第三十八章 DNA鑑定


【時】西暦2048年11月13日(前章より二日後)
【空】壮大寺札幌の大学
【人】ホーリー サーチ ミト 住職 リンメイ 一太郎 花子 山内


***

 Rv26の反乱がミトやホーリーたちに重々しくのしかかる。宇宙戦艦が姿を消したあと身を寄せるところといえば壮大寺を除いてほかにない。まして重傷を負ったケンタの治療となれば壮大病院に頼るしかない。ミトたちは壮大寺の一番奥の庫裏に大僧正ミブの好意でかくまってもらう。


「ケンタの骨折がすぐに治らないということは生命永遠保持手術の効果が失われたからだわ」


「あのとき宇宙戦艦が時間島に包まれたからか」


 ホーリーも格納室での戦いで受けた腕の傷口を気にする。


「そうとしか考えられないわ」


 ホーリーとサーチの会話をミトが黙って聞く。


「いずれ私たち、老夫婦になってしまうわね」

 

[274]

 

 

「ミリンはどう思うだろうか」


「ケンタも三十代半ばぐらいじゃないのかな」


「症状が落ち着いたら、ここへ連れてこないと病院だと大騒ぎになるかもしれないわ」


 世間は巨大土偶と宇宙戦艦の戦闘で大混乱しているが、閑静な壮大寺の薄暗い庫裏でホーリーたちは何とか落ち着きを取り戻す。


 しかし、ミトは余りにも突拍子もない事件の連続で錯乱状態に近い。ミトの頭の中で様々なことがとりとめもなく駆けめぐる。たまらず立ちあがると畳の上でサーチと並んで寝そべるホーリーに声をかける。


「疲れているのに申し訳ないが、調べて欲しいことがある」


 ミトが庫裏の玄関に向かおうとする。


「私も行くわ」


 先に立ちあがったホーリーから差し出された手をつかんでサーチも起きあがる。


「何を調べる?」


 ホーリーがミトの背中にたずねる。


「宇宙戦艦の時空間移動先を知りたい」


「なーんだ。そんなことか。それはもう調べてある」


「どこへ移動した?」

 

[275]

 

 

 ホーリーは感情を害しているのを見抜いてミトの肩をたたく。


「あわてるな。ミトには休息が必要だ。少し休んだらどうだ」


 ホーリーとサーチが再び寝そべると、半ばやけくそのミトもその横で仰向けになる。しかし、すぐ起きあがってホーリーに頭を下げる。


「頼む。教えてくれ」


「宇宙戦艦が時空間移動する前に出した移動先の時空間座標の信号を時空間移動装置のコンピュータに保存しておいた」


「さすがホーリーだな」


 ミトがホーリーのすぐ横に上半身を寄せる。


「ただ、その座標が示す時空間がどのようなところかは、行ってみなければわからない」


「むろん、そうだろう」


「単純に宇宙戦艦を追って時空間移動すべきかどうか……」


「ホーリーの言うとおりだ。我々は生命永遠保持手術の効果を失った。アンドロイドと戦うには余りにも非力だ」


「生命永遠保持手術を受けようにも、その設備そのものが宇宙戦艦とともに消えたわ」


 サーチが目を閉じてつぶやく。


「悲観的になることはないが、宇宙戦艦が移動した時空間先が俺たちの現実時間の世界だった

 

[276]

 

 

