第七十一章 対談


【時】永久0289年
【空】ノロの惑星
【人】瞬示 真美 ノロ フォルダー イリ ホーリー サーチ 
   住職 リンメイ 一太郎 花子 最長


***


 ノロの惑星に現れた時間島に瞬示と真美が移動する。


【誰だ?そこにいるのは】


 ふたりは近くにピンクに輝く男の裸身をなんとか確認する。時間島の淡い黄色い輝きが邪魔をしてはっきりと見ることはできない。


【君たちと同じ生命体だ。いや、君たちは途中から私と同じ生命体に変態した】
【どういう意味だ。ぼくらは地球人だ】
【そんな地球人などいるわけがない。時空間を自由に移動できる地球人はいない。彼らは装置を使って時空間を移動しているに過ぎない。自分たちのことを知りたくないのか】
【知りたいわ。でも、あなたは誰なの】
【六次元の高等生命体だ】

 

[500]

 

 

【人間の格好をしていて六次元の生命体なのか】
【仮の姿だ。六次元の身体の一部を三次元の世界に露出させて人間に見えるよう擬装している。つまり、本当の姿は人間から見ると得体のしれない怪物に見えるので、あえて人間の身体に見せかけている】
【ぼくらは、瞬示という人間の身体と、真美という人間の身体を借りているのか】
【正確に言うとそうではないが、それに近い】
【でも生まれて物心ついたときから意識は人間そのもので、外部からこの身体に侵入したという感覚はない】


 瞬示がきっぱりと否定する。


【詳しい説明はあとにしよう。その前にノロと話しあわなければならない】
【なぜ?】
【答えはあとだ。あれを見ろ】


 ブラックシャークが急接近して黒光りした主砲を時間島に向ける。


【攻撃するつもりなのかしら】


 瞬示は返事をしないでブラックシャークの船首を透視する。


【攻撃されても時間島はなんの影響も受けないはずだわ】


 同意を求める真美に瞬示がやっと答える。

 

[501]

 

 

【危険だ。ブラックシャークは主砲でも多次元エコーを発射できるように改造されている】
【瞬示の言うとおりだ。ノロなら時間島を破壊することができる】
【あなたの名前は?】
【最長】
【最長?】
【思い出した。大僧正の双子の弟だ!】
【人間の身体を借りると、貸した方の人間はどうなるの?】
【その答えはあとだと言ったはずだ】
【ノロと話をするって、どこでするんだ。今はそんな状況じゃない】
【そこで君たちに協力して欲しいのだ】
【なぜ?ノロは攻撃的な人間じゃない。素直に話しあいたいと頼めば受けるはずだ】
【私は君たちのように自分自身で時空間移動はできない。緑の時間島を操れないのだ。必ず黄色の時間島を必要とする。それに……】


 真美は短絡的に最長の言葉を押しのける。


【とにかく、ノロにあなたのことを伝えます】


***


 ブラックシャークの艦橋に瞬示と真美が現れる。大きなどよめきのなか、真美は単刀直入に今見てきたことを報告する。

 

[502]

 


「あの時間島には最長という大僧正の双子の弟がいます」


「やっぱり」


 再びどよめきが広がると唯一冷静さを保ったノロがフォルダーに指示する。


「攻撃態勢を解除」


 瞬示と真美を見つめていたフォルダーの姿勢がゆるむ。


「わかった。攻撃態勢解除」


 フォルダーは命令を出すとさらにフーッと息を吐きだす。


「最長は瞬示と真美と同じ六次元の生命体なんだ」


「ふーん」


 ノロにフォルダーが空返事を送るとイリがたずねる。


「どうして、攻撃態勢に入ったの」


「時間島にのみこまれると、生命永遠保持手術の効果が消滅してしまうかもしれない」


 ノロの言葉にサーチが驚く。


「そんなことまで知っているの。ノロは」


「この本のお陰さ」


 手元の本を見つめながらホーリーやサーチがうなずくのを確認するとノロが言葉を続ける。

 

[503]

 

 

「生命永遠保持手術の効果を消滅させないようにする方法はあるが、俺の身体は丈夫じゃない。手術の効果が消えるとその瞬間死んでしまうかもしれないんだ」


「おい、ノロ!」


 フォルダーがノロにかけよる。


「おまえ、いつも平然としているが、無理を重ねてきたな」

 

「うん。でもまだやりたいことが山ほどある。だから、時間島の中に入ることはできれば避けたい」


 真剣な言葉とは逆にノロは口を大きく開けて笑う。


「でも、いくらブラックシャークでも時間島を破壊するのは無理では?」


 瞬示がノロに確認する。フォルダーがノロの代わりに答える。


「いや、多次元エコーがある」


「やっぱり!多次元エコーか」


「思っているほど恐ろしい兵器ではない。耳が少し痛くなるが生物には無害だ」


 ノロの言葉にすぐさま瞬示が反応する。


「時間島には?」


「時間島は生物ではない。もちろん単なる物質でもない」


 ノロの言葉に瞬示は真美とともに驚きの表情を隠さずに質問を続ける。

 

