第五十三章 脱走


【時】永久0070年(前章より約218年前、フォルダーの回想)
【空】前線第一七コロニーノロの惑星
【人】ノロ フォルダー イリ 長官


***


「俺は死んでも絶対入隊しない。こんな戦争、バカげている!」


「フォルダー、声がでかいぞ」


 前線第一七コロニーのアンドロイド製造工場の片隅でフォルダーとノロが仕事をさぼって深刻な議論を交わしているが、たまらずノロが立ちあがる。


「こっちへ来い」


 ノロがフォルダーの腕というよりは、背の低いノロの目の前に背の高いフォルダーの手首があってその袖を引っ張る。しかし、意外にもその力は強い。袖をつかまれたフォルダーが不自由そうにノロのあとをついていく。工場を抜けだすとノロはまわりを警戒する。しかし、背が低く強度の近眼のノロには様子がよくわからない。


「誰もいないか?」


「いない」


 ノロは袖から手を離すと細い通路を進む。通路の壁の下が少し開いたところまでくると腹ばいになって器用にくぐり抜ける。

 

[28]

 


「こい!」


 フォルダーはかがむと同じように腹ばいになって壁の下をくぐり抜ける。ノロが目の前の大きな木箱をずらすと、その下には錆た鉄製の四角い板が敷いてある。その板をずらすと人ひとりが入れるほどの丸い穴が開いている。ノロがその穴に飛びおりる。


「フォルダー」


 穴の中でノロがささやくとフォルダーも同じように飛びおりる。


「なんだ!これは」


「声を出すな」


 思っていたほどの深い穴ではなかった。フォルダーの胸から上が穴の外に出たままだ。


「フタを閉めてくれ」


 フォルダーが金属製の板をずらすと穴の中は真っ暗になる。よほど慣れているのかノロは少し下り坂の穴の中を平然と歩いていく。フォルダーは四つん這いになってノロのあとをついていく。やがて天井が高くなる。


「おまえ、いつの間に犬になったんだ」


 ノロが懐中電灯を点けるとフォルダーはたまらず目を細める。


「立っても頭がぶつかることはないか?」

 

[29]

 

 

「大丈夫」


 足元に懐中電灯を向けて歩きはじめるノロの頭の上に手を置いてフォルダーが続く。


「おい、いくらなんでも頭に手を置くな。肩にしてくれ」


 ノロが怒ったようにたしなめる。


「すまん。よく見えないんだ。ところでどこへ行くんだ?」


 ノロは返事もせずにトコトコと歩き続ける。しばらくすると立ち止まって胸のポケットからリモコンを取りだしてボタンを押す。まわりがぼんやり明るくなる。


「俺の隠れ家だ」


 光っているのはモニターで狭い部屋に得体のしれないものがいっぱい置いてある。身の置き場がほとんどない。仕方なくフォルダーはノロに身体を密着させる。


「いつの間にこんながらくたを集めたんだ」


「がらくたとはひどいな。苦労して集めたのに」


 ノロがモニターの横で薄ら笑いを浮かべる。ノロが自信があるときに見せるこの笑顔は、本人に言わせると一番男前に見える表情らしい。


「何をするつもりだ」


「よくぞ聞いてくれた。もっともそれ以外の質問はできないだろうが」


 フォルダーが身構える。

 

[30]

 

 

「隠れ家ではなく、隠れコロニーを造った。これを見てくれ」


 銀色に輝く宇宙船がモニターに映る。


「時空間移動船だ」


「時空間移動船?時空間移動装置の親分みたいなものか」


「フォルダー、うまいことを言うなあ。時空間移動装置のようなちゃちなものではない。乗船できる人数は、今のところ一万人ぐらいだが、そのうち五万人ぐらいまでにするつもりだ」


 フォルダーがまゆ毛にツバを塗る。


「ウソだろ」


「俺はウソをついたことはない。すでに隠れコロニーで十隻ほど建造した」


「誰に建造させたんだ?」


「アンドロイドさ。前線コロニーへ送るアンドロイドを高性能化して失敬した」


「まさか!横領じゃないか」


「フォルダー、おまえを信用していいか?」


 ノロはフォルダーを真下からにらみつける。その目は強度の近眼なので度のきついメガネの奥で小さく見えるが、レーザー光線のような鋭い光を放っている。


「こんなところへ連れてこられたら、あとには引けんだろ」


「そうか。それなら頼みがある」

 

[31]

 

 

「なんだ?」


 ノロが透過キーボードをなでるとモニターに黒光りした鮫のような戦闘艦が映しだされる。


「宇宙戦艦だ。男や女の軍隊のオモチャのような宇宙フリゲートとは大きさも運動性能も武器も格段に違う。今ある両軍のフリゲートが束になってかかってきたって、一瞬で撃破できるほどの攻撃力を持った史上最強の宇宙戦艦だ。おまえにこの船の船長になって欲しいのだ」


