第六十二章 出会いと別れ


【時】永久0288年

   永久紀元前400年(戦国時代)

   西暦1945年~1960年

   永久紀元前約3億年(恐竜時代)

   西暦2012年8月・永久0012年8月

【空】ノロの惑星 御陵

【人】フォルダー イリ ホーリー サーチ 住職 リンメイ ノロ MY28

 

永久0288年

 

***

 

「チューちゃん、ノロはどこへ行ったの」

 

 ブラックシャークの艦橋に移動したイリの弱々しい声が天井にかろうじて届く。

 

「わかりません」

 

「本当に解体するぞ」

 

 フォルダーの声もいつものような迫力はない。

 

「本当に知らないのです。時空間移動装置でどこかへ移動したことだけは確かです」

 

「ノロは関ヶ原と御陵にも時空間移動していたようだわ」

 

[244]

 

 

 サーチに次いでホーリーも確認する。

 

「あのとき、関ヶ原にいた四貫目が『黒い時空間移動装置を見た』と言っていたのは、ノロの時空間移動装置だったんだ」

 

「ノロは瞬示と真美のことを知っているような雰囲気じゃ」

 

 住職の言葉にサーチが追加する。

 

「ノロが時空間移動したあとを追跡しなければ。まず関ヶ原に時空間移動してみたらどうかしら」

 

 ホーリーが首を横に振る。

 

「危険だ。関ヶ原で自分たちに出会うとどちらかが消滅することになる」

 

 フォルダーがホーリーの見解に同調する。

 

「同じ時空に同一人物は接触できない」

 

「とにかく、ノロを探しに行かなければ」

 

 イリがフォルダーに決断をうながす。フォルダーが目を閉じると大きくうなずく。

 

「俺たちも連れてってくれ」

 

 ホーリーが叫ぶ。

 

「もちろんだ。しかし、絶対にブラックシャークから出ないという約束してくれ」

 

「もちろんだ。消滅するのはゴメンだ」

 

[245]

 

 

 すぐさまホーリーが右手をおおげさにあげて約束する。サーチがその手をつかむとホーリーを見つめる。

 

「あのふたり、今どこにいるのかしら」

 

「瞬示と真美の知恵も借りたいな」

 

 ホーリーはサーチが言おうとしたことを口にする。沈黙を守らざるを得なかった中央コンピュータが低い声をもらす。

 

「瞬示さんと真美さんのことですが、ワレワレの世界の生命体ではありません」

 

「そのとおりだ。西暦という世界の人間だ」

 

 ホーリーが天井に向かって念を押す。

 

「いいえ、そういう意味ではありません。次元が違うのです。言い直します。あのふたりは皆さんと同じ三次元の生命体ではありません」

 

「なんだって!」

 

 全員が天井のクリスタル・スピーカーに向かって驚きの視線を向ける。

 

「あのふたりというか、あのふたつの生命体は六次元の生命体です」

 

「六次元の?」

 

「ノロがワタシに分析させたのです」

 

「ノロが!アイツは瞬示と真美とどこで接触したんだ?」

 

[246]

 

 

 フォルダーが天井に向かって口角を飛ばすと、イリが続く。

 

「なぜ、もっと早く報告しなかったの!」

 

「とても言い出せる雰囲気ではなかったので。しかも二百年以上も前のことです。いくらワタシが優秀なコンピュータでも古いデータを探すのは大変なことです。ノロが忘却の重要性をワタシに仕組んだのです」

 

「それは人間の特権だ!」

 

***

 

 艦橋に現れたMY28がフォルダーにブラックシャークの最終チェックが終了したことを告げる。

 

「完璧です。今までより格段に性能がアップしています。いつでも出航可能です」

 

「MY28、礼を言う。すぐ出航する」

 

「ありがとうございます。それでは航海の無事を祈ります」

 

 MY28がくるっとフォルダーとイリに背中を向けて右足を一歩踏みだす。

 

