第七十四章 アンドロイドの地球


【時】永久2300年
【空】地球
【人】ノロ イリ 瞬示 真美 Rv26


***


 ブラックシャークが青々とした地球に近づいた後、夜側の上空に移動する。輝きが点在する光景を見つめながら、ノロは口を大きく広げて飛びあがって喜ぶ。


「あれは都市だわ」


 イリが強く輝くいくつかの地点を指さす。真美がイリの指さすところを順番に見つめる。


「最長はウソを言ったの?」


 先ほどまでの喜びを完全に消去するとノロがイリに首を横に一度振ってから応える。


「あれは確かに都市に違いない」


 その言葉に瞬示も真美もうなずくが、イリは首を傾げながらノロを見つめる。


「生体反応を確認しろ」


 ノロが大きく開けた口を引きしめると中央コンピュータに命令する。


「現実時間、永久2300年。地球が太陽を回る軌道は二千年前に比べて、ノロの惑星とは逆に少し外側に移動したようです。生体反応、確認中」

 

[588]

 

 

 メイン浮遊透過スクリーンの地球の映像に中央コンピュータの分析結果が重ねて表示される。


「信じられない。全面戦争をしていたのに立派に文明を再構築している」


 瞬示の感激に真美が冷ややかに応える。


「でも、あれから二千年後の地球よ。再び平和を取りもどすには十分すぎる時間がたっているわ」


 ノロが真美を見つめながら悲しそうにうなずく。


「イリ、生体反応が少しおかしいと思わないか」


「そうね。チューちゃん、もっと詳しく分析して」


 イリがメイン浮遊透過スクリーンに表示されたデータを見ながら中央コンピュータに指示する。ノロは直感的に地球の現状を把握すると複雑な表情をしながら瞬示と真美に告げる。


「人間以外の生物はあまり変化していないようだ。その生体反応ははっきりしている。でも、残念ながら人間に近い生体反応はあるが、人間そのものの生体反応ではないようだ」


「じゃあ、あの光の塊は……」


 瞬示が途中で言葉を止める。ノロがわずかに首をたてに振る。イリがノロに替わって悲しそうに応える。


「おそらくアンドロイドだわ」

 

[589]

 

 

 瞬示と真美が同時に身体を緑色に輝かす。


「待て!急いで確認する必要もないだろう」


 ふたりの身体から輝きが消えるとノロが中央コンピュータに命令する。


「地球との交信の準備をしろ」


「交信準備完了」


 イリの差しだすマイクをノロが握る。


「俺は人間だ。誰か人間を理解できる者はいるか」


 中央コンピュータはノロの言葉をあらゆる言語に翻訳すると強力な通信波を地球に向けて発射する。その瞬間地球上を生き物のように光が走り回る。ノロはしばらく反応を待つが、視線をメイン浮遊透過スクリーンからイリに移す。


「混乱している。落ち着くまで寝る暇があるぐらい時間がかかるかもしれないなあ」


 ノロはまだメイン浮遊透過スクリーンを眺めるイリに声をかける。


「イリ、船長室に行こう」


 振り返るとイリがうれしそうにノロの手を握る。そして仲良く艦橋を出ていく。瞬示は複雑な表情をする真美を同じように複雑な気持ちで見つめる。真美はそんな瞬示にすぐ反応する。


「瞬ちゃん」


 瞬示が真美の身体が折れてしまうほど強く抱きしめる。そして少し力を抜いて真美を押し倒す。

 

[590]

 

 

ふたりはそのまま地球に瞬間移動したい気持ちにかられる。その気持ちを確かめようとお互いの唇が重なり吸いあう。激しいエネルギーがブラックシャークを振動させる。


***


「すいません。皆さんにお伝えしなければならないことがあります」


「なんだ」


「瞬示さんや真美さんにも伝えなければなりません。艦橋でお話しします」


「わかったわ」


 船長室で抱きあって眠りにつこうとしていたノロとイリが中央コンピュータの遠慮の塊のような言葉を受けとると艦橋に瞬間移動する。


 イリが目の前で抱きあう瞬示と真美の姿を見て悲痛な声をあげる。


「燃え尽きてしまうわ!あのふたり」


 イリもすべての力をこめてノロを抱きしめる。


「イリ、苦しい……」


「ゴホン、非常にお取込み中のところ、大変恐縮しますが、地球からの信号が入りました」


 ノロはイリからすり抜けると天井のクリスタル・スピーカーを見上げる。瞬示も真美も身体を離す。


「アンドロイドからの通信です」

 

