第三十四章 盗聴


【時】西暦2032年~2048年(一太郎と花子の回想)
【空】ジャストウエーブ社(宇宙戦艦)
【人】ミト ホーリー サーチ 一太郎 花子 住職 リンメイ 二天


西暦2032年~36年


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 世界中が無言通信システム以上にミトたちの存在と宇宙戦艦の動向にますます注目する。無言通信システムは段階を踏んで公開されるが、宇宙戦艦の情報についてはまったくベールに包まれたままだ。宇宙戦艦がこの世界の人間に危害を加えることはないが、強力な武器に各国政府は無言の圧力を受ける。


 無言通信チップの小型化と高性能化そして埋込手術の簡素化はジャストウエーブ社の技術力で改良されたと思う者は誰もいなかった。その改良技術はミトたち未来人だといううわさが定説になっている。ミトが全世界の人間に無言通信の恩恵がいきわたるように努力をすればするほど、ミトの評判がよい方に向かわずに脅威だけが広がる。


 すなわち、世界中の人間に無言通信チップを埋めこんだあと、ミトが人類を無言通信でコン

 

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トロールしようとしているのではないかと、まことしやかな流言が広まる。どのように説明しようともその流言を払拭することはできない。


 いずれにしてもミトたちは永久の世界へ戻るすべを持ちあわせていない以上、あのふたりの行く末を見届けたいという気持ちを理屈抜きに高める。


 ミトたちがこの世界にやってきて五年たった。生命永遠保持手術を受けたミト、ホーリー、サーチ、五郎、ましてや忍者や兵士が表舞台に出ることはない。仮に積極的にこの世界の人々に接触したところで、彼らの評判が良くなることはないだろう。このジレンマを解消する方法をミトは見いだすことができない。


 生命永遠保持手術を受けていないのはリンメイ、住職とそのころ二十歳そこそこになったばかりのケンタ、そしてホーリーとサーチの幼い娘の四人だ。妊娠していたサーチは出産後に生命永遠保持手術を受けた。ケンタは住職の考えに影響されたのかとりあえず受ける必要はないと考えた。ケンタが生命永遠保持手術を受けたのはさらに五年たってからだった。


 ミトはアンドロイドに生命永遠保持手術を受ける前の自分とホーリー、サーチ、五郎にそっくりなロボットを製造させた。ミトたち四人にそっくりなロボットは、毎年少しずつ歳をとっているように見せかけるため綿密にメイクを変える。生命永遠保持手術を受けたあと歳をとらない姿をこの世界の人間に見せるわけにはいかない。もちろん、このことは小田や一太郎たちにも伏せられた。外部との接触は住職とリンメイとケンタに任される。ミトたちの姿をしたロボットはジャストウエーブ社の建物内に限られてはいるが、必要に応じて結構それなりに活躍する。

 

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***

 

 無言通信の普及は各国の政府の対応によって異なった様相を見せる。携帯電話やインターネットが普及して世の中が変化した以上のスピードで大きな影響を国家や人々に与える。

 

 まず、イスラエルとパレスチナが劇的な動きを見せる。憎しみに憎しみを重ねたユダヤ人とパレスチナ人は無言通信がどのような影響を与えるかを考慮することなく、情報戦に遅れをとることを恐れて積極的に無言通信チップの埋込手術を国民に受けさせた。通訳なしで無言通信によるはげしい感情と感情がぶつかりあって壮烈な戦いがまさに勃発しかかったとき、ふしぎなことに急に激情が消滅して相互理解を深めるようになった。言葉を共有することによって平和へ向かおうとする無言通信が激増した。首脳同士のかけひきは無視されて、ごく当たり前の意見が大半を占めるようになると一気に和平に向かう。歴史的な完全停戦に始まり相互不可侵条約の締結にこぎつける。

 

 一太郎が夢に描いていた姿だ。無言通信が平和を目指して結束しようとする大衆の気持ちをまとめあげた。

 

 イスラエルとパレスチナだけではない。些細なすれ違いが大きな争乱を招いたほかの国や民族に無言通信が言葉を超えた会話の場を提供した。識字率の低さを克服するだけの通信手段を無言通信が提供した。

 

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 大国の中で当初無言通信の普及をしぶっていた多民族国家のロシアは、積極的に無言通信の普及を目指したユーロ諸国の結束が強固になるのに耐えきれず方針を転換する。初めは民族間の軋轢が一気に高まるが、その高まりも持続することなく峠を越すと急速に収斂して落ち着きを取り戻す。