「待って」

 

 イリがMY28の背中に声をかける。MY28が振り返るとイリがほほえんでいる。

 

「今回もMY28には乗船してもらうわ」

 

「えっ?」

 

[247]

 

 

「チーフ操縦士に任命します。MA60も医務室で勤務態勢に入っているはずよ」

 

 MY28が満面の笑みをたたえる。

 

「ありがとうございます」

 

 フォルダーが天井に向かってよくとおる声を出す。

 

「中央コンピュータ!準備はいいか」

 

「ハイ」

 

「ブラックシャーク、発進!」

 

 ブラックシャークはドックから垂直に上昇する。眼下には美しい街並みが見える。やがてその街並みが小さくなると海が見えてくる。

 

「反重力エンジン作動開始」

 

 心地よい中央コンピュータの声が艦橋に響く。超スピードで上昇しているとは誰も体感できない。

 

「素晴らしい。MY28の整備はたいしたものだ」

 

 フォルダーが感心して操縦席のMY28を見つめる。MY28は上半身をひねって右手の親指を立てると誇らしげにフォルダーを見つめ返す。

 

 ブラックシャークが地上からまったく見えなくなるところまで上昇する。MY28はハンドルを倒してから手前に引く。艦内になにひとつ音らしいものが聞こえないが、ブラックシャークは大音響をとどろかせると一気に時空間移動してノロの惑星から消え去る。

 

[248]

 

 

永久紀元前400年

 

***

 

「あれは御陵だ。ここは関ヶ原じゃないぞ」

 

 ホーリーの声がしたあとMY28の報告が流れる。

 

「永久紀元前400年の地球に時空間移動しました」

 

「私たちが明智光秀に出会った直後、強制的に移動させられた場所だわ」

 

 サーチが横でうなずくホーリーに同意を求める。フォルダーは珍しい物でも見るように御陵をじっくりと眺める。

 

「鍵穴星で見たものとよく似ているな」

 

 ブラックシャークは後円部分だけに木が生えている御陵の真上に浮かんでいる。

 

「なぜ、後円部分だけに木が生えているんだ?」

 

「初めは御陵の円形部分が方形部分に載っていた。その円形部分には木が生えていたが、やがてずれるように移動して前方後円墳、すなわち御陵を形成した」

 

「なぜ、ずれたんだ?樹木の重みに耐えかねてずれたとは思えないが……」

 

 ホーリーもこのフォルダーの質問に興味を持つが、とりあえず応える。

 

[249]

 

 

「うまく説明できない」

 

 ホーリーがリンメイに助けを求める。リンメイは三次元タブレットを手にすると三次元ペンで器用に絵を描く。

 

「前方部分と後円部分が重なっていたときの御陵の中の様子です」

 

 リンメイが描いた三次元タブレット上の絵がサブ浮遊透過スクリーンに映される。

 

「ヒザを抱えた胎児のような格好の巨大土偶がこのように座っていると想像してください」

 

 リンメイはその巨大土偶の頭部を三次元ペンで倒してゆく。巨大土偶は背中の方に倒れこむように移動する。それにつれて後円部分が前方部分からずれていく。

 

「なるほど」

 

 フォルダーが感心しながらサブ浮遊透過スクリーンを見つめる。

 

「でも、方形部分から円形部分がまったくと言っていいほど、くずれずに移動するなんてふしぎだわ」

 

 イリが疑問をはさむ。

 

「御陵と巨大土偶は同じ特殊な土でできていて一体化しているのです。詳しいメカニズムはわかりません」

 

「透視しろ」

 

 メイン浮遊透過スクリーンに真下の御陵が映しだされる。御陵の内側に御陵の形とほぼ同じ形をした輪郭線がぼんやり現れる。

 

[250]

 

 

「あれが巨大土偶か」

 

「おそらく、まだ安定していない状態だと思います」

 