[591]

 

 

 ノロが大声で中央コンピュータをうながす。


「やっぱり!なんと言っている!」


「『人間は亡びたはずで、生き残っているとすればそれはノロに違いない』と言っています。続けて『ノロなら、大歓迎だ』とも」


 ノロもイリも、瞬示も真美も絶句する。


「空間座標を送ってきました。どうします?」


「も、もちろん、行く!行くぞー!」


***


 ブラックシャークは地表近くに空間移動したあとなんらの障害もなく、さわやかな青い照明が点灯された巨大な円形の競技場の中央に向かって高度を下げてゆっくりと着底する。船底からノロ、イリ、瞬示、真美が降り立つと爆弾が破裂したような拍手で迎えられる。


 コロシウムはその大きさにふさわしい大きな歓喜のどよめきに揺れ動いている。通信が開始されてからノロたちがこの大会場に降り立つまでに数時間もたっていない。それなのに数十万人もの人々が集まっていてノロたち四人に割れんばかりの拍手を送る。


「本当にアンドロイドなの」


 イリの大声もかき消されるほどの歓声のなか、ノロはイリの耳元で大声をあげる。まるでノロとイリは大声でしゃべるのが仕事のように、お互いの口と耳を交互に交換する。感動のあまり次元通信が使えることも忘れて大声を張りあげる。

 

[592]

 

 

一方、瞬示と真美は使いなれた次元通信(これまでふたりは自分たちの信号のやりとりが次元通信だとまったく気が付かないで使っていた)で会話を交わす。


【すごい歓迎じゃないか】
【まるで感動的な曲を歌い続けるミュージシャンか、ホームランを連発する野球選手をはるかに超える歓迎だわ】


 瞬示と真美の信号のやりとりを聞いて、ノロもイリも次元通信に切りかえる。


【もし、ここに集まっている者がアンドロイドなら、これほどまでに興奮して歓喜の声をあげるだろうか?】

【……】


 イリは混乱しているのか意味不明な信号を送る。


【なんて言った?イリ!】


 イリはとまどいながらノロの腕を持ちあげるようにつかむと、今度ははっきりとした信号を送る。


【しっくりこないわ。ここはあれから二千年後の世界なんでしょ】


 決してノロは現状に酔いしれているわけではなかったが、素直に信号を送る。


【それほどの時間が経過したあとで俺たちをこのように歓迎するとしたら、ここにいるアンドロイドの祖先は俺の惑星にいたアンドロイドの可能性が高い!】

 

[593]

 

 

 イリがはっとしてノロを見つめると、MA60の姿が脳裏を駆けめぐる。


――そうだわ。そうに違いない


 確信を大きな声に変換する。


「MA60!あなたはここにいるの!」


 拍手と歓喜の声が収れんしたわずかな間隙をイリの透きとおった叫び声が意外なほどコロシウムの隅々まで到達する。すぐに新たな大きなうねりが盛りあがって、すぐにそれが大合唱につながっていく。


「MA60!MA60!」


 大合唱が繰り返されて何分か続くと、今度はそのコールが変化して先ほどより大きなうねりとなって四人に向かう。


「MY28!、MY28!」


 やがてコロシウムの一角から鮮やかな青い服を着た十数人の男と女が現れてノロたちに近づく。大きなコールが繰り返されるなか、ノロのそばまで来たひとりの男が腰を折ってノロの耳元に声をかける。


「ようこそ!ノロ様!」


 その男がノロに握手を求める。ノロが手を差しだすと温かい手がノロの手を握る。二千年前のアンドロイドとはまったく違って人間そのものの感触がノロに伝わる。

 

[594]

 

 

