第六十一章 古本屋

【時】西暦二十世紀後半~二十一世紀前半西暦0012年永久0012年

【空】御陵

【人】ノロ 古本屋の店主 (瞬示 真美)

 

***

 

 黒い時空間移動装置が御陵の真上に現れる。そこからは上りはじめた太陽が見えるが、御陵の周辺はまだ闇に包まれている。

 

「間違いない。この御陵はあの御陵と同じものだ」

 

 ノロは目標の時空へ的確に時空間移動したことに満足する。モニターには木々が密生して緑の塊に見える御陵が昼間のようにはっきりと映しだされている。

 

「俺の計算もたいしたものだ」

 

 森のような御陵の中央部の木々を押しのけながら時空間移動装置が着陸する。まとわりつく木の枝を払うようにドアが跳ねあがるとノロは御陵に降り立つ。まわりがかすかに明るい。苦労しながら木々の間を通りぬけて堀の手前まで進む。夜が完全に明けてまわりがはっきりと見える。

 

「場所は間違いないが、時間を間違えたのか。やっぱり俺の計算はいい加減なのかなあ」

 

 御陵のまわりには焼け野原になった廃墟が広がっていて人の姿はまったくない。ノロは腕時計を見る。

 

[214]

 

 

「八月一五日六時……1945……ここはどうやら俺の世界ではない。と言うことはやっぱり計算通りに時空間移動したんだ!それにしてもひどい状況だ」

 

 ノロは枝に引っかかったビラを手に取る。

 

「『日本の皆さん。降伏してください。私たちは降伏した人には……』なんだ、これは」

 

 そのとき、爆音が聞こえてくる。

 

「わあ、模型飛行機が飛んでいる!」

 

 単発のプロペラ機が編隊を組んで低空飛行している。

 

「古い戦闘機だ。まるで骨董品が空を飛んでいる」

 

 プロペラ機が耳をつんざくような爆音を響かせて真上を通過する。やがて朝日に照らされてキラキラ光るものが戦闘機からまき散らされる。それは手にしたビラと同じもので、ノロは遠ざかる編隊を見送りながら考えこむ。

 

「どうやら、この世界の日本が戦争に負けたようだ。降伏したとしてもこんな焼け野原から復興するのは大変だ。俺たちの世界の日本とはまったく違う。この世界で今から起こることは俺にとってどんな意味があるんだ?」

 

 三重の堀には死体が数えきれないほど浮いている。堀の反対側では線路がアメのように曲がっている。

 

[215]

 

 

「古い時代の鉄道だ。焼夷弾が大量にばらまかれたのか」

 

 ノロの視線が線路をたどってまわりより少し高い場所に到着する。

 

「駅だ」

 

 駅舎はおそらく爆弾で吹っとんだのか、何も残っていない。

 

「思ったとおりに時空間移動できたと思ったが、少しずれているような気がする。俺が目指すこの世界の時間座標はまだ先なのか。ずれが最小であればいいが……」

 

 ノロは御陵の斜面をふうふうと息を吐きながら登って時空間移動装置に戻る。

 

***

 

 ノロはそれから一年間隔で絶対空間座標上での時空間移動を繰り返す。つまり、一年先の御陵へ時空間移動を繰り返す。

 

 ノロの黒い時空間移動装置は女の軍隊の青色の、あるいは男の軍隊の緑色の時空間移動装置とは違ってサイレントモードで音をたてずに時空間移動できる。そのときノロは必ず御陵のまわりを探索する。真夜中に時空間移動装置で人気のない駅の裏に空間移動して、リモートコントロールで時空間移動装置を御陵の深い森の中に隠してから夜明けを待って行動する。そして、次の真夜中にリモコンで時空間移動装置を呼び寄せて御陵に戻る。そして再び一年先に時空間移動する。

 

 ノロは自分がここへ来たときの年を、この世界では西暦1945年とカウントしていることを知る。

 

[216]

 

 

そして敗戦から立ち直る人々の姿を目の当たりにして感激する。

 

「俺たちが忘れた活気のある世界だ。こっぱみじんに打ちひしがれたのに希望を持って生きている」

 

 ノロにとっては一日だが、暦は一年ずつ進む。

 

「俺の計算はともかく、中央コンピュータの演算分析もいい加減な気がする。まあ、量子コンピュータですら数時間かかったんだから、かなり複雑な計算だったことは間違いない」

 

 すでにノロにとっては四〇日、この世界では四〇年の歳月が流れた。

 

「根本的に間違っていたのかな。誤差の範囲を超えているような気がする」

 