 超大国の中国は無言通信の受けいれを強硬に拒否した。このころ十五億人を突破した中国人民すべてに無言通信チップの埋込手術ができないと、人民の間に不公平感が一気に広がって国内が大混乱におちいるというのが表向きの理由だ。しかし、このことが幸いして、中国に供給する予定だった大量の無言通信チップが開発途上国に供給され、開発途上国の無言通信が急速に普及して政治的に安定すると経済発展の芽が生まれる。


 めざましい経済発展を続ける中国が世界各国で普及する無言通信に指をくわえて黙っているわけがない。数年前まで携帯電話の生産で世界のトップを走っていた中国はその輸出が急速に落ちこみ、急成長する開発途上国の追い上げもあってさすがに急ブレーキがかかったように経済が沈滞する。人民の無言通信の普及に対する熱望に中国政府もついに重い腰をあげざるを得なくなった。しかし、十五億人分もの無言通信チップを短期間に製造して公平にすべての人民に埋込手術をするのは不可能に近い。


 日本政府とジャストウエーブ社は中国に無言通信チップの製造技術を移転するため、工場を

 

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中国に数十ヶ所建設するという思い切った方針を打ちたてる。そして、建設に着手するとチップの製造が軌道に乗るまでの間、手術方法を研修させるために大量の中国人医師を受けいれると表明した。


 それは軍部の暴走で中国の潜水空母が硫黄島を攻撃してから、ちょうど六年の歳月が流れたときだった。日本国内からはあの六年前の事件を理由に、この方針に反対する声が少なくなかった。しかし、浮川首相は国連での演説で中国に対して無言通信システムの技術移転を打ちだす。


 中国での無言通信の普及とほとんどの人がイスラム教を信仰するパレスチナの影響を受けてイスラム世界の人々も雪崩をうったように無言通信システムを受けいれた。


 そして最後まで拒否し続けていた北朝鮮も体制の崩壊とともに韓国の援助で無言通信の普及が始まった。


***

 このころミトは重大な情報をつかむ。中学に進学する瞬示と真美が無言通信チップの埋込手術を受けるという情報だ。その昔、大人しか持っていなかった携帯電話をいつの間にか小学生のほとんどが持つようになったのとそっくりだ。


 ミトの部屋にホーリーとサーチが現れるとミトが情報の内容をふたりに告げる。驚きを持って聞いていたが、まずホーリーが口を開く。

 

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「そう言えば、瞬示と真美も無言通信をしていた」


「あのふたりの通信は無言通信じゃないわ」


「いずれにしても瞬示と真美は手術を受けるようだ」


 ミトがジャストウエーブ社で言語処理プログラムの改良に没頭する一太郎に無言通信を送る。


{教えて欲しいことがある}
{何でしょうか}
{無言通信を盗聴できるか?}
{できないことはありませんが、禁じ手です}


 意外なミトの質問に一太郎は引っかかるものを感じて無言通信の内容を花子に伝える。花子は花子でやはり気になってサーチに無言通信する。サーチがすぐにホーリーに耳打ちする。ホーリーが急に血相を変えてミトに近づく。


「ミト、何を考えているんだ!」


 ミトがホーリーの急変した態度にうろたえる。


「無言通信チップ埋込手術後のふたりの無言通信を盗聴しようかと思案している」


 ミトはごまかさずに真意をホーリーに伝える。


「俺は反対だ」


「私も」

 

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 サーチも追従する。ホーリーとサーチの心がひとつになる。


「わかった。正直言って気が進まなかった。何だかほっとした」


 ミトが一太郎にもう一度無言通信を送る。


{盗聴は簡単にできるのか?}
{いや、相手が勘のいい人間なら、盗聴されているとは思わなくても何かおかしいとすぐに気付くでしょう}


 一太郎はとりあえず穏やかに返答するが、すぐにその無言通信の口調がきびしくなる。


{もし、盗聴できるといううわさが広がれば、無言通信そのものが成り立たなくなります}


 ミトが大きくうなずく。


{盗聴はしない。安心してくれ}


 再び、ミトと一太郎の無言通信の内容が花子を経由してサーチに無言通信で流れる。


「この世界への介入は最小限にしなければならないわ。私たちに危害が及ぶときしか介入は許されない」


 サーチがミトにだめを押すとホーリーの手を引っぱって立ちあがる。不機嫌な表情をして部屋を出ようとするふたりにミトが陳謝する。


「すまなかった」


 ホーリーが振り返るとミトにあっさりと会釈して部屋を出る。

 

