第三十二章 宇宙戦艦


前章(第三十一章)までのあらすじ


 月で死んだはずの胎児が摩周クレーターに向かったことが判明する。そこでミトは土偶と埴輪の鳥を発見するが、時空間移動装置が緑の時間島に吸いこまれると宇宙戦艦も消える。一方、瞬示と真美が宇宙から西暦の世界の御陵に戻るともう一組の自分たちに出会う。そのあと北海道の民宿に移動すると年老いた一太郎と花子がとりとめもない会話をしていた。


 ジャストウエーブ社に就職した一太郎と花子が無言通信システムを完成させる。摩周村診療所で小田社長に無言通信チップの埋込手術をするが、正体不明の男に囲まれて一太郎に投降を迫る。そのとき時空間移動装置が現れてミトの攻撃で男は全員自害する。


 ミトは七基の時空間移動装置が消えていることに気付くと西暦の世界にいること、時空間移動装置が時間移動できなくなって永久の世界に戻れないことを知る。


 琵琶湖の寺で制作された無言通信システムの特別番組が全世界に衝撃を与える。その直後ジャストウエーブ大阪支社を占拠したテロリストが社員を人質に無言通信のチップと言語処理プログラムのソースリストを要求するが忍者の活躍で人質救出作戦が成功する。

 

 

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【時】西暦2030年(一太郎と花子の回想)

【空】硫黄島北海道(ジャストウエーブ社)
【人】ホーリー サーチ ミト 一太郎 小田 ミブ Rv26 浮川(日本の首相)

 


***

 卵が腐ったような異臭が漂う太平洋上に浮かぶ硫黄島の滑走路に、航空自衛隊の戦闘機に護衛された大型輸送機がおごそかに着陸する。火山活動のため数年前から無人島になったこの小さな島に輸送機から迷彩服に身を包んだ百人を超える自衛隊員が自動小銃を肩に降りる。


 しばらくしてやはり戦闘機に護衛された超音速双発ジェット機が滑走路にすべりこむ。ジェット機から立派な軍服に身を包んだ男がふたり、そのあとを黒いスーツに身を包んだ三人の日本政府高官がアタッシェケースをたずさえて降りてくる。先ほどの自衛隊員に先導されて簡素な管制塔兼乗客待合用の建物に入る。


 そのとき、突然二基の時空間移動装置がその建物の前に現れる。ドアが跳ねあがると、片方からミトと一太郎と小田が、もう一基からはホーリーとサーチとミブが降りる。ミトとホーリーはレーザーバズーカ砲を担いでいる。時空間移動装置は上昇して高度五百メートルぐらいのところで停止する。自衛隊員は初めて見る時空間移動装置に驚くが取り乱すことなく淡々と警護態勢に入る。

 

[117]

 

 

 島の周辺にはヘリポートを備えた海上自衛隊のフリゲートと高速水雷艇が展開している。フリゲートから飛びたった武装ヘリコプターが護衛の任務を終えた戦闘機とともに硫黄島上空の警備につく。


 すぐに日本政府高官と小田、ミトの間で無言通信システムに関する会談が始まる。このような環境の中で会談が行われることになったのは、ジャストウエーブ社の大阪支社のテロ事件がきっかけであることは言うまでもない。


 建物の中の一番広い部屋で政府高官と小田たちが簡単な自己紹介を終えると、粗末な机をはさんで着席する。高官がさほど多くない書類を机に並べる。


「本題に入る」


 小田が勢いをつけて言葉を続けようとしたとき、ミトに時空間移動装置の兵士から無言通信が入る。


{我々の宇宙戦艦より一回り小さい艦船が五隻、潜航して島に近づいてきます。この世界の潜水艦だと思われます}


「潜水艦を配備しているのか」


 ミトが将校に確認する。


「海上自衛隊とアメリカ軍が二隻ずつ、計四隻配備している」

 