 ノロはこの世界の日本が最高潮の繁栄を謳歌していることに眉をひそめる。そして日本だけではなく、世界中で原子力発電所が数多く建設されていることを知って懸念する。

 

「俺たちは原子力で大きな過ちを犯した。同じことがこの世界で起こらなければいいのだが」

 

 ノロは今後の時空間移動の方針を立て直す。

 

「誤差の範囲は百年にしよう。その方がこの世界の行く末を少しでも長く見られる。そう決めたら意外に早く重大な事件に出くわしたりして」

 

 ノロのいい加減なカンが二日後すなわち二年後の西暦1987年に当たる。

 

「センサーに何かが反応している。あっ、御陵自体が反応している」

 

 ノロが透過キーボードを忙しく操作する。

 

[217]

 

 

「四ヶ月後に移動してみよう」

 

 時空間移動装置が四ヶ月後に時間移動する。

 

「強い!」

 

 腕時計を確認する。

 

「西暦1987年12月15日か」

 

 ノロは再び透過キーボードに向かう。

 

「なんだ?12月31日23時59分59秒?。まさか!」

 

 電気がビリビリと走るような感覚に従って、ノロは12月31日23時55分に時空間移動装置を時間移動させる。

 

「よし、ゆっくりと上昇だ」

 

 時空間移動装置は御陵を離れてかなりの高度まで上昇する。

 

「多次元センサーの感度を最高レベルにあげよう」

 

 モニターに御陵が映しだされる。

 

「六次元の物体はこんなにもゆったりと移動するものなのか。それとも時間の尺度がまったく違うのか」

 

 ノロはまばたきもせずにモニターを見続ける。御陵の中央部に黄色い筋が現れる。その筋が東側へ伸びていく。線路を越えて少し行ったところで、もぐるように筋の先頭が地面に消える

 

[218]

 

 

としっぽの方も同じ場所で消える。

 

「あっけないな。実際には見えないものを黄色い線で表示させているから仕方ない」

 

***

 

 元旦の朝がもう少しで明けようとするとき、ノロは時空間移動装置で黄色い線が消えたところへ空間移動する。地上に降りるとすぐに時空間移動装置を御陵の深い森の中に空間移動させる。そしてゆるやかな坂道に立って初日を浴びる二軒の住宅を眺める。

 

「この住宅のいずれか、あるいは両方かもしれないが、ここで六次元の物質が確かに消えた」

 

建物のどこを見ても特に変わったところはない。

 

「なんらかの影響を受けたはずだ」

 

 いくら正月の早朝だといっても、他人の家の前でいつまでも立ちつくすわけにはいかない。ノロにとっての四十二日間、この辺をくまなく探索していて目をつむっても歩けるまで熟知していた。坂道のつきあたりは小学校で、にぎやかな子供の声は今はなくひっそりとしている。ノロは坂道をゆっくりと下る。遠くでカンカンカンという踏切の警報機の音がする。「ブオー」という警笛がガタンゴトンという車輪の音といっしょに聞こえてくる。ブレーキ音をたてながら上半分が黄色で下半分がオレンジ色のくたびれた二両連結の電車がスピードを落とす。ノロは線路と平行する道に出る。先ほどの電車が駅に止まっている。

 

「あの家にセンサーを取りつけるとすれば、どんなセンサーがいいのだろう」

 

[219]

 

 

 ノロは駅とは反対側に曲がって歩きだす。正月で店を閉めている喫茶店が見える。

 

「これから、この付近で何かが起こるはずだ」

 

 ノロが御陵を見上げる。

 

***

 

「どうやら、あの家の両方の夫婦に子供が生まれるようだ。出産予定日がまったく同じなんて、どう考えてもふしぎだ」

 

 ノロは時空間移動装置の中で考えをめぐらす。

 

「妊娠してから、どれくらいで出産するんだったけ?」

 

 ノロの世界ではもう何百年も子供が生まれたことがない。

 

「確か、十月十日とか言われていたような記憶がある。月齢で計算するんだった。月齢は?」

 

 透過キーボードをさわりながらモニターを眺めるノロの顔がゆるむ。

 

「出産予定日が九月二十日と言うことは、元旦がメイクラブの日になる!」

 

 ノロの計算はいい加減ではあったが、当の本人は確信している。

 

「生まれてくる子供が鍵を握っている!」

 

 ノロはすぐに時空間移動装置のコントロールパネルを開く。

 

「西暦1988年9月20日に時空間移動だ」

 

 ノロはあの二軒の家に高機能センサーを仕掛けた。

 