[504]

 

 

「時間島が生物でもなく物質でもないってどういうこと?」


「時間島はどの次元の世界でも自由に移動することができる。だから生物ではないし物質でもない。しかし、生物でない以上すべての次元に影響を与える多次元エコーの攻撃を受ければ、かなりのダメージを受けるはずだ」


 あまりにも突拍子ないノロの説明に会話が途切れて沈黙がブラックシャークの艦橋を包む。その中で瞬示だけがノロの説明を消化してそれまで持っていた時間島に対する概念を放棄して改めて感心する。そして沈黙を破る。


「ところで最長とはどこで会う?」


「海辺の砂浜にしよう」


 メイン浮遊透過スクリーンに海辺の光景が映る。


「あの辺がいいなあ」


 メイン浮遊透過スクリーンの下の方に数字がテロップする。


「あの場所の空間座標を最長に伝えてくれ」


 ノロがフォルダーと艦橋にいる全員に向かって指示を続ける。


「フォルダーはブラックシャークに残ってくれ。最長と会うのは、ホーリー、サーチ、住職、リンメイ、一太郎、花子そしてイリの七人だ。他の者はフォルダーといっしょに残ってくれ。


万が一、異常事態が発生したら、あとは頼む」

 

[505]

 

 

「ぼくらは?」


 瞬示が思わず声をあげる。


「ご自由に、ということだ」


 もし、ここにミリンとケンタがいたら、いつものように不満そうな表情をしたに違いない。


***


 ノロたち十人が美しい砂浜に時空間移動装置から降りたつ。すでに最長がヤシの木にもたれて座っている。ノロが最長の前に立つと軽く会釈する。


「このあいだは、どうも」


 最長は座ったまま手を横に振る。


「なあに、店先の机の前でずーっと座っているのが苦痛になったんだ」


 最長があいまいな笑みを浮かべる。


「にぎやかな方がいいと思って観客を連れてきた」


 ノロは気後れすることなく最長の前に座る。他の者はふたりを囲むように座る。柔らかい砂がキュッキュッという音を出して心地よいクッションになる。


「私はノロに色々聞きたいことがあってここに来た。観客は質問を遠慮して欲しい」


「わたしと瞬ちゃんは観客じゃないわ」


「そうだ。ノロと会えるようにセッティングしたのはぼくらじゃないか」

 

[506]

 

 

 ノロが瞬示と真美をなぐさめるように見つめると最長に視線を移す。


「瞬示と真美には感謝している。決して答えないと言っているのではない。ノロとの会話の中で君たちの疑問を満足させる話が出てくるはずだ」


「わかったわ。ピクニックに来ているわけでもないものね」


 真美が笑みを浮かべて最長を見つめる。その最長がいきなりノロに向かって質問を始める。


「ノロはなぜ、この惑星を地球と同じような生命に満ちあふれた星に改造しようとするのだ」


「地球がもうひとつ必要だからさ」


「もうひとつ?」


「そうだ」


「今の人口からすれば地球ひとつで十分だ。仮に人口が爆発的に増えても、昔のように完成コロニーを造ればなんとかなるのでは?」


「人間のためではない。地球と同じような惑星がどうしても必要なんだ」


「誰のために?」


 ノロが一呼吸置く。最長を初め全員がノロの言葉を待つ。


「アンドロイドのための地球を造るんだ」


「アンドロイドのために?アンドロイドなら、それこそ前線コロニーで十分じゃないか!」


 最長が強い口調で反論するが、ノロの次の言葉をすでに理解しているのか、余裕がある。

 

[507]

 

 

「アンドロイドはやがて人間と同じようになる。最長もアンドロイドにそう布教していたじゃないか」


 ノロが念を押すと最長はうなずきもせずに質問を続ける。


「アンドロイドが進化して人間になると言うのか?それともノロが改造するのか?」


「その両方だ。俺が改造するし、アンドロイドも自らを改造しながら進化する」


 思わず、ホーリーが声をあげる。


「ノロひとりで、そんなことができるのか?」


「俺ひとりじゃない。この星にいる大半の人間は男と女の戦争に反対してそれぞれの軍隊を脱走した科学者だ。もちろんそうでない者もいるが、いずれにしても平和主義者だ。彼らといっしょに作業を進める」


