第十八章 ふたつの月


【時】永久0255年1月1日(前章より40年後)
【空】地球のはるか上空の前線第四コロニー

   小さな山門のある小径こみち

   摩周クレーター
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ 住職 ケンタ 忍者 Rv26


***

 永久0255年のある宇宙空間に星になった時間島が忽然と姿を現す。しばらくすると星の色が黄色から徐々に薄い茶色に変わる。前線第四コロニーを包んでいた時間島が収縮したのだ。


 瞬示、真美、ホーリー、そしてお松の身体が衣服におおわれる。この四人とサーチがすぐに意識を戻す。そのときRv26の声が響く。


「演算不能」


【マミ!】
【未来に移動したみたい!】
【なぜわかる?】


[386]

 


 真美が腕時計を見つめる。


【永久0255年と読めるの】
【正真正銘の未来に移動したんだ!でも生命永遠保持手術を受けたら未来へ移動できないと、ホーリーやRv26が言っていたことと矛盾するなあ】


 時間島は球形の形に戻ってポツンと浮いている。


【時間島がこの星を時空間移動させたんだ】


 改めて瞬示と真美は時間島のすごさを認識する。


「いったい何が起こったんだ?」


 我に返ったホーリーが叫ぶ。自分への質問と思ったのかRv26が答える。


「演算再開中デス」


「ホーリー」


 瞬示が声をかける。


「星自体が時空間移動したんだ」


「えー」


 ホーリーは驚くだけだが、サーチは冷静に思いついたことを声に出す。


「両軍の執拗な攻撃を避けるためかもしれないわ」

 

「Rv26がコロニーを空間移動させたのか」


[387]

 


 真美がホーリーに首を横に振る。


「空間移動じゃなくて、時空間移動してるの」


「ということはRv26の仕業じゃない。もちろん量子コンピュータの仕業でもない」


「時間島が……」


 瞬示が言葉を続けることをためらう。


「そう言えば、時間島が膨張……いや、広がっていた」


 ホーリーは真美から瞬示に視線を移す。瞬示はためらいを断ち切って言葉をつなぐ。


「一気に星を包んで時空間移動したんだ」


「信じられない!」


 ホーリーはまわりを一巡してから腕時計を確認する。サーチも腕時計を見るとRv26に向かってホーリーと同じ言葉をはく。


「信じられないわ」


 Rv26の両耳が激しく点滅する。しばらくしてやっと報告を開始する。


「ココハ時間座標50178……」


 瞬示がRv26を制する。


「ぼくらに分かりやすい言葉で説明してください」


「現在時間永久0255年1月1日0時5分、元ノ位置カラ天空方位東21度下42度ニ方向


[388]

 


ヘ230万光年移動」


「ちっとも分からない」


 ふたりの不満を無視してホーリーとサーチがRv26の報告を再確認すると自分たちの存在の基準となる永久0215年から四十年ほども未来に、しかもその年の元旦に移動していることに戸惑う。


「俺達は未来に移動できないはずなのに」


 ホーリーが両拳を握りしめて震わせる。サーチはポカンと口を開いたままRv26を見つめる。瞬示が不満を継続したままRv26に尋ねる。


「分かりやすくと言ったのに、今どこにいるのかさっぱり分からない」


「天ノ川銀河……」


「天の川銀河!」


 瞬示が驚きの声をあげる。


「俺達は本当に未来に移動したのか?」


 ホーリーは現在いる空間座標に興味を示すことなくサーチの前に立つ。


「未来に移動したなんて、そんなこと不可能だわ!」


「両軍ノ時空間移動装置ノ確認ハデキマセン」


「本当に時間島が両軍の時空間移動装置の攻撃を避けるために前線第四コロニーごと未来へ時


[389]

 


空間移動させたのか!」


 ホーリーがサーチの肩越しにRv26の顔に視線をピタリと合わせる。


「ハイ」


 すぐさまRv26が肯定する。ホーリーは時間島に脅威を感じる。サーチは絶叫したい気持ちを抑えようと目を見開いたまま、同じようにまばたきもしないでいるホーリーに倒れこむ。ホーリーにはそんなサーチを支える力もなくサーチに押し倒されてしまう。ケンタや忍者が思い思いの姿勢で地面に座りこむ。すでに住職は座禅を組んでいる。


「生命永遠保持手術を受けていても未来に移動できるのじゃ!」


 ホーリーはサーチの下で仰向けの上半身をケイレンさせながら美しい星空を見上げる。


「ということは両軍の追跡隊もここまで来ることができる!」


 ホーリーはサーチを抱えて立ち上がると瞬示と真美にぎこちなく近づく。


「追跡隊はここへもやって来るぞ!」


「不可能デス」


「現に俺達は未来に来ている」


 Rv26の耳が激しく点滅する。そして真美がホーリーに問いかける。


「なぜ、ホーリーは未来に移動することができないと決めつけてたの?」


「永遠の命を持つ者は未来永劫生き続けるから未来へ移動する必然性がない」


[390]



