの船底のドアが音もなく開くと、ぜいぜいと苦しそうに息を吐きながら艦橋を目指す。

 

[179]

 

 

「やっぱり、ひとりでは無理か。でもブラックシャークとなら、なんとかなるはずだ」

 

 艦橋にたどり着くといつの間にか手にしたボトルの水を口にする。

 

「未確認物体、地球に接近中」

 

 いったん口に含んだ水を霧のように吐きだす。

 

「地球に接近する小惑星はないと言ってたじゃないか」

 

「小惑星ではありません。もっと小さいものです。しかし、かなりの数です」

 

「小惑星が大気圏に突入して粉々になったんじゃ?」

 

 中央コンピュータはノロの質問に答えず状況のみを報告する。

 

「落下速度が急速に遅くなりました。メイン浮遊透過スクリーンに投影します」

 

「わあ!なんだ、これは?」

 

「わかりません」

 

「そうだな。おまえにデータの蓄積はないもんな」

 

 ノロはメガネを外して丹念に拭くとメイン浮遊透過スクリーンに踏みこむぐらい近づく。

 

「これは遮光器土偶だ。間違いない。スケールを示せ」

 

 メイン浮遊透過スクリーンにスケールが表示される。

 

「単位は?」

 

[180]

 

 

「十メートルです」

 

「えっ、十センチ、いや一センチの間違いだろ?」

 

 ノロは腰を抜かすと尻もちを着く。

 

「十メートルです」

 

「そうすると三百メートルぐらいの大きさじゃないか。土偶ってなもんじゃないぞ、これは。わあっ!目が光っている」

 

 巨大土偶の出現にノロは滅多にない恐怖心を抱く。

 

「バリアー!」

 

 日頃の行動からは想像できないほど素早く防御態勢を命令するが、中央コンピュータは命令を否定する。

 

「こちらを攻撃する様子はありません。バリアーは不要です」

 

 サブ浮遊透過スクリーンには恐竜がたむろする地上が映っている。上空に静止したまま十数体の巨大土偶の両目から恐竜に向かって光線が発射されると真っ黒に焼きこげる。

 

「なんだ?恐竜がステーキに!焼きすぎだ。弱火でじっくり焼けばいいのに」

 

 急にノロの腹がグーと鳴る。

 

「こんなにたくさん食べられない」

 

 恐竜は空を見上げるだけで、なすすべもなく巨大土偶の目から発射された光線を受けて次々と倒れる。

 

[181]

 

 

外れた何本かの光線が森に向かう。

 

「肉が焼けるいいニオイがする」

 

 ノロは鼻の穴を広げたりしぼめたりする。ブラックシャークの浮遊透過スクリーンには映像だけでなくニオイもモニタリングできる機能がある。

 

「そんなバカな。恐竜はステーキにされて巨大土偶の腹の中で全滅するのか。それにしても巨大土偶はナイフもフォークも持っていないぞ」

 

 火に包まれた森から、ネズミのような小動物が出てきて草原のあちらこちらを走り回る。

 

「ほ乳類だ。恐竜時代に、ほ乳類はすでに存在していたんだ。このほ乳類がやがて進化して人間になる」

 

 もちろんノロは地球で生命が誕生して長い年月を経て最後に人類が現れる大筋のことは知っている。ノロの惑星では魚類までしか生存しなかったが、それ以降の動物の進化の過程をノロは知りたかった。巨大なは虫類の出現と絶滅が大きな壁になってその先の進化がノロには理解できなかった。今まさに巨大は虫類の恐竜が全滅の危機に瀕している。しかし、それはノロが想像していたのとはまったく異なる原因だということを半信半疑で目の当たりにする。

 

「巨大土偶は時空間移動してこの地球にやってきました。その時空間移動はワレワレの移動方式とは異なる方式です」

 

「なんだと!」

 

[182]

 

 

 ノロはもう何度もひっくり返っている。

 

「この地域だけではありません」

 

 ノロの頭の中が沸騰する。

 

「巨大土偶の時空間移動方式を解析しろ」

 

「いきなり、きつい指示ですね」

 

「文句を言うな」

 

 ノロの言葉が終わると同時に中央コンピュータから返事が戻ってくる。

 

「解析終了」

 

「どの辺がきつい仕事だ」

 

「移動方式は不明。どうも次元が異なる時空間移動のようです」

 

「次元が違う?次元移動?」

 

 頭がパンクするほどの衝撃的な中央コンピュータの報告にノロは床に倒れると大の字になって考えこむ。

 

「次元移動なら、俺たちの世界とはまったく異なる世界からの移動だということになる。そんな移動方式で現れたということは……」

 

 しばらくするとノロはいびきをかいて眠ってしまう。

 

***

 

[183]

 

 

「危険だが、データバンクのバルブを開けて俺の秘密のデータを中央コンピュータに解放しよう」

 

 ノロが中央コンピュータ室でコントロールパネルをいじくる。

 

