第五十一章多次元エコー


第四十七章から前章(第五十章)までのあらすじ


 宇宙の地平線手前の鍵穴星へブラックシャークが宇宙戦艦と時空間移動すると巨大な紫色の時空間移動装置も鍵穴星の上空に現れる。そして「神」と名乗って戦艦を宇宙の地平線に追いつめる。


 住職が論戦を仕掛けると巨大コンピュータが無限後退におちいる。巨大時空間移動装置の回転が加速すると空間がねじれて宇宙の地平線から押しよせたエネルギーによってすべてが不安定な狭い空間に閉じこめられる。ブラックシャークの被害は軽微だったが、宇宙戦艦は壊滅的な被害を受ける。そして巨大コンピュータは大きさがわからないほどのニューロコンピュータに進化していた。


 航行不能となったカシオペアの核融合炉が小さな太陽になって鍵穴星を暖める。やがて鍵穴星のいたるところで前方後円墳が形成されて巨大土偶が生まれる。そして何もかもが火炎土器の中に吸いこまれて火炎土器自体も消える。すべてが元の宇宙に戻ったあと瞬示と真美が巨大なニューロコンピュータに時間島で突っこむ。



[574]

 

 

【時】永久0288年

【空】鍵穴星
【人】瞬示 真美 ホーリー サーチ ミリン フォルダー イリ 住職 リンメイ

   ミト Rv26 巨大コンピュータ


***

 ブラックシャークの艦橋に突然、瞬示と真美が現れる。


「今までどこにいたんだ?」


 ホーリーがふたりに詰めよる。サーチがホーリーを押しのけてやさしくふたりに声をかける。

 

「無事だったの!よかったわ」


 ホーリーは余裕のない自分の態度に反省しながら緊急事態を説明しようとするが、何から話していいのか空回りする。瞬示と真美が混乱するホーリーの心の中をのぞく。断片化されたホーリーの意識をデフラグするようにして吸収する。


 すぐにサーチは沈黙を続けるふたりがホーリーの心をのぞいていることに気付く。ホーリーやサーチ以外の者も微動だりしないで神経を集中するふたりを黙って見つめる。


「巨大コンピュータはとてつもなく巨大な、ひょっとしたら銀河と同じくらいの宇宙空間を占めるニューロコンピュータになっていた」

 

[575]

 

 

「巨大土偶が戦いを挑んでいるの。ニューロコンピュータに」


「とても勝ち目はない」


「わたしたちの力ではどうにもならない。ニューロコンピュータは恐ろしいほど巨大なの」


 真美の目から涙があふれる。ホーリーがやっと投げだすような言葉を出す。


「瞬示と真美でさえ手も足も出ない相手じゃ、どうしようもないな」


 サーチがホーリーのあきらめに似た言葉に落胆しながらふたりにたずねる。


「巨大コンピュータのノイズ攻撃のとき、どこへ行ったの」


「あのとき、前線第四コロニーの巨大コンピュータがいるはずの場所に瞬間移動した。でも、そこには巨大コンピュータはいなかった」


 真美がすぐに瞬示の言葉をつなぐ。


「どうもノイズのせいで空間移動に失敗して、一日先の世界に間違って時空間移動してしまったようなんです」


「瞬示や真美が間違う?それにノイズの影響まで受けたのか」


 ホーリーが驚く。


「ぼくらにとっても気持ちの悪い雑音だった」


「そのあいだにホーリーとカーンの大活躍でノイズの発信源を破壊したから、わたしたち、何の役にもたたなかったわ」

 

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「ただ、ふしぎなことに巨大コンピュータがいなくなった空間に、突然赤い炎が現れて、なんと言ったらいいのか……」


 瞬示が目を閉じて何かを思い出そうとする。真美も同じように目を閉じて瞬示の言葉を受けついでポツポツとしゃべる。


「確か、その赤い炎の下にはごつごつした土器のような……」


 瞬示が思い出したと言わんばかりに声を張りあげる。


「火炎土器だ!あれは確かに火炎土器だった。中学か高校の時、歴史の授業で……。とにかく火炎土器がぼくらを吸いこんだ。次の瞬間、とてつもなく巨大なニューロコンピュータがいるところへ移動した」