らカーンやキャミはひとたまりもなくアンドロイドの攻撃にやられてしまうだろう。でも俺たちはその世界へ確実に時空間移動できるだけのデータを持ちあわせていない」


「時空間移動が可能になったはいつからだ?」


「恐らく、あのふたりが緑の時間島で御陵に到達したときだと思う。そのとき俺たちは永久の世界の関ヶ原にはじき飛ばされて時空間移動が可能だと初めて気が付いた」


 ホーリーはミトがうなずくのを確認して言葉を続ける。


「ところで宇宙戦艦のほかに時空間移動の痕跡を示す信号がふたつあった」


「なに!」


 ミトがホーリーの視線をしっかりと受けとめる。


「ふたつとも時間島のものだ。時間島が残す信号は特殊なのですぐにわかる」


「時間島がふたつも宇宙戦艦と同時にしかも時空間移動したのか!」


 ミトが興奮して今にもホーリーの胸ぐらをつかみそうに腕を伸ばす。


「いや、ふたつとも宇宙戦艦の時空間移動よりも少し前に時空間移動した」


「そこまで調べあげていたのか」


 腕を降ろしてミトは冷静になろうと努める。


「ひとつは多分、巨大土偶のものだろう」


「宇宙戦艦にやられたんじゃないの?」

 

[277]

 

 

 サーチは宇宙戦艦の攻撃のあと御陵に何も残っていないのでてっきりそう思った。そのときミトが急に思い出したことを口にする。


「実は宇宙戦艦が巨大土偶を攻撃するほんの少し前、例の埴輪の鳥が現れた」


「えっ!」


 リンメイがミトの言葉に強く反応すると忍者との会話を中断してホーリーたちの会話に割りこむ。ミトがそんなリンメイに向かって先ほどの言葉を繰り返す。


「Rv26は埴輪の鳥が再び時間をロックするかもしれないと恐れていた」


「だからRv26は巨大土偶を攻撃したのじゃ」


 ミトの言葉に住職も得心して会話に加わる。


「住職の言うとおりだとするとRv26に非はないわ。それに宇宙戦艦の中央コンピュータも私たちを抹殺しようとしたのではなく、全員を連れて永久の世界に戻ろうとしただけだったのかもしれないわ」


 ミトがサーチにゆっくりと首をたてに振るとホーリーが付け加える。


「今まで巨大土偶は単独で時空間移動するものだと思っていたが、巨大土偶自体が時間島なのかもしれない」


 リンメイがさらに割りこんでくる。


「そんなこと、考えられないわ」

 

[278]

 

 

「巨大土偶が時間島と同じような時空間移動をしないのなら、ほかの種類の時空間移動の痕跡を示す信号が残っているはずなのにそんな痕跡はなかった。つまり時間島ではない別の種類の信号の記録は残っていない」


「ふたつとすれば、あのふたりじゃないの」


「あのふたりは今まで必ずひとつの時間島を使って時空間移動していた。別々に移動することはなかった。ひとつの星さえ時空間移動させることができる時間島に別々に入って時空間移動するなんて考えられない」


「仮にあのふたりがひとつの時間島で時空間移動したとしたら、もうひとつの時間島はやはり……」


「巨大土偶しか考えられないんだ」


「わかった」


 ミトもリンメイも納得する。


「これからどうするの?私たち」


 サーチがホーリーを見つめる。


「だから、とりあえず休息だ。今、あわてて時空間移動する必要はない。しばらくこの世界でじっくりと考えた方がいいだろう」


 ミトはホーリーが意外と冷静に現状を把握しているのに驚く。

 

[279]

 

 

「ホーリーのように冷静にならなければならないな」


「もうミトは司令官でも艦長でもない。これからのことをじっくりと考えた方がいいんじゃ……これは俺の意見ではない。住職の考えだ」


住職がミトの肩に手を置く。


「今は潮目じゃ。大きな魚は眠っておる」


 ミトがフーッと息をはく。


「そうだな。少しゆっくりしよう」


***

 ケンタのギプスを外す時期がくる。ミリンの愛情がその時期をかなり早めた。ミリンに生命永遠保持手術の説明を交えながら忍者以外の者がこれから徐々に老けていくことが告げられる。忍者は宇宙戦艦が時間島に包まれていたとき関ヶ原にいて、時間島から抜けだしたあとの宇宙戦艦に戻ってきたので、生命永遠保持手術の効果を持続している。