[220]

 

 

「赤ん坊の泣き声は聞こえないなあ」

 

 ノロは慎重に一日刻みに時間移動を繰り返す。しかし、予定日を一ヶ月過ぎても気配がない。ノロはまるで自分が子供を産むかのように今か今かと待ちわびる。ついに十一月十一日になって両家の妊婦が同時に病院に向かうという情報をつかむ。そしてノロは自分の予想がほぼ的中したことを確認する。

 

「一秒の狂いもなく、同じ時刻に生まれた」

 

 ノロが狂喜する。

 

「間違いない!次元のマジックだ。時間を完璧にコントロールできるんだ!」

 

 しかし、ノロは今後どうすればいいのか見当もつかない。ノロの腹が急に思い出したように「グー」と大きな音を出す。すでに時空間移動装置内にある食料は底をついていた。もう何日も食事をしていないことに初めて気が付く。

 

「ひもじいなあ……そうだ!恐竜時代に戻って恐竜のステーキを食えばいいんだ」

 

 すぐさま口からよだれを垂らす。

 

「それに観察する手間を荒くすればいい。今のところ生まれてきたのは人間の赤ん坊で恐竜ではない。いずれにしても体力、体力。一度でいいから恐竜のステーキを食べてみたかった」

 

 ノロは都合のいい理屈を並べてさっさと時空間移動の準備に入る。レバーを引く手はよだれでべっとりと濡れている。

 

[221]

 

 

「なんだか初めの計画からまったくずれてしまったな。もう、ほ乳類の進化なんてどうでもいい。多次元エコーが意外な結果を誘発したのかもしれない。次元の異なる世界をかいま見ることができるかも。ひょっとして、多次元エコーは禁断の代物なのか。あの遮光器土偶に似た巨大な土偶は人間の進化の過程でなんらかの影響を与えたどころか、人間の形成そのものにかかわった可能性が高い」

 

 ノロは精一杯考える。しかし、すぐに食欲に負けてしまう。

 

「恐竜の世界に時空間移動!」

 

***

 

 つまようじをくわえながらノロが駅前の古本屋の前に立つ。

 

「なつかしいなあ。こんな店に巡り合うなんて」

 

 ノロはなんとも言えない紙のニオイが充満する古本屋に鼻の穴を精一杯広げて入る。狭い店内を見渡すと顔を横にして山積みされた本の背表紙を丹念に見ていく。やがて疲れた首をまっすぐ伸ばすと古本屋の店主を発見する。ノロが言い訳と好奇心をセットにしてたずねる。

 

「遮光器土偶の本を置いていないか」

 

「あるよ」

 

「ある!」

 

 ノロは口を大きく広げて白い豊かなひげをたくわえた店主の顔をまじまじと見つめる。

 

[222]

 

 

――はて、誰かに似ているような……ひげが邪魔だなあ。

 

 白いひげ面の店主が床を指さす。その指の先の方向に地下室とくたびれたはしごが見える。店主が机に山積みされた本のてっぺんを押さえるようにして立ちあがるとノロの横をすり抜けてはしごの一番上の段に足を置く。腰の曲がった店主が器用にはしごを降りて床に足を着けると目線でついてこいとうながす。ノロもはしごを降りて店主の横に立つ。店主が壁のスイッチを押すと裸電球が灯って黄色い光がゆったり広がって天井の低い地下室の全容が明らかになる。通路は狭く本があちらこちらに山積みされている。

「こんなところにいたから、すっかり腰が曲がってしまった。おまえさんなら腰をかがめずにこの地下室を自由に歩けるな」

 

「背が低いことがときとして便利なこともあるんだ」

 

 店主は二、三歩進んだところで立ち止まって、目の前の山積みされた一番上の本を手にする。それは「遮光器土偶と火炎土器の謎」というタイトルの本だ。

 

「わしはこの本に興味を持って遮光器土偶や火炎土器に関する本や書物を集めた」

 

 ノロは店主の目が輝くのを見逃さずに大きくうなずくと先ほどの本を受けとる。

 

「これは売り物か?なぜ、こんなところに置いているんだ」

 

 店主は返事をせずにノロの横を窮屈そうに通りぬけようとする。

 

「ここで読ませてもらってもいいか」

 

[223]

 

 

 そのとき店主の肩に触れた本の山がくずれて床に散らばる。一冊の本がうっすらと黄色に輝く。ふたりともその本に釘付けになる。

 

「こんなところにあったのか」

 