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「五隻いるそうだ。この島に近づいているようだ」


 将校の横にいる下士官が無線機からの呼び声に素早く反応する。


「海上自衛隊の潜水艦一隻が何者かの攻撃を受けて通信不能。その海域にフリゲートが直行中。国籍不明の大型潜水艦を複数探知!」


「なに!」


 政府高官を挟んで座る高官のひとりが怒鳴る。


「情報がもれている!」


 すぐさまミトが立ちあがって窓際に向かう。


{フリゲートが攻撃を受けています。真っ黒な戦闘機が海上を低空飛行しています。その数約五十機。航空自衛隊の戦闘機と空中戦に入ります}


 遠くで強い光が輝いてはすぐ消える。


「フリゲートが撃沈されました」


 下士官が無線の報告をそのまま将校に伝える。全員、窓際に集まって彼方の海を見つめる。


「すべてのフリゲートと戦闘機と武装ヘリコプターとの通信が途絶えました」


 遠くに黒いごま粒のようなものが二、三十確認できる。


「会談は中止!すぐこの島から脱出する!」


 ミトが小田に告げると時空間移動装置の兵士から無言通信が入る。

 

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{潜水艦が浮上しました}


 ミトたちが建物の外に出たとたん、ずんぐりとした真っ黒な戦闘機が向かってくる。


{退避!}


 ミトが高度を上げるよう兵士に無言通信で命令すると、上空にいた時空間移動装置が消える。


「隠れるところがない!」


 自衛隊員が腹這いになって上空を見上げる。彼らの自動小銃では戦闘機と戦えるはずもない。かといってレーザーバズーカ砲で攻撃するには相手が小さすぎる。


「増波カートリッジに入れかえろ」


 ミトに言われるまでもなくホーリーとサーチは手にしたレーザー銃のカートリッジを交換する。そして真っ黒な戦闘機に向かって照準を合わせると一斉に打ちだす。戦闘機の機体に直径数センチほどの穴があくとそこから勢いよく炎が吹きだして滑走路に激突する。


「数が多すぎる」


 ホーリーが叫ぶ。しかし、黒い戦闘機からの反撃はない。ミトたちの攻撃を逃れた黒い戦闘機は滑走路のはるか向こうで次々と垂直に降下して着陸する。


{今だ!}


 ミトは時空間移動装置の兵士に建物のすぐそばへ空間移動するように命令する。そのときミトの背後で轟音がする。ミトが振り返ると黒い戦闘機が飛来する。

 

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{戻れ!命令を取り消す!}


 時空間移動装置が姿を現すのを感じながらミトはレーザー銃を構える。二十機前後の黒い戦闘機があっという間に上空を通過する。そしてスピードを落とすとまるでヘリコプターのように旋回してミトたちをにらむように空中で停止する。
{早く移動しろ!}
 ミトの命令とは裏腹に時空間移動装置が地上すれすれのところに現れるとドアを少し開く。ミト、ホーリー、サーチが空中に静止した黒い戦闘機に向かってレーザー銃を必死になって発射する。しかし、黒い戦闘機が正確に時空間移動装置に向かってバルカン砲を発射する。時空間移動装置が鈍い爆発音を残して破壊される。少し遅れて黒い戦闘機もミトたちの攻撃で真下に落ちて爆発する。ミトはうなだれて片ひざをつく。


***

「生け捕りにするつもりか」


 建物から出てきた将校がミトたちの攻撃に驚きながらも混乱する自衛隊員に応戦体勢を取るように命令する。


「通信は?」


 下士官が将校に首を二度、横に振る。


「潜水空母、それに海中から発進可能な垂直離着陸戦闘機。こんな兵器を持っているのはアメ

 

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リカとイギリスとフランスとロシアとそして中国だけだ」


 政府高官は将校の言葉にうなずくだけでオロオロする。


「国籍を隠している。戦闘機から降りたパイロットの顔を見たいものだ」


 政府高官が弱々しく応える。


「そんな悠長なことがよく言えるな」


「政府はこの異常事態を察知しているだろうか」


 将校が高官を見さげたように告げる。


「当然、把握しているはずだ」


 つまらない会話に不快感を抱いてミトはホーリーとサーチにカートーリッジを元に戻すように指示する。そして壮大寺に残した三基の時空間移動装置で脱出する方法を考える。


「どうする?」


「すぐ攻撃してくるはずだわ」


 ホーリーとサーチがミトの顔を伺う。


「大僧正からの無言通信によれば、政府はいろいろなルートを使って情報収集して対策を検討しているようだが、間に合わないだろう」


 小田やミブや一太郎は壮大寺の二天から順番に送られてきた無言通信に天を仰ぐ。「動かんな。上陸部隊を待っているのかもしれない」

 