 ミト、ホーリー、サーチ、ミリン、五郎、ケンタ、忍者、住職とリンメイが庫裏の大広間でこれからのことを話しあうために円陣を組むように座る。


 大僧正ミブがミトをうながすとミトが切りだす。


「アンドロイドが人間に反乱を起こしたこと、いやアンドロイドではなく宇宙戦艦の中央コンピュータが反乱を起こしたことが一番目のテーマだ」

 

[280]

 

 

「Rv26は時空間がロックされることを極端に恐れていたことは確かだ。いや中央コンピュータが恐れていたのだ」


 ホーリーの意見にすぐさまミトが追加する。


「もう二十年近く前のことだが、この世界に来る前、摩周湖に偵察に行ったことを覚えているか」


 ミトはそのとき居合わせたホーリーとサーチと住職とリンメイの四人の顔を順番に見る。


「ええ。埴輪の鳥が緑の光線を土偶の目に発射した直後に『時間がロックされた』とRv26が言っていたわ。どういう意味かよくわからなかったけれど」


「時間がロックされて宇宙戦艦や時空間移動装置が空間移動しかできなくなった」


 ホーリーも思い出す。そして、誰もがはるか昔の出来事の記憶を必死でしぼりだす。


「じゃが、Rv26の行動は少々乱暴じゃった」


 住職の言葉のあとでリンメイが学者らしい言葉を並べる。


「あらゆる分析をしてから対応策を考えるという雰囲気ではなく、すぐさま攻撃を開始したという印象を受けたわ」


 ホーリーとサーチが交互に発言する。


「中央コンピュータやアンドロイドが意識を持ったのかも」


「そうね。アンドロイドの会話と思考能力が格段に向上したわ」

 

[281]

 

 

 ミトもサーチの意見にうなずく。


「言葉そのものと言いまわし方が人間と変わらない」


「棒読みのような話し方がいつも間にか抑揚ある言葉使いになったわ」


 サーチがだめを押す。


「しかし、アンドロイドの胸に組みこまれたちっぽけなCPUで人間のような言語処理能力を持ちうるとは考えにくい」


 ホーリーが軽く反論する。


「中央コンピュータなら?無言通信のプログラムを使いはじめて中央コンピュータが意識を持ったと考えられないかしら」


 ホーリーが首を横に振ってから、サーチに苦笑いする。


「中央コンピュータのしゃべり方は昔のアンドロイドよりひどい」


「それはアンドロイドがいつでも人間と会話しているから上手になったんだわ」


「なるほど」


 ホーリーがサーチの意見に納得する。しかし、リンメイはサーチと異なる見解を披露する。


「中央コンピュータは会話より意識の獲得を優先させたのかもしれないわ」


「否定したいけれど、肯定した方が無難かな」


 ホーリーがリンメイの意見に賛同すると、サーチも素直にうなずく。

 

[282]

 

 

「そうだとしたら、中央コンピュータがアンドロイドを介してミトの命令を無視するということも可能だわ」


「意識を持つということは価値観を持つということじゃ」


 住職がサーチの考えを補強すると横のリンメイに視線を向ける。


「一太郎からこんな話を聞いたことがあるわ。植物人間になった人に無言通信チップを埋めこんで、赤ん坊に接するような会話を通じて気長に治療していくとやがて意識が目覚め、普通の人と変わらないほど回復した事例がいくつもあると。会話から思考能力が目覚め、意識が復活する。高度なコンピュータならおおいに可能性があると思うわ」


「すごいものを開発したんだなあ、一太郎は」


 ホーリーが一太郎に尊敬の念を抱く。


「アンドロイドにはプログラムしか組みこまれていない。大脳の能力を引きだして通信するという、つまり脳と連係プレーするためのチップは組みこまれていないわ」


 リンメイの言葉を受けてホーリーがすぐさま発言する。


「アンドロイドはお互い無線で通信ができる。もちろん電波の届く範囲に限られるが、無言通信のように一対一ではなく、一対複数の通信が可能だ。それに混信しなければ複数対複数の通信だって可能だ」