 ホーリーの言葉に瞬示が即座に質問を追加する。


「実際に試してみたことがあるのか?」


「もちろん!時空間移動装置で何度も実験した結果をふまえての結論だ……と聞いている」


 ホーリーの言葉の後半があやしくなる。Rv26が瞬示に身体を向ける。


「矛盾ハ存在シテイマセン」


「時間島じゃ!」


 住職は座禅を組んだまま、よくとおる声で的確に現状を捕らえる。


***


「ここで討論したって仕方がない」


 瞬示が工場内の会議室で今回の時空間移動について話しあうことを提案する。そのとき、真美が上空で銀色に輝く二隻の宇宙船に気付く。


「あれは?」


「周辺ヲ探索スルタメノ調査船デス」


 相変わらずRv26の手配は迅速だ。調査船が遠のいて見えなくなったとき、真美が飛び上がって叫ぶ。


「地球だわ!」


[391]

 

 

 真美の声に工場に入りかけた全員が矢のような真美の細い腕の先を見つめる。


 青い地球がゆっくりと昇る。誰もが「地球の出」にため息をつく。


【地球の近くに時空間移動してきたんだ】


 瞬示と真美は月の生命永遠保持機構の本部から見た地球を思い出す。お松も大凧で生命永遠保持機構の屋上にたどり着いたときに見た光景を思い出してうっすらと涙を浮かべる。住職はぶつぶつと呪文を口にしながら地球に向かって数珠をもみながら手を合わす。


 地球が昇りきるとその下から黄色い月が昇ってくる。再び全員から大きなため息が漏れる。何という美しい光景なんだろう。


【瞬ちゃん、『初地球の出』と『初月の出』だわ】
【すごい!何かいいことが起こるのかなあ】


 前線第四コロニーは間違いなく地球の近くに移動してきたのだ。瞬示と真美はもちろんのこと全員がなぜ調査船が二隻飛びたったのかを理解する。一隻は地球へ、もう一隻は月へ向かったと確信する。しかし、サーチが大きな疑問をいだく。


「未来へは私達、移動できないんじゃないの?」


「本当に今日は永久0255年1月1日なのか」


 ホーリーが腕時計を確認する。


「時間島なら私達も未来に移動できるのかしら」


[392]



「住職もそう言っていた……」


 いったん言葉を切ったホーリーが急に大きな声をあげて笑いだす。


「なぜ気が付かなかったんだ!」


 ホーリーが瞬示に向きなおって照れ笑いする。


「両軍の時空間移動装置はここまで来ることはできない」


「なぜ?さっきまで未来に移動できるとわめいていたのに」


 ホーリーに瞬示が抗議する。


「時間島でしか未来に移動できないからさ」


「あっ、そうか。そうだわ。良かったわ」


 真美が理屈抜きに喜ぶ。ホーリーを疑うわけではないが瞬示はRv26に確かめる。


「生命永遠保持手術を受けた者でも、時間島でなら未来を移動することができるということか」


「論理的ナ整合性ハ別ニシテ事実ハ事実デス。タダシ、生命永遠保持手術ノ効果ヲ失ッタカモ知レマセン。モシソウデアレバ未来ヘ移動デキルカモ知レマセン」


 瞬示はRv26の後半の言葉に引っかかるものを感じながら地球を見上げる。そして月を見上げる。


「マミ!」


[393]

 


 真美は瞬示が何を言おうとしているのかを悟って信号にする。


【ふたつの月でしょ】

【あの時、確かに月がふたつ見えた】


 真美はうなずいてからRv26に尋ねる。


「教えてください。この星の大きさはあの月ぐらいですか?」


「月ト同ジ大キサデス」


 瞬示がすかさず質問する。


「この星の軌道は?」


 Rv26の両耳が何度か赤く点滅する。恐らく中央コンピュータとコンタクトをとっているはずだ。両耳から赤い点滅が消えるとRv26が瞬示の質問に答える。


「月ト同ジ軌道デ地球ノマワリヲ回ッテイマス」


 瞬示が割りこむ。


「あれが地球だと知っているのか?」


「ハイ、ワレワレヲ製造シタ人間ノ生マレ故郷デス」


【マミ、行くぞ】


 真美が瞬示に首を縦に振ってから、みんなに向かって明るい声を出す。


「地球にいきます。すぐ戻ってきますから」


[394]

 


【偶然じゃない!きっと何かあるわ!】


 瞬示が真美に強くうなずく。次の瞬間ふたりの身体がピンクに輝くと消える。


***

 あの逆流していた川に沿った小径にふたりが現れる。少し先に小さな山門が見える。つまりイメージどおりの空間移動を成功させたことになる。


 幅二メートルぐらいの小さなゆるやかな登り道で、両側にはまっすぐに伸びた杉の木が規則正しく数メートル間隔で並んでいる。だから小径は薄暗い。


 ふたりは一気に杉の木の上まで飛び上がる。空には太陽をはさんで半月がふたつ見える。この時空間は以前来たことがある場所だと確信する。上空から見ると川は小径の右側に沿って正常に流れている。ふたりは小径に戻って顔を見合わせてから川に向かう。