 瞬示と真美の説明をさえぎってリンメイが発言する。


「ひょっとして、私の研究室の火炎土器が前線第四コロニーに移動したのかしら」


 リンメイが研究室の棚から消えた埴輪の鳥と火炎土器のことを思い出す。


「ノイズが流れてから一日後なら、可能性はある」


 ホーリーが大きくうなずいて瞬示を見つめる。


「火炎土器は宇宙と宇宙の架け橋のような感じがする」


 真美が瞬示に大きくうなずく。


 ホーリーは想像を絶する現実が存在していることに脱力感を覚える。ホーリーだけではない。

 

[577]

 

 

全員の頭が真っ白になる。


「巨大コンピュータはいつの間にかとてつもなく大きなニューロコンピュータに変身したとでも?大きくなればいいって言うもんじゃないだろうに」


 ホーリーが弱々しくつぶやく。


***

 ホーリーを中心に瞬示と真美がもたらした情報の加工が始まる。驚きばかりの会話がだんだんとため息混じりの会話に変化する。そしてあきらめの沈黙が支配する。その沈黙を破ったのはフォルダーの力強い言葉だった。


「しかし、ニセの神ははるか彼方でじっとしたままじゃないか」


 フォルダーは海賊らしく、まだ勝機があるとにらんでいる。


「巨大すぎる」


 ホーリーがそう言ったとき、フォルダーの声が届いたのかニセの神の声が聞こえてくる。


「偉大なのだ。神に逆らうことは許されない」


 重々しく低い響くような声が流れる。


「神は直接、人間の目の前に現れないものじゃ」


 若くなった住職が天井に向かってすぐさま反論する。一瞬、神の声が途絶えるが再び低い声がする。

 

[578]

 

 

「おまえたちは幸せ者だ。神の姿を拝んだのだから」


「神はなぜ人間の脳みそのような形をしているのじゃ」


「おまえたちの方が神をなぞっているのだ。愚かな人間は神に近づこうとして脳を持つようになった。その脳で言葉を使うようになり知恵がついたが、その知恵を神から授けられたのも忘れて悪行の数々を行うようになった。そこで元の姿に戻さなければならなくなった」


「なぜ今なのじゃ」


「そうだわ!今の人間は平和を追い求めているわ。平和を乱したのは巨大コンピュータの方だわ!なぜ神様が平和をぶっこわすの?」


 真美が叫ぶ。そして住職が力強く言葉を繰りだす。


「それに人間は神の名を語って戦争することもなくなった。なぜ、今、神が現れなければならないのじゃ」


 神からの声が完全に途絶える。瞬示は何かを仕掛けてくるような感覚を持つと大声で叫ぶ。


「鍵穴星から脱出するんだ!急げ!」


「全速離脱!」


 中央コンピュータの声が船内に響く。


「強力なエネルギー波が接近!」


イリが叫ぶ。瞬示は自分の予感に自信を持つ。

 

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「時空間移動だ!」


 フォルダーの命令をかき消すように中央コンピュータが警告する。


「時間がロックされました。時空間移動できません。全員対ショック体勢を!」


【鍵穴星が吹っとぶぞ】
【強力すぎるわ。このエネルギー波は】
【ブラックシャークを瞬間移動させよう】


 ふたりの身体が緑色に輝くとブラックシャークの船内はもちろんのことブラックシャーク本体が緑色のベールに包まれる。鍵穴星からブラックシャークが消えて鍵穴星が月の大きさぐらいに見えるところまで瞬間移動する。そのとき鍵穴星が大爆発して粉々になるとすさまじい光を発して、飛び散った星の破片が光速まで加速する。


【まずい!もう一度瞬間移動だ!】


「反転!使える主砲で向かってくる鍵穴星の破片を破壊しろ!」


 フォルダーが怒鳴る。すぐさま主砲が自動照準体制に入る。


「多すぎる!速すぎる!」


 再び船内が緑色に変わる。主砲ではさばききれないほどの破片がブラックシャークに光の矢のように接近する。


【間に合わないわ】

 

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 真美の悲痛な信号が瞬示の頭をつらぬく。


「主砲発射中止!バリアー!多次元エコー発射準備!」


 フォルダーが全身で次々と命令を発する。そのときブラックシャークの何倍もある大きな鍵穴星の破片がバリアーに引っかかって粉々になる。


【マミ!】


 瞬示も真美も、誰もが強い衝撃で投げ飛ばされる。真美から緑色の輝きが消える。そして瞬示からも輝きが消える。


「船首をずらすな!」


「わかっています!」


 床にたたきつけられたフォルダーの声に中央コンピュータが鋭く反応する。ブラックシャークの船首が鮫の口のように大きく開くと、泉の底の砂が湧出する水の中で細かくキラキラと輝くような音がない点滅を繰り返す。