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 将校も腕組みをして動かない。そのとき双眼鏡を持った自衛隊員が叫ぶ。戦闘機を盾にして謎の軍隊が隊列を組んで近づいてくる。ホーリーが肩にレーザーバズーカ砲を載せると建物から敵の隊列に向かって構える。


「やめろ!」


 ミトが飛びだすとホーリーの頭を抑えこんで伏せる。戦闘機の機銃が一斉に火をふくとサーチが絶叫する。


「ホーリー!」


 ミトとホーリーはかろうじて建物に戻る。ミトたちはレーザー銃のカートリッジを再び増波カートリッジに取りかえる。建物の影から顔だけを出してレーザー銃を構える。


「高価な戦闘機を戦車代わりにして近づいてくる」


 ある将校が苦笑する。ミトたちの射撃に戦闘機がたちまち火を噴くと大きな爆発音をあげて吹っとぶ。


「カートリッジのエネルギーがなくなった」


「俺のもだ」


「私のもよ」


 サーチがカートリッジをレーザー銃から外すと足元に落とす。


 爆発した戦闘機の後ろに大型の黒いヘリコプターが現れる。

 

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「いよいよ本隊のお出ましだ」


 将校の言葉を無視してミブが異変を感じて短く叫ぶ。


「あっ!」


 すぐ横にいるミトを見つめる。


「何か揺れていないか」


 すでに機銃掃射は止まっているにもかかわらず、珍しくミトが惰性で返事する。


「機銃掃射で建物が振動しているのでは」


 ミトの勘違いを無視して、ホーリーも異変を確認する。


「ミブの言うとおりだ!」


 やがて立っていることができないほど大きく地面が動く。ミトとサーチが同時に島の中央の山を見上げる。


「噴火の前兆かもしれないわ」


 相変わらず戦闘機を盾にして向かってくる敵の兵士の数は増えるが、その兵士も次々と滑走路に伏せる。その兵士を運んできたヘリコプターの後ろは海だが、ミトやホーリーのいるところからは見えないはずの海が急に盛りあがる。その盛りあがった海が滑走路に向かってくる。


「津波?」


 津波だとすれば避難すべき高い場所はない。ここは海辺の滑走路だ。強烈な振動で戦闘機が

 

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倒れはじめ、謎の軍隊は腹這いになったままだ。


「ひょっとして運がこちらに向くかも!」


 ホーリーの期待を裏切るように、津波と思われた海の盛りあがりが急に消える。しかし、まるで活火山の頂上にいるような揺れが今まで以上に強くなる。


 今度は滑走路がラクダのコブのように大きく盛りあがると、謎の軍隊をふきとばして滑走路の表面を粉々に破壊しながらミトたちに迫ってくる。あと百メートルあるかないかのところで急に速度が落ちると今度はどんどんふくらんで大きくなる。突然、滑走路が裂けて銀色の巨大な塊が現れると管制塔兼乗客待合用の建物がくずれだす。


「危ない!」


 全員あわてて建物から遠ざかる。敵の軍隊は滑走路に開いた大きな亀裂の中に吸いこまれるように落ちる。駐機していた大型輸送機や超音速双発ジェット機もずり落ちて亀裂の中に消える。引き裂かれた滑走路から銀色の巨大な物体が上昇する。


「宇宙戦艦だ!」


 ミトが、ホーリーが、サーチが大声で叫ぶ。肩の小型通信機が久しぶりに赤く点滅するがミトは気が付かない。ホーリーが手を伸ばしてミトの小型通信機のスイッチを入れる。


「Rv26デス。救出作戦ヲ実行シマス」


 Rv26の強烈な声が小型通信機からミトのそしてホーリーの耳をつらぬく。

 