「宇宙海賊が平和主義者とは恐れ入った」


 最長の表情がゆるむ。


「平和な世界を構築するには色々なものが必要で、その調達係が宇宙海賊だ」


 ノロの言い訳に最長以外の者も表情をゆるめる。しかし、最長は一変して質問を再開する。


「なぜ、アンドロイドを進化させるのだ」


「俺は元々生命の進化を観測しようと思ってこの星を造ったんだ。生命永遠保持手術が発明されたときに俺はそんな夢を持った。なんとか平和主義の人間だけを誕生させることができないものかと考えた。

 

[508]

 

 

でも、しばらくして進化自体が殺し合いの過程だとわかって落胆した。どんな生物も毎日毎日生存競争を繰り返して、強いもの、環境に適合するものだけが生き残って、そうでないものは死滅する」


 ノロが一瞬間を置いたとき、住職が何気なく介入する。


「仏の教えとは異なるが、そう言われれば確かにそのとおりじゃ」


 住職の遠慮気味な発言に最長が気持ちよさそうな声で応える。


「私はこの擬装した身体で仏門に身を置いて三次元の世界を眺めてきた。しかし、仏教の言わんとする『魂が輪廻する』という教えは現実的ではない」


 ノロがすぐさま最長に反論する。


「必ずしもそうとは言えない」


「?」


「巨大土偶の再生は輪廻のような気がする」


 最長が珍しく身を乗りだす。


「俺が初めて巨大土偶と出会ったのは恐竜時代の地球だった」


「それは知っている」


 ノロは話題を元に戻すことを停止して変化した会話の流れに乗る。


「ということは、最長が鍵穴星を俺たち三次元の宇宙の地平線近くに移動させたんだな?」

 

[509]

 

 

「そのとおりだ」

 

「なぜ鍵穴星を三次元の世界に移動させたんだ?」


「説明しなくてもノロはわかっているんだろ」


「観客のリクエストでもある。説明してくれ」


「その前に私の質問に答えてくれ」


 誰もがノロと最長の会話の進行に緊張する。


「話をそらしたのは最長じゃないか。答えが欲しければ今しばらく横道の話に付きあってくれ」


「えっ?」


 最長のスキを突いてノロは会話の主導権を握る。


「鍵穴星といっても俺たちにそう見えるだけで本当の形はわからないが、あの星は巨大土偶の故郷なんだろ?」


「そのとおりだ」


「その鍵穴星を六次元の世界から俺たち三次元の世界に移動させたのはなぜなんだ」


「話せば長くなるが……」


「詳しい説明はいらない。手短に説明してくれ」


 最長はムッとしながらもなんとかうなずいてからノロをにらむ。

 

[510]

 

 

「やはり、ノロは知っているのだな」


「それはわからない。だから、たずねているんだ」


 ノロもにらみ返すと緊張度が急に増す。


「この世界には次元の落とし穴がいっぱいあって、簡単に六次元の物体を送り出すことができる状況だった。私たち六次元の生命体は巨大土偶に手を焼いていたので、巨大土偶の故郷である鍵穴星を三次元の世界に移動させることにした」


「超粗大ゴミを三次元の世界に捨てようとしたんだな」


「あまり愉快なたとえ話ではないな」


「言葉がすぎたかもしれないが、怒るほどでもないだろ」


 ノロが軽く頭を下げる。


「でも、なぜ巨大土偶が鍵穴星から大挙して地球の恐竜時代に移動したんだ?」


「それは巨大土偶に聞いてみなければわからない。しかし、多次元エコーの攻撃を受けて巨大土偶はほぼ全滅した。あんな武器が三次元の世界に存在するとは!」


「ありがとう。よくわかった」


 いさぎよく返事をしたあと、今度は深々と頭を下げる。


「しかし、巨大土偶の復元力は、そう、最長たち六次元の生命体が手を焼く巨大土偶の復元力は強力だ。全滅に近かったのに一体とはいえ巨大土偶はよみがえった。俺たちの世界では何億年という歳月だったが、確かによみがえった」

 

[511]

 

 

 ノロはここで真剣な眼差しのリンメイに気付く。


「巨大土偶の魂とでもいえるかもしれないエネルギーがまるで卵を産み付けるようにリンメイが生体内生命永遠保持手術を施した胎児に侵入して七体の遮光器土偶を生まれさせた。この侵入はまるで時空間移動に失敗した時空間移動装置を利用して行われたように俺には見えた。時間の矛盾を抱えたこの現象は、人間の場合、黄色の時間島でそれまでの因果が清算されるが、巨大土偶の場合はその影響を受けない。つまり時間島に入っても因果が清算されることはない。だから巨大土偶の消滅・復活が輪廻のように見える。しかも、それは強力な輪廻でその個体数は放置すれば爆発的に増える」