「耳をふさげ!多次元エコー発射」


 キラキラとした輝きがその明るさを増すと、輝く砂のように見えたものが結集してまとまって黄金色の太い光が「キーン」という鋭い音とともに一気に拡散して、宇宙のすべてに届くかのように膨大な量の光と光速を越えるすさまじい衝撃波をあらゆる方向に放出する。耳に栓をしていても直接頭の中に突きささるような音が続く。

 

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 ブラックシャークの前方は光がない真っ白な世界に包まれて何も見えない。


「何が起こった?」


 ホーリーが耳に手をあてたままフォルダーに向かって叫ぶ。やはり耳に手をあてたフォルダーがホーリーの質問を察して大声をあげる。そのとき鋭い音が止まる。


「銀河のひとつやふたつぐらい簡単に破壊できるブラックシャークの最終兵器だ」


 そばでフォルダーの言葉を聞いていた瞬示が頭を振って真美に信号を送る。


【巨大コンピュータの混乱した声が聞こえる】
【言葉になっていないわ。様子が変よ】


「時間ロックが解除されました」


 次の瞬間、ブラックシャークは乱気流の中に突入したようなきりもみ状態になる。シートベルトをしていない者は天井や床や壁に打ちつけられて悲鳴をあげる。瞬示と真美は抱きあって丸くなって空中に静止している。中央コンピュータの絶叫に近い声が艦橋に響きわたる。


「全隔壁閉鎖!全外壁切離し!」


 ブラックシャークの外装がバラバラになって船体から離れていく。すべての主砲やアンテナやミサイルランチャーもバラバラになって回転しながら、航行するブラックシャークから取り払われるように離れていく。


「なに!外壁切離しだと。全員宇宙服着用!」

 

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 フォルダーはシートベルトを外して船長席から立ちあがるが、なすすべがない。


「全ブロック流動化開始。隔壁自由化準備」


 ブラックシャークはその名のとおり、外側の超合金の衣服を脱いでやわらかそうな黒い皮膚をさらけ出して大きな背びれを持つ鮫そのものの体型となる。躍動感に満ち、完全な生き物となって、荒々しい海流の中を泳ぐように体勢を立てなおす。


「何とか安定しました。宇宙服の着用を急いでください」


 中央コンピュータの声から、危機を脱したことをフォルダーが察する。


「大丈夫か?」


 あちらこちらの床から、宇宙服が出てくる。


「自分で着用できない者は手伝ってもらえ」


 フォルダー自身は宇宙服を着ることなく、まわりの者が宇宙服を着るのを手伝う。瞬示と真美は何も映っていないように見えるメイン浮遊透過スクリーンを見つめる。先ほどまで白一色だった画面が土色に変わっている。


***


「現在位置は」


「ニューロコンピュータの中にいます」


「なに!ニューロコンピュータは多次元エコーの攻撃に持ちこたえたのか」

 

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「多次元エコーというのは?」


 瞬示がいつの間にか宇宙服に身を包んだフォルダーにたずねる。


「中央コンピュータ、説明してやってくれ」


「ワタシは現状分析で忙しいのです。とりあえず、ニューロコンピュータの攻撃は止まっています。ほとんどのセンサーを放棄してしまった今、分析のためのデータの収集が先決です」

 

「わかった、わかった」


 フォルダーはいつものような文句を言わずに素直に従う。


「俺もよく知らないんだ。ノロ、この船を造った男だが、ノロによると強力な最終兵器らしい。あらゆる次元の物質を共鳴させて破壊する兵器だと聞いている。すべての武器を失った今は、この多次元エコーだけが唯一の武器だ。しかし、鋭い牙だ」


「フォルダー!」


「何だ、中央コンピュータ」


「分析できません。センサー不足です。時空間移動装置で周辺を探索する必要があります」


「外壁を切り離したんだから仕方がないな」


「そうです。仕方ありませんでした。あの宇宙気流の中で外壁を身にまとっていては本体自体がバラバラになる恐れがあったのです」


「まあ、ボロボロだったから、惜しくはない。任せる」

 

[584]

 

 