 店主はほかの本の山に身体が触れないよう用心しながら腰をかがめてその本を取りあげる。表紙は無地で何も書かれていない。その本を開くと大きなため息をついて黄ばんだ白紙のページをめくる。

 

「この本には壮大な物語が書かれていた」

 

「インクが退色したのか」

 

「そうかもしれない」

 

 ノロは少しだけ首を横に振る。

 

「どんな物語が書いてあったんだ?」

 

「その本の一部が引用されていた」

 

 ノロは「遮光器土偶と火炎土器の謎」と店主が手にしている本を交互に見る。

 

「おまえさん、この世界の人間じゃないな」

 

 ノロは左右に動かしていた視線を店主の顔に合わせて停止させる。ノロは「なぜ、わかる」という言葉をごくりとのみこんでごく自然に言葉を発する。

 

「そうだ」

 

[224]

 

 

 店主はノロの返事に驚くこともなく、背中を向けてはしごを二段ほど登ると一階の床に本を置いてから再びゆっくりと登る。店主が登りきったのを見届けるとノロもはしごを登る。店主がノロに問題の本を手渡す。そして元の狭い机の前に座る。

 

「ここで店番をしていると、ときどきウトウトしていつの間にか夢を見ることがある」

 

 ノロが大事そうに本を持ったまま店主の言葉を待つ。

 

「おまえさんが現れる夢を見たことがあった」

 

 店主の目の奥が輝く。ノロは店主の顔をまじまじと見つめる。

 

「俺は店主のことをまったく知らない」

 

「ただの夢の話さ」

 

 店主の言葉が妙にノロに絡む。

 

「ただし、夢のとおりにしようと思う」

 

「因果の整理か?」

 

 ノロの言葉が店主を直撃する。しかし、店主はうろたえることなく軽くうなずくと言葉を続ける。

 

「この店を継いでくれないか。不要になれば手放せばいい。そういう条件なら困ることはないだろう?」

 

「困るどころか、ありがたい。この世界に身の置き場がなくて困っていたところだ。それにしてもあまりにも突発的な話だな」

 

[225]

 

 

「夢に理屈はない」

 

 店主の即答にノロが激しく反応する。

 

「因果が清算されたということだな」

 

 ノロと店主の視線がぶつかりあったまま動かない。しばらくすると近くでカンカンカンという踏切の警報機の音がする。

 

***

 

 ノロは旧店主と同じように入口横の小さな机の前に座って「遮光器土偶と火炎土器の謎」という本を熱心に読む。あるページで手が止まる。そのページには遮光器土偶と火炎土器のモノクロの写真が並んでいる。遮光器土偶の頭の部分と火炎土器の上部が赤い丸で囲まれている。炎が燃えあがっているように見える火炎土器の上部の模様と遮光器土偶の頭部の模様がまったく同じように見える。

 

「これは……」

 

 ノロが思わず声をあげるとページをさかのぼる。

 

「造られた時代がまったく異なるのに、まったく同じ模様だ」

 

 火炎土器は西暦紀元前2500年頃に制作され、遮光器土偶は西暦紀元前500年頃に制作されたという記述を確認する。

 

[226]

 

 

「土偶の頭のてっぺんで炎が燃えているように見える」

 

 踏切の警報音も電車の音も聞こえなくなってから、かなりの時間が流れた。ノロはあくびを繰り返しながら、もう一冊の本を開く。やはり何も印刷されていない。ノロはぱらぱらとめくると、急に目が覚めたようにその本を持ってはしごを降りる。

 

「どの辺だったけ」

 

 ノロは数えきれないほどの本が山積みされた地下室を見渡す。意を決してある本の上に例の本を置くと一歩下がってしばらく様子を見る。再びその本を手にするとその隣の本の柱の上に置く。ノロは何度も何度も同じ行動を繰り返す。

 

「あっ」

 

 一瞬、例の本がうっすらと黄色に輝く。しかし、その輝きはすぐ消えてしまう。ノロは目をこすりながらその本を手にしてその下の本の表紙を見る。

 

「音をたてずに屁をこく方法」

 

 ノロは大笑いして手にしていた本をその本の上に置く。今度はなんの変化も起こらない。

 

「ふしぎな古本屋だ」

 

 ノロはどんなことが起こってもあまり気にしない質だが、恐竜に出会ったり、巨大土偶に出会った以上の驚きとふしぎさを感じる。本をそのままにしてはしごを登る。一階の床に足が着いたときにお尻から「プー」という音がもれる。

 

[227]

 

 

「あした、あの本を読もう」

 

***

 