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「わかりました。今の話は忘れましょう」


 ミトが椅子に座りなおすとフーッと息をはいて苦笑する。


「まるで自分の無言通信が盗聴されていたような感じだった」


西暦2048年


***

 さらに十二年の歳月(ミトたちがこの世界に現れて十八年たった)が流れる。ついに無言通信がすべての人間に受けいれられて一昔前の携帯電話のように日常的に使われる一方、地球がひとつの国になったような平和な時代が訪れる。その象徴として地球連邦政府が成立する。


 数年前に首相を退いた浮川は地球連邦政府の設立式典で、無言通信がどれほど平和と幸福を全世界に与えたかを高らかにそして感動的に述べた。浮川ほど日本の歴代首相の中で長期にその席にあった首相は過去にひとりもいなかった。もちろん各国の大統領や首相の中でも浮川ほど全世界のために身をつくしたリーダーはいなかった。この演説に感動した人々の無言通信が地球上を駆けめぐる。人類は自前のネットワークを構築した。


 ところがバラ色の世界になったわけではなかった。無言通信に様々な弊害が発生する。


 例えば迷惑無言通信が横行する。個々の無言通信は規制になじまないのでどうしようもなかった。また、就寝中に無言通信で呼びかけられることも多発する。時差の関係で地球の反対側

 

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の人と無言通信するときに起こる現象だが、故意に寝ている人の睡眠を妨害する者も現れる。さらに一番始末が悪いのは夢の中で無意識のうちに無言通信を送ってしまうことだ。これが無言通信の最大の欠点かもしれない。


 一太郎は脳細胞に含まれるその個人しか持っていない固有の信号で無言通信の送受信時に認証機能を持たせるようにしたが、次々と出現する様々な不具合に対処するためのプログラム改良作業に追われて寝る間もない。通信は自由度が高くなればなるほど悪用される可能性も高くなることを一太郎は痛感する。


 もちろん、若いプログラマーが育って一太郎や花子を助けるが、やはりふたりのノウハウには開発者としての重みがある。必然的にふたりの能力にますます磨きがかかる。


 無言通信システムが様々な問題を起こすことを予測していた小田は社長を二天に譲ると会長職に留まることもせずに退社した。無言通信の正しい使い方の講座を世界中に開設して無料で教えてきたが、いずれ何らかの壁にぶちあたることを薄々承知していた。使い切れないほどの財産を手に入れた小田は、惜しげもなくその富を無言通信が本来あるべき正しい利用方法の啓蒙に注ぎこみ、側面から一太郎と新社長の二天を支えることに骨身を惜しまなかった。


 また、無言通信システムが余りにも風通しのいい環境を作ってしまう。国家や宗教とかの重みが消滅する。解決不可能と思われていた国家間や宗教間に横たわる難問題が奇跡のように無言通信によって取り払われるが個人間では摩擦が生ずる。こうなると逆に規制を求める声が大

 

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きくなる。どうやら、人類は軽くなると重みを求めるようになるらしい。決して強力なリーダーシップを持った独裁者を求めてはいないが、無言通信に関わる問題をテキパキと解決してくれるリーダーを求めるようになる。そして地球連邦の初代大統領に浮川が推されるが、浮川は年令を理由に断る。


 このような状況のなか、意外なことにミトが脚光を浴びる。初めは畏敬の目で見られていたミトはだんだんとその存在が忘れかけられるほどまでになっていたが、今度は過度に近い期待を集めることになる。やがてミトを地球連邦政府の初代大統領に推薦する声が起こる。しかし、それは本物のミトではなく初老を迎えたようにメイキャップされたロボットのミトに対してだった。


***

 ジャストウエーブ社の協力もあってリンメイに研究室が与えられていた。その部屋の陳列ケースには何体かの遮光器土偶のほか埴輪の鳥が一羽収められている。


 リンメイはテレビで地球連邦政府設立式の浮川元首相の演説を見ている。そしてその演説が終わって大きな割れんばかりの拍手が聞こえてくるとリンメイも感動のあまり涙を流す。そのうるんだ視線の延長線上にある陳列ケースの埴輪の鳥が動く。リンメイは自分の目を疑いながらハンカチを取りだして涙を拭くと再び視線を埴輪の鳥に合わせる。


「確かに動いたわ」

 

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 埴輪の鳥がリンメイに確認をうながすようにもう一度羽根を動かす。埴輪の鳥に近づくがもう動くことはなかった。