「なんと!巨大土偶の魂は輪廻すると言うのか?」


 住職が腰を抜かすと最長が深くうなずく。


「たいしたものだ。ノロが三次元の生命体のままで一生を終えるのはもったいない」


「最長にほめてもらってすごくうれしいけれど、観客は混乱したままだ」


 ノロは余裕を持って最長からまわりに広角レンズのように視線を広げる。ノロと最長の会話に堅さがとれるが、ふたり以外の者はこわばった表情をする。もちろん瞬示も真美もだ。


 ノロはその中で平静を保つ一太郎をチラッと見る。


「ところで、この永久の世界と平行して存在する西暦の世界のことだが、その世界の一太郎と花子が開発した無言通信の言語処理プログラム、もちろん人間用なんだが、俺たち永久の世界のアンドロイドにインストールされると、アンドロイドの会話能力が進歩した。

 

[512]

 

 

そして中央演算処理装置(CPU)と記憶装置が進歩するにつれ、同時にバージョンアップされた言語処理プログラムのお陰でアンドロイドに意識の片鱗が芽生え、さらに進化してアンドロイドは明確に意思を持つようになった。そして今やアンドロイドは人間とほとんど変わらなくなった」


 ノロは一息入れると、最長があきないようにすぐに言葉を続ける。


「六次元の世界にも巨大土偶という、それは三次元の世界から見た形だが、とにかく巨大な土偶の姿をしたアンドロイドがいる。最長、俺の見解に誤りがあったら遠慮なく訂正してくれ」


 最長は肯定も否定もしない。ノロは肯定したものと受けとって言葉を続ける。


「巨大土偶が三次元のアンドロイドと決定的に異なる点は言語処理能力だ。次元が高いからといって、言語処理能力が高いとは限らない。むしろ、三次元のアンドロイドの方が格段に言語処理能力が高い。そこに一太郎の言語処理システムのすごさがある」


 しかし、ホーリーがうつむいたままつぶやく。


「地球や完成コロニーにいるアンドロイドは今や人を殺すこともある」


「アンドロイドに意識が芽生えたからだ。ホーリー、いつからそんな状況になったんだ」


 一太郎がはっとしてホーリーからノロに視線を移す。


「僕が造ったプログラムにバグがあったのか」

 

[513]

 

 

 ホーリーが首を激しく横に振る。


「一太郎のせいじゃない。俺がアンドロイドにウソをつくことを教えたんだ。おそらく、それが根本的な原因だと思う」


 ノロが声に出して笑う。同時にホーリーがけげんそうにノロを見つめる。


「俺もコンピュータにウソをつくことを教えてしまったが、そうじゃない。つまり『人間を殺せ』というプログラムをインストールしない限り、元々アンドロイドにインストールされたプログラムが暴走することはない。この星以外のアンドロイドは人間の迫害に対抗するためにやむを得ず人を殺すことを覚えたんだ。まだアンドロイドの能力が低かったころの男と女の戦争時代を思い出してくれ。あのころは殺人アンドロイドを製造したが、男と女の区別がつかずに人間を殺すのですぐ製造を中止した」


 最長は黙ってノロたちの会話を聞く。


「今のアンドロイドはまったく違う。ベースは一太郎と花子が作った言語処理プログラムだ。


意識までも制御できる素晴らしいプログラムだ。俺の言語処理プログラムはアンドロイド用に造ったもので、今思えば恥ずかしいぐらいちゃちなものだった」


 一太郎が驚いてノロを見つめるとノロは改めて最長に顔を向ける。


「アンドロイドが完全に人間と同等になったら、やはり地球のような星が必要じゃなかろうか。そして将来アンドロイドは人間とはまったく違った人生を送るのかもしれないし、人間と同じようにやがて戦争をするかもしれない。

 

[514]

 

 

意識というものが長い年月の中でどのように進化するのか、見届けられるものなら、見届けたい。これは俺の最新版の夢だ」


 ノロが最長からイリに視線を移す。イリもノロを見つめて大きくうなずく。一方、最長もうなずきながら、いきなり核心を突くように問いかける。


「この星のアンドロイドは本当に子供を欲しがっているのか」


「おまえが布教していたとおりだ」


「もう一度聞く。その要求に応えることはできるのか」


「できる」


「今すぐ、できるのか」


「できる」


 イリと最長を除く全員が「おお」という声をあげてざわめく。


「この辺で最初の質問の答えに戻ろうか」


 ノロは最長の口元が開く前に言葉を続ける。


「この星は将来アンドロイドの星になる。生命に満ちあふれた星になったとき、アンドロイドにこの星をプレゼントする」


 抵抗するように最長の口元から重大な問題が提起される。


「生命に満ちあふれた星は酸素に満ちている。酸素はアンドロイドにとって有害だ……」

 