「ホーリー!」

 

[283]

 

 

 サーチの呼びかけにホーリーが驚いてサーチを見つめる。


「あなた、いつか瞬示と真美の通信は無言通信が進化したものではと言っていたこと覚えてる?」


「ああ」


「それにあのふたり、人の心も読めるわ」


「サーチは何を言いたいのじゃ?」


 住職が興味を持って割りこむ。


「あのふたりの通信は人間の無言通信とアンドロイドの無線通信の両方の長所を持っていると思わない?ねえ、ホーリー、そう思わない?」


「サーチ!」


 今度はホーリーが叫ぶが、応じたのは住職だった。


「そのとおりじゃ」


 そしてホーリーがサーチに大きくうなずく。


「あのふたりの通信を盗聴することはできない。ところがアンドロイドの無線通信を盗聴することは可能だ。マシン語の会話を盗聴すると0と1の羅列にしか見えないが、それでも解析すれば何を話しているのかはわからる」


 ミトが付け加える。

 

[284]

 

 

「一太郎の話では無言通信も盗聴できないことはないが、盗聴されないように通信することは可能らしい」


 ホーリーがミトに確認する。


「一太郎の見解からすると、もしアンドロイドやコンピュータが我々を征服しようとすると、人間の無言通信システムが邪魔な存在になるということか」


「実際、宇宙戦艦から脱出するときに俺たちの無言通信にRv26、いや中央コンピュータは適切に対処できなかったじゃないか」


 ミトとホーリーがお互いの意見に驚きながらも合意する。


***

「瞬示と真美の身体についての見解を聞きたい」


 ミトがサーチとリンメイを交互に見つめる。


「一言で言えば脳が全身に分散しています」


 リンメイが言いきる。


「私もそう思います。このヒントは一太郎からいただきました」


 サーチがリンメイの意見に賛成する。リンメイがサーチに軽く首をたてに振ると続ける。


「あのときもっと時間があったら……スキャナー装置に表示されたスペクトルから見てあの小さな塊はすべて大脳とまったく同じものだったわ」

 

[285]

 

 

「あれがすべて脳だとすれば、フル稼働するとかなりのエネルギーが必要になるわ」


 サーチが新たな問題を浮上させる。


「でも、あのふたりは食事をしないどころか水分を補給することもないわ」


 リンメイがサーチの顔を伺う。


「内蔵はほとんど見あたらない。それどころか骨のように見えているものが骨なのかどうかわからないし、血管がまったく存在していない」


 サーチの言葉に一同がうなる。


「どのようにしてエネルギーを手に入れて利用するのかふしぎだわ。あっ!」


 リンメイが悲鳴に似た声をあげる。


「あのとき……宇宙戦艦が御陵に墜落しそうになったのは、ふたりが戦艦の全エネルギーを吸い上げたからではないのかしら」


 突拍子もないリンメイの見解を否定する者はいない。


「俺たちの身体とは次元が違うということか」


 ホーリーの直感の方が当を得ているかもしれない。沈黙がしばらく続いたあとミトに進言する。


「一太郎を呼んで意見を聞いては?」


 ミトが返事をする前に、その一太郎からホーリーに無言通信が届く。

 

[286]

 

 

{無事だったか。宇宙戦艦が消滅したニュースを聞いて心配していたんだ}
{みんな無事です。ところでミブ大僧正から聞いていると思うが、瞬示と真美というふしぎな人間がいるんだ。一太郎の……}