「!」


 リンメイが絶句するのも無理はない。土の成分以外何も検出されていないのに埴輪の鳥が緑色の涙を流している。すぐさま、リンメイは壮大寺でホーリーとサーチの娘を孫のように可愛がる住職に無言通信を送る。


{すぐにこちらに来てください!}
{どうしたのじゃ}
{急を要します。話はこちらにきてから}


 住職がいっしょにいる五郎に頼んで時空間移動装置でジャストウエーブ社に現れる。五郎は孫のことが氣になるのか、時空間移動装置から降りることなくそのまま壮大寺に戻る。


 すぐに住職はリンメイの研究室に向かう。ゼイゼイと息をはきながら研究室のドアを開けてリンメイに近づく。リンメイはまだ呼吸が整っていない住職の手を引っぱって陳列ケースに向かう。


「これ」


 リンメイが埴輪の鳥を指差す。住職は荒い息の合間に短く驚きの声をあげる。


「これは」

 

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 埴輪の鳥の目がヒスイのような緑色をしている。住職はリンメイを見つめて続けて何かを言おうとするが声が出ない。リンメイは性急な自分の行動を深く反省して住職の言葉を待つ。声を出す代わりに住職は目の前のリンメイに無言通信を送る。


{ミトには?}


 リンメイが小さく首を横に振る。


{ミト!}{ホーリー!}{サーチ!}


 住職が順番に無言通信を送る。すぐに三人から異口同音の無言通信が返ってくる。


{どうした}
{リンメイの研究室に来てくれ!至急じゃ}
{そちらには行けない!}
{そうじゃった}


 住職が冷静さを取り戻す。ミトたちは生命永遠保持手術を受けて二十代の姿に戻っている。その姿をジャストウエーブ社の社員に見せるわけにはいかない。


{そっちへ行く。どこへ行けばいいのじゃ}
{宇宙戦艦の作戦室でお待ちしています}


 リンメイが陳列ケースを開けて埴輪の鳥を取りだして白い布でくるむ。


「行こうか」

 

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 リンメイが大事そうに白い包みを抱いて住職のあとをついていく。


***

 ミト、ホーリー、サーチが目を見張る。


「あのとき、確か埴輪の鳥が土偶の目に向かって緑の光線を発射した」


 ホーリーの言葉に、この世界に来る前のふしぎな光景を思い出して全員がうなずく。あれから二十年近い歳月が流れた。リンメイがミトに埴輪の鳥の目のあたりを指差す。


「この涙のようなもの、分析できないかしら」


 ミトが埴輪の鳥を取りあげて緑色の目をにらむ。そして白い紙の上に置くと躊躇することなく電磁ナイフで目を削りだす。


「艦内工場へ行こう」


 ミトが緑色の粉を包んだ白い紙を大事そうに持つと、四人を先導して艦内工場へ向かう。


 工場ではアンドロイドが忙しそうに働いている。ミトが工場長のアンドロイドを捕まえて事情を告げると分析装置のあるところへ案内させる。


 工場長が分析装置から金属製の円筒形の容器を取りだし、そのふたを開けてミトの前に差し出す。ミトは白い紙を慎重に開くと容器の中に緑の粉をていねいに最後の一粒まで入れる。工場長が厳重にふたを閉めると分析装置に容器を入れる。


 ブーンという音がするとすぐに分析結果がモニターに映しだされる。それを見たリンメイの

 

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顔のシワが細くなり、若々しい口調で言葉を発する。


「これは……」


 サーチとリンメイ以外の者にはモニターに映しだされた数字や記号の意味を理解できない。


「結果は?」


 ミトがきびしい口調でリンメイにたずねる。


「一言では説明できませんし、確信があるわけではありませんが」


 リンメイが言葉を切る。


「推測でいい」


「有機物です」


 サーチもモニターから視線をミトに移してうなずく。ほかの者は声が出ないほど驚く。


「埴輪も土偶も収集したときに分析したらすべて無機物だったのに」


 リンメイの言葉にホーリーがカン高い声をあげて驚くが言葉にはならない。逆にサーチが低い声でリンメイにたずねる。


「私にはこれ以上のことがわからない。リンメイ、何か心当たりでもあるの?」


「生体内生命永遠保持手術をしていたときに……」


 リンメイが何かを思い出そうと目を固く閉じる。


「ひとつだけコントロールできない成長ホルモンを胎児から発見したの。人間には存在しない

 