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***

「ホンノ少シ前ニミト司令官ノ時空間移動装置ヲ追ッテ、緑ノ時間島ニ艦首ヲ突ッコマセマシタ。次ノ瞬間海ノ中ニイマシタ。最大速度ニ達シテイタタメ、ソノ勢イデコノ島ニメリ込ミマシタガ、何トカ地上ニ出タノデス」


 宇宙戦艦の艦橋でミトがRv26から報告を受けてうなる。


「まさか!偶然か?」


 ミトが驚嘆する。あのときRv26がミトたちの時空間移動装置を追尾しようとしていたことは確かだったが、その時空間移動装置を探知してここに現れたのではない。ここでホーリーがきっぱりと言い放つ。


「いや、俺はそうは思わない。時間島の仕業だと思う」


「時間島が助けてくれたとでも?」


 サーチがホーリーの突拍子もない意見に驚く。Rv26が無表情のまま艦内のすべてのアンドロイドに命令する。


「損傷ノ状況ヲマトメテ対処方法ヲ報告セヨ」


「これが未来の戦艦か?」


「Rv26というのは人間か?」


「すごい科学力だ」

 

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 小田と一太郎とミブが次々とミトやホーリーやサーチに質問を浴びせる。ミトは一太郎や小田の驚きを無視してRv26に近づく。


「Rv26、潜れるか?」

 

 ミトは宇宙戦艦の損傷の程度を気にしながらたずねる。Rv26の耳が赤く輝く。


「可能デス」


「潜航しろ!」


 宇宙戦艦が硫黄島上空から海上に出るとそのまま垂直に降下して海中に消える。ミトは謎の潜水空母が地震と勘違いして海中にひそんでいると確信する。


「まわりに潜水艦がいないか、探索しろ」


 メイン浮遊透過スクリーンに黒い丸みを帯びたものが映しだされる。


「大きさがよくわからない」


「コノ戦艦ヨリ一回リ小サイグライノ大キサデス」


「これが潜水空母か」


「魚雷、多数接近中!」


「回避セヨ」


 アンドロイドの警告に小田が叫ぶ。


「大丈夫か?」

 

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「コノ艦ノスピードノ方ガ速イカラ大丈夫デス」


「魚雷より早く航行できるのか!」


 小田が信じられないという表情をする。


「Rv26」


 ミトがRv26を見上げる。


「この戦艦の指揮権を譲ってくれ」


「引キ継イデイタダクタメニ参リマシタ」


 Rv26はまるで戦国大名にはせさんじた武将のように仁王立ちする。


「ありがとう」


 ミトがRv26に軽く頭を下げるとすぐさま命令を発する。


「あの潜水空母を破壊せずに浮上させる。適切な攻撃態勢を取れ」


「了解!」


 宇宙戦艦は魚雷を避けて反転すると一番近い潜水空母に急速接近する。戦艦の副砲から青い光が発射されると海中を輝きながら突き進んで潜水空母の後尾の推進機に命中する。たまらず潜水空母は浮上態勢を取るとミトの声が響きわたる。


「残りの四隻も浮上させろ」


 宇宙戦艦は相手の攻撃に細心の注意を払いながら、潜水空母との距離をつめて先ほどと同じ

 

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ように推進機を破壊する。


 すべての潜水空母が浮上したのを確認すると、ミトは宇宙戦艦の威力がこの世界の兵器の能力をはるかに上回っていることを確信する。


「こちらの被害の状況と修理の状況は」


「軽微デスガ、一部在庫ガナイ部品ガアリマス。部品ヲ製造シテ補修サセマス。ソノホカニツイテハ直チニ修理ニカカリマス」


 ホーリーがポケットから無言通信チップの入ったカプセルを取りだすとRv26に手渡す。


「ここでこれを製造できるか?」


 Rv26は急な要求にためらうこともなく、太い指先で器用に小さなカプセルを開けてベルトからケーブルを伸ばすとその先を無言通信チップにあてる。


「複雑ナ集積回路ガ内蔵サレテイマス」


 すぐ一太郎がホーリーの狙いを理解する。


「CMOS型ノ半導体ノチップデスガ、有機体トノ結合回路ガ非常ニ複雑ニ作ラレテイマス」


 何度も失敗を繰り返して完成させた脳との連携部分の回路を瞬間的に解明したRv26に一太郎と小田が驚く。ミトも興味を示すが今は艦長だ。


「ホーリー、戦闘中だ」


 そのとき宇宙戦艦のまわりで爆発音が断続的にする。そして艦内がびりびりと震える。

 