 リンメイが即答する。そのとき中央コンピュータから低くうなるような声がする。

 

「御陵の中心部分からち密な信号が発信されています」

 

「内容は?」

 

 フォルダーが怒鳴る。

 

「受信中です。受信後すぐに解析します」

 

「土の塊が信号を出している?」

 

「土といえども原子からできています。その原子の動きが活発なのです。受信終了。解析します」

 

 声をあげる者はなく中央コンピュータの次の報告を待つ。

 

「時空間移動のデータです。しかも複数あります。ブラックシャークの時空間移動のデータもあります」

 すぐにフォルダーが後半の報告に反応する。

 

「試運転に出かけたブラックシャークの時空間移動データか!」

 

 メイン浮遊透過スクリーンに数字が羅列される。

 

[251]

 

 

「時空間移動装置の移動のデータが複数あるということは、俺たちの時空間移動装置のデータが含まれているからだ」

 

 サーチがホーリーに追従する。

 

「私たち、ここからミリンがいる壮大寺へ時空間移動したわ。確か西暦……」

 

 中央コンピュータがサーチの代わりに答える。

 

「それは痕跡からわかります。西暦2048年です」

 

 ホーリーとサーチが同時に手をたたくが、フォルダーは先ほどの報告について中央コンピュータにたずねる。

 

「ブラックシャークはここからどこへ時空間移動したのだ?」

 

「それは……」

 

「早く教えて!」

 

 イリがフォルダーの言葉に自分の言葉を重ねる。しかし、中央コンピュータはイリの期待を裏切る報告をする。

 

「時空間移動装置がこの空間から西暦1945年8月15日に移動しているデータが存在します。数は一基です」

 

 フォルダーがメイン浮遊透過スクリーンのデータに強く反応する。

 

「このデータはホーリーたちの行き先とは違うぞ。ノロだ!ノロの時空間移動装置のデータに違いない。すぐ時空間移動だ!」

 

[252]

 

 

「さっきの質問の答えは?」

 

 イリの言葉を無視して中央コンピュータはフォルダーの命令を実行する。ブラックシャークが永久紀元前400年の御陵上空から姿を消す。

 

西暦1945年~1960年

 

***

 

 御陵以外、すべて焼きつくされた荒涼とした風景が眼下に広がる。御陵の堀には火災から逃れるためか、それともノドが渇いてやむを得ず堀の水を飲もうと誤って落ちて水死したのか、正視できない多数の死体が浮いている。メイン浮遊透過スクリーンに誰もが目を背ける。

 

「おそらく、猛烈な空爆を受けたんだろう」

 

 フォルダーも目を閉じる。

 

「ノロは?それにブラックシャークは明智光秀の時代からどこへ時空間移動したの?」

 

「御陵上空に時空間移動の痕跡を発見しました。収集します」

 

 またしても中央コンピュータがイリの質問を無視する。そして御陵の透視画像がメイン浮遊透過スクリーンに映しだされる。しかし、巨大土偶の姿はない。この世界はフォルダーたちの永久の世界ではなく西暦の世界だ。ノロはもちろんのこと、フォルダーも、そしてホーリーや

 

[253]

 

 

サーチも、瞬示と真美と同じように関ヶ原や黄金城の光秀の時代のふしぎな時空間にほんろうされているのかもしれない。中央コンピュータが丹念に時空の分析を行う。

 

「ノロが乗っていたと推測される時空間移動装置の次の時空間移動先が判明しました。同じ場所の一年後に移動しています」

 

「よし、MY28、同じように時空間移動しろ!」

 

 フォルダーはノロがいるはずの時空間との距離が詰まったと確信する。

 

 ブラックシャークが時空間移動する。一瞬グレーノイズに包まれたメイン浮遊透過スクリーンに再び御陵が現れる。中央コンピュータはさらにノロの時空間移動装置の次の移動先の座標データを取得する。

 

「また、一年先か」

 

***

 