「アンドロイド?」


「大昔は、そう呼ばれていました」


 ノロは目の前の現実を正確に分析しながら瞬間的に言葉を探す。


「大昔はさておき、聞きたいことが山ほどあるんだ」


「すでに歓迎式典の準備が整っています。どうぞ、こちらへ」


 アンドロイドに囲まれて、ノロ、イリ、瞬示、真美が歩きだす。女性のアンドロイドがイリに声をかける。


「歴史学でブラックシャークは真っ黒な宇宙戦艦だと聞いていましたが、本当は深い緑色なんですね」


 イリが振り返るとすぐさまノロの肩をたたく。ブラックシャークが深緑色に輝いている。


「まさか、ブラックシャークが次元移動船になったんじゃ!」


 ノロは立ち止まってなんとも言えない深緑色のブラックシャークを見つめる。そのとき大コールが突然変わる。


「ノロ!ノロ!ノロ!ノロ!」


 ノロは立ち止まって広いコロシウムを見渡す。ノロの頭がまったくの白紙に還元される。そしてアンドロイドにうながされるまで我を忘れてぼう然と立ちつくす。

 

[595]

 

 

「ノロ様」


 再びノロはアンドロイドに案内されるまま歩きだす。


 コロシウムの一角で大きな扉が左右に開く。その扉の奥の広い通路の両側には完璧に正装した男と女の人間だと言われれば、人間に見える百人以上のアンドロイドがノロたちを出迎えるために交互に整然と並んで立っている。まぶしいほど明るい青い通路を歩きはじめると瞬示と真美が同時に大きな声をあげる。


「Rv26!」


 瞬示と真美が見つめる先には両側に整列する人間、いやアンドロイドよりもひときわ背の高い大きなアンドロイドが立っている。茶色の作業服ではなく、お揃いの澄みきった空のような青いタキシードを着ている。


「Rv26に間違いないわ」


 真美がそのアンドロイドに近づく。


「久しぶりですね」


 Rv26が一歩前に出るとそのまま瞬示と真美に近づいて頭を下げる。


「二千年間もよく生きていたな」


 ノロも驚いてRv26に近づく。


「あの事件のあと、MA60に大改造していただきました」

 

[596]

 

 

「MY28とMA60は?」


「たくさんの子供に恵まれて、今から千九百年前ころに老衰でなくなりました」


「子供を!老衰!」


 イリ、瞬示、真美、なかでもノロが一番強く驚く。


***


 広くて豪華な部屋に通された四人が透きとおった深みのある青い大きなテーブルに着くと、Rv26が正面に座る。


「なんなりとお聞きください」

 

「ホーリー……」


 ノロが言葉をいったん止める。そして大きく息をしてから言い直す。


「ホーリーや住職……いや、人間はどうなったんだ?」


 ノロの言葉にイリも瞬示も真美も緊張してRv26を見つめる。


「壮烈な戦いでした」


 急にRv26の目に涙があふれる。それを見たノロ、イリ、瞬示、真美の四人はRv26の話の続きを聞くことを躊躇する。すぐさま真美が瞬示に信号を送る。


【逃げ出せるものなら、ここから逃げたいわ】


 瞬示は信号を送り返すことなく、身体を緑色に輝かすが自重する。その輝きに驚いたイリがノロに信号を送る。

 

[597]

 

 

【ノロ、どうする?私、なんだか耐えられないわ】


 ノロもイリに信号を返すことなく固く目を閉じてうなだれる。


「あれから……」


 青い涙を流すRv26をノロが制止する。


「待ってくれ、Rv26!こんなこと、生まれて初めてだ。俺はなんでも見てやろうとこれまで生きてきた。それなのに……それなのに、今はそれができない」


 ノロは目を閉じたままテーブルに手をついて立ちあがるとそのまま黙る。その固く閉じられた目から滅多に流すことがない涙を落とす。


「俺が予想していた世界が……まさか、それを今、目の当たりにするとは……」


 イリも涙をぬぐって席を立つとノロを見つめる。Rv26も引きずられるように立ちあがると同じくノロを見つめる。


「時の流れが大きく変わったんだろう。本来持ち合わせているはずの安全装置が働くことなく人類は破綻してしまった」


 ノロはそう言ってから視線をイリに向ける。


「イリ、ブラックシャークに戻ろう」


 イリは涙を拭いた白いハンカチが透きとおったブルーに変色しているのに驚きながら、かろうじて声を出す。

 

[598]

 