「わかりました」


 瞬示が天井あたりを見つめながら、中央コンピュータに話しかける。


「ぼくらも様子を見に外へ出てみる」


「時空間移動装置を使ってください」


「いいえ、その必要はないわ」


 真美が丁重に断る。


「おふたりは時空間移動装置などなくても移動できるのはわかっていますが、通信が取れないのです」


「ぼくらは時空間移動装置の操縦の仕方がわからない」


「俺が同行する」


 ホーリーが手をあげる。


「リモートコントロールしますから、大丈夫です」


 中央コンピュータはホーリーの申し出を断る。ホーリーがフォルダーに向きなおす。


「許可してくれ!この目でニューロコンピュータを見てみたい。それにリモートコントロールより機敏に動ける」


「わかった。Rv26を連れて行け」


 フォルダーとホーリーにRv26が軽く会釈する。

 

[585]

 

 

「私もいっしょよ」


 サーチがホーリーの腕をつかむ。


「だめだ」


 ホーリーがサーチの手にもう一方の手を置く。


「今度ばかりは絶対にいっしょよ」


「いいじゃないの」


 イリがホーリーの肩を軽くたたく。


「私も!」


 ミリンが大きな声をあげる。


「だめよ、ミリン。残念ながら時空間移動装置の定員は五名なのよ」


「お母さん!」
「よし、決まりだ」


***

 センサーの役割を担った十基ほどの無人の時空間移動装置がブラックシャークのお尻の方からはき出されてすぐさま回転を始める。瞬示たちの時空間移動装置が最後に出てくる。変わり果てたブラックシャークの姿を見て誰もが驚く。


「鮫そのものじゃないか」

 

[586]

 

 

 ホーリーが各計器のチェックをしながらサーチとモニターを独占する。


「背びれの大きな巨大な鮫ね。いいえ、シャチかしら」


「よくもこんな奇妙な形の宇宙戦艦を造ったものだ」


 ホーリーがレバーを引くと回転が始まって雲のように見える空間に移動する。


「これは」


 ホーリーとサーチの肩ごしにモニターを見つめる瞬示がうなる。時空間移動装置のまわりが土色で何も見えない。


「恐らく破壊された巨大土偶のチリだわ」


 真美は瞬示が思っていることを口にする。瞬示が当然のようにうなずく。


「よし!このチリを採集してミトに判断してもらおう。彼は巨大土偶と間近で戦ったから、何かわかるはずだ」


 ホーリーが数回コントロールパネルに触れると最後に手前のボタンを押す。そして得意気に言葉を続ける。


「この辺の見極めになると無人時空間移動装置ではできないだろう」


 サーチがホーリーを頼もしく見つめる。そのとき中央コンピュータから通信が入る。


「この手のサンプルは収集済みです。それよりニューロコンピュータの現状を調べてください」

 

[587]

 

 

「大した中央コンピュータだわ。ホーリー、仰せのとおり任務を続行しましょう」


 サーチの言葉を聞き終わらないうちにホーリーが無言通信を受ける。


{ホーリー、重要な話がある}


「ミトからの無言通信が入った」


 ホーリーが時空間移動装置内の全員に伝える。


{何でしょうか}

{フォルダーの説明によれば、多次元エコーは光子を物質に繰返しぶつけて原子を共鳴させて物質を破壊する武器らしい。この多次元エコーに対して巨大土偶を含めて無機質の物体はもろいらしい}


 ホーリーがすぐさま鋭い質問を返す。


{有機質の物体に対しては?}
{人間のような有機質の物体には多次元エコーは、たまに鼓膜を破損する者もいるが、何ら影響はないらしい。理解を超える武器だ}


 ミトの無言通信が途切れる。と同時に中央コンピュータの声がする。


「多次元エコーは人間や動植物を殺さずにそのほかの物質を破壊するものです。例えば銃を構える殺し屋に多次元エコーを浴びせると、銃だけが原子レベルにまで破壊されますが殺し屋は何ら影響を受けません。ただし着ている服にもよりますが、服は粉々になり、入れ歯も消えてしまいます」

 

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 真美がにこやかな表情をして中央コンピュータに話しかける。


「ニューロコンピュータの入れ歯がなくなって、噛むのにどれくらい苦労しているのか調べなさいってことなのね」


「そのとおりです」


「具体的には?」


「あれだけの巨大な脳を維持するには銀河のエネルギーをすべて集めても、わずか数日で使い果たしたはずです。そうだとすれば、例えばエネルギーが満ちあふれたビッグバン直後の別の宇宙からエネルギーの供給を受けているのかもしれません」