 ノロはすっかりと古本屋の店主におさまる。もしノロが生命永遠保持手術を受けていなかったら一生かかっても読みきれない本がここにはある。

 

「暇で暇で気が狂いそうだったが、おおいに助かった。あの店主がいなければ俺は退屈して死んだかもしれない。ここであの赤ん坊の成長と六次元の生命体が現れるのをじっくりと待つとしよう」

 

 本はあまり売れないが、それでもこの世界のお金が入ってくるから生活に困らなかった。店の奥を片付けて寝床もこしらえた。ノロは床で寝ることに抵抗はない。

 

 毎日のように朝の散歩をかねてあの家の前をうかがいながら小学校の正門までを往復する。まれにあの家の前で幼児と両親に会うこともあるが、これといった変化は何も起こらない。それに両家の両親が古本屋を訪れることはなかった。そのうち、ふたりの幼児が男と女であることを知る。設置していた高機能センサーの電池はすでに切れて役にたつことはなかった。

 

「よく似ているな。まるで双子じゃないか」

 

 やがて、ある年、小学校の正門の桜が満開になったころ、あのふたりの名前もわかる。

 

「瞬示と真美か。小学生になったのか」

 

 例のふしぎな本はあれからずーっと地下室に置いたままで、ノロは毎日のように変化がない

 

[228]

 

 

か確認するが、二度と輝きだすことはなかった。

 

***

 

 さらに年月が流れる。

 

 暑い真夏の昼下がりノロが店の机にほほをつけて居眠りをしていると、ランドセルを背負った瞬示と真美が店に入ってくる。ふたりは一階の本棚を眺めていたが、しばらくすると地下室を見つける。

 

「探検しよう」

 

 小学四年生になった瞬示がはしごを降りると真美も続く。

 

「わあ、本だらけだ」

 

「変な図書室」

 

 ふたりはふしぎそうにまわりを見渡す。

 

「ここは図書室じゃない」

 

「そんなことわかってるわ」

 

 ぷくっとほっぺたをふくらます真美に瞬示が興奮しながら小声で叫ぶ。

 

「あれ、マミ、あれ」

 

 山積みされた本の一角から黄色い輝きが見える。そこは天井の裸電球の光が届かない場所でふたりが近づくとその輝きが消える。瞬示がその本を手にして裸電球の下に移動する。

 

[229]

 

 

「変な表紙」

 

「英語かな?『C・OS・M・OS』って、なんのことなんだろう」

 

 真美が瞬示の肩越しに本を見つめる。瞬示が表紙をめくるとノロには何も見えなかった活字が浮かびあがる。ふたりはその活字を追う。何かに取りつかれたように無言で読む。いつの間にか、ふたりは地下室の床の上に座りこんで熱心にその本を読む。

 

 机の横から「ピーピー」という信号音がするとノロがあわてて起きる。

 

「時空間移動装置が呼んでいる」

 

 ノロがよだれをぬぐいながら立ちあがる。日没前のやさしい闇が店を包む。店の奥に向かうと物入れから携帯ジェットを取りだして机まで戻る。

 

「あれ、地下室の電気、点けっぱなしにしていたっけ」

 

 ノロは携帯ジェットを机に置くと地下室の電気を消すためにはしごを固定している壁にあるスイッチを押そうとする。そのとき地下室に人の気配を感じる。

 

「悪いけれど、今日は店を少し早く閉めたいんだ」

 

 瞬示と真美の上からノロの声がする。ふたりがはっとして我に返って手元の本からはしごの上の方に視線を移す。ノロがはしごを二、三段降りる。

 

――瞬示!真美!

 

 一瞬驚くが、できるだけやさしい声をかける。

 

[230]

 

 

「ただ読みはいけないが、おまえたちなら仕方がないな」

 

 度のきついメガネをかけ直してノロがふたりを手招きする。

 

「おっと、その本は元のところに戻してくれないか」

 

 ノロははしごを登っていつも座っている机の引出から何かを取りだすと地下室に落とす。足元に落ちてきたものを瞬示が拾いあげると、それは鮮やかな青いしおりだった。

 

「続きは明日にでも読めばいい」

 

 瞬示は真美が持つ本に青いしおりをはさむと見つけやすいところに置く。ふたりがはしごを登りきるとすぐに裸電球が消える。

 

 瞬示も真美もふしぎそうにノロを見つめながら、そろって声を出す。

 

「ありがとう」

 

 近くでカンカンカンという踏切の警報機の音、ガラガラという遮断機が降りる音がする。ノロは忙しそうに店じまいにかかる。とはいってもわずかなお金が入った手さげ金庫の鍵を閉めるぐらいなのだが。