 フォルダーはツバをごくりとのみこむ。次々と繰りだすノロの話に免疫を造る余裕もない。


「いったい何をしでかすつもりだ」


「別に男や女の軍隊を攻撃するためではない。宇宙海賊になってこの宇宙戦艦で、男や女の軍隊や完成コロニーから必要な資材を盗んで欲しいのだ」


「宇宙海賊?」


「繰り返し言うが、男や女の軍隊の資材で俺が必要とするものを略奪するのだ。こんなバカな戦争をしていたら、いずれ人類は自滅する」


 フォルダーがモニターに映る鮫のような宇宙戦艦をまじまじと見る。


「海賊船の名前は?」


「ブラックシャークだ」


「いつ完成するんだ」


「信頼できて宇宙航海術に精通した船長のなり手を探している」

 

[32]

 

 

 ノロはメガネの奥からフォルダーをにらみつける。


「俺にはそんな才能はない」


「特訓する」


 ノロの言葉にフォルダーは身体を動かすほどの空間がないので気持ちだけを後ずさりさせる。


「俺は特訓が嫌いだ」


「俺が教えてやる」


 フォルダーはノロの特訓ならたいしたことはないと気をゆるめる。


「それならオーケーだ。もっと詳しい話を聞かせろ」


***


 ノロはこの前線第一七コロニーのアンドロイド製造工場の工場長で、宇宙大学の同窓生だったフォルダーはノロが製造したアンドロイドを検査してほかの前線コロニーに送り届ける仕事をしているが、すべてノロに任せて仕事らしい仕事はしていない。むしろ、コロニーの長官の機嫌を取るのが日課になっている。そしてときどきノロが計画通り仕事をしているかを監視する振りをしてふたりで軍隊や上司の悪口を言うのが常だった。


 すでに人類が住むための完成コロニーは十分確保されていて、予備の完成コロニーを造る作業は田舎でのんびりと仕事をする官吏のようなもので、思想的に問題があるふたりには左遷に近い待遇だ。

 

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「軍は前線コロニーの改造に興味を持っていないから、コロニー改造本部の連中は一年に一度しかここに来ない。だから、やりたい放題だ。特殊な能力をつけたアンドロイドをこっそりと製造して、これまた、こっそりと製造した時空間移動装置で隠れコロニーにもう何千体も送りこんだ」


 検査をするのはフォルダーだから簡単にごまかすことができる。フォルダーは自分の目がふし穴だと言われているような気がして憤慨するが、そのとおりだと納得もする。ノロはそんなフォルダーの気持ちを無視して言葉を続ける。


「そこで時空間移動船の製造設備を造らせて時空間移動船を建造させる」


「ちょっと待ってくれ。そんなにたくさん時空間移動船を製造してどうするんだ」


「地球の生物を盗んで隠れコロニーに移植する。時空間移動船はノロの方舟だ」


 目を輝かせてしゃべるノロにフォルダーは異様な雰囲気を感じとる。


「地球と同じ完全無欠なコロニーを造るんだ。条件を満たす惑星は今はひとつしか見つかっていない。まあ、とりあえずひとつで十分だが……。時空間移動船をたくさん建造するのは、アンドロイドに造船技術を習得させるのと同時に、造船には総合的な技術が必要だからして製造能力を向上させるためでもある。そしてその先にブラックシャークの建造があるのだ」


 フォルダーはノロの壮大な計画の骨格を知ってただ驚くだけで疑問をはさむ余裕もない。しかし、一番気にかかることがある。

 

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「海賊船の船長になるのはいいが、部下は?」


「わんさといる」


「アンドロイドか?」


「違う。同志だ」


「どこにいる?ここへ来ているヤツラはふぬけばかりだぞ」


「隠れコロニーに集結している。俺の設計図を元にブラックシャークの建造の準備を着々と進めているはずだ」


「わかった。計画はどれぐらい進んでいるんだ?」


「さっきも言ったが、ブラックシャークの建造以外はすべて実行済みだ」


 ノロがただ驚くフォルダーに胸を張る。そのとき、ガンガンガンという派手な金属音がする。


「なんだ!」


 同時にスピーカーから外部の音声が流れる。


「そこにいるのはわかっている」


 フォルダーが声をひそめてささやく。


「長官だ!やばい」


 モニターにライフルレーザーを持った数十人の警備員と長官の姿が断片的に映る。


「ノロ、出てこい!アンドロイドをくすめていたこともわかっている」

 

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「捕まれば、軍法会議にかけられて死刑だ」


 ノロが透過キーボードを消すとがらくたをかき分けて何かを探しはじめる。


「なんだ、この丸いものは?この中に隠れているのか」


 長官が怒鳴る。ノロはいつの間にかハンドルを握りしめている。フォルダーには部屋の上下がよくわからない。ノロが大声を出す。


「何かにつかまれ!」


「つかまれと言われたって……」


 ノロが両手でハンドルを思いきり引く。ゴーという音とともに部屋が激しく揺れて、がらくたがふたりにおそいかかる。


「なんだ!これは時空間……」


 長官の声が途切れる。フォルダーはがらくたが入ったミキサーの中にいるように転げまわる。


「空間移動する!」


「ここはひょっとして……」


「そうだ。ここは時空間移動装置の中だ」


「えー!」


「ばれた以上、ここにはおれない」


 時空間移動装置の回転が加速する。あわてて長官以下警備員全員がまきこまれないように離れる。

 