「あっ」


 目の前の川の流れに変わりがない。以前のように逆流していない。ふたりは身体を浮かして小径に戻る。以前、この川の付近では身体を制御できなかった。


【あのとき、この辺の時間が不安定だったのか】
【でも、いくつも山門が同じようにある。あのときといっしょだわ】

 

 ふたりは待ちかねたように早足で一番近い山門にたどり着く。陽が当たらないところには苔


[395]

 


が生えている。以前とまったく同じ状況に奇妙な安心感を抱きながら山門をくぐる。そして何かを期待するように同時に振り返る。しかし、山門はしっかりと立っている。


 遠くにまた山門が見える。ふたりは腕を組んで次の山門に向かう。そして再び山門を通りぬけると同時に振り返る。しかし、山門に変化はない。


【何も起こらない】


 次の山門に瞬間移動する。同じだ。


【つぶれない】


 いくつかの山門をくぐり抜けて、険しい岩山の上の洞窟から激しく流れ落ちる滝の下に立つ。心地よい、それでいて凛とした冷気がふたりを包む。


 瞬示と真美が洞窟の入り口に瞬間移動する。大きな音を立てて落ちる大量の水しぶきを浴びながら洞窟を念入りに調べる。岩に血が付着している形跡はない。宙に浮いたまま、ふたりは周辺を注意深く見渡して別の自分たちがいないか用心深くチェックする。


【わたしたちしか、いないようだわ】


 滝の流れ落ちる音以外、何も聞こえない。瞬示が真美の手を引く。


【入るぞ】


 ふたりは勢いよく流れ出る水に関係なく、身体を浮かしたまま洞窟に入っていく。奥に進むと光が消滅して水の音だけになる。徐々に洞窟の幅と高さが広がる。ふたりは水の流れの中か


[396]

 


ら天井に向かって上昇する。真下では清らかな無色透明の水が流れている。


【あの胎児は?】


 瞬示は隅々を丹念に眺めるが信号は送らない。ふたりは洞窟の中を身体を浮かせたまま進んでいく。やがて行き止まりになるが上方から薄明るい小さな滝が音をたてて落下している。虹色に輝く水しぶきを見つめながら上昇する。すると本格的な光が飛びこんでくる。難なく外界に出ると目の前には御陵を囲むちっぽけな堀ではなく周囲を低い連山に囲まれた巨大な湖が広がっている。ふたりは以前とはまったく違った状況に戸惑う。


【ここは御陵じゃない!】


 その湖のほとりから縦穴の洞窟に水が吸いこまれて岩山の横穴の洞窟から滝となって流れ落ちている。湖の真ん中にはふたりの視力をもってしても点にしか見えないほどの島が見える。ふたりは湖全体が見える高さまでゆっくりと高度を上げる。


【摩周クレーター!】


 ふたりは満々と水をたたえる真円の摩周クレーター上空にいる。今度は高度を下げながら島へ移動する。


【!】


 ふたりは目を疑う。ここが摩周クレーターだということだけでも驚きなのに、湖に浮かぶ平たい丸い島のなかに直径一キロメートルほどの黄色い水で満たされた、これまた丸い池がある。


[397]

 


【マミ!】
【瞬ちゃん!】
 そこにはあの巨大土偶が仰向けになって浮いている。ふたりはしばらく何も考えることもできないほど困惑するが、やがて心を合わせて例の言葉をビブラートさせた信号を送る。


【子供が生まれる前に死んでいく】

【何万、何億、何兆と死んでいく】
【永遠に生きるために死んでいく】
【子供のいない永遠の世界】
【男女のいない永遠の世界】


 急に巨大土偶のまわりの黄色い水が波立つ。さざ波はやがて大きな波に成長し、巨大土偶がその波に揺れながらふたりに信号を送る。


【子供が生まれる前に死んでいく】
【何万、何億、何兆と死んでいく】
【永遠に生きるために死んでいく】
【子供のいない永遠の世界】
【男女のいない永遠の世界】


 この黙示的な言葉の持ち主が今初めてはっきりと判明する。ふたりは感動で胸いっぱいにな


[398]

 


ったまま、しっかりと巨大土偶を見つめる。


 やがて波立っていた水も収まって巨大土偶は微動だりしなくなる。まわりが明るいこともあるが、ふたつの月が沈んで見えなくなったのをふたりは気付かない。ふたつの月が地球に働きかけていたふしぎな力が完全に消えた今、ふたりは自分たちの意志とは関係なしに巨大土偶がいる上空から強制的に瞬間移動させられる。


[399]

 

 

[400]