「もう何回繰り返した?」

 

「一五回です」

 

「きっと何かを探すために同じ場所で小刻みに時空間移動を繰り返しているんだ」

 

 フォルダーが手応えを感じとる。イリも先ほどの質問を忘れてフォルダー以上にもうすぐノロに会えるのではという期待に胸をふくらませる。サーチは少しあきた表情をしてホーリーに話しかける。

 

[254]

 

 

「同じ場所で一年先への時空間移動を一五回も繰り返しているわ。単調な時空間移動ね」

 

「いや、そんなことはない。同じ場所へ寸分違わず時空間移動するのは意外とむずかしい」

 

 ホーリーの言葉にサーチが首を傾げる。

 

「宇宙は猛烈なスピードで膨張している。銀河もすごいスピードで回転しながら移動している。銀河の端にある太陽系も銀河を中心にものすごいスピードで回っている。そして地球はその太陽のまわりを回っている。一年前にいた地球の位置と一年後の地球の位置はまったく違う場所なんだ。運動している物体の同じ場所のきっちり一年後に時間移動するには、非常に高度なテクニックが要求される。ノロはその高度な時空間移動を完璧にこなしている」

 

「さすがホーリー、そのとおりだ」

 

 フォルダーがMY28に再び時空間移動の命令を出す。

 

「MY28、中央コンピュータの指示通り、正確に時空間移動しろ」

 

「了解!」

 

 ブラックシャークが一六度目の時空間移動体勢に入る。

 

「御陵のまわりがどんどん復興しているわ」

 

 イリが明るい声を出す。

 

 

西暦1960年から永久紀元前約3億年(恐竜時代)へ

 

[255]

 

 

***

 

「今度は過去に時空間移動している?それも億単位の過去へだと!しかも俺たちの永久の世界に戻っているとは!」

 

 フォルダーが混乱する

 

「今までの規則性とはまったく異なります」

 

 中央コンピュータがフォルダーに判断を仰ぐ。

 

「計算違いじゃないだろうな」

 

「計算ミスなどするわけがありません。ワタシは正確無比なコンピュータです」

 

「おまえを信用するしかないな。もうだますなよ」

 

「それでは大昔へ時空間移動します。ワタシが操縦します」

 

 マイナスの時空間移動が瞬時に終了すると、メイン浮遊透過スクリーンには恐竜の死体が所狭しと転がった焼け野原が映しだされる。

 

「なんだ?恐竜時代に時空間移動したのか」

 

「そのようです」

 

「どういうことなの」

 

 イリが不機嫌そうにメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。

 

「分析中です」

 

[256]

 

 

 ホーリーもメイン浮遊透過スクリーンの隅から隅まで舐めるように見つめると、おもむろに席を立ってフォルダーが座る船長席に近づく。

 

「やっかいなことになった」

 

 フォルダーが目を閉じてうなずく。フォルダーの前方に座っているイリが半身になってフォルダーの様子をうかがいながら中央コンピュータに告げる。

 

「すぐにノロの時空間移動の痕跡を調べて」

 

 イリはそばまで近づいたのに、ノロが逃げるように時空間移動したような感覚に陥る。

 

「恐竜はすべて焼死です」

 

 中央コンピュータの分析結果にフォルダーが力のない声を出す。

 

「火山が噴火したのか?」

 

 イリは席を立ってメイン浮遊透過スクリーンの焼け死んだ恐竜の映像を丹念に観察しはじめる。

 

「なぜ恐竜がステーキになったところへ時空間移動したのかしら」

 

「原因は……」

 

 説明を始める中央コンピュータの声をさえぎってイリが短く叫ぶ。

 

「あっ!」

 

 イリは胸のポケットからレーザーポインターを取りだすとメイン浮遊透過スクリーンの右下

 

[257]

 

 

あたりに赤い光線を当てる。

 

「チューちゃん!この部分を拡大して!」

 