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ホルモンだったわ。いいえ、ホルモンかどうかは……」


 リンメイの目がわずかに開く。


「勘違いかもしれないけど、あのホルモンのような成分と同じ組成だわ!この緑の粉は」


 リンメイが自分の言葉に確信を持つ。生体内生命永遠保持手術をしていたとき、胎児のある細胞からの分泌物を何度も分析装置にかけたことを思い出す。


 ミトはリンメイが持つ埴輪の鳥を手にしてじっと見つめる。何の変哲もない土でできた埴輪にしか見えない。ミトが何かを言おうとする。ホーリー、サーチ、住職、リンメイには察しがついている。


「明日は瞬示と真美の二十二歳の誕生日だ」


 うなずきながら、五人は埴輪の鳥の異変が何か重大な事件が起こる前兆に違いないと確信する。


「遮光器土偶にも変化がないかどうか、リンメイの部屋に行って確認する必要がある」


 ミトの言葉にすぐさま住職が反応する。


「わしとリンメイに確かめに行けと言うのじゃな」


 ミトが住職とリンメイに軽く頭を下げる。


「そのとおりです。遮光器土偶に異常があるかないか、確認してください」


 住職は工場室の出入口に向かうのではなく、ミトの方に歩みよる。

 

[182]

 

 

「そろそろ二天社長や一太郎に我々の目的を話した方がいいのではなかろうか」


 ミトが視線をあげて住職の目を見つめると言葉を反すうする。


「今が話しておくべき時期なのだろうか」


「もう少し時間をおいた方がいいのではと、考えておるのじゃろ」


「彼らの混乱がどの程度になるのか読めない」


「混乱の程度の問題ではなかろうが」


 ミトが住職の言葉にうなずいて両手を広げる。住職も同じように両手を広げて続ける。


「公開内容の程度の問題じゃ」


 住職が広げたミトの片手を握って、ミトの胸のところまで押し戻す。


「その程度でいいのじゃ」


 ホーリーには住職の言っている「程度」の範囲がよくわからないが、そのことをたずねるのではなく住職に告げる。


「一太郎はもう一年ほど前にジャストウエーブ社を退職しています」


「そうじゃったな」


***

 ミト、ホーリー、サーチが住職とリンメイを先頭にまわりを気にしながらジャストウエーブ社内のリンメイの研究室に入る。すぐさま陳列ケースから遮光器土偶を取りだして目視する。

 

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特に目のあたりを丹念に調べる。しかし、別に変わったところはない。ため息が部屋に流れる。そのときドアをノックする音がして机のインターホンのスピーカーから声がする。


「開けてください」


 リンメイがインターホンに手をかける。


「どうしたのですか」


「見かけない者がこの部屋に入ったようです」


 警備員の声だ。


「セキュリティシステムには引っかかっていないのですが、見かけない者三人がこちらに侵入したらしいのです」


 リンメイがミトの表情を伺ったあとドアのロックを外すスイッチを押す。住職がドアを開けるとふたりの警備員が立っている。


「重大な話があるのじゃ。二天社長をここに呼んではくれまいか」


 住職がドア越しに応える。


「侵入者は?」


 警備員が住職の肩ごしに部屋の中をのぞく。若いミトの姿がチラッと見える。

 

「頼む。このとおりじゃ」


 深々と頭を下げた住職のどこに力があるのかわからないほど力強く警備員を押しだしてドアを閉める。直後に二天から無言通信が住職に入る。警備員がすぐに無言通信で二天に連絡を取ったようだ。

 

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{侵入者は誰ですか}


 ミトが住職に代わって二天に無言通信を送る。


{ミトです。侵入者はホーリーとサーチと私だ}
{えっ!どういうことですか?すぐ行きます}
 しばらくするとインターホンから声がもれる。


「二天です」


 ドアが開くと二天が部屋に入る。ミト、ホーリーとサーチが二天を迎えいれる。


「これは!悪い冗談はやめてください」


「だますつもりはなかった。許してくれ」


 ミトがていねいに頭を下げるとホーリーやサーチはもちろん住職とリンメイも頭を下げる。二天は若くて初々しいサーチの美貌にうっとりとする。


「狭いところですが」と言ってリンメイが一瞬の恥じらいを見せる。ジャストウエーブ社から間借りしているのに、二天に対しての非礼に気付いたからだ。そしてリンメイが折りたたみの椅子を二天に勧める。


「まず、なぜ我々が若い姿になっているか、いや、リンメイと住職は別ですが」

 

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 ミトが切りだす。ミトの説明に五十歳そこそこの二天は子供から言い訳を聞いているような錯覚を覚えるが、次第に納得も疑問も起こらないままじっと聞きいる。

 

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