 ホーリーがそう言いかけたとき、一太郎から強い無言通信が届く。


{瞬示!真美!古い友人だ。昨日、突然現れた}
{何だって!とにかく時空間移動装置を差し向ける。民宿にいるんだな}
{そうだ}


 ホーリーがすぐさまみんなに無言通信の内容を伝える。ミブはホーリーに顔を向けただけで返事をしない。一太郎からの無言通信を受けている。


{ミブ、あのふたりは古い友人だ。死んだと思っていた}
{どおりで瞬示と真美の話が出てこなかったわけだ}


 ミブが納得すると、一太郎が精一杯申し訳なさそうな感情をこめて無言通信を送る。


{決してふたりのことを避けて話さなかったわけではない。すまなかった}


 ミブが無言通信を切るとホーリーに告げる。


「すぐに一太郎と花子を迎えに行ってください」


***

「この世界にいる瞬示と真美もそれぞれ同じ両親から生まれてきた」

 

[287]

 

 

 ホーリーが一太郎と花子に確認する。


「僕は札幌の大学の医学部にいた。瞬示は工学部で学部は違っていたがなぜか気があって、よくプログラミングを教えてもらった。それが僕の進路を変えるきっかけにもなった。僕もコンピュータのプログラムに興味を持ったんだ。自慢するわけではないが、瞬示のプログラミングはかなりのレベルだったけれど、そのおかげですぐに瞬示を追いこしてしまった」


 一太郎が、次は花子の番だと言わんばかりの目配せをする。


「私は北海道から大阪の大学に入学して一年先輩の真美と知りあったの。でも真美はごく普通の女子大生だったわ」


 一太郎と花子がポツポツと瞬示と真美のことをしゃべりだす。


「瞬示と真美は死んだと思っていた。それぞれのご両親の悲しみようはすごかったな」


「一人娘と一人息子を失ったんですもの」


「しばらくはそれぞれのご両親と交流していたが、就職して無言通信の研究が忙しくなると年賀状のやりとりぐらいになってしまった」


「そのうち、奇妙な年賀状が来たわね」


「そうそう。両方のご両親から出産を知らせる年賀状だった」


「高齢出産だからビックリしたけれど、同じ日の同じ時刻に瞬示のご両親からは男の子、真美のご両親からは女の子が生まれたって」

 

[288]

 

 

「それに死んだ瞬示と真美が生まれた月日、時間がまったく同じだとも。ふしぎな偶然が二回も続くとは!」


「もちろんご両親は瞬示と真美という名前を付けて、あのふたりの生き返りだと非常に喜んでいたわ」


「毎年、子供の写真を年賀状に焼きつけて送ってくれた」


「摩周湖で死んだふたりにますます似てきたと、いつのころからか年賀状ではなく電子メールと添付ファイルの画像が正月になると届いてましたね」


「ご両親が似ていると言ってたのは単にそう思いこもうとしているものだと思っていたが、添付ファイルの画像や動画と学生時代のアルバムの瞬示の写真を比べると確かに瓜ふたつだった」


「真美もだわ」


 一太郎と花子は目を閉じてから話をいったん打ち切る。その間を利用するようにサーチがミトに早口でたずねる。


「瞬示と真美の両親は普通の人間なのですか」


「別に変わったところはないようだ」


 一言も口をはさまずに聞きいるミブにミトが視線を移すとミブが首をたてに一度だけ振る。そのとき、一太郎が花子にたずねる。

 

[289]

 

 

「生まれ変わった瞬示と真美に会ったことをあのふたりに話したっけ?」


「いいえ、まだ話していないわ」


「そうだった。次の日にでもと思って眠ってしまった」


「次の日には真美も瞬示も民宿から消えてしまったわ」


「えっ!どういうこと!」


 サーチが大声を出して一太郎と花子に迫る。


***

 一太郎と花子が五十九歳になったとき、前代未聞の夫婦でノーベル平和賞、医学賞のダブル受賞を授与されることになったが辞退した。この謙虚さがかえってふたりを有名にした。ふたりはさすがに戸惑い、人知れず残りの人生を静かに暮らしたいと真剣に考えた。そしてジャストウエーブ社を退職すると、放置されていた花子の実家の民宿で隠居生活に入った。そして退職からちょうど一年後に突如瞬示と真美が現れて、一太郎と花子は突拍子もない話を聞かされた。もし、早期退職していなければふたりが一太郎と花子の前に現れなかったかもしれない。