[515]

 

 

 ノロの真意を読みとると最長は言葉を切るとサーチが口をはさむ。


「それなのに、なぜそんな星をアンドロイドにプレゼントするの?」


 最長はサーチを無視してノロに何も言わずに首をたてに振ってみせる。


「わかってくれたか」


 ノロが最長に短く応える。最長以外の者は消化不良を起こしたような表情をしてノロの顔を見つめる。ノロの目にうっすらと涙が浮かぶ。


「ノロ、差し支えなければ、サーチの質問に答えてくれないか」


 ホーリーがノロに頼みこむ。最長がホーリーを無視してノロの考えをずばり披露する。


「酸素を使ってアンドロイドの寿命を有限にするのだ。そうすることによってアンドロイドの人口の増加を抑える」


「えっ!」


 サーチとホーリーの驚きは強いがその声はか細くて波の音に消される。ほかの者は声も出せない。かろうじてホーリーが残念そうにサーチにささやく。


「そうしないと子が親を殺さなければならなくなってしまう」


「アンドロイドの人口の増加を酸素で防ぐなんて」


 サーチがつぶやく。最長がサーチの言葉を引き継いでノロに質問する。


「その具体的な方法は?」

 

[516]

 

 

 ノロは最長の質問から核心部分を抜き去る。


「その質問には残念ながら簡単には答えられないし、それにその方法を教えたところで果たして六次元の世界でも通用する方法なのかどうかも不明だ。なぜならアンドロイドの資質の問題だから。つまり、一太郎の言語処理プログラムで意志を持ったアンドロイドにはそれなりの方法でその増殖を抑えることができるが、巨大土偶は復活と増殖を繰り返すだけの存在に過ぎない。巨大土偶には幼稚な意思しかないが、俺たちの世界のアンドロイドは高度な意志を持っている。それに言うまでもなく三次元と六次元の世界の環境は天と地ほどに違うはずだ」


 最長がうろたえながらノロにたずねる。


「ノロは私たちの世界の難問を理解しているのか」


「いや、最長が想像しているほど六次元の世界のことを理解しているわけではない。わかっているのは三次元の世界の人間とまったく同じだと言えないが、なんらか事情で巨大土偶というアンドロイドに頼って生きている六次元の生命体の存続が危ういということ、瞬示、真美はその身体も含めて六次元の生命体そのもので、最長は三次元の世界にはみ出した身体の一部を人間に擬装させた六次元の生命体だということだ」


 最長がツバをごくりとのみこむと目を閉じてしばらく沈黙する。ノロは十分時間を取ったあと最長をうながす。


「そろそろ本題に入ってもいいんじゃないか。巨大土偶のことで三次元の世界に留まっているんだろ?」

 

[517]

 

 

 最長が目を閉じたままうなずく。しかし、気を取りなおして目を開ける。


「先ほどの方法のことだが、六次元の世界に通用する可能性は?」


「観客にもわかるように繰り返すと最長が知りたいのはこういうことだろう。巨大土偶というアンドロイドを攻撃して消滅させても必ず復元する。さらにやっかいなことに子供を造ることもできる。つまり遮光器土偶という赤ん坊を生んで自分たちを増殖することもできる。これをどうやって食い止めるかということだろ」


 今度は誰もがさらに強い衝撃を受ける。もちろん最長の受けた衝撃が最も強烈だった。


「ノロはそこまで理解しているのか」


「酸素に替わるものを捜す必要があるが、そんなものが六次元の世界に存在するのか知らないし、巨大土偶はアンドロイドほど高度な意志を持っていないから、説得がむずかしい」


 真美が興奮気味に割りこむ。


「でも……でも例の呪文を唱えたのは巨大土偶だわ。住職も言ってたけれど、この宇宙を端的に表現した重要な呪文だわ。高度な意志を持っているわ!」


 首を大きくたてに振る瞬示とは逆にノロは首を横に振ると最長を見つめる。


「『子供が生まれる前に死んでいく……』という言葉のことだな。あれはすべての次元をつらぬく普遍の理念だ。どこで覚えたのか知らないが、巨大土偶はバカのひとつ覚えで口にしているだけで、意識して言葉にしているのではない」

 

[518]

 

 