[36]

 

 

何人かの警備員が跳ねとばされて宙に舞う。長官の目の前から時空間移動装置が姿を消す。まわりは舞いあがったゴミやホコリで何も見えない。


***


「空間移動に成功した」


 ノロとフォルダーはお互いの顔が目の前にあるのに気が付くと、気持ち悪そうにどちらからともなく離れようとするが、がらくたに囲まれて身動きできない。


「どこへ移動したんだ?」


 目の前のフォルダーの質問にノロが応えようとしたとき、時空間移動装置がゆっくりと回転しはじめる。


「空間移動は終わっていないじゃないか!」


 フォルダーが叫ぶと、ノロも大きな声で返答する。


「ただ転がっているだけだ!」


「転がっている?」


「どうやら平らではないところに到着したようだ」


「そんなバカな!なんとかしろ」


「できるものなら、とっくにしている!」


 時空間移動装置が到着したところは砂丘の頂上でそこから勢いよく転がる。そしてそのまま

 

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反対側の砂丘を登りはじめる。時空間移動装置の中はミキサー以上の混乱だ。やがてその回転が落ちて一瞬停止すると、再び砂丘と砂丘の間の窪地を目指して転がりだす。そんな状況を何度も何度も繰り返してやっと時空間移動装置が停止する。ふたりは気を失う寸前になんとかがらくたの中から身体を起こす。


「殺す気か」


「怒るな。銃殺刑よりましだろ」


 ノロが鼻血を出しながら、おでこにずれたヒビの入ったメガネをかけ直す。まわりを丹念に探りながら最後に足元を見て腕を組む。


「真下にドアがある」


「それじゃ、外へ出られないじゃないか」


 ノロが顔をくしゃくしゃにして笑う。


「何がおかしい?」


 ノロはお構いなしにフォルダーを突きとばす。


「何をする!俺はもう完全に怒ったぞ」


 フォルダーが両手を伸ばしてノロの胸元をわしづかみする。時空間移動装置がフォルダーの方に傾くとノロが馬乗りになって笑い続ける。すぐにふたりの体勢が逆転してノロがフォルダーの下にもぐりこむ。

 

[38]

 

 

「こいつ!バカにしやがって」


 上になったフォルダーの拳がノロの顔面をとらえる。時空間移動装置のドアが真下からフォルダーの横に移動する。

 

「ドアが……」


 ノロはフォルダーの下敷きになったまま気絶すると、ドアがゆっくりと外側に押しだされる。


「ノロ!」


 フォルダーがノロを肩に載せてそろりとドアに向かう。


「すまん、ノロ」


 時空間移動装置から、ノロを担いだままフォルダーが転げるように出てくる。


「砂漠か」


 砂に足を取られてノロを放りだすとフォルダーも気を失う。放りだされたノロは頭を砂漠に突っこんで手足を広げてバタバタさせる。


***


「ここは?」


 フォルダーの意識が戻る。焦点が合わないフォルダーの目の前に白衣の若い女が立っている。


「動かないで、と言っても無理かしら」


 フォルダーが身体を動かそうとするが、全身に痛みが走る。

 

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「急性全身不全症よ。でも、すぐに治るわ」


「ここは?」


「隠れコロニー、ノロの惑星と言った方がわかりやすいかしら」


 フォルダーは前線第一七コロニーからノロの惑星へ空間移動したことを理解する。


「ノロは?」


 フォルダーが女の目線を追う。ノロはフォルダーの隣のベッドで大の字になってくたばっている。


「大丈夫か?」


「同じ症状よ」


「うう」


 ノロのうめき声がする。フォルダーはノロが時空間移動装置のドアを真下から横に移動させようとフォルダーに馬乗りになったのに、勘違いしてノロの顔面にパンチを食らわしたことを思い出す。


「ノロ、大丈夫か?さっきは悪かった」


「気にするな。しかし、何も見えん」


 女が丸いメガネをノロにかけてやる。


「イリ」

 

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 ノロは弱々しくイリという名の女を見つめる。


「失明したのかと思った。それにしても身体中が痛い。どうにかならないか」


 イリが近くにいる女にうながす。


「しゃべれると言うことはもう大丈夫だと言うことだわ」


 イリは小さなビンを持ってノロの頭を少し持ちあげるようにして回復剤を飲ませる。もうひとりの女が同じようにフォルダーにも回復剤を飲ませる。


「このまま眠ってもいいか」


「ええ。ゆっくりお休みなさい」


「わかった。じゃあ、寝る」


 すぐにノロのいびきが聞こえてくる。イリはノロにそっと毛布をかけ直すと、フォルダーに身体を寄せる。


「フォルダーも眠った方がいい」


「なぜ俺の名前を知っているんだ」


「あなたはブラックシャークの船長。お休みなさい」


 イリはフォルダーにも毛布をかけるとフォルダーの視界から消える。

 

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