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「海面より高度一〇〇メートルまで垂直急上昇!」


 ミトの命令と同時に高速エレベーターが上昇するような軽い衝撃がする。宇宙戦艦が空中に飛びだしたのに潜水空母はまだ爆雷を投下している。しばらくして潜水空母の機関砲が宇宙戦艦に向かって連射されるとミサイルランチャーが照準体勢に入る。


「球形レーザービーム砲でミサイルランチャーを破壊しろ」


「待ッテクダサイ」


 Rv26がミトを強く制する。


「バリアーデ防イデクダサイ」


「時空間バリアーか?」


「今ハ空間バリアーシカ使エマセン。ソレデ十分デス」


 ミトはいやな予感を抱きながらRv26をうながす。


「バリアー作動開始!」


 潜水空母からのミサイルが宇宙戦艦に到達する手前で空間バリアーに引っかかってホコリのように消滅する。戦いにならない。宇宙戦艦は悠々と大空に浮かんでいる。


***

 一太郎がミトの許可を得てRv26に話しかける。


「このチップについて、さっきの話の続きを聞かせて欲しい」

 

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「有機体トノ信号結合部分ニツイテハ学習ガ必要デスガ、ソノホカノトコロハモット精度ヲ高メテ小型化デキマス。ハイパーテクノロジーCMOSヲ使エバ、コノ一〇〇分ノ一近クマデ小型化デキソウデス」


 一太郎はRv26の分析にただ驚く。小田がツバをのみこむと枯れた声をしぼりだす。


「ということは、複製は可能なのだな?」


「ハイ」


「なかに組みこまれているソフトも含めてか?」


「モチロンデス」


 Rv26が逆に質問する。


「コノソフトハ言語解析及ビ翻訳機能ヲ合体サセタモノナノデスカ」


 一太郎がRv26を改めてしげしげと見まわすと応えるでもなくポツンと言う。


「人間じゃない」


「ワタシハ、アンドロイドデス」


 その言葉に小田はいったん目を閉じてから一番近い浮遊透過スクリーンをぼんやりとながめる。スクリーンに映っている潜水空母の甲板上の人間を見てタンが絡まったような声をあげる。


「中国人だ!信じられない!」


***

 

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 すでにジャストウエーブ大阪支社人質事件で同社と時空間移動装置は世界中の注目を集めていたが、宇宙戦艦の出現に全世界が驚きの念を通りこして畏敬の念に包まれる。宇宙戦艦は硫黄島で政府高官と将校や自衛隊員を乗船させて、東京の首相官邸前で下船させるとすぐに北海道を目指す。


 どこの国でもそうだが、国民を驚かすような事件は極秘にしておきたい。日本政府も同じことを考えたが、政府高官たちが宇宙戦艦から降りてきたから隠すことはできなかった。しかし、このことが政府に今後の明確な指針を与えることになる。


 宇宙人が宇宙戦艦に乗ってやって来たとか、すでにテレパシーを使う宇宙人が人間に化けて地球征服の準備をしているとか、混乱した様々な情報が飛びかっている以上、政府は国民と全世界の国々に極めて正確に硫黄島の事件を伝えた。


 さらに日本政府はジャストウエーブ社の本社周辺を陸上自衛隊に今まで以上に厳重に警護させるとともに、航空自衛隊には北海道上空を、海上自衛隊には周辺の海上の警備に当たらせる。


 浮川首相は国会が開催中であるにもかかわらず、自らジャストウエーブ社に赴いて徹夜も辞さない覚悟で宇宙戦艦の艦長ミトと小田社長に事情聴取を行った。


「無言通信システムの平和的な普及を目指す」


 小田の意志を受けて首相はすぐさま世界中に日本政府の方針を発信する。


「無言通信システムは人類始まって以来の大発明だ。この発明によってあらゆるものが一変する。

 