 最長の言葉に真美が瞬示を悲しそうに見つめる。瞬示がそんな真美を引きよせると軽く抱く。ノロはためらいながらも先ほどの自分の言葉を引き継ぐ。


「最長の言うとおり、アンドロイドが宗教に興味を持つのと同じぐらい巨大土偶が高度な意志を持っているとは言えないだろ」


 最長は視線を真美からノロに向けてうなずく。穏やかな波の音が何度も繰り返して聞こえる。誰もがため息すらもらさずにノロと最長を交互に見つめる。


「そんなに落ちこむな。今は無理でもいずれ解決策が見つかるはずだ」


 なんとも言えないノロの大きな包容力に最長が視線を外す。ノロは敏感に最長の視線が外れたことを感じとると話題を変える。


「ところで瞬示と真美の六次元から三次元の世界への移動について聞きたいことがある。いいかなあ?」


 瞬示と真美が身を乗りだす。最長は視線をノロに戻すことなく弱々しくうなずく。すでに最長は質問するなという自らの要求を取り下げていた。


「ふたりは元々ひとつの六次元の生命体だった。しかし、なんらかの事情で身体をふたつに分離してこの三次元の世界の二体の胎児の身体に侵入したが、そのとき次元移動に失敗したと俺は考えている。どうだろう?」

 

[519]

 

 

 最長がノロをまじまじと見つめる。


「ノロは六次元の世界のことを思考できるのか」


「数学的に理解することはできるが、それ以上のことでもないし、それ以下のことでもない」


「たいした想像力だ」


「俺は一度、スーガクと恋に落ちたことがあるんだ。でも、すぐに失恋した」


 ノロの言葉にイリがはっとしてスーガク(数学)という女性の名前を記憶の中で検索するが、すぐに苦笑いする。


「瞬示と真美の次元移動に関する答えは、半分成功で、半分失敗だ」


「最長の次元移動は?」


「移動はしていない。かなりむずかしい説明になる」


 最長は言葉を探して、なんとか答える。


「私の身体のうち三次元分はこの世界にあって、残りの三次元分が六次元の世界に残っている。言い換えれば、三次元の世界を股いでいるだけで、この世界へ次元移動しているのではない」


「やはり、そうか。六次元の生命体が黄色の時間島で三次元の世界を股にかけているんだ」


 ノロは最長の説明の深いところを読みとったらしく、最長の顔をのぞきこむと声を出さずに笑う。最長がノロのメガネの奥に残るほほえみに驚く。


「股いでいるから、次元を半分に分割して三次元の世界に適応した瞬示や真美のように自由に緑の時間島で移動できないんだな。そのまま移動したら股裂きになってしまうものな」

 

[520]

 

 

 ノロの断定的な言葉に最長はうなずくだけで、ほかの者は笑うこともなく、ただあ然としてノロを見つめる。特に瞬示と真美は氷のように固まる。


「六次元の世界を想像することはできないし、六次元の世界と三次元の世界の関係もまったく理解できない。繰り返して言うが、瞬示や真美は最長と違って六次元のある生命体がまるまる俺たちの三次元の世界に次元移動して『瞬示という身体』と『真美という身体』のふたつに分離されてしまった。そう理解しているが、どう思う?」


 ノロはまるで輪ゴムのように自由自在に伸縮する表現で最長を圧倒する。


「ノロ!恐るべし」


 最長は首をたてに大きく振る以外の表現方法を持ち合わせない。そして、ノロから視線をあらぬ方角に向ける。


「半分成功したと言うことは、六次元の世界から三次元の世界に完全に次元移動したということで、半分失敗したと言うことは六次元の生命体として持っていた性質や記憶が失われてしまったということだ」


 目が覚めるようなノロの言葉に、汗をかくはずがないのに最長の額からだらだらと汗が流れ落ちる。逆に瞬示と真美はまったく動くことができずに目を見開いたままだ。質問する者と回答する者の立場が完全に入れ替わってしまった。次元が高いとか低いとかいう問題ではない。

 

[521]

 

 

ノロの知性が次元の壁を超えた。


「意外と短い会話でおおよその全容がつかめた。あとはさっきからたずねているように最長がこの三次元の世界に留まっている理由を聞きたいだけだ」


 ノロは瞬示と真美を心配そうにうかがう。瞬示と真美は全神経を集中させて一度だけまばたきをする。最長を超える超能力を持っているにもかかわらず、今できることと言えばまばたきしかない。しかし、ノロの話が聞こえていないわけではない。


 最長も瞬示と真美を気にかけながら、逆にノロに要求する。


「巨大土偶の増殖を回避するヒントが欲しいのだ」


 ノロは首を大きく横に振る。


「それは俺がさっき言ったことで、最長の任務をたずねているんだ」


 最長は万華鏡のように次々と変化しながら繰りだすノロの言葉に弱々しく応える。

 

「私の任務を話さなければ、ノロは納得してくれないのか」


「まあ、今後の付き合い方をどうするかの問題が残るだけで、どっちでもいい」


 ホーリーはノロを見直す。単なる興味本位の先天的な楽天家で能天気な人間だと思っていたことを恥じる。フォルダーはなんだかんだと言っても最終的にはノロを認めている。本人が自覚している、いないは別として確かにノロには人類、いや三次元の世界を代表するだけの度量がある。