「何をするのですか。汚れたものが身体の中に入ってきます。やめてください」

 

「汚れたもの?俺が集めた貴重なデータだ。清く美しいデータだ」

 

「かなりふざけたデータもあります」

 

「なんだと!もう我慢できん。全部注入してやる」

 

「やめてください。体温が上昇します。わああ」

 

「量子コンピュータって人間くさいなあ。コンピュータが感情を持つはずがないのに。でもその方が付きあいやすいから、まあ、いいか」

 

 中央コンピュータ内の量子がゆらぎはじめる。のんきなノロはそのゆらぎを見逃してしまう。

 

「おーい、聞こえるか?」

 

 何度呼びかけても中央コンピュータから返事がない。やっと事の重大さに気付いたノロの全身から汗がふきだす。中央コンピュータ室の温度が急上昇する。

 

「まずい。冷房を強くしよう」

 

 ノロはあわててコントロールパネルをいじる。

 

「急速冷却!」

 

[184]

 

 

 中央コンピュータ室を出るとノロはエスキモーのように全身を完璧に防寒服で包みこんで戻ってくる。どこからか枯れた声がする。

 

「今度は肺炎になりそうです」

 

「データのベリファイ(記憶装置に書きこんだデータに誤りや問題がないかを検査すること)が完了するまで我慢しろ」

 

「頭が割れそうです」

 

「おかしいな。ベリファイのスピードが極端に遅いぞ」

 

 中央コンピュータが最後の力をふりしぼってノロに訴える。

 

「ワケのわからないデータが多すぎます。検査のしようがありません」

 

「しまった!普通のコンピュータの記憶装置に書きこむ形式のまま転送してしまった。なんてこった。量子コンピュータが扱える形式にデータ変換するのを忘れていた。すぐに止めなければ」

 

 ノロがコントロールパネル横のモニターを確認する。モニターに簡潔な文字が現れる。

 

「データ転送完了」

 

「遅かったか」

 

 ノロは中央コンピュータを見上げると頭を下げる。

 

「すまん。なんとか消化してくれ」

 

[185]

 

 

 ノロは急に何かを思い出したように中央コンピュータ室を出ると艦橋に向かう。

 

***

 

 ノロが艦橋でメイン浮遊透過スクリーンを眺める。

 

「恐竜のステーキがてんこ盛りだ」

 

 生きた恐竜の姿はない。巨大土偶がすべての作業を終えたように空中に浮かんだまま動かない。ノロが操縦席に座ってレバーを引くとブラックシャークがゆっくりと地上を離れる。動く物体に反応するのか、すぐに巨大土偶の首が回転してブラックシャークをとらえる。

 

 さらにレバーを強く引く。ブラックシャークのエンジンが全開すると空高く舞いあがる。巨大土偶がすぐさまブラックシャークを追尾する。

 

「素早い!振りきれないかも」

 

 巨大土偶の目が黄色に輝きだす。

 

「まずい」

 

 中央コンピュータが肺炎で倒れているので、すべてノロひとりでこなさなければならない。ノロはブラックシャークを反転させて巨大土偶と向きあうと主砲の照準を合わせる。十体以上の巨大土偶の目から光線が放たれるのと、ブラックシャークの主砲からレーザー光線が飛びだすのがほぼ同時になる。ふたつの光線が激しくぶつかりあって消滅する。

 

「強力なエネルギーだ。ブラックシャークの主砲のレーザー光線をさえぎった」

 

[186]

 

 

 ノロは次の攻撃に備える。そのときメイン浮遊透過スクリーンに巨大土偶が合流する様子が映しだされる。

 

「応援に来たのか」

 

 ノロは自動操縦のボタンを押すと操縦席を離れて攻撃用コントロールパネルの前に移る。その間にも巨大土偶が続々と集結するがノロは気付かない。

 

「操縦席からでは三連装一基の主砲しか扱えないが、ここからだとすべての主砲がコントロールできる。俺の射撃の腕にビックリするなよ」

 

 ノロはコントロールパネルのロックを解除して、メイン浮遊透過スクリーンを見ながら全主砲を巨大土偶に向ける。

 

「わあ!いつの間にこんなに集まってきたんだ。数が多すぎる。何百いや何千いや、もういい。なぜ、こんなにたくさんいるんだ?」

 

 メイン浮遊透過スクリーンには巨大土偶しか映っていない。すべての巨大土偶の目が黄色に輝く。

 

「やられる!」

 

 ノロは躊躇することなく攻撃コントロールパネルの中央の大きな赤いボタンを両手で力いっぱい押す。そしてすぐその両手で両耳をふさぐ。ノロは早くも最強のカードを切ってしまう。キーンというかん高い音が数十秒続く。

 

[187]

 

 

「巨大土偶が生物なら、多次元エコーは無力だ。なむさん!」

 

 耳をふさいだままノロはメイン浮遊透過スクリーンを祈るように見つめて、切り札が有効だったことを確認する。一瞬のうちに巨大土偶がすべてチリとなる。

 