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この大きな変化を誰も止めることはできない。このシステムについてはすべてジャストウエーブ社に任せる。ただし、それが利益の追求や特定の者のみに利用される場合に備えて監視は続けるが、無言通信の普及を妨げるものではない。さらに我が政府は宇宙戦艦については敵とみなさず、ジャストウエーブ社の協力者として扱う」


 しかし、ジャストウエーブ社は上空に浮かぶ宇宙戦艦の空間バリアーに守られていて日本の領土内にいながら独立国のような様相を示す。


「目標はただひとつ。全人類に無言通信チップを埋めこみ平等な意思疎通を図ること。これで地球人としての自覚と連帯感を持って地球上から争いを一掃する」


 小田と一太郎のこのスローガンに、長年戦いに明け暮れていたミトやホーリーやサーチは強く賛同する。だが、宇宙戦艦も時空間移動装置と同じように空間移動はできるが時間移動ができない。この世界に留まるしかない彼らは小田や一太郎や関係者の熱意に敬意を表して、精一杯この世界で自分たちの知識と知恵をささげる決意をする。


***

 無言通信チップはアンドロイドによって髪の毛の先ほどまでに小型化されて、その手術方法も短時間でしかも簡単にできるように大幅に改良された。


 手術方法はまず無菌状態のカプセル内で、特殊麻酔した大脳皮質のある部位に空気銃のような装置で無言通信チップを打ちこむ。チップが脳の組織と融合してから実際に無言通信をして

 

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もらうという一連の手続で完了する。この間わずか数十分という短さだ。


 あとは個人差があるものの、練習してチップに組みこまれたプログラムを使いこなせるようになれば、通訳なしで全世界の人間と会話ができるようになる。テレパシーが夢ではなく現実の技術として使えるようになった。


 この作業を担当したのはNS20というアンドロイドだが、NS20は一太郎と花子が書きあげた言語処理プログラムのエンジン部分に異常な興味を持つ。アンドロイドの会話や思考能力の向上にこのプログラムを利用させて欲しいと一太郎に要望する。一太郎と花子は小田に相談するが、小田は快諾する。ひょっとするとアンドロイドは一太郎と花子の開発したプログラムで人間に限りなく近づくかもしれない。


 一太郎と花子はNS20と合同でチップとプログラムにさらなる磨きをかける研究に没頭する。一方、サーチとリンメイがチップ埋込手術の方法をさらに改良したので、無言通信の普及が加速する。すぐに一人当たりの手術の所要時間が十分を切る水準までにたどり着く。無言通信チップ埋込手術はあらゆる手術の中で一番簡単な手術と言われるまでになる。


***

 日本は何度も国連の安全保障理事会の常任理事国入りを目指しては、何十年間も常任理事国になることができなかったが、やっと全会一致で認められた。あれほど反対していた中国ですら積極的に賛成した。

 

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 浮川首相のもと日本の国連大使が一貫して無言通信システムの平和的利用を強調すると、まず各国の国連大使と職員に対して無言通信チップの埋込手術を実施することが賛成多数で承認された。その効果が国連での会議時間の大幅な短縮という形で現れる。一方、独裁国家や治安が不安定な国々からは反対の意見が数多く出される。それは無言通信システムが持つ驚異的な通信能力に危惧するものだった。個人レベルで全世界の人々が無言通信ネットワークに組みこまれると独裁者にとっては言論統制と情報管理が不可能となって、国体を維持することが困難になるのが目に見えていた。中には国連を脱退して鎖国を宣言する国も現れる。


 先進国では情報産業や携帯電話関連企業の危機感が最高潮に達する。無言通信チップ埋込手術が安価で行われると誰も携帯電話を使わなくなる。翻訳の必要もなく世界中の人間が通信費用を負担することなく通話できるとなると通信会社もその存在意義を失う。通信関連の会社の株はすでに紙くず同然まで売りこまれていた。携帯電話製造企業はほとんどが倒産した。