「でも……でも戻ってどうするの」


 メガネを外して手の甲でノロは涙をぬぐってから、イリの現実的な疑問になんとか大きな口を開けてぎこちなくニヤッと笑う。


「今度こそ、平和主義者の人間を誕生させるんだ!」


「ノロ!」


 イリも何とか笑顔で応えるとノロはメガネを掛けなおす。


「Rv26、地球には超巨大時空間移動船はあるのか」


「あります」


「今すぐとは言わない。百隻、いや千隻ではとても足りない。一万隻はいるかもしれない」


 Rv26はノロの急変した態度にとまどう。


「何に使うんですか」


 ノロが涙で曇ったメガネをずらす。


「ノロの方舟だ。俺のメガネにかなう星を発見したら、地球上のすべての生物を一組ずつ第二のノロの惑星に超巨大時空間移動船で運ぶんだ」


 すかさず、イリがにこやかにノロを見つめる。


「今度はパンダとラッコそれにコアラの担当に任命してね」

 

[599]

 

 

 瞬示と真美はあきれて何も言葉にできない。イリが見事なまでの笑顔をノロに向ける。


「わかった。ブラックシャークに戻るぞ」


 ノロの身体がいつもなら緑色に輝くはずなのに青く輝きだす。イリの身体も同じように青く輝きだす。瞬示も真美も伝染病のように身体を青く輝かせる。ノロは何か忘れ物をしたようにあわてて輝きの勢いを落としてRv26に質問する。


「子供を造るにはPC9821のチップセットが必要だ。おそらく誰かがMY28とMA60に埋めこんだはずだ。誰が指示したんだ?」


 Rv26が表情豊かに驚く。


「それは存じません。しかし、ワタシにそのチップセットが埋めこまれましたが……」


「誰に埋めこんでもらったんだ?」


 ノロはRv26を追求すると言うよりは、確認するようにたずねる。


「MA60です。ワタシの大修繕のときに埋めこまれました」


「そうか」


 しかし、ノロはまだ納得しない。そのときイリがノロの手を取る。


「フォルダーがMA60に命令したの。フォルダーはチップセットのことは何もMA60には伝えなかったけれど、そのときMA60はPC9821のチップセットの中身を盗み見したのかもしれないわ。そして自分たちの身体にもPC9821のチップセットを埋めこんだのかも……」

 

[600]

 


「フォルダーか……」


 ノロがやっと納得する。


「PC9821のチップセットを造ったのはノロですね」


「そうだ。PC9821、開発コードネーム、『ブルーチップ』」


「ブルーチップ?」


 ノロはRv26の質問に答えずにじっと見つめる。同じようにノロをじっと見つめていたイリが静かに言葉をはき始める。


「アンドロイドに『情』を注入するために開発された究極のチップセット。心に初々しい青い意思をはぐくむために製造されました。その中枢には一太郎と花子が開発したソフトが組み込まれています」


 会場にいる誰もがイリの言葉を静粛に受け止める。沈黙がしばらく続いた後、ノロが大きな声を出して笑う。


「盗作してしまった。一太郎、花子、許してくれ」


 Rv26がにこやかにノロの手を握る。


「すごいチップなのがよくわかりましたが、ワタシの場合は土台が超旧式なのでPC9821、ブルーチップの性能を百%引きだすことができないので、いまだ独身です。でもMY28やMA60なら、ブルーチップを埋めこむことで子供を造れるようになったのでしょう。長年の疑
問がやっと解消されました」

 

[601]

 


 Rv26が感激しながらノロに近づくが、ノロはRv26の全身を舐めるように見つめると感慨深げにつぶやく。


「よくも二千年も生きながらえたな」


 Rv26はごく自然にノロにほほえみかけるとノロの疑問に答える。


「さっきも言いましたようにワタシの土台は超旧式なので、酸素に免疫があって錆びにくいのです」


「免疫!」


 ノロが笑いながらRv26を見つめる。


「それにこの軟膏、確かに水虫には効きませんが、ワタシの身体によく合うようで、サビから守ってくれました」


 Rv26はポケットからペチャンコになってラベルも何もない無愛想な軟膏のチューブを取りだす。


「ワタシのお守りです」


「それは……確か俺が……」


 ノロはそう言い残すとさわやかなブルーの輝きを残してRv26の前から消える。続いてイリも瞬示も真美も同じようにRv26の前から消える。

 

[602]

 

 

そして深緑からさわやかな青い色に変色したブラックシャークがコロシウムから空高く舞いあがる。そして空の色に同化して姿を消す。


ノロが船長席に座ると中央コンピュータに命令する。


「第二のノロの惑星を見つける旅に出るぞ!ブラックシャーク、いや、ブルーシャーク、次元移動!」


「了解!」

 

[603]