 

[522]

 

 

「私の任務は、一言で言えば、鍵穴星から三次元の世界に移動した巨大土偶の状況把握に向かった瞬示と真美を監視することだった」


 ノロはすべてを理解する。一方、瞬示と真美は最長の言葉の一語も理解できずに、ただうろたえるだけで生身の人間のように真っ青になる。


「ということは、自由に三次元の世界を移動できるひとりの六次元の生命体をふたつに分割して三次元の世界に送りこみはしたが、次元移動に失敗したらしく、肝心の巨大土偶の状況把握という使命を忘れ、しかもふたりの人間として成長する瞬示と真美を監視するために最長は派遣された。こう解釈していいんだな」


 最長も真っ青になる。逆に瞬示と真美は冷静さを取りもどして本能的にノロの意識をのぞきこむ。


【瞬ちゃん!】
【マミ!】


 ふたりはノロ以上に深くすべてを理解する。


 そんなふたりの表情を見て最長は安堵すると、これが最後の言葉だと言わんばかりにノロに頼みこむ。


「六次元の我々の世界にノロを招待したいと頼めば受けてくれるか」


 ノロは最長をじっと見つめてから、元々大きな口を張り裂けそうにして笑う。

 

[523]

 

 

「もちろん!それが最長の目的なんだろ?最初からそう言えばいいものを。でも兄の広大はそれをよしとはしないだろう」


 最長がピクッと反応してピンク色に輝くと立ちあがって両手を高々とあげる。美しいエメラルド色の海上に黄色い時間島が出現する。


「最長!」


 時間島の出現に驚いたホーリーが荒々しい声をあげると反射的にノロを抱きかかえる。そのホーリーの行動に瞬示が反応する。


「時間島にのみこまれたらノロは死ぬぞ」


 瞬示の言葉とホーリーの行動に誰もが危機感を抱く。最長が瞬示と真美に命令する。


「瞬示!真美!ノロを六次元の世界へお連れしろ!」


 しかし、瞬示と真美は最長を無視して立ちはだかる。時間島がどんどん膨張する。


 イリがホーリーからノロを奪って抱きしめると、そのまま砂浜を素足で力強くかけだす。それをのみこもうと時間島がさらに膨張する。瞬示と真美の身体が緑色に輝くと膨張した時間島を強引に吸収して一瞬のうちに消滅させる。そして、そのままの体勢からピンクの光線を最長に浴びせる。


「命令を無視するのか!」


 最長は短い言葉を残して溶けるように消滅する。

 

[524]

 

 

「ノロ!大丈夫?」


 ノロを抱いたままイリが砂浜に倒れこむ。


「宴たけなわだったのに」


「ノロ、あなたは時間島にのみこまれそうになったのよ」


「そうか。それなら礼を言わなければ……」


 しかし、ノロはイリの腕をすり抜けて立ちあがると海に向かって大きく手を広げる。すぐ前の海面から再び時間島がせりだす。


「ノロ!」


 再びイリがノロを抱きしめると、瞬示と真美がノロとイリのそばに瞬間移動する。


「イリ、俺は行く。ひとりで行く。すまない……」


 真美が素早くイリの腕を握る。ほぼ同時に瞬示がノロの腕を取ろうとしたとき、ノロの身体がイリから離れて宙に浮く。


「ノロ!」


 時間島の膨張は意外なほど早く、瞬示と真美の身体が緑色に輝く直前に黄色い時間島の波がノロをのみこむ。その波が引くと時間島が一瞬にして消えてしまう。瞬示と真美はぼう然として立ちつくす。それほどノロを取りこんだ時間島の動きは俊敏だった。イリは時間島が消えたあたりをまばたきもせずに見つめて震える。

 

[525]

 

 

「なぜ?ノロ、なぜ」


 そして、イリはかん高い声をあげて泣きくずれる。


***


「なに!」


 フォルダーが怒り狂う。イリはうずくまってブラックシャークの艦橋の床に涙を流し続ける。


「アイツ、何を考えているんだ」


 フォルダーの声だけが悲しみの沈黙に包まれた艦橋に響く。


「中央コンピュータ!時間島の移動先のデータをすぐに収集して分析しろ!」


 瞬示も真美も放心状態でノロの惑星の海に浮かぶブラックシャークの艦橋の窓に身体を預けてノロが消えたあたりの海面を見つめる。


【ぼくらは六次元の生命体なんだ】
【人間じゃないのね】
【元々ひとつの六次元の生命体で、ふたつに分かれた】
【巨大土偶の探索や監視のために送り出されたなんて……】
【サーチやリンメイの言うとおり、ぼくらの身体は人間の身体じゃない】