 いずれにしても一太郎と花子は退職して暇を持てあますようになると急に瞬示と真美の生まれ変わりのふたりに興味を持ちはじめた。さっそく無言通信でふたりの両親に連絡を取るとすぐに快い返事が返ってきて、わくわくするような気分を抱えながら御陵の近くに住む両親の家を訪ねた。花子にとっては学生時代下宿していた街なのでなつかしさが先に立った。

 

[290]

 

 

 ふたりを出迎えた瞬示と真美はまったく瞬示と真美そのものだった。一太郎と花子は一泊したあとふたりの髪の毛をもらい受ける。さらに両親が大事に保存していた摩周湖で死んだふたりの身の回り品から髪の毛を捜しだしてそれももらい受けた。一太郎と花子はそれぞれの両親にDNA(遺伝子のことで二重螺旋構造を持つ)鑑定のことを説明して許可をもらうと、札幌の大学の山内教授のところへ向かった。


 山内のDNA鑑定の結果、死んだ瞬示と真美のDNAと今生きている瞬示と真美のDNAがまったく同じものだということが判明した。


「そのときの山内の取り乱した表情は今でもよく覚えている。もちろん僕も花子も天地がひっくり返るほど驚いたが」


 一太郎と花子が全員の真剣な視線を意識しながら話を続ける。


***


「『あり得ない』と山内は倒れそうになるぐらい驚いて、そして同じDNAがあるとすればDNA鑑定は意味をなさないとも言っていたな」


「思い出したわ。年代鑑定をすることになったわね」


 花子が目を細める。


「山内は髪の毛が生成された年代を調べることを考えついたんだ。山内の友人にその道の専門家がいて、すぐに調べてもらった」

 

[291]

 

 

 全員、一太郎の次の言葉に集中する。


「二本の髪の毛は最近のもので、もう二本は約三〇年前のものだという結論だった」


 リンメイが間髪を入れずに叫ぶような声をあげる。


「その髪の毛は今どこにあるのですか」


「山内に預けたままになっています」


「連絡を取っていただけますか。今すぐお邪魔したいと」


「なぜ」


「訳はあとでお話しします」


 一太郎が無言通信で山内を呼びだす。


「DNAが同じだということは同じ人間だということになるわ」


「そんなことがあり得るのだろうか」


 ホーリーとミトは先ほどから首をひねりっぱなしだ。一太郎が山内から無言通信を受ける。


「山内から了承の返事がありました」


「よし」


 ミトが立ちあがると庫裏の玄関に向かう。それに引きつられて全員が立ちあがる。ミトが振り向くと名前を呼ぶ。


「全員で行くわけにはいかない。山内教授に迷惑がかかるだろう。リンメイ、一太郎、花子、そして私だ」

 

[292]

 

 

 サーチが人選からもれて少し不満そうに口をとがらすが、同じく人選からもれた住職は気持ちよくリンメイを見送る。


「時空間移動装置へ」


 ミトが外に出る。すぐに時空間移動装置の回転音が庫裏の中にも聞こえてくる。


 時空間移動装置のことはたびたび報道されていたが、突然大学のキャンパスに現れるとパニックになることは明らかだった。時空間移動装置がキャンパスの目立たないところに現れるとミト、一太郎、花子、リンメイを白髪の山内教授と大学の職員がDNA鑑定室に案内する。


「急に無理なことを頼んで申し訳ない」


 一太郎と花子が山内に何度も頭を下げる。


「何を言ってるんだ。先輩で親友じゃないか。それにリンメイ、ミトに再会できるなんて、なつかしいな」


 山内はむしろ上機嫌でDNA鑑定室のドアを開けて四人を招きいれる。


「さっそくですけれど、ある髪の毛のDNA鑑定をお願いしたいのですが」


 リンメイが山内に頼むとポケットから大事そうに小さなビニール袋を取りだす。


「準備は整っています」


「この髪の毛は?」

 