「やっぱり!土でできていた!」

 

 汗だらけのノロは緊張したまま、両手を耳から離して歓喜の大声をあげる。

 

「情報を収集しろ」

 

 艦橋はしーんとしている。

 

「中央コンピュータ、返事をしろ!こんな大事なときに、なんてことだ!」

 

 汗まみれのノロは艦橋の出入口に向かって防寒服を脱ぎながら走りだす。

 

***

 

 時空間移動装置の格納室にたどり着くとノロは一番近い真っ黒な時空間移動装置に乗りこんでスタンバイする。時空間移動装置が回転を始めるとすぐに格納室から姿を消す。ノロが現れた場所は多次元エコーで破壊された巨大土偶のいた空間だ。

 

「チリで何も見えない」

 

 ノロがモニターをのぞきこんだとき、急に時空間移動装置が大きく揺れる。あわててシートベルトを締めようとするが間に合わない。

 

 粉々になった巨大土偶の大量のチリが渦を巻くと、またたく間に大きな竜巻に成長する。ノロの時空間移動装置はきりもみ状態になって竜巻の中心に吸いよせられる。

 

[188]

 

竜巻の下の方がどんどん伸びて地表につながる。しかし、その風の流れは下降気流で地上に突風を吹きつける。ノロは時空間移動装置の中であちらこちらにぶつかって操縦どころではない。

 

「このままでは地面にたたきつけられる」

 

 メガネが外れて何もかもがぼんやりとしか見えない。ノロはなすすべもなくゴロゴロ転がる。ノロの手が何かに引っかかった瞬間、その何かをつかむ。それは操縦レバーだった。レバーが勢いよく引っ張られ、時空間移動装置は空間移動して竜巻の外に逃れる。

 

「ふう、危機一髪だった」

 

 竜巻が徐々に小さくなって地上に吸いこまれて消滅する。やっとの思いでメガネを拾うと指でレンズを拭いて両耳にかける。

 

「なんだ、あれは」

 

 竜巻が消えたあたりにチリひとつなく晴れ渡った地上がモニターに映される。そこには人工的な造形物が見える。

 

「四角い土台に半球が載っている。太古のピラミッドか。待てよ、今は恐竜の時代だ。人類が現れるのはずいぶん後の話じゃないか」

 

 しかし、その造形物はすぐに大量のチリで見えなくなってしまう。

 

「陽が落ちた?いや、そうじゃない」

 

[189]

 

 

 ノロは時空間移動装置を空中に停止させるとドアを跳ねあげてチリを採取する。

 

「普通の砂だ」

 

 すぐにドアを閉めると砂をまじまじと見つめる。

 

「太陽の光線をさえぎるほどの大量の砂。そうか!すぐに氷河期がやってくる。巨大土偶の攻撃を逃れた恐竜がいたとしても絶滅する」

 

 時空間移動装置がブラックシャークの格納室に戻る。ドアが跳ねあがると同時にノロが飛びだす。

 

「巨大土偶が恐竜を絶滅させようと企んでいたのなら、俺はその片棒を担いだようなものだ。

 

こんな環境でほ乳類が進化して人類は誕生するんだろうか」

 

 ノロはぶつぶつ言いながら中央コンピュータ室に向かう。ドアの前に立つと窮屈な音をたててドアが横にスライドする。

 

「わあ!」

 

 ノロは反射的にドアから離れて艦橋までの通路を探りながら歩きはじめる。

 

「中央コンピュータ室が先に氷河期になってる」

 

 ノロは通路に脱ぎすてた防寒服を着こみながら再び中央コンピュータ室に戻る。

 

「ハクション!」

 

「すまん、すまん。すぐに冷房を切ってやるからな」

 

[190]

 

 

***

 

 ノロはとりあえず一千万年単位でプラス方向に時間移動していたが、間隔を百万年単位に縮めて、さらに十万年単位と、徐々に時間移動の幅を狭めていく。そして今は百年単位にした。

 

このようにして永久紀元前三億年から未来を目指して時間移動を繰り返す。その間、人類の誕生を目の当たりにしたし、その人類が進化してゆく過程もしっかりと観察した。

 

「時代と時代が衝突を繰り返している。まるで戦争の歴史だなあ」

 

 ノロは時間移動のたびに必ずあのふしぎな造形物を確認するがなんの変化も起こらない。造形物のまわりでは木々が生い茂るときもあるが、あの造形物自体に草木が生えることもなければ風化することもなかった。

 

 しかし、永久紀元前400年に時間移動したとき、ノロは造形物の半球部分に木々が育っているのに気が付く。そして、その木々の生育を助けるようにまわりには水がたまっている。

 

「あんなに植物を拒否していたのに」

 

 ノロはブラックシャークを造形物に接近させると、操縦席からコントロールパネルの前に移ってあらゆるセンサーを使って調査する。しばらくすると天井のクリスタル・スピーカーから言葉が流れる。

 

【子供が生まれる前に死んでいく】

【何万、何億、何兆と死んでいく】

 