 

 瞬示と真美が未練を残して古本屋を出ると「ブオー」という電車の警笛がガタンゴトンという車輪の音といっしょに聞こえてくる。目の前の踏切をきしむようなブレーキ音をたてながら二両連結の電車がスピードを落として通過する。踏切の音、電車の音、黄色とオレンジの車体、赤く点滅する踏切の警報機、ふたりはぼやーっと踏切の少し手前の古本屋の店先に立って電車を見つめる。

 

[231]

 

 

 ふたりのうしろで錆ついたシャッターの閉まる音が聞こえる。小学生のふたりより心持ち背が高いノロが慣れた手つきでシャッターの鍵を閉めると携帯ジェットを入れた丈夫なズタ袋を持ってふたりのうしろに立つ。

 

「しまった。リモコンを忘れた」

 

 瞬示と真美にはノロの声は聞こえない。そのまま開いた踏切を背にして歩きだす。ノロがはっとして瞬示と真美の背中を見つめる。

 

「このふたりはいったいなんの本を読んでいたんだ?」

 

 腕時計を見る。

 

「もっと暗くなってからの方がいいか」

 

 ノロはシャッターの下にある穴に鍵を差しこむ。シャッターがぼろいのか、ノロの力が足りないのかなかなか上がらない。しかし、少し上がると今度は勢いよく大きな音をたててシャッターが上がりきる。まぶしいぐらいの緑色の光が店からもれる。その光は地下室から出ている。

 

 ノロが渇いたノドから無理矢理言葉を吐きだしながら、地下室への入口から真下を見下ろす。そこには若い男と本を持つ女がひざまづいて立っている。ノロは反射的に半歩退く。

 

「誰だ!」

 

「ノロじゃないか」

 

[232]

 

 

「ノロだわ」

 

 青年の瞬示と真美がノロを見上げる。

 

「なぜ、俺の名前を知っている?」

 

 ノロは逆に一歩踏みだすと不自由な体勢ではしごを一段だけ降りる。

 

「もう、帰るね」

 

 真美が手にしている本には青いしおりがはさまれている。真美はかがんでしおりがはさまれたページを開いて床に置く。

 

「さよなら、ノロ」

 

 瞬示がそう言い残すとふたりはその本に吸いこまれるように消えてしまう。地下室から緑色の輝きが消えて暗くなる。

 

「あのふたり……」

 

 ノロがやっとの思いで暗い地下室の床に立つ。床の上で本が緑色に輝きだす。そして地下室に積み上げられた本のあちらこちらから蛍が光るような淡い緑色の光が点滅しはじめる。バラバラだった点滅はひとつの意志を持ったようにすべてが同時に点滅する。

 

「この本の中でこのページからあのページへと移動しているのか。まるであのふたりがこの本の中を気持ちよさそうに移動しているようだ」

 

 ノロは地下室の床に座りこんで点滅する淡い緑色の光をほほえみながら見つめる。ノロのメガネにその輝きが映っては消える。

 

[233]

 

 

その本を両手で拾いあげると繰り返される点滅の中で文字が現れては消える。

 

***

 

 ノロは本を持って店の前に立つ。

 

「なんだ!」

 

 まわりの景色が一変している。いつの間にか駅のホームが長くなっていて、近づいてくる電車は六両編成でヘッドライトをこうこうと点灯している。そして夏の夜のような生暖かい風が流れている。

 

 ノロは腕時計を見て声をあげる。

 

「西暦2012年8月……午後3時……夜じゃない。ひと雨来そうだ」

 

 時間移動したわけでもないのに、一挙に十年以上もの時間が経過している。ノロは目をこすりながら腕時計の数字を再確認すると、あのふたりが青年だったことを思い出す。

 

「ひょっとして次元移動したのかもしれない。とにかく時空間移動装置に戻ろう」

 

 ノロが店に入るとリモコンが「ピーピー」と音をたててノロを待っている。

 

 ほっとしてなつかしそうにリモコンを手にすると地下室に降りて見渡すが、あのふたりの姿も緑の輝きもない。まわりをうらめしく眺めながらはしごを登って机に置いたズタ袋から携帯ジェットを取りだしてリュック・サックのように背負う。そして例の本をズタ袋に押しこみ、

 

[234]

 

 

外へ出るといきなり上昇して一気に御陵に向かう。今のノロには自分の姿が誰に見られていようと構う余裕はない。さいわい外は夕立前で夜のように暗い。

 