[293]

 

 

 ミトがビニール袋の中を見つめる。


「あのふたりが倒れたとき、熱があるかどうかと額に手をあてたときにどうやら付着した髪の毛なんです。間違いなく真美の髪の毛です」


「さすがプロだ」


 ミトも一太郎も花子も大きくうなずきながら、あの混乱した状況でよくも真美の髪の毛を手に入れたものだと感心する。


「偶然よ」


 リンメイが肩をすくめる。


***

 再び時空間移動装置が壮大寺に現れる。ドアが跳ねあがったときには全員がミトたちを出迎えていた。


「結果は?」


 真っ先にサーチがたずねる。


「あのふたりは人間じゃないわ」


「やっぱり!」


 リンメイが説明を始める。


「山内教授によると、摩周湖で死んだとされた真美のDNAは、今この世界にいる、つまりふ

 

[294]

 

 

たりの生き返りだとされている真美のDNAとはふしぎなことにまったく同じものでした。それはそれで正しいの」


 リンメイが全員の顔を見渡すとすぐに誰もがうなずく。


「そして今この世界にいる真美と、それに摩周湖で死んだはずの真美のDNAは、超能力を持った、つまり摩周湖で死ななかった真美のDNAとも、基本的には同じDNAを持っています。ところが、精密に分析すると驚くべき事実を発見しました。繰返しになりますが、この世界の真美のDNAも摩周湖で死ぬ前の真美のDNAも通常の二重螺旋構造なのに、超能力を持った真美のDNAはさらに分解できてその倍の四重螺旋構造だということがわかったの!いいえ、さらに分解できるかもしれないほどの複雑な構造をしているの!」


「それは何を意味するの!」


 サーチが興奮してリンメイを見つめる。リンメイが首を横に振る。


「それ以上のことはわからない」


 いったん声を落とすが、すぐに力強く切りだす。


「ただし、これだけは言えるわ。摩周湖での事件で真美のDNAの構造が変化したということ。それは瞬示にも同じことが言えるはずです。一言で言えばDNAのレベルが違うの」


「仏じゃ」


 住職が興奮気味につぶやくとホーリーが住職を見つめる。

 

[295]

 

 

「仏にDNAがあるんですか」


「うっ!いや……」


「神や仏じゃない!あのふたりは俺たちとはまったく次元が異なる人間だということでは?」


 ホーリーの発言にリンメイはうなずき、サーチがため息をつく。


「お母さん」


 ミリンがサーチの顔をのぞきこむと、サーチはミリンの言葉でミトやホーリーや五郎の顔が老けはじめていることに気が付く。もちろん自分自身も含めてだ。ケンタはそう変わらないが若者の初々しさはない。忍者だけは宇宙戦艦が時間島に包まれたときにまだ関ヶ原にいたし、宇宙戦艦に戻ってきたときには宇宙戦艦を包んでいた時間島が消滅したあとだったから、生命永遠保持手術の効果を保っている。


「生命永遠保持手術の効果が完全に消える前に自分たちの世界に戻った方がいいのかもしれないわ」


「そのようだ」


「待ってくれ!僕らも同行したい。瞬示たちがミトたちの世界に移動したのなら、もう一度会いたい」


 一太郎が絞りあげるような声で待ったをかける。


「一太郎はこの世界の人間だ」

 

[296]

 

 

にミブは戸惑いながら黙礼する。しばらくすると四基の時空間移動装置が回転を始める。


「時空間移動前に平行移動を選択するかどうかをたずねてくるから、必ず平行移動を選択するように」


ホーリーがほかの時空間移動装置の操縦担当者に注意をうながす。空間移動と違ってすさまじい轟音を残して壮大寺のうっそうとした森の中から四基の時空間移動装置が「永久」の世界を目指して時空間移動する。

 

[297]