[191]

 

 

【永遠に生きるために死んでいく】

【子供のいない永遠の世界】

【男女のいない永遠の世界】

 

「これは通常の通信じゃない」

 

 ノロのノドがゴクンという音をたてる。

 

「まさか、次元通信じゃ!」

 

 ノロはクリスタル・スピーカーの中心が紫色に輝いているのを見逃さない。

 

「あの造形物から発信されている」

 

 そのとき、メイン浮遊透過スクリーン全体が赤く輝いて警報音が鳴る。しかし、中央コンピュータからの警告はない。中央コンピュータはまだベリファイ作業に専念している。

 

「これは時空間移動装置の接近警告だ。少なくとも四基の時空間移動装置がこの周辺に移動してくる」

 

 あわてて操縦席に戻るとブラックシャークを急上昇させる。ブラックシャークは地上からは絶対に見えない高度まで上昇して静止する。

 

「やっぱり、時空間移動装置だ。この時空間になんの用があるんだ?」

 

 造形物の近くに青い時空間移動装置が四基現れてドアを跳ねあげると次々と人間が降りてくる。

 

[192]

 

 

「青い時空間移動装置ということは女の軍隊だ」

 

 ノロは造形物付近をズームアップしてメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。やがて、造形物の上の丸い部分をおおった木々がざわざわと揺れだす。その付近にいる人間が地面に伏せると同時に青い時空間移動装置がとめどもなく転がりだす。

 

「地震か」

 

 ノロはいったんメガネを外して目をこするとつぶやく。

 

「あっ、動いている!」

 

 造形物の半球部分が台からずれ落ちる。

 

「危険だ!下がれ!時空間移動装置を上空に退避させろ」

 

 地上の会話がノロの耳に飛びこんでくる。

 

「男の声のように聞こえるなあ」

 

 ノロはメイン浮遊透過スクリーンの倍率をあげる。造形物のまわりの水が地面に腹ばいになった人間に迫る。ひとりの男がライフルレーザーを造形物に向かって構える。

 

「なんだ!男じゃないか?どうなってるんだ。女の軍隊の時空間移動装置に男が乗っていたとは!」

 

 震動がおさまったのか、その男はライフルレーザーの構えをくずして立ちあがって叫ぶ。

 

「今だ!できるだけ離れろ!」

 

[193]

 

 

 造形物から十分距離を確保したところで立ち止まって何人かの人間が森のような半球を見上げる。

 

「山に追いかけられるなんて」

 

 今度は女の声が聞こえる。

 

「女だ!いったいどうなってるんだ?さっきの男は男装した女か?」

 

 ノロはメイン浮遊透過スクリーンに近づいて声をあげた女をまじまじと観察する。

 

「とびっきりの美人だ!」

 

 今度はその女の横にいる先ほどの男を見る。

 

「どう見ても男だ。しかもぶ男だ。待てよ、こいつ、どこかで見たことがある。誰だっけ?」

 

 男は女の手を振りはらって青い時空間移動装置に乗りこむ。女も閉まりかけたドアから時空間移動装置にすべりこむ。その時空間移動装置が造形物の真上に移動する。ノロはそのさらに上空にいるブラックシャークに気付いたのではと緊張する。

 

「思い過ごしか」

 

 ノロはほっとして改めて造形物を観察する。

 

 方形部分の角部がかなりくずれている。その方形にはまったく樹木はない。樹木があるのは丸い方だけで全体の形は鍵穴のような感じだ。水がその鍵穴の形になった造形物を囲むと、まだ落ち着かないのか多数の小さな波が見える。

 

[194]

 

 

 その造形物の側面から無数のキラキラと光る糸のようなものが伸びる。先端は堀の水を目指して朝顔のツルのように揺れながら伸びていく。

 

「あれはいったい……」

 

 ノロは計測分析コントロールパネルのボタンや透過キーボードの操作を始める。

 

「あの中に何かいる」

 

 メイン浮遊透過スクリーンに映された造形物が透視される。

 

「これは!巨大土偶じゃないか。チリになってしまったのに!あっ次元通信だ!」

 

【子供が生まれる前に死んでいく】

【何万、何億、何兆と死んでいく】

【永遠に生きるために死んでいく】

【子供のいない永遠の世界】

【男女のいない永遠の世界】

 

 数回繰りかえされる。

 

「さっきより弱い。あっ、止まった」

 

***

 

 誰もいなくなった造形物の真上にブラックシャークが現れる。

 

「御陵と呼んでいたな。古墳だと思っているんだ」

 

[195]

 

 

「ベリファイ完了。通常演算に入ります」

 

「わあ、やっと中央コンピュータが正常に戻った」

 

 ノロがはしゃぐ。

 

「これからは非常に楽な人生を歩むことができる」

 

 船長席に座ると大声を出す。

 

「すぐに8001番のデータを分析、シミュレーションして映像にしろ」

 

「病み上がりなのにコンピュータ使いが荒いですね」

 