 さらにミトと宇宙戦艦の存在が混乱を助長する。中国軍が硫黄島で自衛隊と小田たちを襲撃したことは全世界に知れわたっていた。中国政府は文民統制がくずれて軍部の暴走を止めることができなかったので国連安全保障理事会の常任理事国としての発言力が弱まった。また、全世界の軍隊が結束してもたった一隻の宇宙戦艦を倒すことができないという事実を各国首脳は痛感する。日がたつにつれて宇宙戦艦の存在感がますます大きくなる。


ジャストウエーブ社を国内に抱えているため国連での発言力の強さを肌で感じる一方、自重

 

[135]

 

 

することを忘れずに浮川首相は「平和」という言葉を前面に押しだして外交を進める。日本には無言通信システムと宇宙戦艦から発生する混乱を静める責任があると考えた。


***

「どういうことなんだ?宇宙戦艦に搭載された時空間移動装置も時間移動できない」


 宇宙戦艦の艦橋でミトは元の世界に戻る方法がまったくないことに改めて落胆する。


「故障デハアリマセン。シカシ、合理的ナ説明ハ不可能デス」


 取り乱すミトとは対照的にRv26が冷静に応える。


「となると、例えば……」


 ミトが言葉を選ぶというよりは混乱する思考を何とか正常に戻そうとRv26に質問する。


「レーザー砲は時間制御できなくなるのか」


「ハイ」


 ミトが表現を替える。


「レーザー砲の射程距離が無限になるということだな」


「ハイ」


「エネルギーが遮断されない限り、レーザー光線は永遠に直進するということか」


 ミトはRv26が海中でしかレーザー砲を使用しなかったことと、空中ではバリアーを使ったことを思い出すと時空間バリアーの機能のうち時間バリアーが使えず、空間バリアーしか使

 

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えないことを現実のこととして受けいれる。そして宇宙戦艦に搭載された時空間移動装置に期待していたが、そのすべてが時間移動できない単なる空間移動装置になりさがっていることにその期待も打ち砕かれる。


「時間島が宇宙戦艦に何か細工をしたのか」


「時間島に無理矢理侵入したために宇宙戦艦の時間移動エンジンが故障したというのならうなずけるけれど、搭載されていた時空間移動装置の時間移動エンジンも同じように故障するということはあり得ない。」


 ホーリーに向かってミトが大きなため息を出す。


「宇宙戦艦ノ、ソシテ時空間移動装置ノ時間移動エンジンモ故障ハシテイマセン。時間制御デキナイダケデス」


「ホーリー、使用できる武器が限られることになる」


「しかし、この戦艦の威力はこの世界の人間には痛いほどわかったはずだ」


 ホーリーにはミトの弱気が理解できない。


「もちろん、この世界の人間が我々に戦いを挑んできたとしても抹殺するなどということは考えていない」


「それなら空間バリアーだけで十分じゃないか」


 ミトとホーリーの会話をRv26が黙って聞きいる。ミトが低い声をホーリーに向ける。

 

[137]

 

 

「この戦艦の攻撃力が限定されているということに、この世界の人間が気付いたときのことを考えているんだ」


「平和的に解決していけばいいじゃないか」


 ホーリーがけげんそうにミトを見つめる。


「我々はこの世界に死ぬまで身を置かなければならない。いずれは武器を使用しなければならないときがやってくる可能性が高い」


「そのときはそのときじゃないか」


「発射されたレーザー光線が目標物から外れたとき、何かにぶつかるまでレーザー光線は直進し続けるのだ」


「!」


 ホーリーがやっとレーザー砲をむやみに使用することができないことの重大性に気付く。


「ホーリー、Rv26、もちろんここにいる全員、今の話は極秘だ」


 ホーリーがうなずくとサーチの腰に手を回して抱きよせる。


「もし時間島の仕業だとしたら、時間島はいったい何を考えているんだ」


「確かに時間島には意思があるわ」


 ミトがホーリーとサーチの言葉にうなずく。そのときRv26の耳が赤く点滅したあと艦橋に警報が鳴り響く。

 

[138]

 

 