 メイン浮遊透過スクリーンの一部が拡大される。そこには恐竜の骨が数本転がっている。肉片が残っているものもある。

 

 イリが先ほどの感覚を消去して、確実に一歩ずつノロに近づいていることに再び大きな期待を抱く。

 

「そこそこ、もっと拡大して」

 

 肉片の付いた骨がクローズアップされる。

 

「ノロの歯形だわ」

 

 一瞬、全員沈黙するがすぐに大きな笑いの渦が艦橋を包む。しかし、イリは真剣そのものですぐさま断定する。

 

「ノロは腹ペコになってここへきたのよ」

 

「まさか。なぜ、わざわざこんなところへ?」

 

 サーチがイリを見つめる。

 

「ノロはこの時空間にステーキになった恐竜がいることを知っていた。多分、御陵の近くでは食糧を確保することができなかったんだわ」

 

 イリの突拍子もない想像に全員が笑顔でイリを見つめるなか、フォルダーがイリに近づく。

 

[258]

 

 

「イリのたくましい想像力には参ったな」

 

「ここで満腹にしてから、再び元の時空間座標に戻ったはずだわ」

 

「そのとおりです」

 

 中央コンピュータの声が笑い声にかき消されてしまう。

 

西暦2012年・永久0012年

 

***

 

 西暦のノロの古本屋の時空にブラックシャークが戻る。

 

「アイツ、ふたつの世界を行ったり来たりしているみたいだ」

 

 フォルダーがメイン浮遊透過スクリーンの右上のカレンダーを確認する。そのときブラックシャークが激動する。

 

「制御しろ!」

 

 フォルダーが中央コンピュータに怒鳴る。

 

「制御できません。まるで時空間が地滑りしているような状態です」

 

 ブラックシャークが再び大きく揺れる。メイン浮遊透過スクリーンの右上の年号表示が「西暦」と「永久」を交互に点滅させる。全員、席に着いて身体をシートベルトでしっかりと固定する。メイン浮遊透過スクリーンの御陵の中にこれまでまったく存在しなかった巨大土偶が見える。

 

[259]

 

 

ブラックシャークが揺れているので巨大土偶の輪郭がはっきりしない。激しい揺れのためにメイン浮遊透過スクリーンの映像は何を映しているのかわからなくなる。

 

「強力なエネルギーにブラックシャークが包みこまれました」

 

「なんとかしろ!」

 

「余計な命令は慎んでください」

 

 中央コンピュータが最大級の制御を試みる。

 

「強制的に時空間移動させられました」

 

 艦橋のすべての照明が消えると大きな揺れから震えるような小刻みな揺れに変化する。

 

「時空間移動が終了!時空間移動に失敗するかもしれない最悪の状況を脱しました」

 

 艦内に照明が戻ってあらゆる振動が消える。メイン浮遊透過スクリーンには御陵にすっぽり収まった仰向けの巨大土偶が鮮明に映しだされる。

 

「確かに時空間移動している!」

 

 ホーリーがメイン浮遊透過スクリーンの右上へ腕を伸ばして指さす。そこには西暦の文字が消えて永久0012年8月という表示に変わっている。

 

「高度は?」

 

「二万メートルです」

 

「低いな。人工衛星からブラックシャークが見えないように擬装モードを取れ」

 

[260]

 

 

「すでに擬装モードに移行しています」

 

 御陵や透視された巨大土偶はぶれることなく、正常な状態に戻ったブラックシャークのメイン浮遊透過スクリーンにはっきりと映っている。

 

「御陵の真上は分厚い積乱雲に包まれていて雷が煩雑に発生しています」

 

「あっ!」

 

 誰もが大きな声をあげる。メイン浮遊透過スクリーンの映像に信じがたい変化が起こる。先ほどの大きな声から打って変わってホーリーのつぶやくような声が聞こえる。

 

「巨大土偶が起きあがろうとしている」

 

「目が光っているわ」

 