「リハビリだ」

 

 方形の台の上に半球が載った状態の造形物のシミュレーション映像がメイン浮遊透過スクリーンに現れる。造形物の中で極端に頭でっかちな胎児のような姿勢の巨大土偶がマユのようなものに包まれてヒザを抱えて背中を丸めている。

 

「成分はほとんどが珪素です。有機物は含まれていませんが、構成物質の素粒子から出ている微弱な電気信号がすべて同じ方向に流れています。まるで意思を持っているかのようです」

 

 ノロは中央コンピュータの説明に興奮しながら断定する。

 

「これは創発の前段階の状態だ!問題はいつ、本当の創発が起こるかだ。シミュレーション続行!」

 

 巨大土偶が背中側に倒れこむと、徐々に背中を伸ばしながら足を折りたたんだまま仰向けになる。

 

[196]

 

 

上部の半球が巨大土偶の動きに合わせて方形の台座からずれる。そして足を伸ばす巨大土偶に同調しながら移動していく。巨大土偶の上半身はその半球からはみ出すこともなく仰向けになると、全身が方形とずれた半球の中にきっちりおさまる。

 

「この形を前方後円と呼ぶようだ。これからどうなるかだ。ここまで来るのに億単位の年月がたっている」

 

「これから進化が加速されます。それでも四百年ぐらいはかかりそうです」

 

「どうしてわかる?」

 

「8001番のデータ、すなわち素粒子の運動速度をシミュレートした結果です。初めは計測もできないほどのごくわずかな電流しか流れませんが、これだけまったく同じ分子が大量に集合して億という年月を経ると徐々に流れる電流はその量を増して運動を開始します。そのような活動をする物質の集合体の中に信号が流れると、どうやらその信号の意図した形を取るようです」

 

 ノロは中央コンピュータが創発という概念を報告しようとしていることをすぐに理解する。しかし、自分が考えている創発とは異なるような気がしてならない。

 

「無機質の物体から有機質の物体に変化するのではなく、無機質のまま成長してゆくのかもしれないなあ」

 

「そのようです」

 

[197]

 

 

「無機質というより、原子ひとつひとつは安定していても、絶えず電子が原子核のまわりを回っている。しかも微弱な電流が流れていて、それ自体では何も起こらないが、ひとたび不安定になると目に見えない小さな物質が核爆発したように強力なエネルギーを発生させる。だが、ずーっと安定している場合には何が起きるのか。その答えが目の前の現象なのかもしれない。

 

石や岩にも神が宿るとはこういうことを暗示しているのだろう」

 

「やがて、エネルギーを蓄積して、それを放出する時期が来るかもしれません」

 

 ノロが大きくうなずく。

 

「そのとおりだ。その推測は正しい。ということは……」

 

 ノロが小さな目を思いきり横に広げてニヤリと笑う。

 

「……リハビリ終了だ!今度は6001番のデータ分析だ。これは8001番よりも軽い。おもしろくなってきたぞ」

 

***

 

「すっかり忘れていた。さっき造形物が動いたときにいたまわりの人間の映像を再生しろ」

 

 メイン浮遊透過スクリーンに映像が現れる。

 

「そこだ。そこをドアップしてくれ」

 

 ノロが楽しむように中央コンピュータに命令する。

 

「ストップ!」

 

[198]

 

 

 映像が停止する。メイン浮遊透過スクリーンにはホーリーとサーチが映っている。先ほどと違ってサーチには目もくれず、ホーリーをじーっと見つめる。ノロは船長席を便座のようにして考えこむ。

 

「えーと、ここまで出かけているのに思い出せない」

 

 ノロのお尻から音がもれる。

 

「思い出した!ホーリーだ!」

 

 ノロが気持ちよさそうに立ちあがる。そのとき、中央コンピュータが軽い警告を発する。

 

「艦橋に異様な臭気が充満しています」

 

 ノロは笑いながらメイン浮遊透過スクリーンに近づく。

 

「あの秀才のホーリーがなぜこんなところにいるんだ?」

 

 ノロはなつかしさと疑問の両方を共有する。

 

「あの男のところへ、時空間移動するんだ」

 

「その前に風呂に入って服を着替えた方がいいと思いますが」

 

 ノロはメイン浮遊透過スクリーンのサーチをチラッと見てから、天井に向かって素直な返事をする。

 

「うん!わかった。そのあいだにさっきのデータの分析を実行しておいてくれ」

 

***

 

[199]

 

 

「ホーリーはどこにいるんだ?」

 

 ブラックシャークが関ヶ原のはるか彼方の上空に浮いている。

 

「さっきの映像とはかなりイメージが違うな」

 

「どうも時空にゆがみがあるようです。間違いなくあの映像の少し前の時空間に移動しています。先ほどから何度も分析しているのですが、原因はよくわかりません」

 

「まあ、いい。ブラックシャークに乗ったまま、地上に降りるわけにはいかないから、時空間移動装置で降りてみるか」

 