「俺だけではなく、俺に関係するものすべてが時空間移動している。いや、これはまさしく次元移動に違いない。あのふたりが仕掛けたのか。そうとしか考えられない。リモコンが反応していたということは時空間移動装置も次元移動しているはずだ」

 

 ひょっとして時空間移動装置が消えたかもしれないという不安を抱くが、ノロは器用に携帯ジェットを操りながらリモコンを操作する。御陵の中央部でドアが跳ねあがった状態の時空間移動装置に乗りこむ。

 

 一息ついてから操縦席に座ってまわりの様子を確認するために操縦レバーを引く。ノロは時空間移動装置がある程度の高さまで上昇したと思ってモニターで外の様子をうかがう。時空間移動装置は確かに上昇したが、すぐ御陵に吸いよせられるように激しく揺れながら急降下する。

 

「まずい。コントロールできない。何か強い力に引っ張られている」

 

 ノロはまだ携帯ジェットを背負っていることに気付くとなんとかドアの前に立つ。

 

「万が一が起こりそうだ」

 

 時空間移動装置の降下速度が加速する。

 

「だめだ!」

 

 ノブを引くとドアが跳ねあがる。その横にかけてある双眼鏡を手にすると外へ飛びだす。強烈な雨の中、携帯ジェットを噴射させて身体を宙に浮かせる。

 

[235]

 

 

 時空間移動装置が御陵の木々をなぎ倒してめり込むように地面に到達する。自動的に閉まったドアを上にして半分以上、土の中に埋もれている。木々が生い茂っているのと、まわりが暗いのと、さらにノロのメガネが雨で濡れているので、まったく時空間移動装置の様子がわからない。

 

「俺の運動神経もまんざらでもないな」

 

 次の瞬間、ノロの身体が木の枝に何度も引っかかりながらなんとか着地する。

 

「なんだ。間一髪だったのか。余裕を持って脱出したと思っていたのに」

 

 ノロは携帯ジェットの噴射を止める。少し離れたところで埋もれた時空間移動装置を見つけると、近づいてドア横の溝に指を入れようとする。

 

「あれ」

 

 溝と思ったところが窪んでいないことに気付く。

 

「これは!この現象はひょっとして……時空間移動に失敗したんじゃ!もしそうだとすれば、さっきの揺れは尋常じゃなかった。時空間移動装置を見限って脱出した俺は最高の判断をしたことになる!」

 

 ノロは全神経を集中して現状を把握しようと念のために腕時計を見る。

 

「えー、永久!西暦じゃない!ここは俺の世界!永久0012年8月……午後3時……同じ場所なのに時間座標だけが変化している。ということは時空間移動装置の中と外が入れ替わった

のか?」

 

[236]

 

 ノロはあわてるどころか、興味を持って思考を進める。先ほどまで同じ世界で時間移動をしただけだったが、今度はまったく違う世界、いや永久の世界へ時空間移動している。それはノロの言う次元移動なのかもしれない。ノロは異常なことが起こったことを直感的にのみこむとすぐに気持ちを切りかえて次にすべきことを考える。

 

「この世界、いや俺の世界のこの場所にあの古本屋は存在するのか」

 

 ノロは携帯ジェットのレバーを引くと御陵から離れる。その直後に大きな雷鳴が空中に浮かぶノロをゆさぶる。

 

 先ほどまでいたところに雷が落ちたようだ。いや、時空間移動装置に落雷したのかもしれない。ノロの耳は落雷の大音響でマヒしてキーンという残響に包まれたまま、何も聞こえない。

 

「危機一髪の連続だ。いつまで運が続くことか」

 

 ノロはメガネを外して驚く。高架軌道上を青と白のツートンカラーのリニアモーターカーが立派なコンクリート造りの駅を通過する。

 

「どうなっているんだ。次元移動のなせるワザか!」

 

 そのとき、高架脇にある時計台を持つ建物に大音響をとどろかせて雷が落ちる。

 

「危ない」

 

[237]

 

 

 ノロはあわてて、以前とはまったく違う立派な駅の近くに急降下する。古びれた古本屋がまわりから隔離されるように建っている。そのときノロの背中で再び雷鳴が響く。ノロは振り返って御陵を見つめる。木々が震えるようにざわめくとやがてすべて倒れる。大粒の雨が容赦なくノロの顔をたたく。ノロは雨を避けるために高架下に回りこむ。そこからは御陵が真横に見える。その御陵全体がふくれあがると倒れた樹木が堀にずれ落ちる。

 

「間違いなく、巨大土偶が何億年の眠りから覚めて復活する!」

 