 いつの間にかシートベルトを外してサーチがホーリーに近づく。

 

「ピンクの塊が見えるぞ」

 

 ホーリーは横にいるサーチにメイン浮遊透過スクリーンの一部を指さして興奮する。

 

「あのピンクの塊をズームアップしてくれ!」

 

 ホーリーもシートベルトを外すと立ちあがってもう一方の手でサーチの手を握りしめる。

 

「あのピンクの輝きの中に瞬示と真美がいるかもしれないわ!」

 

 ホーリーとサーチはピンクの輝きとあのふたりの関係(第一編第二章)を熟知している。すぐにメイン浮遊透過スクリーン全体がピンクに輝く。その場所をさらにズームアップするが、

 

[261]

 

 

ブラックシャークの高感度視覚センサーをもってしても塊の中はぼんやりとしか見えない。しかし、人間のあいまいな視覚がかろうじて瞬示と真美の姿をとらえる。まずサーチが叫ぶ。

 

「間違いない!瞬示と真美だわ!」

 

「すごい戦闘だ!」

 

 ホーリーも興奮する。ピンクの光線と黄色い光線が激しくぶつかりあう。フォルダーが持ち前の直感をホーリーに負けじと大きな声で発射する。

 

「ノロを探せ!アイツもどこかでこの光景を見ているはずだ!」

 

 イリがフォルダーの直感をそのまま受け継ぐと全神経を集中させて目の前の大型モニターを見つめる。地上は夜のように暗いが、イリが見つめるモニターは昼間のように明るい。しかし、赤や黄色い光が炸裂すると画面も赤や黄色におおわれて何も見えなくなる。イリの顔も赤くなったり、黄色くなったりする。それが数回繰り返されたあと、イリが誰にも負けない大声を張りあげる。

 

「ノロだわ!ノロがいた!」

 

 イリがすべての指を透過キーボード上で踊らせる。フォルダーの素早い反応が命令を押しだす。

 

「時空間移動装置、発進準備!」

 

「私、迎えに行くわ!」

 

[262]

 

 

 フォルダーの声とイリの声が重なる。

 

「無人でいい。すぐノロのそばに時空間移動装置を空間移動させろ」

 

 艦橋の出入口に向かおうとしたイリが立ち止まって振り返る。メイン浮遊透過スクリーンには上空を仰ぐノロの姿が鮮明に映っていて、そのすぐそばに黒い時空間移動装置が現れる。イリはメイン浮遊透過スクリーンに突進する。

 

***

 

「ありがたい!」

 

 ノロが跳ねあがった時空間移動装置のドアに突っこむ。座席に着くとレバーを握る。

 

「あの赤い穴は六次元の世界に通じているはずだ」

 

 ノロは時空間移動装置を赤い竜巻の中心部に移動させる。

 

「ノロ!ノロ!」

 

 イリの丸い湿り気を帯びた声がノロに届く。

 

「イリ!」

 

 しかし、ノロはまっしぐらに赤い竜巻に突進する。

 

「上空にブラックシャークが待機しているわ」

 

 イリがメイン浮遊透過スクリーンを乾いた目で見つめる。ノロの時空間移動装置が御陵の中心にできた得体のしれない赤い穴に向かうのを目の当たりにして絶叫する。

 

[263]

 

 

「ノロ!戻って!」

 

 赤い穴が急にしぼみだす。それを見てイリは大きな目を開けてフォルダーに向かって叫ぶ。

 

「フォルダー!あの穴にブラックシャークを!」

 

「危険です!」

 

 中央コンピュータが警告する。赤い穴が消えて深くえぐられた御陵の跡がメイン浮遊透過スクリーンに現れる。

 

 フォルダーは両手を握りしめるとぶるぶる震わせ、イリはその場に泣きくずれる。フォルダーの場合、涙腺は怒りに直結するが、イリのそれは深い悲しみと無念さにつながっていた。

 

[264]