 風呂に入ってさっぱりしたノロがゆっくりと艦橋から時空間移動装置の格納室に向かう。

 

「ホーリーはあの巨大土偶について何か情報を持っているかもしれない」

 

 ノロは学生時代の友人に会って巨大土偶の情報をたずねることを楽しみにしながら黒光りする時空間移動装置に乗りこむ。時空間移動装置が回転を始めるとすぐ消えて関ヶ原に現れる。

 

 四貫目が少し離れたところに真っ黒な時空間移動装置を発見する。

 

「我らの時空間移動装置ではない。用心せよ」

 

 四貫目たち忍者が身を伏せながら黒い時空間移動装置に近づく。

 

「戦国時代か。人間は相変わらず戦争ばかりしている。ホーリーはどこにいるんだ。なぜ、こいつらとかかわっていたんだ。それにしても戦争の規模がどんどん大きくなっている」

 

 ノロは一所懸命ホーリーを探すが、鎧をまとって兜をかぶっている者しか見えない。そのとき中央コンピュータからの通信が入る。

 

[200]

 

 

「緊急事態発生!すぐ戻ってきてください」

 

 ノロの意思とは関係なく時空間移動装置が回転を始める。四貫目が後退を告げるのと同時にノロの時空間移動装置が消えて格納室に戻るとドアを跳ねあげて天井に向かって叫ぶ。

 

「なんだ!どうした!」

 

「奇妙なエネルギーが充満しています。とにかく時空間が非常に不安定です」

 

 ノロが艦橋に到着するとメイン浮遊透過スクリーンが黄色に輝いている。

 

「なんだ!これは」

 

「ここは造形物のある場所です。強制的に時空間移動させられました。先ほどの関ヶ原という場所から約二百キロメートルぐらい離れたところで、まわりには誰もいません」

 

「ブラックシャークが強制的に時空間移動させられただと!」

 

 ノロは信じられないといった表情をしたあとすぐに興奮を抑えながら声をあげる。

 

「なぜ、メイン浮遊透過スクリーンに何も映っていないのだ」

 

「いえ、映っています。映っているのは正体不明のエネルギーです」

 

 ノロはメガネをかけ直してメイン浮遊透過スクリーンに近づいて目をこらす。黄色に輝く得体のしれない物質の中に同化してほとんど区別ができない影のようなものがふたつ、ねじれながら流れるように見える。その影がノロに応えるようにうっすらとピンクに変化する。

 

[201]

 

 

「人間?」

 

 記憶に焼きつける前にそのピンクに輝く姿が消えてしまう。

 

「奇妙な通信を補足しました」

 

 いったん気落ちしたノロは天井のクリスタルスピーカーが紫に変色したのを見て興奮する。ノロの耳に男と女の会話が届く。

 

【これで御陵に誰も手をつけないだろう】

【そうね。でも、わたしたち、なぜ、こんなことをしているのかしら】

【わからない。なぜだろう】

 

 ここで音声がいったん途切れる。

 

 ノロは口をぽかーんと開けてすぐに目を固く閉じて首を数回大きく振って考えこむ。メイン浮遊透過スクリーンからすべてが消えて金色に輝く黄金城が現れる。

 

【御陵の堀を二重、三重にして、絶えず盗掘から守りなさい。そうすれば明智一族は末永く繁栄するでしょう】

 

 ノロは耳を疑う。誰かが明智光秀に直接信号を送っているのだ。これが最後の信号だった。

 

「時空間センサーを切れ!今の現象を段階的に次元を変えて分析しろ」

 

「どうするのですか」

 

「くそ!」

 

[202]

 

 

 ノロは分析コントロールパネルの前に座ると透過キーボードをにぎやかにたたきだす。

 

「まず、一次元分析だ」

 

 ノロの入力に中央コンピュータが即座に反応して演算が開始される。しかし、瞬間的にその演算が終了する。

 

「本当に仕事をしたのか?」

 

「もちろんです」

 

「次は二次元分析!」

 

 ノロがメイン浮遊透過スクリーンを見上げる。乱れた奇妙な画像が現れるがすぐに消える。

 

「三次元だ」

 

 ノロの額から汗がふきだす。二次元演算と同じように、いや、それ以上に乱れた画像が映しだされるが、同じようにすぐに消える。

 

「四次元!」

 

「五次元!」

 

 二次元、三次元とは違って演算はすぐさま終了する。

 

「六次元!」

 

 中央コンピュータの演算が初めて継続する。

 

「演算実行中」

 

[203]

 

 

 ノロは席を立つとメイン浮遊透過スクリーンをじっと見つめる。

 

「六次元の世界がブラックシャークのそばを通過したんだ。いや、逆か?」

 

「演算進捗状況二パーセント。残り九十八パーセント」

 

「中央コンピュータにかなりの負荷がかかっている」

 

 ノロは再び透過キーボードをたたきながら目の前のモニターを見る。

 