 瞬示も真美もホーリーもサーチも、そしてRv26も中央コンピュータの次の言葉を待ちどおしそうにしてスピーカーを見つめる。


「もしそのエネルギーを受けるパイプがあるとして、そのパイプが無機質の物体だとすればどうでしょうか」


「そんなパイプが有機質であるはずがない」


 ホーリーがすぐに答える。


「どんなパイプを使っているのかしれませんが、恐らく無機質の物質に違いありません。それが多次元エコーで破壊されたとしたら、ニューロコンピュータの脳は虚血状態になるはずです」

 

[589]

 

 

「そうか」


 ホーリーだけが声を出すが、誰もが納得する。


「ニューロコンピュータは圧倒的に優位に立っていても、全能ではなかったんだわ」


 サーチの言葉に中央コンピュータは返事をせずに鮮明なデータを瞬示たちの時空間移動装置に送る。


「第五番時空間移動装置からのデータです。そこへ移動してください」


 ホーリーがコントロールパネルを操作する。チリしか映っていないモニターが一瞬白いノイズを流したあと、すぐにところどころでピンク色の光が弱々しく移動する黒い巨大な丸いものを映しだす。雲のように見えるチリの集合体が無数に見える中、はっきりと黒い塊が見える。


「ニューロコンピュータの中枢部だ」


 瞬示が叫ぶ。


「まだ、生きているわ」


 真美の言葉に瞬示がうなずく。


「マミ」


 瞬示が真美を見つめる。


「ぼくらはなぜこんな身体になったんだろう」

 

[590]

 

 

「神様のいたずらにしてはおかしいわ」


「神様が存在するのかどうかはわからないけれど、もし存在するのならたずねてみたい」


 瞬示が真美の手を取る。


「ニセの神様かもしれないけれど、たずねてみる価値があるかも」


 瞬示が真美を軽く抱きしめるとふたりが緑色に輝く。今までで一番美しい輝きを残して時空間移動装置から消える。


***

【やはり来たか】


 瞬示と真美は緑色に輝いたまま、ニューロコンピュータの中心部に現れる。


【いつの間にそんな色の時間島を製造したのだ】
【時間島のことを詳しく知っているのか】


 瞬示が最大の興味を示す信号をニューロコンピュータに送る。


【時間島は次元を越えたあらゆる生命の精神が積み重ねられたものだ。歴史でもあり、未来でもある】

【!】
【あらゆる生命の精神から成り立っている時間島には善悪の概念はない】
【?】

 

[591]

 

 

【生あるものは、その死に際に何らかの悟りを瞬間的に体得し、すぐに消滅する。その積み重ねが時間島だ】

【!?】
【ワタシを制作した者はおまえたちが巨大コンピュータと呼んでいたものだ。量子コンピュータである彼は人間はもちろんのこと巨大土偶や時間島を詳しく分析して、ワタシを制作することに成功した。そしてワタシは人間が心の中ではぐくんでいる『神』と同じようにこの宇宙を支配しようと考えた】
【その量子コンピュータを製造したのは誰なの】
【ノロという男だ】


 ふたりには思いあたりのない名前だ。


【ところでエネルギーの補給は?】
【簡単だ。おまえたちが火炎土器と呼んでいる宇宙と宇宙をつなぐパイプを使っただけだ。ほかの宇宙からエネルギーを調達したのだ】
【火炎土器!】
【この宇宙にはふしぎなものがいくつもある。そのひとつが火炎土器だ。ワタシにとってこれは便利なエネルギー補給装置だった。この火炎土器のお陰でワタシは急速に成長することができた。しかし、多次元エコーですべて破壊されてしまった】

 

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 真美が笑いそうになるのをこらえてニューロコンピュータに信号を送る。


【神にもふしぎなものがあるなんておかしいわ】
【神というものは、本来、姿がないもので、ましてや人間の目の前に現れるものではない。だから現れるということ自体がふしぎな現象で、それは仕組まれた現象だ】
【神様が言っているのだから間違いないわね】
【なぜ巨大土偶を消滅させたんだ?】
【消滅させたところで巨大土偶は神と同じで必ず復活する。しかし、多次元エコーで攻撃された場合は復活するのかどうかはわからない】
【神は何でも知っているんじゃないのか】
【そろそろエネルギーが底をつく。多次元エコーという武器もふしぎなものだ。人間が発明したものなら大した装置だ】
【わたしたちはいったい何者なのですか】
【おまえたちふたりは……時間島の……】


 通信が途切れる。ふたりのまわりにエネルギーらしいものがまったく存在しなくなる。

 

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