「朝鮮半島カラミサイルガ三発、発射サレマシタ。核反応アリ!」


 アンドロイドの鋭い声がする。


「目標は!」


「本艦デス」


「到着までは?」


「二分四〇秒」


「防御態勢完了!」


 わずかな余裕しかないが、ミトは迎撃に自信を持つ。


{核兵器だとするとバリアーデ阻止すれば放射能が拡散する。引きつけて球形レーザービーム砲を使うか、それとも主砲でたたくか}


 ミトが無言通信でホーリーの意見を求める。


{ミトの言うとおりだ。残念ながらレーザーを使わなければならない。引きつけて主砲だ}
{仰角が最大になったときにということか}
{そうだ。それがミサイルを消滅させて、かつ直進するレーザー光線を宇宙に逃がす方法だろう}


 ミトはホーリーから砲撃手のアンドロイドに視線を移して大きな声で命令を下す。


「全主砲発射準備!仰角最大点でミサイルを迎撃する!」

 

[139]

 

 

{それでも宇宙のどこかで我々が発射したレーザー光線に遭遇して誰かが被害を受けるかもしれない……}


 ホーリーはミトを制するのではなく不安な気持ちを無言通信で表現する。


{やむを得ない。相手は核兵器だ。この世界ではいとも簡単に最も野蛮な兵器を使うようだ}


「仰角最大点ニミサイル到達マデ五五秒」


 アンドロイド特有の抑揚のない声が返ってくる。


「発射シミュレーション開始」


「艦長!」


 Rv26がミトを呼ぶ。


「何だ?」


「仰角最大地点ノ延長線上ニ月ガ存在シテイマス」


「なに!」


 ミトがメイン浮遊透過スクリーンのシミュレーションを見て驚く。


「シミュレーションハ完璧デス。エミュレーション開始。自動発射装置作動!」


「この世界の月には人間は?」


「確かめる時間がない」


 ホーリーはメイン浮遊透過スクリーンを見つめたままRv26にたずねる。

 

[140]

 

 

「月のどのあたりに命中するか、わかるか?」


「赤道付近デス」


 ミトとホーリーが肩をなでおろす。メイン浮遊透過スクリーンの右半分に月が映される。


{赤道なら問題ないかもしれない}


「自衛隊カラ通信ガ入リマシタ」


 ミトがすぐに反応する。


「確実に迎撃する。放射能の心配はないと応えておけ」


 メイン浮遊透過スクリーンの左半分に三本のミサイルが映しだされる。


「月の映像を拡大しろ」


 艦橋前方の主砲が一点に集中しているのが見える。


「必要最低限の発射砲数は」


「一本デ十分デス」


「仕損じだときのミサイル到達時間は」


「二〇秒デス」


「第一連装の一番砲で迎撃する」


「二番砲、三番砲及ビ第二連装以下、予備体勢ニ格下ゲシマス」


「球形レーザービーム砲をいつでも撃てるようにスタンバイしておけ」

 

[141]

 

 

 一番砲からレーザー光線が稲妻のように向かうと三発のミサイルが一瞬にして消滅する。


「迎撃成功!」


 消滅を確認したミトがアンドロイドに命令する。


「自衛隊に連絡しろ」


{十秒足らずで主砲のレーザー光線が月に命中する}


 ホーリーの無言通信にミトは肉声で返事する。


「ああ」


 メイン浮遊透過スクリーンに映った月の赤道付近の一点が明るく輝く。


「月の異変は本艦のレーザー砲が原因だと自衛隊に連絡してくれ」


 ミトが表情をゆるめてホーリーに感謝する。


{ホーリーがいてくれて助かった}


 ホーリーはとんでもないという表情をして無言通信を送り返す。


{艦長のようにトップに立つ者は孤独だ。いずれにしてもこの戦艦の主砲の威力をこの世界の人間に示すことができた。彼らは宇宙戦艦の主砲が竹光だと思うことはないだろう}


 ミトがホーリーの見解に意を強くしてうなずくと何かを思い出したような表情をする。


「ところでホーリーはおもしろい武器を開発すると言ってたが、その構想はどうなったんだ」


 ホーリーがニヤッと笑いながらミトから離れる。

 

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「おもちゃに見えるかもしれないが、任せてくれるか」


「楽しみにしている」


 ホーリーがミトから離れて身体をくるっと回すと右手をあげてサーチとともに艦橋から姿を消す。

 

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