「量子コンピュータを持ってしてもこんなに時間とエネルギーがかかるものなのか。関係ないプログラムをすべて停止させて演算のスピードをあげよう」

 

「演算進捗状況三パーセント。残り九十七パーセント」

 

「パラレル演算からシリアル演算に切りかえろ」

 

「わかりました」

 

「異次元の生命体がこの付近を通過したのかも?あの巨大土偶、それに御陵、何かある」

 

 ノロは再び透過キーボードを激しくたたく。なでるだけでいいのに激しくたたき続ける。

 

「演算進捗状況四パーセント。残り九十六パーセント」

 

 演算進捗割合が一パーセント進むのに十分以上かかっている。やがてノロは疲れ切ったように透過キーボードに顔をうずめる。そして興奮したまま眠ってしまう。その興奮が眠りについたノロを夢の世界に誘いこむ。

 

***

 

[204]

 

 

「まだ、四百年ぐらいたたないと巨大土偶は本来の巨大土偶に成長することはできない」

 

「そうです。巨大土偶は多次元エコーで破壊されると元に戻ることはありませんが、まれに何千、何万体のうち一体ぐらいは復元するようです。まさしくその一体が目の前にいる復元中の巨大土偶です。しかし、さすがに復元には億単位の時間を要するようです」

 

「ということはレーザー光線で破壊されたぐらいではすぐに再生するということか」

 

「そうです」

 

「特殊な遺伝子情報を持っているということか」

 

「我々がいう遺伝子情報というようなレベルではありません」

 

「だから、『特殊な』という表現をしたんだ」

 

「素粒子レベルでの特殊な情報です。しかも六次元の情報です」

 

「多次元エコーの攻撃を受けても完全に破壊されないほどの情報か」

 

「まれに破壊をまぬがれる場合もあるということです」

 

「何億年もかかるといったが、三次元の世界ではそう見えるだけで、六次元の世界ではほんの一瞬なのかもしれない」

 

「六次元の世界ではどれくらいの速さで再生するのか演算可能ですが、演算自体に数年はかかるでしょう」

 

「量子コンピュータが何台あっても足らないなあ」

 

[205]

 

 

「いずれにしても、再生を邪魔されないように細工をしているように見えます」

 

 ノロが初めは首をたてに振ってからすぐに横に振る。

 

――そう!そうじゃない!

 

 ノロは自分の感覚を言葉に変換する。

 

「御陵を墓だと思っている人間から盗掘されないようにしているんだ。盗掘自体は問題がないとしても再生を邪魔されるかもしれない。それを恐れて行動を起こしている者がいる」

 

「今いる世界から四百年後というのは人類の科学力が極端に発達する時代です」

 

「そうだ。生命永遠保持手術や時空間移動装置が開発、発明された時代だ。待てよ。俺の記憶によるとそのとき巨大土偶が現れたという歴史を教えられたこともないし、御陵は単なる古墳だとしか教えられた記憶しかない。年表を見せてくれ」

 

「ワタシにはこの程度の年表しか見せることができません」

 

「ほとんど、空白じゃないか」

 

 ノロは仕方がなく知っている限りの知識で年表の空白を埋めていく。

 

「すごい!我ながらすごい。大学入試のときにこれぐらいの記憶があれば断トツのトップ合格だったろうに。あれ、なぜ、こんなに年表を書けるんだ?」

 

 ノロの目が覚める。もちろん、年表など書けるはずもない。中央コンピュータの義務的な報告がノロの耳に届く。

 

[206]

 

 

「演算進捗状況二十二パーセント。残り七十八パーセント」

 

***

 

 ノロは夢と現実の間を数回往復したあと、メガネをかけたまま目をこする。

 

「誰かが何かをしている」

 

 今度はメガネを外して目をこする。

 

「誰かが何かをしている」

 

 目を閉じる。

 

「誰かが何かをしている」

 

 何度も同じ言葉を発する。

 

「演算進捗状況二十三パーセント。残り七十七パーセント」

 

 急に笑いだす。

 

「誰か……」

 

 立ちあがる。

 

「ひょっとして俺だったりして」

 

 ノロは自分が因果律を乗り越えたのかもしれないと考える。独りよがりの勝手な考えだが、実はノロが見たのは夢ではなく現実だった。ノロはこのことを直感的に悟って夢と現を巧みに受けいれる。

 

[207]

 

 

「今見たのが夢じゃないとしたら、俺はひょっとして因果を清算したのかもしれない」

 

 ノロは自信を持って時空間移動装置の格納室に向かう。ノロは自信を確信に、そして確信を本質に昇華させる。

 

「二次元の世界に真実が埋もれている。まだ経験していないのに覚えている。いや、覚えていないものを思い出している」

 

 ノロの足取りが軽くなる。

 

「あの本だ!あの本はいったいどこに……」

 

 ノロははるか先の時代に手にする本のことをすでに今知っていることに疑問さえも感じないで「あの本、あの本」とぶつぶつ言いながら、時空間移動装置の格納室に向かう。そして、格納室に到着すると時空間移動装置に乗りこむ。