 ノロは混乱しながらも暗闇でも鮮明に見える双眼鏡を手にすると御陵の様子をうかがう。サーチライトのような黄色い光線が御陵から真っ暗な天空に向かうが、低く垂れ下がった分厚い雲にさえぎられた光の柱は短い。

 

「恐竜をステーキにした光線だ」

 

 巨大土偶が上半身をゆっくりと起こす。それにつれて光の柱も斜めになって伸びていく。やがて地上をとらえるまでに光の柱が傾くと今まで以上に強く輝く。その先端から赤く輝くふたつの塊が空高く舞いあがる。ノロの視力では見えないが、明らかに何かが空中に飛びあがって巨大土偶と対峙する。瞬示と真美だ。

 

 ふたりの身体からピンクの太い光線が巨大土偶の頭部に発射される。その頭が大きな音をたてて粉々に砕け散るとチリとなって激しい雨とともに地上に降下する。

 

 ノロは双眼鏡の倍率をあげると、地上二百メートルぐらいの高さで浮いているピンクの輝きの中にふたつの人影を発見する。

 

[238]

 

 

 頭が吹っとんだ巨大土偶がそのまま立っている。破壊された頭部があればその身長は三百メートルはある。身体のほぼ半分ぐらいあった頭を失った巨大土偶は微動だりしない。

 

 ときおり雷が鳴る。地上ではサイレンの音があちらこちらで鳴っているが、激しい雨の中では蚊が泣くような音にしか聞こえない。

 

 その雨の音に混じってヒュウヒュウという音が聞こえてくる。雨に逆らうかのように水に溶けていた茶色のチリが舞いあがる。チリはまるで生き物のように群れをつくって、ゆっくりと力強くさらに舞いあがって頭のない土偶の首の上に集まろうとする。もし雨が降っていなければ瞬間的に集結したかもしれない。

 

「再生しようとしているんだ!」

 

 ノロの興奮が最高潮に達する。雨の勢いが少しだけ弱くなる。チリは首の上で塊を形成する。その塊が元の頭の形を復元しはじめる。

 

「無機質の物体がまるで生命体のような振舞をしている」

 

 舞いあがるチリの中に黒い丸いものをノロが発見する。

 

「時空間移動装置だ」

 

 ノロは双眼鏡の倍率をさらにあげる。

 

「間違いない。俺の時空間移動装置だ」

 

[239]

 

 

 巨大土偶の頭が元の形に近づくと再生のスピードが急に速くなって、すぐに巨大土偶の頭が完全に元に戻る。

 

「すごい!」

 

 再生した巨大土偶の目がうっすらと開くとピンクの輝きに向かって鋭い黄色い光線が放たれる。その輝きの中心からもピンクの光線が発射される。黄色い光線はピンクの光線に少し押されながらも蹴散らすようにしてピンクに輝く塊、そう、瞬示と真美に向かう。塊が上下に分断される。ふたりの放った光線の残りが弱々しく巨大土偶のそばを通過する。

 

 巨大土偶から放たれた黄色い光線も勢いを弱めてノロの真上を通過する。その到達地点の方向からまばゆい輝きが付近を明るくする。

 

 高度を下げた方のピンクの塊に向かって巨大土偶が再び光線を放とうとうつむく。その塊は機敏に上昇してもうひとつの塊と再び合体する。巨大土偶がきゅうくつそうに真上に首を向ける。眉間の間に黒いほくろのような黒い球体が見える。

 

「あれは俺の時空間移動装置だ」

 

 ピンクの塊から今度は真っ赤な太い光線が真下に発射される。赤い光線は巨大土偶の頭を押さえこむように圧力をかける。

 

「すごいエネルギーだ。さっきのとは比べようもないほどの強力なエネルギーだ」

 

 巨大土偶の身長が縮む。

 

[240]

 

 

「眉間の時空間移動装置はあのエネルギーに耐えられないかもしれない。時空間移動に失敗した時空間移動装置が破壊されたら、この世界は消滅するかもしれない」

 

 時空間移動に失敗した時空間移動装置が宇宙そのものを装置内に保持しているかもしれないことをノロは承知していた。

 

 巨大土偶の身体は押しつぶされ、圧縮され、音もなく突然消滅する。

 

「ふう、巨大土偶の消滅だけでおさまってくれた。あれ……?」

 

 巨大土偶が消滅した御陵から赤い竜巻が発生する。竜巻は急速に大きくなって上空のピンクに輝く塊をまきこんで吸いこむ。

 

[241]

 

 

[242]