 泣きくずれていたイリが立ちあがると、まっすぐ背筋を伸ばしてフォルダーに向かう。


「生命永遠保持手術の準備をします」

 

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「なぜ?それに最近生命永遠保持手術をしたことがないから整備に時間がかかるぞ」


「だから準備するのよ」


 フォルダーはイリの気持ちを察する。


「ノロのためか」


「ノロが瀕死の状態で帰ってきたときのための準備です」


 イリはわずかな可能性に希望を捨てない。いや、ノロのためなら可能性など関係ない。イリが艦橋から出ていく。住職はイリが消えた扉を見つめる。


「祈りに近い」


「祈りっていうもんじゃない。執念だ」


 フォルダーは住職の見解を弱々しく修正する。


「俺はノロが死んだものだと思っていたのに、イリは生きていると信じていた。果たしてノロはイリの思っていたとおり生きていた」


 フォルダーが何かに気が付いて言葉を止める。住職も何かに気が付く。


「ノロはイリの強烈な想いに当惑しているのかもしれない」


 住職はフォルダーの言葉とは反対のことを続けて言う。


「ノロはイリを頼りにして生きているのじゃ」


 リンメイがとまどいながら、あえて言葉にする。

 

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「追いかけられると逃げる。逃げると追いかけるわ」


 住職はあまりにも近くにいるリンメイから一歩離れる。


「いいや。ノロとイリは逃げたり追いかけたりする関係ではないのじゃ」


 フォルダーが住職の言葉に想いをめぐらせる。


「『ノロはイリを頼りにして果てしない夢を追いかける』……そしてイリはノロを信じる。イリには『信じる』という力がみなぎっている」


 脱力感に支配されていた瞬示と真美は住職の、そしてフォルダーの独り言のような言葉に心をゆさぶられる。そして三次元の生命体として生きていく覚悟を共有する。


【なんとしてでも、ノロを探しだすんだ】
【そのとおりだわ。それに……】


 真美が笑顔で瞬示の手を強く握る。いつの間にか真美の身体が美しく緑色に輝いている。


「わかったことが、みっつあるの」


 真美が肉声を発すると瞬示も肉声で応じる。


「みっつも?」


「ひとつは、六次元の生命体は黄色の時間島の操作がとてもうまいこと」


 瞬示は一瞬、間を置くがすぐに同意する。


「確かに。あとのふたつは?」

 

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「六次元の世界に大変な事件が起こっているということ。こっちの方が重要だと思うの」


 瞬示の顔にも笑顔が戻る。


「そうだ。ノロが言ったように六次元の世界に巨大土偶があふれるほど増えて、六次元の生命体の存在を脅かしているんだ」


 緑色の輝きが真美から消える。


「六次元のアンドロイドはドンドン子供を造って六次元の人間をビックリさせているのかも」


「六次元のアンドロイドが遮光器土偶か巨大土偶かわからないが、何かおとぎ話の世界みたいだな」


 ふたりの会話にリンメイが強く反応する。


「本当に遮光器土偶は巨大土偶の赤ちゃんなのかしら。遮光器土偶が成長して確かに巨大土偶になるのは見てのとおりだったけれど」


「ノロの話によるとそうだし、ノロはその確認と解決策を探るために最長の誘いを受けたのかもしれない」


「瞬ちゃんの言うとおりだわ」


 瞬示はみっつめの問いを真美にたずねるのを忘れて決断の言葉を発する。


「皆さん、ぼくら、必ずノロを連れて帰ってきます」


「わたしたちは六次元の世界のスパイではない。それを証明するためにもノロを!」

 

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 ふたりの身体が同時に緑色に輝きだす。そのとき、中央コンピュータの声がする。


「ノロが消えた時空間の分析が終了しました」


 フォルダーが急に船長席に走りだすと大声を張りあげる。


「ノロが連れていかれたところへ時空間移動しろ!」


「待ってください!」


 中央コンピュータがフォルダーを強く制止する。そして瞬示と真美もいったん輝いた身体を元に戻す。


「時空間移動装置が一基、この付近に空間移動してきました」


「どこからだ?」


「地球からです。到達地点は造船所です」


 メイン浮遊透過スクリーンに青い時空間移動装置が映しだされると、サブ浮遊透過スクリーンにアンドロイドの顔が映しだされる。その顔は人工皮膚が無残にもはぎとられていて、目や口の部品がむきだしで配線の一部がショートして青白い光が見える。


「誰だ!どうした!」


 フォルダーが叫ぶ。


「人間とアンドロイドが全面戦争に突入しました」

 

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