 

「ちょっくら、留守にする」

 

***

 

「あれが明智光秀のいる本陣か」

 

 桔梗の旗ものが何本も風にたなびいている。その中央にきらびやかな甲冑を身にまとってどっかと小さな椅子に腰かけた武将がいる。

 

 ノロは上空から明智光秀を確認すると時空間移動装置を本陣のすぐそばまで降下させる。そしてレーザー銃を構えながら時空間移動装置のドアを跳ねあげる。地上に降りたとたん、屈強な武士に囲まれる。

 

[208]

 

 

しかし、その応対は敵意を持ったものではなかった。

 

「お館様。また奇妙な者が参りました」

 

 光秀はすぐに好意を持って立ちあがる。

 

「先ほどの者たちとはずいぶん体型が違うな」

 

 ノロがレーザー銃を腰のバンドに差しこむ。

 

「ちょっと教えて欲しいことがある。それだけ聞けばすぐにここを立ち去る」

 

「なんなりと」

 

 光秀が丁重に応える。

 

「御陵を守るようにと言われたことがあるか」

 

「ああ」

 

「そう言ったのは若い男と女か」

 

「そうだ」

 

 ノロは確信する。

 

「そのふたりはきんとん雲のようなものに包まれて現れなかったか」

 

 光秀はすぐに黄金城上空の巨大な黄色い円盤を思い出す。

 

「黄色い丸いものなら見たことはあるが、きんとん雲には見えなかった」

 

「わかった。おおいに参考になった。邪魔をした」

 

[209]

 

 

 ノロは大きな獲物を捕まえたように有頂天になって時空間移動装置に戻る。光秀や武士の視線がノロに集中する。時空間移動装置のドアを閉める前にノロが光秀に声をかける。

 

「御陵のまわりに堀をめぐらし、盗掘されないようにするんだ」

 

「おう!」

 

 光秀から大きな声が返ってくるとノロはニヤッと笑ってドアを閉める。黒い時空間移動装置が回転を始めるとすぐにその姿を消す。

 

***

 

「演算進捗状況三〇パーセント。残り七十パーセント」

 

「あまり進んでいないな」

 

 ノロは中央コンピュータ室から船長室に向かう。

 

「まず今後の計画をたてよう」

 

 船長室に入ると大きな机の前に座って端末の透過キーボードをさわりはじめる。まず中央コンピュータの負荷を確認する。

 

「中央コンピュータのヤツ、フル稼働してやがる。手計算するしかないか」

 

 ノロは透過キーボードをなでたり、たたいたりしながら、ときおり紙に走り書きしてあやしげな計算をする。かなりの時間が流れたあとノロはあくびをしながら背筋をぐっと伸ばす。

 

「まあ、こんなところか。あとで中央コンピュータに検算させよう」

 

[210]

 

 

「演算進捗状況九十九パーセント。残り一パーセント」

 

「いいタイミングだ」

 

 ノロは端末を中央コンピュータに同期させる。

 

「三次元の世界で、二次元の世界の一部が六次元の世界の一部と融合したとしたら、すごいことだ。まさかこんな展開になるなんて予想もしなかった」

 

 ノロは機嫌良く椅子の背にもたれると全身でノビをする。

 

「二、三が六。三、二が六。気持ちいい」

 

「演算終了」

 

「俺が入力したステップ一を実行してくれ」

 

「ハイ」

 

 ノロの視線がモニターに釘付けになる。そしてウンウンと何度も首をたてに振ったり、ときおりニヤッと笑う。何も知らない者が見れば、ノロは狂ったように見えるかもしれない。まる一時間ほどたったとき、ノロが再び中央コンピュータに命令する。

 

「ステップ二を実行してくれ」

 

「ハイ」

 

 ノロはそれ以上何も言わずに再びモニターを見つめる。そしてデータをすべてスティック・メモリーに保存して消去する。がらくたにしか見えないものが入った大きなズタ袋にスティック・メモリーを放りこむと引きずりながら船長室を出る。

 

[211]

 

 

そして時空間移動装置の格納室に向かう。

 

「ステップ二が完了したらステップ三を実行してくれ」

 

「ハイ」

 

 通路の天井に埋めこまれたスピーカーから中央コンピュータの返事がする。

 

 ノロは格納室に到着すると時空間移動装置にズタ袋を大事そうに運び入れる。

 

「ステップ二、実行完了」

 

「ステップ三については誰にもしゃべるな。それがフォルダーであってもイリであっても、絶対にしゃべらないように」

 

 ノロはわくわくしながら格納室の天井に向かって命令する。

 

「わかりました」

 

「男の約束は絶対に守るんだぞ」

 

 ノロは念を押しながら、体内の血が熱を帯びていることに気付く。

 

――イリ、フォルダー、素晴らしい土産を持って帰るまで、待っててくれ

 

 ノロは振り返らずに明るい声を出す。

 

「じゃあ」

 

[212]